逃亡失敗
その世界で、私は単なる脇役のはずだった。
空が宵闇に包まれ、三日月が雲の隙間から覗く夜。
森の中をひたすら駆ける影がひとつと、それを追う複数の影があった。
追う者たちの中の一人がクスッと笑って呟く。
「粘るねぇ、そろそろ諦めたら〜?」
全速力で駆けているはずなのに、息は全く乱れていない。
あどけなさの残る、少年らしい。声からそう判断した逃亡者は懐から何かを取り出した。
「ボンッ!」
追跡者に向かって投げられ、破裂したそれは、煙幕弾だ。
(効いたか?)
ちらっと後ろを伺うと、白く煙る先から人影が複数現れた。効いていない。
「なにー、こんなのが僕らに効くと思ったのぉ?」
幼いが、子供ではないらしい。黙っている他の二人も同様のようだ。
逃亡者は木に飛び移り、木と木の間を移動した。追跡者たちもついてくる。
(どうする、このままじゃ…!)
ほんの一瞬、集中力が切れた。飛び移るはずだった枝の上に足が届かず、慌てて伸ばした手も宙をかいた。
(やばっ…!)
落ちる―――――
しかし、ガクンッとした衝撃があったと思ったら、逃亡者の体は何者かに抱き抱えられていた。
おそるおそる顔を上げると、ローブを纏った15歳ほどの少年がニヤリと笑っていた。
「つかまえた」
彼の向こうに見えた三日月が、雲に隠れた。
――――ああ、終わった。私の人生。
さっそく逃亡失敗。あっさり捕まりました。
次章からいよいよ物語が動き出します!