カード隠し
黒猫視点。
暗い路地にヒールの音が鳴り響く。一歩路地に足を踏み入れれば街中の明るさとは一変、星だけが照らす世界は真っ暗。油断すれば転びそうだ。明るさの裏に隠れた闇は拡がり、夜の帳が下りると同時にその姿を現した。闇に隠れた無法地帯は相変わらず、いつだって血生臭いにおいがいたる所で漂っている。足元に転がる死体を尻目に歩いた。
さて、今度はどこに隠そうか。今回の契約主はどんなヒトだろう。どれだけ楽しませてくれるかな。
そんなことを考えると楽しくて仕方がない。ふと見上げた夜空には消えそうなほど細い月。新しい契約まであと僅かだ。
「そうだ、あそこに隠そう!」
独り、スカートを翻してスキップをするように走り出す。見付からなくても困るけど、すぐに見付けられたらつまらない。隠し場所は植え込みの中だったり、ゴミ箱の中だったり、放置された煙草の箱の中だったり。そして、今回は……。
「ここならすぐには見付からないかな」
『そんな所に隠すなんて、本当に趣味悪いよね』
他に生きている人影は見えないのに、何処からか声がした。エコーがかかったようなその声は、少年のそれに近かった。気にせず作業を進めていれば、聴き慣れたその声の主は呆れたように溜息を吐いている。そんな見えない誰かに、私は頬を膨らました。
「いいじゃない。簡単に見付かったらつまらないでしょ」
『だからって、もっと別な場所があるでしょ。そんな所に隠して契約できなくても僕は知らないよ』
そうは言いつつ全く心配はしていないらしい。その証拠に姿は現れていなかった。
「大丈夫だよう、一ヵ月くらい余裕で生活できるお金はあるもん」
『いつもぼったくってるからね』
「あら、それに見合うだけの情報は提供しているもの。問題ないよ」
嗚呼、今から次の契約が楽しみだ。果たして契約者は現れるのだろうか。
『その自信は一体どこから湧いてくるんだか』
「だいじょーぶだいじょーぶ! 大丈夫だって思ってればなんでも大丈夫になるんだよー!」
『……阿保らしい。僕が居なきゃ駄目な癖に』
小さく吐き捨てられた言葉なんて気にしない。だってこんなのはいつものことだ。
「さ、帰ろー?」
声の主が居るであろう方向を向いて笑い掛ける。答えが返ってくることはない。それでも満足げに笑って歩きはじめれば、背後から軽い溜息が聴こえて気配が続いた。そんな彼に気付かれないように、一つ笑みを零す。
彼等が去った後には、一枚のカードだけが残されていた。