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14◆勇者を継げなかった者の旅立ち


 マリアンヌ・バーデミオンが猫を怖がる理由は、極めて単純だ。

 

 たとえば幼いころ野犬に噛まれた経験をした者が、犬を怖がるようになってしまうのはよくあること。

 

 マリアンヌもまた、似たような経験をしたに過ぎない。

 

 彼女が9歳のころ、父母と避暑地へ赴いたとき。

 

 剣牙大虎サーベルタイガーに襲われた。

 

 父や護衛たちの奮戦も虚しく、母と、他に数名が凶牙に倒れた。父は大ケガを負い、マリアンヌもまた、魔物の鋭く巨大な牙で貫かれると、誰もが諦めた。しかし――。

 

 彼女は気を失った――より正確に表現すれば、理性を失った。

 

 気がつけば、立ち尽くす彼女の眼下には、巨大な魔物が横たわっていた。首元がぱっくりと開かれ、周囲は鮮血で赤に染まっている。


 自身も腕全体、体の前面が返り血(・・・)でべっとり濡れていた。


 そう。返り血だ。

 

 死んだ護衛の剣を彼女は手にしていて、それで斬りつけた結果の、返り血だった。

 

 恐ろしかった。

 

 魔物に襲われたことよりも。

 母や護衛たちが死んだことよりも。

 自身が魔物を倒したことよりも。

 

 生き残ったわずかな護衛や父の、化け物を見るような視線が――。

 



 

 マリアンヌはメルたちが飛び去った空を仰ぎ見て、そっと唇に指を添えた。

 

 まだ感触が残っている。

 1度目は偶発的なもので、軽く触れる程度。

 そして2度目は、自分を救ってくれたものだったと確信できる。

 

「メル、ライルート……」


 彼の名を口にしながら、唇を指でなぞった。

  

「マリアンヌ、無事かっ!」


「はひっ!?」


 声をかけてきたのはガズーソだ。馴れ馴れしい口調になってしまったと反省し、険しい表情を崩して頭を下げた。


「失礼しました。おけがはありませんか?」


「え、ええ。私は大丈夫です。すこし疲労はありますけれど……」


 マリアンヌはよろよろと立ち上がり、辺りを見回した。

 散々たる有様だ。

 石畳がところどころ砕かれている。ただ、人々の視線はマリアンヌには向けられておらず、興奮や落胆といった感情が渦巻いていた。

 

「迷惑を、かけました。まさか、今になって……」


「起こってしまったことを嘆いても、何も始まりませんよ」


「そう、ですね。前を向きませんと。それで、被害は?」


「負傷したのは一人だけですな。鬼人族の賞金稼ぎです」


「そうですか。どうりで……」


 あのときのような視線を感じないと思った。ガズーソも、まっすぐに見つめてくれている。そこに怯えの色はなく、むしろ強固な意志が感じられた。

 

 『狂化』が発動している間の記憶は何もない。

 ムサシは『狂化』発動前にメルにケガを負わされていたから、実質の被害は0とマリアンヌは考えた。

 

 死者が何人も出ていたら、自分だって無事では済まない。衛兵に背後から突き殺されていたかもしれないのだ。

 

 自分の凶行を防いだのは、メル少年の奮闘によるものだろう。マリアンヌはもう一度、唇を指で触れた。

  

「しかしあの少年、メル・ライルートと言いましたか。大それたことをしてくれたものですな」


「なっ!? そ、そんなに大事おおごとではありません。ええ、そうですとも。口づけの1回や2回……」


「あ、いえ……『勇者の剣』の、話なのですが……」


「へ? あ、ああ、そちらでしたかっ。ですが、大事とは?」


「『勇者の剣』が強奪されたのです。国にとっての大損失ではありませんか」


「強奪? 彼は剣に認められたからこそ、あれを手にできたのですよ? そもそもが『持ち出し自由』ではありませんか」


 大岩の側にある立て看板に、はっきりその旨が明記されている。

 

「建前としてはそうでしょう。が、抜いてすぐ、その者がいなくなる事態は想定していません。『勇者の剣』は我が国の宝。国外にでも持ち出されたら一大事です」


 ガズーソの言うとおりだった。

 まさか彼が悪用するとはまったく考えられないが、そう自分がいくら主張しても、国王や王宮の高官が寛大な措置を取ってくれる保証はない。

 

 彼は、またも追われる立場になってしまったのだ。

 

「マリアンヌ様……」


「ええ、『起こってしまったことを嘆いても』、仕方ありませんね」


 今は自分にできることを、できる限り行うのだ。だから――。

 

「本当に、よろしいのですか?」


 ガズーソに考えを伝えると、困ったように質問が返ってきた。

 

「私だけ『特別』扱いは許されませんから」


 吹っ切れたように言うと、

 

「いたたたたっ、痛い、痛いってば。もうちょっと優しくお願い」


 唯一のケガ人が、衛兵に連れられて行くのが見えた――。

 


 

 

 マリアンヌ・バーデミオンは『特別』だった。

 

 『特殊』とも言えるし、『特異』が正しいのかもしれない。

 

 まだ『天眼』を授かっていない幼いころから、あらゆることを、そつなくこなした。


 彼女は体を動かすことが大好きで、特に剣術にのめりこんでいった。

 7歳のころ、騎士を目指す。

 女だてらに、などと揶揄する者は誰一人としていなかった。それほどの実力が彼女には備わっていた。

 

 だから、誰もが期待した。同じだけの、不安を抱えて。

 

 

 固有スキル『狂化』。ランクはE。

 

 

 本来は、15歳で『祝福の儀』を行って授かる固有スキルを、彼女は初めてステータス値を『鑑定』したとき、すでに持っていた。

 

 極めて珍しいことではあるが、忌避すべきではない。

 むしろそういった子らは、生まれながらにして大地母神に見初められた『神の寵児』と扱われる。(むろん、珍しすぎるので気づかれず、埋もれる者も存在する。どこぞの虎娘のように)

 

 だが、彼女にとってこの思わぬ祝福は、周囲に困惑と不安を与え、自身にも過酷な境遇をもたらした。

 

 わずか9歳で剣牙大虎サーベルタイガーを打倒した。

 讃えられるべき戦果を上げながら、理性を失った彼女は魔獣以上の脅威になりかねないとの危惧が蔓延する。

 

 マリアンヌは15歳になるまで自宅に幽閉され、自由のほとんどを奪われた。


 誰も彼女には近づかない。

 だから自分も近づいてはならない。

 

 誰も彼女に触れようとしない。

 だから自分が触れてはならないのだと、強迫観念に縛られた。

 

 やがて『祝福の儀』で『天眼』を授かると、彼女の〝価値〟は一変する。〝勇者の意志を継ぐ者〟として持ち上げられ、条件付きの自由を手に入れたのだ――。

 

 

 

 薄暗い地下牢に、マリアンヌは収監された。

 

 公共の場で無差別に暴れた罰として、自ら望んだことだった。

 

 冷たい石の床に正座し、背筋を伸ばして瞑想していると、隣の牢から呼びかけがあった。

 

「君も律儀だねえ。てか、それって『自己満足』っていうんだよ?」


 マリアンヌは静かに目を開け、応じる。

 

「わかっています。けれど、法や規律をないがしろにもできません。私だけ『特別』扱いをしてはならないのです」


「だったら僕も特別扱いしないでほしいなあ。ケガ人だよ? 逃げ出せるわけないじゃない? 地上の雑居房で、わいわいしてたいんだけどね。ほら、僕が捕まえた3兄弟はそっちなんでしょ?」


 ムサシ・キドー。

 広場でマリアンヌたちに問答無用で襲いかかってきた鬼人族だ。

 

 手当の最中に事情を訊いたところ、『神父殺しの凶悪犯を捕まえようと必死だった』との理由で無罪を主張し、マリアンヌも『なるほどそうですか』と納得しかけていたのだが。

 

 メルとマリアンヌの会話が聞こえる位置で、鬼人族の剣士が様子を窺っていた、との目撃情報が入った。

 そのため、治療と並行してじっくりたっぷりあらためて、詳しく事情を訊くことになっている。

 

「だからあ、大いなる誤解とすれ違いなんだってば」


「弁明は正式な場でしてください。それに、貴方には別の嫌疑がかかっています」


 4か月ほど前、王都近郊でエルフ族の男性が斬殺された。

 月のない闇夜の犯行。目撃者はいたものの、犯人は特定できていなかった。

 唯一、手掛かりになりそうな情報は、『細く反り返った剣を三つも四つも扱っていた』というものだ。

 

「ですから現状、貴方に対する措置は重要参考人のそれとしては当然のものです」


「それ、僕じゃないよ? 鬼道流の誰かじゃない? 冤罪。冤罪だよ」

 

「貴方の剣術は『鬼道流二刀剣術』を自ら発展させた我流。貴方以外にそんな芸当ができる者はいないでしょう」


「うへぇ……」


「どうして、エルフ族の男性を殺害したのです?」


「だから僕じゃないってば。でもまあ、犯人の気持ちはわかるよ。自分の獲物の周りをちょろちょろ嗅ぎ回ってるのが、許せなかったんじゃないかな?」


「獲物……?」


「君、わりと人気者なんだよ? 知ってるだろうけど」


「そのエルフ族の方は、私に用があったのですか?」


「そんなの知るわけないよ。僕が最近知り合ったエルフの女の子は、迷子捜しが本命だったけど、君にも関係してるんじゃないかな? あ、そうそうっ。ほら、僕って最近、そのエルフの女の子と一緒に賞金稼ぎしてたんだよね。その子が同族殺しの犯人と、仲良くすると思う?」


「黙っていれば、わかりませんよね?」


「そういう意見も、出てくるかもしれないね……」


 ムサシは大人しくなってしまった。

 ところが話し好きなのか、しばらくの沈黙のあと、我慢できないという風に彼が口を開く。

 

「そういえば、あの男の子。メル・ライルート君、だっけ?」


 どきりとした。名を聞いただけで心臓が高鳴る。

 

「すごいよね。まさか『勇者の剣』を抜くなんてさ」


「そ、そうですね。ですけれど、彼にはその資格が十分にあったと、私は思います」


「悔しくないの? 〝勇者の意志を継ぐ者〟ってちやほやされてた君が、本来は抜くはずだったのに」


「悔しい、ですか? そんな感情は……ああ、いえ、ありますね。ただ、貴方の考えとは違います」


「どう違うのさ?」


「勇者の意志を継ぐというのは、とても過酷な人生を歩むものだと私は思います。それを、彼に委ねてしまいました。もっと早くに私が抜いていれば、との悔しさはあります。いえ、自惚れていただけかもしれません。私には、もともと資格がなかったのでしょう」


 ムサシは「ふうん」と素っ気なく応じてから、質問を続けた。

 

「で? 君はこれからどうするの?」


「……騎士団は除名されます。私は幼いころ、一度『狂化』を発動してしまいました。『天眼』を得て、〝二度と『狂化』を発動しない〟という条件で、私は騎士団への入団を許されたのです。除名後の追加処分も、当然覚悟しています」


 自分はもう、『勇者』にはなれない。

 また幽閉され、自由を奪われる日々が始まる可能性が高かった。

 胸が張り裂けるほど、辛い。

 だから――。

 

「いちおう、嘆願はしてみようと思います」


「再入団の?」


 マリアンヌは「いえ」と、ムサシが見えていないのに首を横に振った。

 

「彼を、追いたいと。『勇者』を連れ帰る任務をいただきたいと、お願いするつもりです」


「なんで?」


「『勇者の剣』は我が国の宝。国外に持ち出されたら一大事です。『勇者』もまた、得難い戦力ではありますから」


「生真面目だねえ。君、僕の苦手なタイプだ」


「失礼しました……」


 今の会話で、何か彼の気に障るようなことを言っただろうか?と、マリアンヌはしゅんとする。

 

「苦手っていうか、嫌いなタイプだね。だからもっといじめちゃう。そういう、誰かから聞いたような理由じゃ、頭の固い連中はぜったい受け入れてはくれないよ」


「それ以外の理由が必要なのですか?」


「ああ、いや。対外的な理由としては、それでいいんだ。そうじゃなくて、君自身の内からあふれる衝動っていうの? 自分が絶対やり遂げたいっていう理由を、自覚しなきゃダメってこと。情熱がない言葉は、相手に届かないってことさ」


「自身の、内から……?」


「君は、どうして彼を追いたい? 『勇者』とか『勇者の剣』に、それほどの固執があるの?」


「わた、しは……」


 追いたい。

 どうしても彼を――メル・ライルートを追いたい。

 

 だって、それは――。

 

 

「す、好きになってしまったのですっ。だからもう一度、あの人に会って話がしたいのですっ」



 ぎゅっと目をつぶって絶叫する。地上階まで聞こえてやしないかと、恥ずかしくて体が熱くなった。

 

「ぷ、ぷわははははっ! って、いてっ、いたたたたっ、傷が痛い……」


「な、なにを笑うのですかっ!?」


「いやあ、予想どおりすぎてね。たかがキスの1回や2回で惚れちゃったの? チョロイね」


「え、影響が全くないとは言いませんけれど、それだけが理由ではありません。彼は、尊敬に値する男性だと思います」


「尊敬、ねえ。本当にそうかなあ?」


「何が言いたいのですか?」


 ねっとりした言い方にむっとして、語気を強めて質問を返した。

 ムサシはそれが嬉しいのか、こちらは陽気に答える。


「彼、なにか隠してるよ? それも、途轍もない秘密をねえ」


「秘密のひとつやふたつ、誰にでもありますっ」


「君って本当に楽しい反応をしてくれるね。まあ、そう怒らずに聞きなよ。彼の強さは尋常じゃない。ところが強さが安定しない。『勇者の剣』を抜き、『狂化』された君を圧倒する力を持ちながら、君との追いかけっこではあっさり追いつかれたり、僕とはギリギリの戦いをしていた。どうして、最初から全力を出さなかったんだろうね?」


「それは……」


「出せなかった――僕はそう考えている」


 たしかに、言われてみれば奇妙ではあった。

 が、なんらかのスキル――固有スキルではなく、限定スキルの制約なのかもしれないとマリアンヌは反論した。

 固有スキルは、そのすべてが広く知れ渡っているが、限定スキルはいまだ知られていなかったり、新たに開発されたりがザラにあるからだ。

 

「その限定スキルについても、奇妙な点がある。彼はすくなくとも3つの、限定スキルを使ってみせた。僕が持つ二つと、エルフの魔法使いが使っていた空を飛んだやつ。3つともかなり珍しい。すくなくともこの国ではね。これって、偶然で片付けていいのかな?」


「他者が持つ限定スキルを、使えると?」


「それだけじゃ説明はつかない。しかも彼、回数制限やインターバルタイムを無視して使い放題だったんだ」


「であれば、やはり別の限定スキルではないのですか?」


「いや、そうじゃなくてさ。むしろ、こう……相手の能力をそのまま自分のものにできる的な? 何度もリセットかけながら」


「それでは、『勇者の剣』を抜いた理由が説明できません。あの場に、『勇者』に匹敵する力を持つ者はいませんでした」


「ま、そうなんだよね。ただ、僕は思うんだよ。彼はもしかしたら、まったく未知の固有スキルを手に入れたんじゃないかってね」


 事の発端は、メルが『祝福の儀』を受けたことだ。

 つい数日前の出来事。

 彼はその未知の固有スキルで神父を大盗賊だと看破し、打倒したのではないか、とムサシは続ける。

 

「君は、〝神の眼〟――〝神眼〟って言葉を聞いたことあるかな?」


「〝神眼〟……ですか? いえ、ありません」


「君を付け狙っていた奴の口から出てきたんだ。ま、そいつも『天眼』の意味で使っていたようなんだけど、なーんか気になるんだよね。もしかしたらさ、『天眼』を超える固有スキルを、メル・ライルート君は授かったんじゃないかな?」


 ムサシの推論は、世のことわりから外れたものだ。

 それでも説得力はあった。

 

 マリアンヌは、険しい面持ちをふっと緩めた。

 

「だとすれば、秘密にするのは当然です。彼が尊敬に値しないと、非難するのは間違っていますよ」


 それに、とマリアンヌは平然と言ってのけた。

 

「貴方、やはり4か月前のエルフ族殺害に関与していますね。私を付け狙っていたのは、その方でしょう?」


「へ? ああ、いや、違う違う。ぜんぜん別の人。エルフじゃないし」


「弁明は私にではなく、取り調べのときに行ってください。私は本件に関する情報を、取調官に報告します」


「ちょ、待った待った。僕、かなり有益な情報をあげたと思うんだよ。恩に着せるつもりはないけど、ちょっとくらい配慮してくれてもいいんじゃない?」


「そんな約束はしていません。事前に提案されていれば、聞きませんでした」


 マリアンヌはぴしゃりと言い放つ。

 

「やっぱり君、僕の嫌いなタイプだ……」


 以降、ムサシはだんまりを決めこんだ。

 

 その、3日後――。

 

 

 

 

「では、行ってまいります」


 マリアンヌは王都の郊外で、馬上にあった。赤い鎧は脱ぎ捨て、旅装束に身を包んでいる。しかしその背には武骨な大剣を収めていた。

 

 見送りはガズーソだ。

 

「お気をつけて」と最敬礼をする。


「おやめください、父上・・。私はもう副団長でもなければ、騎士ですらありません。『勇者』捜索の任を受けてはいますけれど、他言無用の極秘任務。扱いは『王都を追放された犯罪者』です。不出来な娘であり続ける私を、お許しください」


 ガズーソ・バーデミオンはふっと息をついて、肩をすくめた。

 

「犯罪者と卑下するわりには、晴れ晴れとした顔をしているな」


「それはもう、念願が叶ったのですから当然です」


 マリアンヌは王都へ召喚され、騎士団から除名されたとき、『勇者』捜索の任を願い出た。

 誰もが、認められるはずがないと笑い飛ばした。

 

 しかしマリアンヌは、『勇者』と『勇者の剣』の重要性をこんこんと説き、街で暴走した罪を許されたにもかかわらず、自ら『犯罪者』となって任務に当たると進言した。

 王宮の高官らの、『厄介者を追放したい』という心理を突いた作戦も功を奏した格好だ。

 むろん、一番の要因は、彼女の熱意だった。

 

「困難な任務ではあるが、しっかり務めを果たせ。けっきょく儂は、お前になにもしてやれなかった。上から命じられるまま幽閉し、自由を奪っておきながら、騎士団に入って以降は部下として監視していただけなのだからな」


「いいえ、父上が側にいてくださらなかったら、もっと早くに『狂化』に侵され、今ごろはまた、自宅に幽閉されていたことでしょう。本当に、ありがとうございました」


「一人で、大丈夫かね?」


 マリアンヌは失礼かと感じつつも、すっと馬上から手を差し出した。

 ガズーソは驚き、躊躇いながらも、その手を優しく握る。

 マリアンヌは柔らかな笑みをたたえていた。

 

「……不安はあります。ですが、克服しなければなりません。多くの人と触れ合い、いつか『悪夢』を自由に制御できるよう、精進します」


 『狂化』はあくまで固有スキル。ランクを上げれば、制御も可能なのだ。

 

 だから、向き合おうと思った。

 目を背けていたから、ステータスは上がってもランクが上がらなかったのだ、と。

 

「うむ、がんばりなさい。気をつけてな」


「はいっ」


 マリアンヌは馬を走らせる。彼が向かった、東へと――。

 

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