13段目の階段
コタロスタは白い階段を上る。白い階段は12段目で途切れている。白い階段は建物の密集する地域の、正方形の広場にある。広場には土と草がある。細く伸びた草が階段の根元で揺れている。
コタロスタは見えなくなっていた。時計と、白い壁紙と、清潔な無臭な空気と、繰り返される単調な言語と、クリアで整頓された音楽と、同じニュース画面と、国の権力を補完するための報道と、まじめすぎる人々の中で。
コタロスタは想像上のクリスタルの針を両手に一個ずつ持った。クリスタルの針には美しい模様が刻まれている。コタロスタは右手の針で左目の瞳孔を刺し、左手の針で右目の瞳孔を刺した。音が液体のように耳に流れ込んでくる。風の音。黒曜石と鉄のぶつかるまぶしく短い音。空、雲、大地の動く音。モーター音。風が通りを抜け、触れたものをきしませる音。鳥が遠くで鳴く。コタロスタはレコードを聴いた。コタロスタは音で出来た13段目の階段を登る。銀色の霧の中を登る。日差しがコタロスタの肌を温める。綺麗な道路。夕焼け。黒い影となった建物。カーテンレースを透かしカーペットに降りる日。長い時を越えて力強いスマイル。記憶の画。リーディング。サーチング。リスニング。ステップ。
精霊の女の羽音に導かれる。水色の水面を飛行している。25メートルの直系の星の上。薄く水に覆われた星を、水しぶきをあげながら女が飛行する。タンクトップと短パン姿の女。女のオレンジ色の髪はばさばさと水と風に踊る。どこから来たのか道はない。何処へ行くのか道はない。気が付いたらその中にいる。
緑色の丘が点在する谷深い場所。長い毛におおわれた人類の兄弟が発声する。発声は音楽になる。音楽は他者同士の兄弟の胸を貫いて流れる。黄金の川は兄弟たちの胸を縫って流れる。細胞壁を貫いて1人が共有される。びりびりしびれながら繋がる。先の事の死もなく、不安もない緑色の丘の上の猿人。猿人の発声する音楽が、点在する丘の上の猿人同士を繋いで流れる。距離が消える。認知症でも、時間の繋がりがなくても共有できる猿人の音楽。日差しの中、風の中、川の水の中、土のにおい、虫の声、足音、吐息、あえぎ声、雷鳴、雨音、雪音、雹の音、猿人の耳で聴ける音楽。
背中を向ける他人同士。理解し合えない者同士。自然と人間の共生できる環境。死がいから延びるオリーブの木。湧水を飲む口。自然の歩きがたい道を歩いた後の疲労。心中をうめる達成感。不純物の無い食物。訪れる眠り。