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We'll meet again

作者: ととのえ

 明け方、姉から連絡が入った。

「父さんが死んだ」

 夜勤明けの、夏の早い朝が雲の隙間からのぞく、すがすがしい午前のことだった。



 とある保険会社から姉の元へ連絡が入ったのは、一ヶ月も前のことだ。

「恐れ入りますが、×××××さんのご息女様でいらっしゃいますね? 私、××保険の染谷と申します……」

 保険会社の染谷さんは、父が病気で死んだこと、死んだ際には姉に連絡が行くように頼んでいたこと、そしてこれからの手続きについてを、簡単に伝えた。

「なんかね、遠縁の親戚がいたらしいの。いろいろな面倒ごとは、そっちの人が全部やってくれるって。代わりに遺産をよこせだって」

 相変わらずの冷たい横顔で、姉は私に言った。きっと父のことだから負債ばかりを私たちに残して逝くのだとばかり思っていたが、世間一般的にそれなりといえる額を私たち宛にとっておいてくれたらしい。それを親戚の人たちがかぎつけて、離縁した娘に渡すとは何事だとごねたらしかった。

 姉は染谷さん同席のもと、親戚の人間達へ自分たちは長く父に会っていないこと、葬式の手続きを肩代わりしてくれるなら遺産をそちらに受け渡すことを簡単に伝えた。突然入ってきた巨額の金に親戚は大喜びしながら姉の条件を受け入れた。そういう人が死んでからのいろいろがすべて終わってから、姉は私に報せた。私は結果をきいただけだった。そうなの、と、なにもいえないからうなずきだけをかえした。

「墓参り、行けないの?」

 私は姉に聞いた。

「なにも言われなかったから、行っていいんじゃん?」

 姉は答えた。

「一緒行こうよ」

 私がだだをこねると、姉はあからさまにいやな顔をした後、仕方なくうなずいた。

 父の墓は新幹線を使わなければならない距離にあった。私たちはいつの間にか旅行気分で、墓参りが終わったらあそこにいこう、この旅館なんて良いんじゃないか、有名なお店のごはんが食べたいなどの楽しいことをいくつも計画してから、父の待つ場所へ向かった。久しぶりの姉との遠出と父の墓へ参ることのやるせなさとで、道中私の心はせわしなかった。

 新幹線の通る大きな駅からローカル線を乗り繋いで数十分、父の墓は小さな寺の奥地にあった。駅前のコンビニに寄って、線香など墓参りに必要な物を買った。

「てっきり、無縁仏かと思った」

「お金ってこういうときにいいよね。血縁者を見つけやすい」

 父の墓はひっそりと、墓地の奥の奥にあった。夏場なのに涼しく感じるのは石が地表の熱をさらっていたりするせいなのだろうか。もしくは場所がそう感じさせるのか。

 軽く墓石を掃除してから線香を刺し、花を生けた。姉が手を合わせたので、私も従った。

「ライター、貸して」

 姉からオイルライターを受け取ってから、マルメンのリフィルを破った。

「あんたそれ、」姉が驚いたようにとがめた。

「いいじゃん、一本くらい」

「ここ禁煙だよ。罰当たり」

「線香も煙出すじゃん、わかんないよ」

 先端に火をつけて、フィルターから煙を吸い込む。姉にも勧めたが、いらないと一蹴された。

 白地に緑の模様が入ったマルメンは、父がよく吸っていたたばこだった。ひとくち吸うごとにきついメンソールが咥内を醒ましていく。煙が目に染みたのか、つんと鼻の奥が痛んだ。

 姉はきっと、私が選んでこの銘柄を買ったことに気付いている。気付いた上でなにも言わないでいる。弔いだなんて馬鹿らしかった。それでも父が、墓に置かれたたばこに喜んでくれたらと願わずにはいられなかった。

 吐き出す煙は線香の煙と混じり、天高く昇っていった。

「昨日さあ、映画見たんだけど」

 沈黙を破り、姉が口を開いた。

「どんなやつ?」

「博士の異常な愛情」

「時計仕掛けのオレンジの監督?」

「そう、それ。その主題歌がね、さっきからずっと頭の中くるくるしてんの」

「どんな歌?」

「晴れた日に、また会いましょうって」

 ふいに姉の声が鼻がかったように聞こえて、隣を見れば案の定目に涙を浮かべていた。

「いい歌だね」

 たばこの灰が、地面に落ちる。立ち上る煙の行く先はすがすがしいほどの快晴だ。

「また会いましょう。ある晴れた日に」

 いつあえるのか知らない、どこで会えるのかも知らない、でも、いつか、晴れた日に。

 あてどのない呼びかけだった。たばこのにおいが、父の名残を私たち姉妹に魅せた。

 解放だ。蝉時雨が父と私達とを別ける。もう二度と会えない。

「ごはん、食べに行こうか」

もう1度姉を見ると、涙はすっかり引っ込んでいた。私は煙草を揉み消して、姉の隣に立つ。

「海鮮丼が有名なんだって。うにとかいくらとか」

「いくら。いくらいいなぁ、食べたい。食べに行こう。早く行こう」

駅までの道は遠い。口の中に残ったたばこの味が水分を奪っていった。前を歩く姉の姿が日光の照り返しでゆらゆら揺れて見える。

嗚呼。

けれどきっと、いつか会いましょう。こんな真夏の、よく晴れた日に。

良い曲ですよね。

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