13◆勇者を継ぐ者
勇者の剣を握ってその〝記憶〟を辿っていたら、突如俺の目の前に黒ずくめのイケメンさんが現れた。しかも宙に浮いている。
これって幻?
時間がほぼ止まっているような世界の中で、いくつもの場面が俺の前を通り過ぎていった。
その男は、ただ孤独だった。
歩いているだけで女の子が寄ってきそうなイケメンなのに、周りには誰一人として寄り付かない。彼自身が寄せ付けない。
彼の傍らにあるのは、ひと振りの剣のみ。
あとは眼前に広がる敵の群れと、背後に敷き詰められた屍だ。
その男は剣を振るう。
千の魔物を屠りながら、万の敵を見据えていた。
やがて男は、山のようにバカでかく、禍々しい悪竜と対峙した。三日三晩に渡る激闘の末、ついに男は悪竜を打倒する。
しかし、その体を滅ぼせはしたものの、魂までを滅するには至らず。
封印するのがやっとだった。
引き換えに、男は〝呪い〟を受ける。〝混沌〟の闇をその内に流しこまれ、永遠の苦痛を与えられたのだ。
男はとある街で力尽きた。大岩に剣を突き刺し、自身の意志を継ぐ者に託したのだった――。
それが、俺の目の前に浮かぶ男の半生だった。
『オマエは、この運命に耐えられるか?』
男は言った。
『耐えられないのであれば、今すぐここを離れろ。運がよければ、オマエが天寿をまっとうするまで世界は保たれるだろうさ』
「えっと、俺に言ってます?」
『ほかに誰がいる?』
なんで幻と会話できてんの!? 魂とかそいうものだろうか?
『さてね。オレは、肉体はおろか魂もとうに滅しているだろう。ここにいるオレはただの記録。長年手にしていたがゆえ、剣に刻み込まれた遠い思い出だ。自我を持ってオマエと会話できているのは……そうだな、神様の奇跡とでもしておけばいいさ』
「は、はあ……」
『さて、問いに答えてもらおう。オマエは、先に見た不運な男と同じ運命に耐えられるか?』
「無理です」
『即答か。潔い。ならば先の忠告どおり、すぐにこの場を離れるがいい』
「それも無理です」
『ほう? なぜだ?』
「俺はこの剣を抜いて、マリアンヌさんを助けなくちゃならないからです」
『ふむ。結果的には公益に繋がるが、理由自体は私欲によるものか』
「いけませんか?」
『まさか。〝世界を救う〟という大義を掲げながら、その実〝自分がそうしたいから〟という理由だけで、オレは剣を振るっていたのだからな。さすがに否定はできんよ。むしろオレは感心したのだ。オマエが自覚的であることに』
イケメンさんは自嘲ぎみに笑うと、俺をまっすぐに見据えた。
『ならば抜け。オマエはすでに方法を知っている』
たしかに俺は、知っている。この人が現れたとき、すでに。
「ひとつ、訊いてもいいですか?」
『ああ、いいとも』
気さくな笑みでイケメンさんは応じた。
「あなたは、後悔してないんですか?」
『我が生涯に、か。そうだな、『充実した人生だった』とはとても胸を張れないが、おおむね満足はしている』
「悪竜をちゃんと倒せなかったのに?」
意地の悪い質問だなと、言ってから反省した。けど、イケメンさんはまたも屈託なく笑う。
『ふふっ、むしろ逆だ』
「逆?」
『アレを封じられたのは、オレにしてはでき過ぎている。なにせ、オレは弱いからな』
伝説の勇者が、弱い? 謙遜にしても……いや、謙遜じゃない。この人は、客観的事実を述べている。
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名前:アース・ドラゴ
称号:勇者
年齢:24 種族:人族 性別:男 身長:188㎝ 体重:81㎏
体力:S-
筋力:S-
俊敏:S
魔力:S-
精神力:A+
【固有スキル】
『天眼』:C
事象の本質を見抜く眼力。
ランクCでは知識や経験の積み重ねで体系化された技術に対し、一見してその本質をおおよそ理解し、最適な習得方法を推測できる。
また対象の状況から動きをある程度予測し、対処法を予測できる。
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ステータスで〝S〟という表示をお目にかかるのは、人でも物でも『幻の』なんて表現が付くほど、あり得ないことだ。ステータス値のほとんどがSに連なるこの人が、弱いはずはない。
でも、そうか。
勇者と呼ばれる〝人理を超えた者〟たちからすれば、Sに『-』がつくこの人は、ギリギリ〝勇者を名乗っていい〟程度のものなのだろう。
勇者の代名詞である固有スキル『天眼』もランクはC。マリアンヌさんのほうが上だった。
『そうだ。見えているな。オマエにはすでに、オレのステータスが』
俺は今、『鑑定』で『勇者の剣』の〝記憶〟を辿っている。
そこに現れたこの人のステータスも、同時に読み取れた。
本来は、不可能なことだ。
俺の『鑑定』は目の前にある対象を読み取るスキル。誰かの記憶だとかに浮かんだ像を、直接は読み取れない。
今俺の目の前にいるのは、かの勇者本人ではない。
『勇者の剣』にしみ込んだ、彼についての〝記憶〟が作り上げた幻想だ。
でも、彼は確かに剣に在る。
剣の〝記憶〟だけでなく、剣に溜まった彼の魔力が、この奇跡を生んだのだ。
『決意したのなら、抜くがいい。オレの情報が読み取れているオマエなら、当然、読み盗れもできるはずだ』
俺はうなずく。
彼もまた、うなずいた。
『だが忘れるな。剣を抜いた瞬間、オマエは逃れられない運命の波に飲まれる。耐えられぬと言うのなら、抗うしかない。過酷な運命を撃ち滅ぼすだけの力を、オマエは持たなくてはならない』
もっとこう、具体的に言ってくれないものだろうか?
でもまあ、細かいことは、その都度考えればいい。今は、マリアンヌさんを助けるために動くだけ。
『ふっ、その楽観、少々羨ましいな。だがオレを読み盗ったところで、当然アレには敵わない』
いや、そんなんわかってますがな。だったら――。
『無理だな』
勇者様は俺の考えを先読みして言う。
『〝オレよりも強い誰かを読み盗ればいい〟。それは正しい。が、アレを倒せる者は歴史上存在しなかった。存在しない者をオマエは読み盗れない。歴代の勇者はことごとく、アレに敗れるか、封じるにとどまっているのだからな。加えて、アレを読み盗るのは自殺行為だ。アレは固有スキルとして〝呪い〟を抱えている。人の身であれを宿し、同時に打倒しようとするのは、なかなかにきついぞ』
経験者は語る、だろうか。その〝呪い〟は他者へも与えられるものらしい。
「じゃあどうしろと?」
『読み取り、読み盗れ。ただひたすらに、な』
「は?」
『できれば強者だ。それがオマエの糧となる。『勇者の剣』からはオレしか読み盗れんが、歴代の勇者を読み盗ることを可能とする者が、オマエの側にはいる。ああ、一度くらいアレを読み盗ってもよいかもしれん。一時的ではあるが、あの〝呪い〟は経験しておくのも手だ』
「言ってることが矛盾でわからんです」
『面倒くさがらず、自身の本質を確かめてみろ。オレはアレを打倒はおろか封印がやっとだった。他の勇者も似たようなものだ。だが、2人もいれば状況は大きく変わる』
「勇者級が、2人……?」
俺はこの人を読み盗ればいいとして、別にもう一人必要ってことか?
『言ったはずだ。〝自身の本質を確かめろ〟と。長々と説明してやりたいが、そんな暇はなさそうだ。そら、オマエが救いたい者が、すぐそこまで来ているぞ?』
おぉっ!? なんかマリアンヌさんがえらく近づいている。時間が止まっているようでいて、ゆっくりとは流れているんだよな。
『今は思考速度が著しく上がっているに過ぎないからな。剣を抜いたあとは気を抜くなよ』
「ん? まあ、はい、わかりました」
『では、餞別代りに忠告をひとつ』
なんだろう? ちょっとわくわくしてきたぞ。
『そうたいした情報でもない。妖精どもには気を許すな。アレはオマエにとって、いや世界にとって味方にはなり得ない。相対的に見て、絶対悪だ。ま、敵にもならんから、せいぜい利用してやれ』
妖精さんって味方になってくれないのか。『勇者の剣』を作ってくれたのに。
『では、さらばだ。このオレとは二度と会うことはあるまいな』
「あれ? 剣を持ってればいつでも会えるんじゃないですか?」
『ここのオレとの邂逅は〝奇跡〟と言ったぞ? 剣が封じられ、外界と遮断されているがゆえの偶然だ。剣からオレのステータスは読み盗れても、こうして話すことはない。いずれにせよ、オレは再会するほどの価値はないさ』
伝説の勇者様は最後まで卑屈だった。
『では行くがいい。『天眼』を超える神の眼――〝神眼〟を持つ者よ。オマエならば、運命を打ち砕くこともできような』
褒められたっぽいのはいいとして、また知らんワードが出てきたぞ? 〝神眼〟って何さ?
『オマエだけが持つ能力のことだ。〝神眼〟は人の世には存在しえぬモノ。だからあいつも、ランク〝EX〟などという、これまた人理を外れた方法を取ったのだろうさ』
だからもうっ! 『あいつ』って誰さ? 思わせぶりな発言はやめてよねっ。
『許せ。こういう性格なのでね。ま、『あいつ』が誰だかは、誰もが知っている。万人に知られていながら、一人として〝本当〟を見たことがない者。すなわち――』
さすがに時間がなくなってきた。
俺は手にした剣を引き抜くべく、ゆっくりと持ち上げる。
そして、勇者の最後の言葉を聞いた。
『大地母神――神様というやつだな』
大岩から、剣が抜けた。それはもう呆気ないほど、すっぽーん、と。
世界が、急速に回り始める。
「ぐぎぎぃぃっ……」
すさまじい激痛が脳内を蹂躙した。頭の内側からハンマーで頭蓋を殴りまくられている感じ。めったくそ痛いっ!
――剣を抜いたあとは気を抜くなよ。
つまり、こういうことですか。
いきなりでびっくりしたけど、まだ頭は痛いけど、とにかく俺は、引き抜いた剣を高々と掲げて叫んだ。
「抜いたどーっ!」
痛みを押しての満面のドヤ顔である。
何百年もの間、誰にも抜けなかった剣を抜いたのだ。拍手喝采が俺へと……浴びせられませんね?
なんかみんな、ぽっかーんって口を広げて呆けてますけど? 理性を失ったマリアンヌさんまで……。
まあ、〝抜けるはずのないモノが抜けちゃった〟から、〝どう反応してよいかわからない〟ようなんですけどね。
が、真っ先に反応したのはやはり、マリアンヌさんだ。突進を再開した。
俺は軽やかに大岩を蹴り、一足飛びで彼女の懐に入った。
すごい。速いっ。
なんにも限定スキルを使っていないのに、『俊敏』ランクAのムサシが『山鹿の駿脚』で加速したよりも速い。〝A〟と〝S〟の差ってこんなにあるのか。
マリアンヌさんは一瞬だけ怯んだものの、強引に大剣を振るった。
地に降り、棒立ちになった俺を薙ぎ払おうとする。
『勇者の剣』の特殊効果『妖精王の加護』を発動。ちょっと使ってみたかったのさ。
ガキンッ。乾いた音が響く。しかし、大剣の刃は俺には届いていない。うっすらの透明の装甲ができたみたいだ。
マリアンヌさんはがむしゃらに大剣を振り回す。
しかし、俺の髪の毛一本すらも切り裂けない。
さて、これだけの力量差があれば、気絶させることはできるだろうけど……。
〝気絶させて『狂化』が解除されるかは不明〟だそうです。
俺は『勇者の剣』を腰のベルトに差した。両手でそれぞれ、彼女の腕をつかむ。マリアンヌさんは身じろぎして暴れていた。
『妖精王の加護』の効果は15秒。
俺はじっとマリアンヌさんの美貌を見つめてから――15秒経過。
ぐいっと引き寄せ、
「正気に、戻ってください」
薄い唇を奪った。がちんと歯が当たる。焦りまくった。それでもぎゅっと押しつける。すごい、柔らかい。
「――ん」
ガランッ、と大剣が地に落ちる。彼女から力が抜け、瞳が青く澄んでいく。
「ごめ――」
謝罪の言葉は飲みこんだ。それはむしろ、彼女に失礼だと思ったからだ。
マリアンヌさんの力はさらに抜け、膝が折れた。俺は抱きとめ、ゆっくり体を下ろしていく。彼女は地面にお尻をぺたんとつけて、片手で上体を支えていた。
見上げてきたのを、俺は目をそらしてしまう。
周囲の人たちは、さっきと打って変わって興奮状態にあった。
祝福、称賛、歓喜。
そんな中にも、〝勇者と仲良くなって名を売りたい〟だとか、〝隙をついて剣を奪う〟だとか、邪な連中もいるようだ。
そんなのをいちいち相手にしていたくなかった。
だって俺には、やることがあるのだから。
「クララ、おいで!」
「にゃにゃにゃ~、兄さまぁ!」
言いつけ通り隠れていたクララが、ぴょーんと飛び出した。俺は空中でクララをキャッチして、シルフィのすぐ横へ降り立つ。
「リーゼロッテさん、話があります。人目につかないところへ行くので、シルフィを連れて飛んでください」
「……へっ? あ、うん、じゃなく、はいっ!」
リーゼロッテさんは「失礼します」とシルフィを抱えると、『風の精の衣』を発動。空高く舞い上がる。俺も彼女の能力を読み盗り、空へ。
俺には、やることがある。
悪竜がどうとか、世界がどうとかはひとまず横に置き。
記憶を失った少女を、故郷に帰すという約束を果たすのだ――。