12◆勇者の剣、抜けないっ!?
これは大地母神様から下された罰なのだろうか? もしくは試練?
うっかり俺がキッスをしてしまったばかりに。
もしくは猫っぽい少女が頬をぺちぺちしたのが原因で。
大地母神様の顕現みたいなマリアンヌさんが、
「アアアァァァアアアァァァアアッ――!!」
乙女がしちゃダメな雄叫びを上げちゃってます!
と、とととととにかく何とかしなければ。まずやるべきは――。
「クララ、君は人混みに隠れてっ!」
マリアンヌさんの狙いはクララ。大剣を振りかぶり、クララへ突進する。
「ひぃ!? なんでボクなんですか!? 怖いですぅ!」
クララ、すたこら逃げる。
「うらっ!」
俺はクララを救うと同時に注意を引くべく、大剣の腹に蹴りをかました。
クララはすばやく人混みの中に突入する。
マリアンヌさんは彼女を目で追いかけていたけど、俺がさらに邪魔をしたので、目標が〝攻撃の意思がある者〟に変化した。
つまり、俺である。
幸い、理性を失った状態でもマリアンヌさんの行動が読み取れる。けど、それだけだ。
はっきり言って、今の状況はめちゃくちゃマズい。
俺の『鑑定』スキルは、相手の『平常状態』を読み盗る。
スキルやなんかは発動していない状態。つまりは『狂化』も発動していない、彼女の素の状態だ。
そして『狂化』スキルはランクEだと、自分では発動できない。仮に発動できても、自分では止められないし、何より俺も理性を失ったらどうなることやら。
そして残念なことに、マリアンヌさんの能力を読み盗ったのでは、かなりギリギリだった。というか、
「『天眼』すっげー邪魔っ!」
俺は『鑑定』で相手の【状態】項目に書かれている、次なる行動を読み取れる。
ただの文字情報ではあるのだけど、情報の塊として目に飛びこんでくれば、俺は瞬時に理解し、次の行動を判断できるわけだ。
そのため、実際に相手の行動を読み、俺が動くのは、ぶっちゃけ相手が動く前に行える。
一方の『天眼』による行動予測は、相手の眼の動きとか筋肉の動かし方とか、その他もろもろの状況を総合的に判断し、未来を推定するものだ。
なんというか、きゅぴーんと何かひらめく感じ。
で、これは当然、相手が動きつつになる。
つまり、俺が『鑑定』によって次なる行動を判断し、動き始めた直後、きゅぴーんとくるわけだ。
右に移動しているときに、『右へレッツゴー』とか言われても、もうやっとるわい!とツッコまざるを得ない。
そんなのが毎度毎度あるので、ストレスはマッハである。
しかもこれ、自動発動型だから止めらんない。
というわけで。
ストレスで胃に穴が開くのを避けるため、俺は今、視界にいる中でもっとも戦闘能力の高い人を読み盗っているわけだけど。
「あんた逃げようとしてるね!?」
気絶したふりをしたまま、器用にも横たわった体勢でずりずりと移動していた鬼の人。〝もうすこし距離を取ったら起き上がって全力でダッシュ〟とのお考え。
俺は逃すまいとダッシュで奴に近寄り、首根っこを捕まえて引き上げた。
「ああ、逃げるさ。そりゃあ逃げるよ。あんな化け物、僕が絶好調で刀を4本持った万全の状態でも無理。かなり無理。理性を失ってるから騙し合いにも持っていけない。だから見逃してほしい。もちろんいずれ恩は返す。覚えてたらね」
いっそ清々しい。が、今この人にいなくなられると、とても困るのだ。
「君も逃げたほうがいいよ。連れの子がいるんだろう? 危険な目に遭わせてもいいの?」
「そんなの……マリアンヌさんを置いていけるわけないだろ」
「じゃあどうする? いっそもう一度キスでもしてみるかい? お姫様を目覚めさせるのは、王子様のキスと相場が決まっているしね」
「なっ!? なにバカなこと言ってんだよっ! とにかく、あんたは大人しくそこで見ててよ。でないと、俺があんたを動けなくする」
「その前に、二人とも動けなくなるかもねえ」
ハッとして横を向く。マリアンヌさんが大剣を大上段に構えて襲ってきた。
俺はムサシを突飛ばし、その力を利用して飛び退いた。二人が別れてできた空間に、大剣が振り下ろされ。
爆発音みたいな轟音。石畳が粉砕され、大小の破片が襲いかかる。
「ぐぼぉ!」これは俺じゃない。もう一人のほうだ。
俺は破片の動きを読み取ってひらりひらりとすべて躱したのだけど、ムサシは片腕が使えないため、でっかめの破片が胸に直撃してました。あ、肋骨が折れてる。
ちょっと不憫に思いつつ、これで奴は逃げ出せない。そこで大人しく転がっていてくれたまえ。
だけど、状況は元に戻っただけで、まったく先が見えない。
いや、ムサシの忠告を聞いたようで癪だけど、マリアンヌさんを元に戻す方法が彼女自身に記されていないか、深く読み取ってみたところ。
〝メル・ライルートの口づけによって『狂化』は解除され、正気を取り戻す〟
俺を名指しかよっ! 嬉しいけど、たいへん光栄ではあるのだけどもっ。
そういうのはほら、本人同意の上というかさ、でも彼女自身の情報なんだから同意しているようなものなのか?
俺が邪な拡大解釈をしていると。
「マリアンヌ様っ!」
彼女のお仲間が登場しちゃった。赤い鎧を着た人や、この街の衛兵と思しき人たちがぞろぞろやってくる。
「攻撃はしないでください。彼女は攻撃する意思がある人に襲いかかってきます」
「き、君は?」と一番強そうなおじさん。
「とにかく、ここは俺が引き受けます。住人の避難とかをお願いします」
「う、うむ。頼んだぞ」
おじさん――ガズーソという名らしい――は部下に指示を飛ばす。
鑑定士のお爺さんは、まだ来ていない。3本奥の路地辺りを、のろのろ歩いていた。でもこちらへ向かってきているのは確実だ。危ないから帰ったほうがいいのにっ。
さて、急がなくちゃならなくなった。
鑑定士が来たら、俺の能力がバレるかもしれない。
その危険を回避するには……俺はマリアンヌさんの攻撃を避けながら――ときおり『引っぱたいちゃうよっ』という意思を強めながら、ちらりと目を遠方に流した。
人工的な広場には不釣り合いな、巨大な岩。そこに刺さった、一本の剣。
勇者の剣には、『妖精の眩惑』なる特殊効果が付いている。〝剣自体の性能を隠匿する〟のと、〝所持者のステータスを任意に偽装できる〟というものだ。後者を使えば、俺の『鑑定』スキルを隠蔽できる。
それに、今のままじゃどうやっても、マリアンヌさんは止められない。
俺は攻撃を避けるので精いっぱいなのだ。ときどき攻撃の意思をもって突っかかっていくものの、当たりゃあしない。
き、キスをするのだって、顔同士をくっつけるくらい近づかなくちゃならないわけで。いや、やるかどうかは別にしてね。可能性の問題として。
さておき。
彼女を物理的に止めるにも、勇者の剣は有用だ。
『妖精王の加護』という特殊効果なら、俺は15秒間無敵になる。その間に、キッスを……。
俺はぶんぶんと頭を振り、やましい気持ちを外へと追いやる。
問題は、どうやってあの剣を抜くか、だ。
剣の【状態】には、〝封印を解くには勇者アース・ドラゴと同程度以上のステータスが必要〟とある。
そんなすげー人がここにいるわけないだろっ!
だがちょっと待ってほしい。
ここは勇者終焉の地。つまり、勇者はここでお亡くなりになったのだ。
世界を救ったほどの大人物。遺体は丁重にミイラ化され、どこぞに展示されちゃったりしてないかな?
死体から情報を読み盗れるのは実証済み。ロウに突撃したときは、ヘーゲルを読み盗ったんだよね、実は。だってナイフをうまく扱えないし。
よし、勇者の遺体がどこにあるのか、この街の歴史を紐解いてみようっ。
〝勇者アース・ドラゴの亡骸は、妖精王が妖精の国へと運び去った〟
何してくれてんだよ妖精王! てか、妖精って本当にいるんだな。まあ俺、魔物すら現物は見たことないけど。
振り出しに戻り、俺は失意の中でギリギリの回避行動を続ける。
でもまだ諦めてはいない。
俺は目の前で大剣を振る女性を、深く読み取る。
この人は、本物だ。
ムサシには及ばなかったものの、実力は群を抜いている。
それだけじゃない。
今、彼女は必死に抗ってる。『狂化』され、理性を失ってなお、〝誰も殺してはならない〟と自らを抑えようとしていた。
その崇高な勇気は、勇者の資質を十分に備えていると俺は思う。
なら、彼女を読み盗っている俺は、ステータスは足りないけど『勇者の剣』に認められはしないだろうか?
もしそれで抜けちゃったら、当然マリアンヌさんにも抜けるわけで。
横からかっさらうようで心苦しい。
心苦しい、けど――。
「アアアアアァァアアッ――!!」
彼女の良心が、狂気に飲まれていくのは見ていられなかった。
早くしないと彼女どころか、シルフィや街の人たちにも被害が出る。
と、シルフィを意識したせいか、視界の端にいた彼女の前に、見知らぬエルフさんがいるのに気づいた。いつの間に?
しかも手にした何かを、俺に向けた。俺は彼女の情報を半ば無意識に読み取って――。
「シルフィ! その人と一緒に行けっ!」
関係者っ! シルフィを捜しに来たエルフの国の兵士さんじゃないかっ!
さっきからムサシに手を貸していた人でもあるのはこの際、横に置いといて。いまだ俺を〝疑っている〟とこからも、何やら誤解しているようだし。
「その人はお前の味方だっ! だから安心してついていけ!」
「で、でも、メルくんは……?」
「大丈夫。俺は後から必ず追いかける。さすがにこの状況を放ってはおけないだろ?」
「……わかった」
よし、これで心配事のひとつはなくなった。
とにかく試してみなくちゃ始まらないし、俺は勇者の剣を――。
「アアアアアァァアアッ――!!」
俺が大岩へ駆け出したあと、咆哮が遠ざかるのを感じた。
振り返ると、マリアンヌさんがシルフィに――正確にはその前にいるリーゼロッテさんというエルフの女性に、襲いかかっていた。
明確な、殺意に侵されて。
リーゼロッテさんは俺に武器を向けていた。その攻撃意思に、マリアンヌさんが反応したのだ。
間に合わない。飛び出したところで届かない。移動速度を超えた何かが必要だ。
リーゼロッテさんを読む。
彼女は魔法使いだ。
けど、通常の魔法は狙いが定まらないとかなんとかで、手にした武器――『魔法銃』のような、出口がひとつしかない筒形のものに魔力を通し、魔法の弾を発射しなくてはならないらしい。
筒……筒形のもの……刀の鞘でもあればよかったけど、今は手元にない。そもそも何もない。
何もない……のなら――。
俺は右手のこぶしを握る。ほんのわずか力を緩め、エア剣を握るみたいに空洞を作った。これでは両端が開いた状態で不十分。左手で右手の底部分を覆って閉じると、そこに魔力を通した。
そして、魔法弾を撃ち放つ!
「いってぇっ!!」
めちゃくちゃ痛い! 手が焼けるっ!
わかってはいたけどね。魔法弾をぶっ放すほどの爆発が、筒形武器の中で起こるのは読み取っていた。『魔法銃』はなんかいろんな魔法術式が施されていて、かなり頑丈な代物になっている。
でも俺は生身でそれをした。
たぶん耐えられないだろうから、事前にちょっとした準備をしていたのだ。
狙いを定めてからムサシの能力を読み盗り、照準を合わせた瞬間、『玄武の甲羅』で防御力を高める。で、即座にリーゼロッテさんの能力を読み盗り直して魔法弾を発射した、というわけ。
時間で効果が指定できるものなんかは、別の人に切り替えても効果が残ってくれるらしい。
魔法弾はマリアンヌさんの背中に直撃した。もっとも威力は抑えてあるのでケガどころかダメージは皆無。
でも、こちらに注意が向いてくれた。
俺は彼女を引きつけながら、大岩へ飛び移る。
そして、剣の柄を思いきり握って、引っ張った――。
……抜けない。
やっぱダメでしたっ!
くそ、どうすりゃいいんだよ。
マリアンヌさんがこちらへ走ってくる。
この際、鑑定士に俺のスキルがバレるのは仕方がない。ただ、彼女を救いたかった。
どうにかして、『勇者の剣』に俺を認めさせないと。その方法は――。
剣に聞けばいい。
深く、もっと深く。
剣の内側にもぐるように、情報を読み取っていたら。
どくん、と。
俺の心臓が大きく跳ねた。
時間が、ゆっくりと過ぎていくような錯覚。マリアンヌさんは大剣を振り回しているのに、それが、やけに遅く見える。
まだ浅い。
もっと深く。
『勇者の剣』の〝記憶〟を辿っていくと、時間がさらに速度を落としていき――。
「ぇ……?」
俺の目の前に、若い男が現れた。
黒い服に黒いマントをはおり、質素な片手剣を手にした相当なイケメンさんが、虚空に浮かび立っていた――。