並んで歩く帰り道
『接触、契約』の直後。シヴ視点。
血生臭いヴァイスストリートを抜け、りんと翠嵐と俺の三人で家へと帰る。人目につかないようにとメインストリートに出た時点で翠嵐は姿を消したが、そろそろ夜が明ける時間というのも手伝って人通りが極端に減った帰路では会話に加わってきた。
自由過ぎるりんと、それを少々棘のある言葉で受け流す翠嵐。会話が噛み合っていない、というかりんは他人の話を全く聞いていないようで、翠嵐に何を言われようと気にしていないらしい。それでも時折『車が来る』だの『人が来た』だのとお互いを気にする発言が出てくる所を見ていると、微笑ましいようなむず痒いような気持になる。俺だけ蚊帳の外、というかなんというか。ついさっき会ったばかりなのだから当たり前な筈なのに。
「りんストップ。此処だよ」
俺の一歩前を歩いていたりんに声を掛けた。が、俺の声は全く届いていないらしく鼻歌を歌いながら歩き続ける。隣から聞こえた翠嵐の溜息に、猫耳がついたケープのフードを引っ張ってやった。揺れるフードに着けられたチェーンの先の赤いリボン。
「いったい首絞まった!」
『自業自得だよりん』
再び姿を現した翠嵐とりんの会話を後ろに聞きながら、ポケットに入れておいた鍵を取り出して差し込む。僅かな手応えと小さな音が耳に届いて、鍵が開いた。そのまま扉を開くため、鍵を抜き取り手を掛ける。
「おっじゃましまーす!」
ドアノブに掛けていた手はいとも容易く引き離され、ブーツを脱ぎ捨てたりんが俺よりも先に飛び込んで行った。勢いよく脱いだせいでブーツが片方外に転がり出ている。唖然として固まっていれば、どうやらりんは部屋の中を物色し始めたらしい。なにやら引っ掻き回すような物音と、楽しげな鼻歌が聴こえてきた。こんな時間に、近所迷惑もいいところだ。だが、それよりも先に俺が思ったのは……。
「部屋、片付けておいて良かった……」
つい数日前まで散らかしたまま放置されていた部屋は『黒猫』と契約を交わした時の為に片付けておいたのだ。ごみを捨て、シーツを洗い、掃除機をかけたりして準備は万端。もしもあの汚い部屋のままりんが来ていたら、なんて想像するだけでも嫌になる。
りんの行動と俺の呟きを隣で見ていた翠嵐は、呆れたと言わんばかりに首を振った。
「りんも酷いけど、シヴルさんも相当おかしいよ」
「ああ、うん、ごめん?」
開け放たれた扉の前で固まる俺を尻目に、翠嵐はりんを追って家の中へ。慣れているからなのかどうなのか、全く遠慮する気はないらしい。俺は別に、構わないのだけど。
「シヴー! これなにー?」
家の中から聞こえるりんの声で我に返った。慌てて靴を脱ぎ、りんのブーツと翠嵐の高下駄を並べる。玄関の鍵を閉めた事を確認して、りんが居るであろうリビングに向かった。
「あ、やっと来た。ねえねえこれなーに?」
「それはお前等の為に用意した布団! 近所迷惑だし取り敢えずもう寝ろよ。後は起きてからな」
りんが指を指していた布団を敷いて、ここで寝るように軽く叩いて呼んでやる。翠嵐は特に何も言わず、布団に潜り込んで寝る体制をとった。それを確認して電気を消そうと立ち上がれば、りんが俺のベッドを占領しようとしている。
「りん! お前はこっちで翠嵐と一緒に寝ろって」
「だって一つしかないもん。りんこっちが良い!」
一つしかないと文句を言われても、『黒猫』は一人だと思っていたのだから仕方ない。生憎俺の家には布団は一式しかなく、あとは俺の使っているシングルベッドがひとつだけだ。ソファーなんてこの家にはない。
「だから翠嵐と一緒に寝ろって。ベッドが良いならそっちでも良いから」
俺だってもう眠い。一分一秒でも早く寝たいのだ。それなのに、りんはと言えばベッドの上でまだ文句を言っている。翠嵐は全く気にしていないようだ。
「もうスイは寝てるよ。一回寝たら自分で起きるまで意地でも起きないし、起こしたら凄く怒るから嫌」
「寝てるって……さっき布団に入ったばっかりだろ。そんなわけ」
そんなわけ、あった。その証拠に規則正しい寝息が聞こえている。
「だから、りんベッドで寝たい!」
「ベッドで寝たいって、俺が寝る場所なくなるだろうが」
「スイと一緒に寝たらいいよ」
冗談じゃない。さっき『翠嵐は起こすと怖い』なんて話をしていたのはりんじゃないか。嘘か本当か分からないが、翠嵐も妖怪。万が一にでも起こしてしまったら、何が起きるのだか。
「……そもそもそのベッドは俺のだし、りんと翠嵐の為に用意した布団だし」
どうにかならないものか、と視線を右に左にと巡らせて考える。ベッドで寝る気満々のりんはケープやリボンを外していた。布団で寝るつもりは全くないらしい。……仕方がない、か。
「解ったよ、仕様がない。そのベッド使っていいから」
起きたら布団をもう一式買いに行こう。それまで俺は床で眠ればいいとタオルケットを取り出せば、りんが俺の服の裾を軽く引いた。
「シヴは何処で寝るの?」
「床。布団は1つしかないからな」
「じゃあ一緒に寝ればいいのに」
突然何を言い出すんだこいつは、と思った。一緒にだなんて無理に決まってる。
「寝言は寝てから言え。ほら電気消すぞ」
ベッドサイドに置いてあったリモコンで部屋の照明を落とした。翠嵐を踏まないように、と慎重に一歩踏み出せば、思い切り片腕を引っ張られてベッドに倒れ込む。
「ちょ、何すんだ!」
「だから、シヴもここで寝るの! おやすみ」
「は? 俺は床で寝るって……離せ引っ付くな!」
腹の辺りに手をまわされて身動きが取れない。そればかりかりんは俺の肩口に顔を埋めていた。
「うるさい……りんもう眠いの」
「いやだから離せって!そしたらいくらでも寝ていいから!」
「んー」
駄目だ全然聞いていない。そして、あろうことかそのまま寝息を立てはじめた。
「嘘だろ……」
りんにしても翠嵐にしても寝付くのが早過ぎる。体に回された細い腕に、肩に感じる吐息に、意識が集中する。折角寝たところを起こす訳にもいかず、渋々片手で布団を掛けてやった。
その日俺が一睡も出来なかったのは言うまでもない。
そして翌朝、りんの放った一言で俺は連日睡眠不足になることを悟った。
「シヴ、あったかくてよく眠れたよ。りん、今度からシヴと一緒に寝るー!」
りんちゃんは一度言い出したら聞かない。翠嵐はそれを知ってるからあえて口を出さない。そして、振り回されるシヴル。
りんちゃんとシヴが一緒に寝てる所が書きたかっただけです。