#69 複雑な想いで(4)
「卒業おめでとう、ヒメちゃん」
まだ蕾状態の桜の木の下で、私たちはふたりで根元に腰掛けていた。
「浅香くんも、おめでとう」
「ホントはさ、卒業ギリギリだったんだぜ?でも、ヒメちゃんといるようになってから生活も改めたし、授業も真面目に受けて……。なんつーか……、ほら、また停学になって学校来れなくならないように、がんばったってゆーか……」
浅香くんは赤面して照れているようだった。
「じゃあ、がんばったご褒美あげなきゃだね。私といてくれたお礼もしたいし」
私が微笑みかけると、彼は目を見開いてから少し俯いた。
「ごめん……、ヒメコ、辰巳……」
「え?」
次の瞬間、彼の顔が近付き、彼の唇と私の唇が触れた。
ナギじゃない男の人に唇を奪われたのに、不思議と嫌な気持ちはしなかった。
唇が離れると、浅香くんは我に返ったように慌て始めた。
「ご、ごめん!つい……。あ、ヒメちゃん、唇拭いたほうが……」
ポケットからティッシュを取り出そうとした浅香くんの手を私は掴んで引き止めた。
「いいよ。……嫌じゃなかったから……」
「え……」
自分でも、どうしてそんなことを言ったのかわからなかった。
でも、無意識のうちに彼を傷付けないようにって思ったんだと思う。
浅香くんは今までに見たこともないくらい顔を赤らめていた。
ナギへの想いが薄れたわけでも、浅香くんに恋をしたわけでもない。
本当によくわからない思いが渦を巻いていて、それは一生かかっても理解し得ないものだと感じた。




