仮面、始動
ユリアは夢を見ていた。
自分が子供の頃の夢。
父がいて、母がいて、そして兄がいた幸せだった頃の夢。
昔からユリアは父親や母親よりも優しい兄が好きだった。
よく父が兄に引っ付いていくのを見て寂しさが混ざった苦笑いをし、母がその父親を慰める。
ユリアの家族内ではもはや定番と言っていい光景だ。
自分は綺麗でお洒落な洋服を着て、家族がいて家があって。
ーー幸せだ。
心からそう思う。
ーーいつまでもこの瞬間、刹那が続けばいいのに。
そう思った瞬間、景色が一変した。
周りの景色が、家が、母が、父が、兄が暗闇に溶け混んで消えていく。
待って、そう言いたいのに声が出ない。
追いかけようと足を運んでも躓いて転んでしまう。
自分に出来ることは消えていく家族を、居場所をただ見て手を伸ばすだけ。
置いていかないで、一人にしないで。
一人は寂しい。寂しい。寂しい。
その感情だけが心を埋めつくす。
そして、暗闇の中でユリアの瞳に新しく映るのは一人の少年の背中。
ユリアは自然とその手を伸ばし、その服の裾を掴みーーー。
その夢から覚める。
「‥‥ぅん。あれ、ここは‥‥‥?」
目を開けると見知ったような天井。
身体を起こすと自分が寝台の上にいることに気付く。
「なんで私、ベッドに??確か昨日‥‥」
ユリアは自分の記憶を遡る。
昨日は一人の少年に助けられたお礼に王都を案内したこと。
最後に自分が泊まっていた宿に案内しようとしてーー
「あっ、そうだ、カイムさんっ!」
ユリアは周囲を見渡して人影を探す。
この部屋にいるのは自分だけ。
彼女の最後の記憶には一人の少女の憎悪の籠った表情、薄く笑うカイム。
そこで記憶が途切れている。
血溜まりの中に倒れるカムイを想像してしまう。
ーーまさか、あのまま‥‥‥
脳裏に浮かぶ最悪のイメージを振り払うように頭を振る。
探しに外へ出ようと寝台から出た時、不意にドアが開いた。
「調子はどう?」
顔を出したのは傷一つないカムイ。
その様子を見るとユリアはまた寝台に倒れこむのだった。
「と、いうわけなんだ」
カムイはユリアが気を失なった後のことを教えた。
あの後、カイムが気絶したユリアを置いていけるはずもなく、場所がわからない宿を探して辺りを捜索しやっとのことで見つけた宿に入り込むも部屋が空いておらず葛藤に苛まれながら彼女の部屋に入らせてもらい、彼女を寝かせて自分は床で寝たことを話した。
彼女の部屋に入り込んだことについては
「別にカイムさんなら構いませんよ」
とのこと。
そのような些細なこと(カムイにとっては些細ではなかったが)よりも気になることがあるらしい。
「次‥‥‥ですか」
ユリアの呟いた言葉。
それは魔剣を持つ少女、エルゼが去り際に残した台詞。
『次に会う時は2人きり。お兄さんも本気でお願いね?』
あの言葉を信じるならばエルゼの目標はカムイになった、ということに他ならない。
「あの子は俺を目標に決めたみたいだから間違いなく襲ってくる。早ければ今晩にも」
「っ!で、でもそれなら王国騎士の人に頼んで助けて貰いましょう!」
カムイの言葉に怯えを隠せずにカイムの腕に抱きつき、提案する。が、カイムは首を横に振った。
「それはできない」
「ど、どうして‥‥?まさか、一人で行くつもりなんですか?」
カイムの返答にユリアはありえない、という表情だ。
確かにありえないと思うだろう。
あの魔剣の少女の膂力は常軌を逸していた。実際に本気ではなかったとはいえ結社の実働部隊であるカムイを殺す一歩手前までいったのだ。
一般的に見ても正気の沙汰ではない。
「そのまさか。俺は一人で行くつもりだよ。あの子の力は優しく見積もっても王国騎士なんかに扱えるものじゃない。ユリアも見ただろ?あの子の振るう力と殺意を」
「そ、それそうですけど‥‥」
ユリアは昨日の事でも思い出したのか一層怯えを強くさせる。
「これ以上犠牲者は出したくない。だから俺は一人で行くよ」
「‥‥‥‥」
出した結論に黙りこくってしまうユリア。吐き出された正論に何もいうことができない。
エルゼの殺気を直に喰らっていた彼女だからこそ、その異常さも理解していた。
ユリアはカムイの身の心配をしての提案なのは理解していたが、カムイとしては王国騎士の介入を許したくない事情がある。
カムイはあくまで任務としてこの王都に来ている。
ありえないだろうが、万が一魔剣の少女が捕らえらてしまった場合は王国自体が敵に回ることになり魔剣の回収の難易度は遥かに上がる。
それだけは御免こうむりたい。
今ならば少女一人で済む話なのだ。
ユリアには悪いと思うが一人で行くのは変わらない。
それに、彼女の方が少々異常だともカムイは感じていた。
ユリアが自分に彼女の兄の面影を重ねているのは昨日の会話で分かっているつもりだ。
だが出会ったのはつい先日の見ず知らずの人間にここまで心配することは普通はありえない。
他になんらかの要因がない限りは。
考えつく限り、それに該当するようなことには思い当たらない。
「‥‥‥さい」
「ん?」
物思いに耽っていたカムイに不意に何かを呟くユリア。
その言葉は小さくうまく聞き取れない。
そして、彼女らしくなくキッと涙目で睨みつけると
「私も連れて行って下さい!」
「えぇっ!」
今度はカイムが驚く版だった。
普通、恐れを抱いた者には近づかないのが人の性だ。
先ほどの様子からは思いもよらなかった。
「で、でも危険だぞ?」
「大丈夫です」
「また襲ってくるかもしれないんだ」
「平気です」
「俺なら一人で大丈夫だからさ」
「でも、昨日危なかったじゃないですか」
「うっ‥‥‥」
昨日の油断の事を突かれカイムは言葉が詰まる。
そこを指されてしまうと何も言えない。
「それに‥‥私、怖いんです。また、私の知らないところで誰かがいなくなるのは」
不意に溢れたユリアの気持ち。
カイムはこれがユリアの本心から来たものだと分かっていた。
「はぁ」
天井を見上げて一息。
「分かった」
「え?」
白旗を上げたのはカイムだった。
「ただし、俺の前に出ないことが条件だ」
それに輝かんばかりの笑顔になるユリア。
結局、逃げないように一日中何故か腕を抱かれたままのカイムだった。
そして、夜。
夕食を食べ終えた二人は借りた部屋(といってもユリアが借りた部屋だが)にて出かける準備をしていた。
「これも、よし。あとこれも」
少し大きめの鞄に色々入れているユリア。その多くが魔法で作られたポーションのような回復アイテムばかり。
完全にサポートできるようにユリアは張り切っていた。
「こちらの準備は大丈夫ですカイムさんっ!」
カムイの方を向いて敬礼するユリア。
カムイはその様子に苦笑しながら自身の準備もできていることを伝えた。
「こっちも大丈夫だよ」
「わかりました!では早速行きましょう!」
そう言って先に部屋のドアノブを回すユリア。
次の瞬間。
視界が暗転する。
「あ‥‥れ?」
何が起きたか理解できず、喋ろうとして
それしか言えない。
「ごめん」
耳に届いた言葉。
見上げた先にいたのは何故かすこしだけ悲しそうな表情をしたカムイ。
それを最後にユリアは意識を失った。
「ごめん」
カムイは倒れた意識を失うユリアに謝る。
カムイは彼女の夕食に眠り薬を入れていた。
彼女の倒れた瞬間の表情はしばらく忘れられ
そうにない。
ーーだが、これでいい。彼女は本来、俺 に関わるべき存在ではない。
間違いなく、付いて来ればエルゼは彼女に怒りを覚え、殺しにくる。
邪魔されないために。
ならば一人で行くのがベストだ。
それにいつかは別れる運命なのだから。
そう自身を納得させ、穏やかな表情のユリアを昨日のように抱き上げ寝台へと寝かせる。
そして、外套をしまう。
代わりに出したのは黒いコートに仮面。
ここからのカムイはカイムではない。
黒いコートと仮面を身に纏った、結社のメンバーだ。
窓から飛び降り、地面へと容易に着地する。
仮面の奥の瞳に映るは魔剣の少女、エルゼ。
「昨日ぶりね、カイムお兄さん。今夜は楽しく、二人きりで、踊りましょう?」
「ああ、そうだな」
昨晩会ったときよりもより、悍ましさを纏った笑みに薄く笑いを返す。
「だが、始める前に一つだけ訂正しておこう」
「何かしら?」
カムイを見て首を傾げるエルゼ。
その様子は見た目通りの少女のものだ。
ーーだが、一切の躊躇はない。
「覚えておけ、俺の名前はーーーカムイだ」
ーーこいつは、ここで殺す。
闇夜に引き抜かれたカムイの剣が光った。
バトルに限らず、ここはこうしたら?これなんてどう?などなど感想、ご意見お待ちしてます。はい( ´ ▽ ` )ノ




