死の舞踏 2
「お前の正体はーー」
「それ以上は言わなくていいわ」
カムイが正体を明かそうとするのをエルゼ本人に遮られた。
元よりエルゼ達には隠すつもりはない。
もちろん、言うべき人物かどうかは判断はしているがカムイほどの実力者なら不満はない。
それに、言わずとも既にバレてしまっている様子。明かされる位なら自分から明かしてしまえ。他人に明かされるのは不思議と不快になるものなのだ。
「私の正体はーーと、言いたいところだけれどその前にもう一人紹介するわ。レーゼ出てきなさい」
カムイとエルゼ以外誰もいないはずの場所でいるはずのない第三者の名前を呼ぶ。
しばらくすると、エルゼの持つ魔剣から人の声が発せられた。
ーーはい。エルゼ姉様。
その声が聞こえると同時。
エルゼの持つ魔剣が黒い靄を出して姿を変えてゆく。
次第にその靄は人の形になっていきやがて一人の少女になった。
顔はエルゼと瓜二つ。
しかし、エルゼとは対象的に黒い髪に黒いゴシックドレスを着ていた。
「紹介するわ。彼女は魔剣レーゼシオン。私の愛する剣にして妹よ」
「お初目にかかりますカムイ様。私の名前は魔剣レーゼシオン、レーゼとお呼び下さい。これからはエルゼ姉様に変わり私がお相手させて頂くことになります」
エルゼと魔剣たる少女レーゼはゴシックドレスの裾を摘まんでカムイに向かって一礼する。
「残念だけれど、私の出番は終わり。ここからは聞いた通りレーゼがお相手するわ」
哀しそうにエルゼがカムイに言う間にもたちまち先程のレーゼと同じように靄が彼女の体を覆っていく。
その靄は白い霧をイメージさせる。
「そうか、やはりお前達の正体は二振り魔剣。俄かには信じ難かったが、本当に人間の姿を取れるとはな」
「ふふっ、驚いたかしら?」
「ああ。粗方、お前が魔剣であることまでは予想はついていたがこうして目にするのでは大分違う。それにまさかお前の振るう魔剣までもが人の形をとるとは考えていなかった」
カムイはエルゼが彼女には自身の力を利用して人の姿をとっていたと予想していたがまさか彼女の持つ魔剣までもが人の姿を取れるとは思っていなかった。
驚きの声を上げなかったのは仮面を着け、意識のスイッチを入れ替えていたからにすぎない。
「そうね。普通はこんなことはありえないわ。私達が特別なの。考えつかなかったことを恥じることはないわ。それにーー」
白い靄が払われて現れたのは一本の白銀の剣。
白銀に輝く刀身に琥珀色の宝玉が嵌められたその剣はレーゼが変化していた魔剣とは正反対。
それを躊躇なく手にするレーゼ。
「ーーカムイ様は一つ思い違いをしていらっしゃる。姉様はーー」
手にした白銀の剣を空中でくるりと回してエルゼの言葉を引き継ぐ。
姉様はーー聖剣、です。
その台詞が耳に届くと同時、レーゼはカムイへと走り聖剣を振るう。
こうして、役者を変え死の舞踏の二幕が開始した。
「はっ!」
「ふっ!」
振られた聖剣を受け止め、互いの剣がぶつかり合う。
正直なところレーゼの膂力はエルゼを遥かに下回っていた。
が、それでも気が抜けないことには変わりはなかった。むしろカムイにとってはエルゼよりもやり辛い。レーゼの太刀筋は機械のように精密で余分な隙を作らない。エルゼすら完封したカムイの動きに正確についてこれる上にしっから防御し、反撃する余力も残している。
最小限の動きで最大の効果を生み出す体捌き。
剣を扱う者としては姉を遥かに凌いでいた。
「なかなかのっ、腕前だな」
「お褒めにあずかり光栄の至りです」
数回目の鍔迫り合い。
膂力こそ下回っているがそれも見た目通りの少女のものではない。
現にカムイの目の前の少女は人間ではなかったが。
そんな事実を改めて実感すると笑いが込みあげてくる。
「‥‥どうされたのですか?口角が上がってらっしゃいますよ」
「そういうお前も上がっている」
カムイの目にも笑うレーゼの姿が。
レーゼの目にも笑うカムイの姿が。
不思議なものだ、とカムイは思った。
闘う前までは殺すとしか思っていなかった相手を前にして斬り合いながら笑うなんて前世の世界ではありえない、狂った人間のやることだ。
多くの剣士は、強者との手合わせを好むという。
カムイもその例に当てはまると自分では思っている。
強者との立ち合いは熱を灯らせる。
だが、今のこれは違った。
ーー壊シテシマエ。
「っ!」
突然、頭の中に響いたモノに驚いて鍔迫り合いの状態からカムイは必要もないのに自ら離れた。
幻聴ではなかったはず。
しかし、レーゼには聞こえなかったのか距離を置いたカムイに首を傾げている。
「‥‥‥‥?どうしたのでしょうか。ですが丁度いい。これで使える」
ーーええ、そうねレーゼ。使いなさい、私の力を。
聖剣からエルゼの声が聞こえ、聖剣から光が放たれる。
「遊びはここまで。ここからは私達姉妹の全力をお見せ致します」
その言葉と共にレーゼはエルゼを労わるようにその刀身を指で撫でる。
「『この身姿、まさに聖なる翼にして荘厳』ーー」
カムイは直感で理解した。
これは、詠唱。
魔法を放つための者ではなく聖剣の力をを解放するための聖句だということを。
「『光にて全てを浄化せし救済の希望とならん』ーー『御身の真名をもって今こそ美しき威を示せ』ーー」
聖句により白銀の剣もまた姿を変える。
夜にもかかわらず光が辺りを照らしカムイは思わず目を閉じる。
「『目醒めよ、聖剣エルゼレスト』」
詠唱が完成された。
周りに放たれるは白銀にして聖なる波動。
聖剣と呼ばれた剣のみが放つことを許された気配。
「これは‥‥‥」
閉じた目を見開いた先に映るは真なる姿を顕現させた聖剣。
その姿を表すならば穢れを知らない白銀の翼。
世を救わんとした絶対なる光。
「さぁ、私達の準備は出来ました。ここからは次元が異なりますゆえ、油断なさらぬように」
絶対なる正義の刃を掲げるレーゼ。
カムイは先程の囁きを振り払うように愛剣の切っ先を目の前の敵へと向ける。
一瞬が命取りだ。
ほんの僅かな時間でも目を逸せば、即死に繋がる。
そう思っていたはずなのに。
「がっ‥‥はっ‥‥」
一陣の風が吹くと共に膝をついたのはカムイだった。
「な‥‥ぜ‥‥‥ぐっ」
胸元に目を向ければコートを割いて肩から斜めにかけて大きな斬撃痕。
全く反応出来なかった。
剣を振る初動も斬られたことさえ気付くことができない。
いつ、どのように斬られた?
それだけをカイムの頭に浮かんでくる。
「今、私は剣を振っておりませんよ《・・・・・・・・・・・》」
斬った本人によってすぐさま問題の解答を得た。
「剣を振るって‥‥いない‥‥?」
「はい。今のは姉様‥‥聖剣エルゼレストの能力です。周囲をご覧ください。薄っすらと結界のようなものがお見えになりませんか?」
膝をついたまま言われた通りに周囲を見渡すと確かによく目を凝らさないと見えないくらいの白銀の結界がこの闘技場全体を覆っている。
「これは、姉様の御力。結界の範囲ならばいつでも、どこでも、いくらでも、剣を振るおうとも振らずとも斬撃を相手に叩き込む究極結界、名を千刃剣戟結界」
「なん‥‥だと」
事実を知ってカムイは驚愕した。
レーゼの言った能力ならば、範囲はこの闘技場全体。
そのどのタイミングでも好きなときに相手に不可視の斬撃を与える。
回避不可能な間違いなく最強クラスの力。
「ご理解頂けましたか?」
「ああ、とんでもない‥‥能力だな」
カムイは傷を抑えてなんとか立ち上がる。幸い、喰らった一撃は致命傷ではない。まだ、戦える。
「素晴らしいですカムイ様。これを見せてもなお立ち向かうそのお姿。レーゼは感動致しました」
「随分と余裕だな、お前」
「ええ。事実、これを展開して負けたことはありません。それに、残念ですがカムイ様は攻撃を受けてしまいましたので」
不意に放たれた意味を聞くまでもなく、理解する。
自らの体の異変を。
「体が‥‥」
ただ重く、鈍いのだ。
普段は決して無いはずの異変。
剣を支える筋力が、戦いを経て冴え渡った身体が、感覚が、他人の物のように扱い辛い。
「これは『浄化の聖痕』。斬撃を受けた相手にあらゆる能力に制限を行う力でこざいます」
「くそっ‥‥」
瞬時に距離を置く。
といっても普段のカムイの動きからは程遠いがそれでも距離を置いた。
近くにいれば聖剣に餌食になる。低下した現状では均衡した闘いにすらならない。
先程まで、優先だった状況はたった一本の剣によって覆された。
一国を相手取ることができる者を簡単に追い込むことを可能とする。
これが聖剣、魔剣と呼ばれる武具。
「よいのですか?そんなに距離を置いて」
それはもう野性的な勘。
後ろを振り向き剣を構え、防御する。
腕に伝わる衝撃。
「ぐうっ‥‥」
制限を受けた筋力では受け止め切れずに吹き飛ばされる。
距離を置いて結界を出ようとしても斬撃が迫り、距離を詰めれば相手取ることもできずに斬り捨てられる。
ーーどうする、どうすればいい。
具体的な策も思いつかずにただ焦りが積もる。
ーー壊セ、壊セ、壊シテシマエ、カムイヨ。
再び聞こえる声。
ソレはゆっくりと着実に、這うようにして近付いてきていたーーー。
聖剣ちゃん、ちょいとチート臭いかなー。
次回で、多分カムイ君の能力が‥‥⁉︎