ワニ
黄緑色の草原から天に向かい白く長い縞の曲線が立ち上っていく。水色の空で白い曲線が揺れている。
コタロスタはたくさんの声を聞いていた気がした。自分が目を覚ましたことに気付き疲労の消えた波に漂うような体を感じながら開眼した。
コタロスタは黄緑の草原を歩いた。藍色が見えた。藍色の海に黄緑の小島がいくつもある。
小島から小高い丘へ続く斜面がある。コタロスタは黄緑色の小島の中にごつごつした岩があるのを見た。灰色の硬そうな岩。岩はかすかに動いた。牙のたくさんある口が開くのが見えた。
灰色の岩は巨大なワニだ。深紅の口がぬらぬらしている。
潮の香りと綺麗な水と灰色のワニがコタロスタの周囲にある。
コタロスタは水辺へ進む。水の中に入っても水がほとんど見えないほど透明だ。コタロスタは両足に心地の良い冷たさを感じた。
コタロスタが水に入った時からワニの焦点はコタロスタに向けられた。コタロスタが水中を進むと、水の色はかすかな水色をおびた。
コタロスタは水の高さが腰まで来ると。さっと泳いで小島に近付いた。灰色のワニは一つ先の小島からコタロスタを見ている。
ワニのいる小島から丘への道が続いている。コタロスタは小島に両手をついた。きめの細かい焦げ茶色の岩をつかみ黄緑色の細い毛のような草の上に這い上がった。
ワニの琥珀色の目はコタロスタを捉えて動かない。コタロスタはワニを見つめたままゆっくりと大きな針を手に持った。
コタロスタは水に飛び込みワニの小島へ泳ぎ始めた。コタロスタが泳ぐ。コタロスタの下方の海が水色から青へ藍色へと変わる。水温が下がる。針の先端が水中で光る。左足の傷穴から水中に血が溶けだす。
コタロスタはワニを見つめたままゆっくり水を掻いて進む。体が冷えて、震えて、慣れる。ワニの小島へ近づく、もうすぐ、2メートル、手が届く。
コタロスタの体の下で硬い皮膚の生き物が大きな体をこすりつけた。コタロスタはぞっとして、あわてて、水から体を上げた。水中で黒い巨大な影がすっと消えて行った。
島にいたワニは体をうねらせながらコタロスタへ突進している。コタロスタは右手に持っている大針でワニの方へ力強く突いた。ワニは口を開き大針ごとコタロスタの右手に噛みつこうとする。コタロスタは素早く手を引き、ワニは強く口を閉じた。
コタロスタは閉じたワニの上顎ごと貫くように針を刺した。ワニの上顎が少し裂けた。
ワニはコタロスタに突進し両足へ食らいつこうとする。コタロスタは後ろへ飛び退く。
ワニは再び噛みつこうとする。コタロスタは水辺へ追いやられる。
コタロスタは血の流れる左足を水の中に入れた。コタロスタは浮上した黒い影が左足へ触れた瞬間に、両足とも水の中へ入った。ワニも水中へ突進した。コタロスタは両足を黒い堅い影で踏ん張り、ワニの方へ飛び上がり、小島へ転がる。
ワニは勢いで水中へ落ちる。ものすごい音と水しぶきで巨大なカメの頭がワニを食べた。
コタロスタは小島を歩き、丘へ続く道へ進んだ。水色、白色、黄色の小さな花が柔らかい緑の草原に生えている。午後の日差しが丘の頂をまぶしく照らしている。ミシンはまぶしい光の中で黄金色に照っている。
アラームが鳴る。巨大な刀で世界をぶった切るような太い音がどこまでも響く。丘の上方から黒い人影が降りてくる。人影はライフルを持った兵士。
兵士はコタロスタの目の前で止まると、インペリカ?と小さいがしっかりした声で早口で確認した。
兵士は他にもいくつかの組織、企業の名を挙げた。コタロスタはどれにも属していないと伝えた。やってきた村へ帰るように兵士は指示する。
コタロスタが口を開くと兵士は素早くライフルを構え発砲した。ノイズが炸裂する。
コタロスタの後方で厚い氷を砕くような音がして、ワニの体が弾ける。
コタロスタは元来た道を戻った。水辺にはワニが数匹いた。水の中には巨大なカメの甲羅が見える。
コタロスタがそれらの生き物を確認すると同時にノイズの炸裂が続き、次々にワニとカメが弾けた。
美しい海水が赤く染まり、緑の草原に砕けたスイカのような肉が転がる。
コタロスタが泳いで海を渡り、陸地へ戻るまで兵士はライフルを撃ち続けた。




