原風景
青年が泣いている。
倒れた自分の目の前で、すまないと何度も謝罪しながら。
しかし、その青年の涙はあくまでも自責の念からよるものらしく、その声に一切の嗚咽は無かった。
彼の口から紡がれる、口実と、謝意。
乾ききったその唇には、歯で噛んだで出来たであろう、小さい出血の跡がある。
誰に対して謝っているのだろう?
誰に対して涙を流しているのだろう?
青年の視線は自分の方向に向かっているのに、どうにも自分を見ているようには思えない。
彼の手には、鋭い光を発するナイフ。
だが、いかんせん腕の震えが止まらないらしく、いまいち、迫力に欠けていた。
その後、青年は覚悟を決めたのか、泣きながらも必死に笑顔を作る。引きつっている部分もあったが、それでも十分すぎるほどに穏やかな、そしてどこか安らぎを感じさせるような、そんな表情。
覚悟は諦めとも取れる。これを改めて実感させられた。きっと、この青年もそれを実感することが今までに無く、ほんのさっきまで現実との板挟みに苦しめられていたのだろう。
まるで、その手に持つナイフのように、どこまでも誠実に、覚悟を決めた瞳はやがて腕の震えさえも抑えていく。
だが、この状況で一番救いを求めているのは自分でも無く、他人でもなく、青年の様な気がした。
彼が腕を振り下ろす。
ナイフがいとも簡単に自分の胸へと沈み、心臓を破いた。
血が溢れ出る。
まるで、湧いて出た泉の様に。生命の力強さを誇張するかのように。
時間の進みが遅くなる。神様の悪戯にも思える、もどかしさの中で、不思議と足掻こうとする意志は芽生えなかった。
青年は指を、溢れ出た血液で濡らし、頬から唇の端までをなぞる。
それは、悲しき笑顔の完成だった。
段々と瞼が重くなっていく。
青年の瞳から涙が止まる。その顔に元々持っていた表情らしきものは消え失せていた。
これは決意か。はたまた、本心か。
弱りきった自分には、そのことを読み取れる思考力などあるはずがなかった。
ここで気付く。
この青年は。
まごうことなき、自分自身──桐島楓月、その人であることに。
完全に視界が暗転。
これが、俺の原風景。
初投稿です。
未熟者ですがよろしくお願いします。
更新は多分、少し遅めなので、それも踏まえて気楽に待ってくれるとうれしいです。
出来るだけ頑張るのでこれからもよろしくお願いします。(笑)