#54 恋愛感情の闇(1)
ナギとヨリを戻してから、人生が大きく変わった気がした。
もちろん、私に対するイジメはエスカレートし、被害はナギにまで及び始めた。
けれど、不思議なもので、大好きな彼が一緒なら、何でも乗り越えられた。
全身びしょ濡れにされたふたりで笑い合いながら帰ったり、破られた教科書やノートを一緒に直したりもした。
ナギと一緒なら、辛いことも忘れられる。
ナギがいてくれれば、友達なんかいなくてもいい、そう思えた。
そんなある日のこと。
クラスメートに水をかけられて濡れたまま、私はひとりで廊下を歩いていた。
「……桃園姫虎」
後ろから名前を呼ばれ振り向くと、ひとりの男子生徒が立っていた。
「え……」
その顔は、私の記憶の隅にあった。
そして、とある名前が脳裏に浮かんだ。
「……拓馬」
男子生徒はニヤリと笑みを零し、一歩私に近付いた。
「お前に、弥生のことで話がある」
拓馬……、この男は弥生に想いを寄せていて、何度も交際を迫っていた。
それは異常な恋愛感情で、拒否した弥生を襲ったこともあった。
それで、私はこの男の顔と名前を知っていたのだ。
「……弥生を殺したのは、お前だな」
拓馬はじりじりと私に迫ってくる。
私は口を噤んだ。
ここで口を開いてはいけないと思った。
というより、何と言葉を紡ぐべきか、わからなかった。
一歩一歩近付く拓馬は、じっと見据えたままの私を覗き込んできた。
「答えろよ」
「……」
沈黙を守る私に痺れを切らし、拓馬は私の両頬を片手で掴んだ。
「この口は喋れねーのか!?」
グイと顔を引っ張られ、拓馬の顔が迫った。
それでもなお、沈黙し続ける私に怒りを抑えきれなくなった拓馬は、私の首を両手で掴み、きつく締め上げた。
苦しくて苦しくて、死ぬかと思った。
意識が遠退いて力が緩むと、拓馬は私から手を離した。
倒れ込みながら激しく呼吸をする私の髪を掴んで持ち上げ、拓馬は掠れた声で言った。
「俺は、お前を許さない……」
その声は震えていて、それはひとりの女性を一途に愛した、ひとりの男の声だと感じた。




