囚われの身
私は手足を拘束され地下牢に放り込まれた。おそらく、ここは私が潜入していた学園の地下だ。
「疲れたなら寝てていいよ、日が昇ってから呼びにくるから」
私を捕らえた追跡者の中のリーダー格――あどけない顔をした少年は、牢屋に鍵をかけ微笑んだ。
寝られるわけない。そう思った私の剣呑な目つきに気がつき、少年は困った顔をする。
「もしかして、まだ逃げる気かな。諦めなよ、絶対無理だから。……殺される前に、せいぜい休んどいたら?」
なんで休まなければならないんだ。変な理屈にむっとする。
「じゃ、後でね。浅倉葵ちゃん」
……もう、本名まで知られているのか。
少年たちが階段を登っていき、牢の前には男性が二人残る。私は転がって壁際を向いた。
あと少しで、私の人生は終わるだろう。つまらない人生だった。例えるなら、使い捨てられる脇役の人生。
眠らずに、目を閉じて今日のことを思い返す。
私立天翼学園。
全寮制のお金持ち学園として知られる、超有名校。ただの金持ちでは入学できず、特別な試験に合格した者しか入学できない。
ある方の密命を受け、私はその学園の実態を探るため入学試験を受けた。
その試験は、成績も態度も関係ない内容のものだった。
まず受験生は十人一組で個室に集められた。そこには教師らしい人が二人いた。そして、そこからの記憶がない。
おそらく、その教師たちに術をかけられたのだろう。結果、私は受かった。奇跡といってもいい。
それで今日、晴れて入学式を迎えた――のだが。
入学式が終わり、私は式で隣に座っていた女の子と話しながら教室に向かっていた。そこに、あいつが現れた。
「お前、何者だ?」
驚いて、心臓が止まるかと思った。
そこにいたのは、さっき入学式で挨拶をしていた生徒会長。名前は確か、天河侑。
栗色の髪と蒼い瞳の美しい青年。まるで、天使のような。
天河会長は、確かに私を見ていた。
「お前まさか、《悪魔の使い》か?」
「――――!」
なんで……!
どうして、分かったの?
驚愕に目を見開く私から、新入生が離れていく。賑やかだった廊下はあっという間に静かになった。
何も言えない私の反応に確信したのか、天河会長が目を細めて言う。
「《悪魔の使い》がこんな所に乗り込めるとはな……結界を強化すべきだな」
――――逃げろ。
頭の中に家族の声が響いた気がした。私は、新入生を突き飛ばして走り出した。
「如月、追え」
「はーいっ」
潜入初日に、捕まるわけにいかない!とにかく逃げて、そして……
そこからは、何も考えず走り続けた。
(……バカか)
私は目を開けた。これ以上、自分の愚かさに失望したくない。
(間者は見つかったら証拠を消して即自害。鉄則でしょ。なんで、逃げてるの)
猿ぐつわをかまされていなければ、叫んでいた。自分を罵りたかった。
私は《悪魔の使い》として優秀ではない。それなのにここに潜入する任務を任せられたのは、私にこの学園の結界が効かないからだ。
せっかく任せられた任務を初日で失敗させた。なんて無様なんだろう。
せめて、拷問され情報を引き出される前に死ねたら、皆へ迷惑をかけずに済むかもしれない。けど猿ぐつわをかまされ、手足を拘束された私にそんな自由はなかった。
どのくらい時間が経ったのか。階段を降りる複数の足音が聞こえた。
「おっはよー、葵ちゃん!あれ、どうしたの、壁じゃなくてこっち見てよ」
来たか。
意を決して、寝返りを打つ。牢の前には五人の男が立っていた。
その中には私を捕らえた少年、そして天河会長もいた。
「……如月、拘束を解け」
天河会長に言われ、少年が鍵を開け中に入ってきた。
猿ぐつわと足首の縄を解かれる。少年に支えられ、身を起こす。天河会長と目があった。
「お前は、《悪魔の使い》だな」
「…………」
「黙っても無駄だ。素性はある程度調べてある。……真崎」
呼ばれて、眼鏡をかけた青年が紙を手に一歩前に出る。
「はい。……名は浅倉葵。15歳。《悪魔の使い》の家系ですが、親も兄弟も皆下っ端。雑用ばかりやらされていたのに、なぜ天翼学園に潜入するという大役を任されたのかは不明です」
ぞわっと背筋が粟立つ。そんな詳しいことまで、どうやって調べたんだ。
「そうか。教えてくれるか?お前がここに潜入したのは何のためか」
しゃがみこんだ天河会長と視線が交わる。強い眼光に怯みそうになったが、ぐっと唇をかんで黙る。
「話す気はないようだな。まぁ、いい。どうせお前から有益な情報なんて手に入れられないだろう」
「えー、諦めちゃうのぉ?拷問しよーよ、拷問!」
「したければしろ。佐山、如月に付き添え。真崎と先生は俺と来てくれ。このことを報告する」
天河会長たち三人が階段を登っていく。残ったのは私の体を支えている少年と、やけに背の高い青年だ。
拷問、か。青年の方は温厚そうだが、少年の方はヤバイ感じがする。無邪気な顔で、とんでもないことをしそうだ。
「うーん、何をしたら一番効くかなぁ。ねぇ、拓杜はどう思う?」
「さあ、分かりません」
「えーっ、なにそれ。もーいいよ。一人でするから」
何をする気だろう。痛みを覚悟した私だったが、私を襲ったのは痛みではなかった。
「ね、くすぐったい?」
「!?」
少年の声が耳元で響く。ふっと息を吹きかけられ、悪寒を感じる。
「な、なにをっ」
「んー、君女の子だし、痛みよりこっちが効くかなぁ、って思って」
背筋がぞわぞわする。思わず身を離そうとしたが肩を掴まれた。
「ほらほら。なんでここに潜入したの?それから、どうやって結界を越えたの?……教えて」
これ以上の責め苦はないだろう。嫌悪やら恥ずかしさやらがごちゃ混ぜになって、顔を真っ赤にした私はただ耐える。
相手はさほど年の変わらない少年だ。なんで恥ずかしがってるの、私。私の好みは年上でしょ!
「耐えるねぇ。そんなに頑なだと、僕ももっとひどいことしたくなるなぁ」
お願いだから、離れて……っ!
「波留先輩」
牢の外にいた背の高い青年が声を出した。少年を見つめる。
「そいつは何も話さないでしょう。それ以上やっても無駄です」
「えー。仕方ないなぁ」
少年が私から離れる。助かった……!
「あと、これ。あげてください」
「なにそれ、おにぎり?自分であげればいいじゃん」
「いや、牢の入り口が狭くて入れない」
「……なるほどね。はい」
どうぞ、と目の前におにぎりを差し出された。私は首を横に振る。
「いらないの?毒なんて入ってないよ。今はまだ殺さないし」
「……結構です」
そう断った瞬間、ぐぅ〜と情けない音が鳴った。もちろん、私の腹から。
「……やっぱり頂きます」
手は縛られているので、少年の持つおにぎりに直接かぶりつく。白米に塩がまぶされただけのものだが、今はどんなものでも美味しい。
無言で食べ進める私を、少年はにこにこして眺めていた。
そして、おにぎりを食べ終わったとき。慌ただしく階段を駆け降りる音が聞こえた。
「如月、佐山っ!今すぐ拷問をやめろ……って、何も、していないのか」
眼鏡の青年だった。息が切れるほど急いできたらしい。
「なーに、楓。なにか分かったの?」
「その女を今すぐ《謁見の間》に連れてこい。ユーリス様がお呼びだ。丁重に扱え」
少年たちが目をみはる。
「え、ユーリス様が……?」
ユーリス……その名前の響きからするとおそらく―――天使だ。
もうちょっとシリアスが続きます。
早くラブコメに突入したい……。