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天使の刻印  作者: 夕緋
1 はじまり
6/9

始まり

 第三校舎の最上階。そこにある《謁見の間》。天翼学園の理事長、ユーリスと会える場所だ。

 そこに事前の申請なく立ち入れるのは生徒会長、天河侑のみ。それは、彼が教師よりも強い権限をもつことを意味する。


「葵の様子はどうだい」


 部屋の中心に置かれたソファに座りくつろぐユーリス。天河は数歩分離れた場所にひざまずいている。


「生徒たちは不信感を持っているようです。ですから、生徒会にいれることにしました」


「成程。それがいい。葵が不自由しないように、色々とよろしくね」


「はい」


 従順に頷きながらも、天河の胸中には疑念が渦巻いていた。それを口にすべきか迷う。ユーリスの機嫌を損なってはまずい。


(……しかし、今知っておかなければ浅倉葵を保護するのが面倒になるメンバーもいるだろう)


 天河は思いきって口を開いた。


「ユーリス様はなぜ、浅倉葵をそのように大切に思うのですか。ご自分の刻印があるからではないでしょう?刻印なら等しく学園の生徒皆が持つ」


 ユーリスの眉が上がる。まずい。機嫌が悪くなる前兆だ。気付いたが止まらない。


「普段のユーリス様なら、刻印があろうと《悪魔の使い》なら即刻処刑されています。浅倉葵を気遣うのは刻印が原因ではないですよね。それに……入学試験のときに気付かなかったのですか、浅倉葵に既に刻印があること」


 天翼学園の入学試験は特別なもの。ユーリスの刻印を受け止められる者のみが合格できる。

 受験生は十人一組になり、教師がユーリスの術で作られた結界を発動させ《謁見の間》へ送られる。そこでユーリスが天使の刻印を与えるのだ。無事体に刻印が刻まれた者が合格。適合しなかった者は不合格。

 浅倉葵が合格したのはもちろん天使の刻印があるからだが、《悪魔の使い》に刻印は決して与えられない。適合しないはずなのだ。悪魔と接すれば体は穢れるから。

 だから浅倉葵に天使の刻印があることに驚いた。聞けば、それは幼い頃に与えられたという。その頃なら、悪魔と接していないだろう。


「《悪魔の使い》を捕らえたと報告し、その名を告げたとき。あなたは顔色を変えました。名前もご存じだったんですね」


 ユーリスは頬杖をつき、無言で天河を見ていた。無言も機嫌が悪くなる前兆だ。

 こうなったら、最後まで言ってやる。


「一体、浅倉葵との間に何があったんですか?」

 ばさり。ユーリスが立ち上がり、背の翼が揺れた。そのまま窓際へ歩いていく。


「……入学試験のときから、気付いていた。私が焦がれていた子だと」


 金の髪が西陽に照らされてきらめく。息を呑むほど美しい立ち姿だった。


「そのときは試験中だったから声をかけることができなかった。入学したら、君たちに頼んで呼び出そうと思っていた。だから君たちから葵が《悪魔の使い》だと知らされたときは驚いたよ」


 やはり、気付いていたのか。


「彼女は穢れていなかった。悪魔と接する機会があれば穢れるはずなのに。まあ、高位の悪魔と接していれば封印してあったとはいえど、刻印の匂いに気付いていただろうね」


 運が良かった、とユーリスは嘆息する。


「刻印のお陰で穢れなかったのかな、もしかして。悪魔の穢れを受けてないから、彼女は今からでも《天使の使い》になれる……」


「そうなることをお望みですか」


「いや。本人の意思に任せる。けど……いずれは私の側に置く。無理矢理にでも」


 何故だ。何故そこまで浅倉葵に執着するんだ。疑念が強くなっていく。


「浅倉葵と何があったんですか」


「それは話せない。君であろうと」


 ユーリスが天河を振り返った。その碧い瞳は恐ろしいほど冷たく冴えていた。

 この人は、葵しか見えていない。天河はそう悟った。


「……分かりました。ともかく、浅倉葵は丁重に扱えということですね」


「ああ。理解が早くて助かるよ、侑」


 仕方ない。今は大人しく従うしかなさそうだ。天河が立ち上がり頭を下げようとしたとき、ユーリスが思い出したようにつけ足す。


「葵には手出し禁止だよ。あれは私のものだから」


「分かっていますよ」


 微笑んで頭を下げて――誰があんな女、と胸中で吐き捨てた。



◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇




 生徒会に入る。

 そう決めたはいいけど、果たして上手く立ち回れるだろうか。


 寮のベッドに横たわり考える。私は頭もよくないし、臆病だし、愛想もない。天河会長と真崎先輩をあしらえる腕はない。

 とにかく、生徒会で働いて、機密を見つける。刻印を消したり、封印できたりする方法も見つける。そして学園から脱走できれば私の勝ち。


「……無理な予感しかしない」


 私は全員に警戒されている。怪しい行動はすぐに見つかるだろう。

 まずは警戒を解くべきか。数ヶ月は従順に生活するしかない。

 絶対に、逃げる。真崎先輩はそんなことできっこないと鷹をくくっているに違いない、一泡吹かせてやる。


 ふと起き上がり、鏡を取って自分の鎖骨をうつす。羽の形をした刻印が刻まれていた。

 こんな事態を招いた元凶、ユーリス。彼が何のため刻印を私に与えたのかも知る必要がある。


 まったく、やらなきゃいけないことだらけだ。 明日は特別訓練なるものがある。午後の授業はすべてそれだ。時間割を見ると、月、水、金の午後は特別訓練と書いてあった。

 明日は金曜。水曜は、私が牢にいた日で私以外は皆授業を受けている。遅れた分を取り戻さないと。

 今日はもう寝ようかな、と電気を消そうとしたとき。


 ドンドン、と窓が叩かれる音がした。カーテンを開けると、外に人が立っていた。


「天河会長!?」


 制服姿の天河会長がいた。ここは女子寮だ、しかも夜の。いくら会長とはいえ規則に反する行為じゃないのか。

 ここが一階で、一人部屋でよかった。窓を開け、声をひそめて話しかける。


「何してるんですか」


「話がある、出てこい」


「え?今何時だと思って……それに、もうすぐ消灯だし」


「構わん、俺がどうにかしてやる」


 なんて勝手な人だ。仕方なく、カーディガンを羽織り、靴を履いて窓から外に出る。


「ついてこい」


 ずんずんと歩く天河会長についていく。俺様な人だな、少女漫画によくいるタイプだ。こんなのを好きになるヒロインには共感できない。


「何か失礼なことを考えてないか」


「よく分かりましたね」


「…………」


 あ、つい本音が。こんな態度じゃ警戒は解けないってのに。


「……この辺りでいいか」


 女子寮と男子寮の間にある庭園の隅だった。ベンチに座らされ、天河会長は私の前に立つ。

 一体、何の話だろう。


「お前、ユーリス様に前に会ったこと、何か覚えていないか」


 ユーリスに刻印を与えられたときのこと?5歳のときのことなんて、何も覚えてない。

 何でそれを訊くんだろう。


「答えろ、早く」


「覚えてません」


「些細なことでもいいから」


「5歳のときのことですよ。覚えてませんったら」


「……そうか。思い出したら、教えろ」


 話って、まさかこれだけ?わざわざ夜に呼び出す意味があるのだろうか。 じっと見つめると、天河会長は居心地が悪そうに咳払いをした。


「話は、まだある。お前、高位の悪魔に近付いたことはあるか」


 また不可解な質問を。しかも、別に明日聞いてもよさそうな。


「私は下っ端ですよ、下位の悪魔にすら滅多に会えません」


「……そうか」


「一体何なんですか。明日聞けばいいことばかり」


「俺は、ユーリス様を学園から追放したいと考えている」


 …………えっ?


 突然の告白に、言葉を失った。今、なんて?ユーリスを、追放したい……?

 天河会長は私の隣に座り、遠くにそびえる校舎を見た。


「理由は話せない。ともかく、ユーリス様を追放したいんだ」


「なぜ、それを私に?」


「お前はユーリス様の弱点であり、学園にいながら天使に反抗できる唯一の人間だからだ」

 だからって、そう簡単に話す……?これは、罠?


「お前は刻印を消したいだろう?ユーリス様を追放すれば彼の力が弱まる、刻印も消えるだろう」


「だから協力しろと?」


「ああ。俺の言う通り動け。ユーリス様追放のために」


 ……どうする。これは何かの罠かもしれない。私にやすやすと野望を話すなんておかしい。

 だが、ここで大人しく従えば刻印を消せるかも。それに、天河会長から機密を聞き出すことだって……。


「……答えは今すぐじゃなくていい。いずれ、聞く」


「え、会長っ……」


 すたすたと会長は歩いていってしまった。言うだけ言っておいて。

 ユーリスを追放したいなんて、本気?彼は誰よりもユーリスを尊敬しているように見えた。疎んじているとは思えない。

 ……時間をくれるというのだから、ゆっくり見極めよう。





 翌朝、食堂に現れた天河会長は昨晩のことがなかったかのように何も言わなかった。

 一人でしゃべる如月先輩の話を聞いているフリをしながら会長の様子を伺うが、目すら合わない。

 昨日の話は、本気?それとも嘘?……全然分からない。


「そーだ、葵ちゃんはいつ正式に生徒会に入るの?」


「来週です。本日教師陣の承認を得るつもりです」


「楽しみだな、葵ちゃんと一緒に仕事かぁ」


 にこ、と邪気のない笑みを向けられる。私は苦笑を返した。

 生徒は私に刻印があることを知らないから、《悪魔の使い》がなぜ学園にいるのかすら理解できていないだろう。

 私を生徒会に入れ、かつ《悪魔の使い》を裏切ったと演技するだけでは警戒は解けない。まずは、生徒会以外に知り合いを作ればいいかも……。そこから信頼が芽生えれば色々と役立ちそうだし。

 何より、生徒会のメンバーとずっと一緒だなんて苦痛すぎる。


「先に行く」


 天河会長が立ち上がった。空のトレイを持って歩いていく。  きゃーという女子の悲鳴が聞こえる。余程人気らしい。


「うーん、侑ちゃん最近働きすぎじゃない?」


「なるべく私の方で片付けるようにしてるんですけどね。会長にしかできない仕事は山ほどありますから……」


「真崎先輩、俺にも回してください。一年ですが役に立てるよう頑張りますから」


「ありがとう、拓杜。じゃあ後で……」


 仕事、か。普通の生徒会とは違う特別な仕事があるんだろうな……。




 午前の授業を終えて、とうとう午後。ジャージに着替え体育館に向かった。


「着替えたということは、運動するんですか?」


 隣を歩く佐山さんに聞いてみる。


「うーん、まあ運動だな」


「よかった。運動なら得意です」


「……いや、普通の運動とは違うというか」


 え、と眉を寄せる。体育館に着いてしまったので、話は中断された。一年全員が合同で受けるようで、皆整列していた。

 あいつも訓練受けるのか、という声が聞こえた。仕方ないでしょ、一応生徒なんだから。

 チャイムが鳴り響くと同時にステージ上に立つ5人の教師のうち一人が口を開いた。


「では、特別訓練を始める!一昨日決めたグループに分かれろ!」


 えっ、一昨日いなかったからグループが……。

 佐山さんがやって来て、先生のところへ行こうと言った。彼も一昨日の訓練を受けられていない。

 ステージの下から一昨日いなかったことを話すと、一旦ステージに上がれと言われた。


「二人は今からグループ分けをする。皆、いい機会だ。佐山拓杜は既に護符が使える。見ておけ」


 護符?なにそれ……。

 きょとんとする私を置いて、佐山さんが長方形の紙を先生から受け取り、ステージの中央に立つ。そして、右手で十字を切り左手で紙――護符をかかげた。

 瞬間、護符が眩い光を放ち、炎となって燃えた。

 嘘……これって、術?人間には使えないはずなのに。護符に天使の力でも込められているのだろうか。

 体育館内がざわつく。佐山さんが術を使えるのは凄いことらしい。


「佐山はAグループだな。次、浅倉」


 打ってかわって、歓声が囁きに変わる。《悪魔の使い》に私たちの術を使わせていいのか――おそらくそう言いたいのだろう。

 この教師にも悪意を感じる。わざわざ人前でさせる必要はないのに。私に恥ずかしい思いをさせたいの?

 佐山さんが心配そうにこちらを見る。会長か如月先輩辺りなら止めてくれるだろうが、まだ一年生の彼の権限は強くない。


「浅倉、早く来い」


「……はい」


「十字の切り方は分かるか?……できないか?」


 にや、と笑む顔。むっとして「できます」と答えた。十字を切ろうが信仰心がないのだから関係ない。

 護符を受け取る。羊皮紙に解読できない文字が書かれていた。

 生徒と教師たちの視線が私に集まる。もし成功すれば、私を見る目が変わるかもしれない。やってやる。


 右手を額から胸、右肩から左肩へ。それから護符を掲げる。

 ……何も起きない。

 先生が嘲笑を浮かべた。と同時に、


「心の中で言え。《天使の御力よ、この護符に宿れ》と」


 佐山さん―――?

 言われた通り、心の中で呟く。


 《天使の御力よ、この護符に宿れ》


 途端に、掲げた護符が赤い光を放って燃えた!


「あつっ!」


 熱さに耐えられず手から離れた護符は、床に落ちるまでに燃え尽きた。

 ……成功、した?

 体育館内はしんと静まり返っていた。生徒は信じられないものを見たように困惑し、私を小馬鹿にした教師は間抜けに口を開けている。静寂を破ったのは佐山さんだった。


「おめでとう。浅倉もAグループだな」


 佐山さんと、同じ。

 なんだか安堵した私だったが、教師が慌てて遮る。


「おかしい!なんでお前が……」


「長谷川先生?先生、わざと呪文を教えませんでしたね」


「うぐっ!……くそっ、浅倉葵はAグループだな!行け!」


 思わず、笑いが溢れた。優越感、というか。やってやったという優越感を覚える。


「分かりました、長谷川先生。……今度は、正しいやり方を教えてくださいね?」


「……ふん!」


 皮肉をくらわしてからステージから降りる。生徒たちの視線が痛いけれど、今は気にならなかった。

 Aグループは、体育館の一番後ろに集まっている。女性の先生一人と男女十名ほどの生徒がいた。

 その中の一人、短髪の男子が私に話しかけてきた。


「すげーな、お前!よく天使の力を借りれたな」


「別に、大したことないですよ」


 苦笑と皮肉で返すが、男子は私に近寄ってバンバンと背中を叩いてきた。


「謙遜すんなよー!十分すげーだろ、信仰心ないはずなのに護符使えるとか」


「……どうも……」


 痛い。力強い、こいつ。

 痛みに顔をしかめる私に気付いたのか佐山さんが男子の腕をつかんで離してくれた。


「あ、わりぃ。力強すぎたか。あっ、俺は橘冬夜たちばなとうや!よろしくな」


「……よろしく」


 テンション高いタイプか、苦手だ。

 他の生徒や先生はまだ困惑している。佐山さんはともかく、私が来るなんて想像していなかったに違いない。


「皆も自己紹介しろよー。ほら、夏代!」


 びくっと小さな女の子が肩を揺らした。背が低くて手足が細い、弱々しそうな女の子だ。冬夜君に腕をひかれ、私の前に連れてこられた。


「ひ、ひぃぃっ!」


 私の顔を見るなり、化け物でも見たみたいに震え上がる。失礼すぎやしないか。


「ほら、夏代」


「う、ううっ。た、た、橘夏代たちばなかよ、ですっ!」


 え、橘……?


「俺ら双子なんだ!ちなみに夏代が姉!」


 うっそ、似てない。違いすぎでしょ。強いて言うなら、垂れ目だけは似てるかも。

 夏代ちゃんは兎みたいに縮こまって冬夜君の後ろに隠れた。ツインテールだから余計兎っぽい。

「あ、あの。私は結城ゆうきひなたといいます」


 女性の先生がおずおずと言った。若い美人の先生だ。Aグループの担当は彼女らしい。

 その後、次々と自己紹介が続いた。主に私に向けて。佐山さんが私の後ろにいるせいか。


「じゃ、あとは佐山とお前だけだ!」


「佐山拓杜です、よろしく」


 え、佐山さんはやっ。私が最後か……。

 視線が集まり、自然と頬が熱くなる。ええい、行け私!


「浅倉葵です、よろしくお願いします!」


 よろしく、と冬夜君が笑った。夏代ちゃんも顔を覗かせちょっと微笑み、他の皆も笑ってくれた。

 受け入れられたと感じた。疎まれずに、初めて受け入れられた。そのことが胸の中に穏やかな気持ちを生じさせる。

 ただ単純に、皆が受け入れてくれたことが嬉しかった。

 ユーリス様の葵への執着、天河会長の告白、葵がようやく穏やかな気持ちを抱く……というところで終了です。天河会長の語ったことの真偽やら葵とユーリス様の過去やら謎が増えていく……回収頑張ります。

 冬夜君と夏代ちゃん、葵の友達候補です。生徒会のメンバー以外と接して味方を増やしたい葵ちゃん、頑張れ。



橘冬夜たちばなとうや

 一年。双子弟。体育会系の爽やか系イケメン。人懐こい。


橘夏代たちばなかよ

 一年。双子姉。ツインテールのうさぎ系女子。人見知り。


○結城ひなた

 教師。担当は特別訓練Aグループ、国語。新人だが能力は高い。気が弱い。

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