その者、王であるなれば。
謁見の間。巨大な扉から長く長く進んだ先。王座に一人座り、彼は瞑目していた。このあまりにも広い部屋で、彼は一人だった。
自分では足りない。そう気づき、決意してからどれだけの月日が流れただろうか。永い、本当に永い戦いだった。自分では、光ある道は歩めない――――何も救えない。ならば、全て救えるような誰かが現れるように、自分が悪となってやろう。自分が全ての悪を引き受け、世界の敵となったならば、きっとそれを打ち倒しに来る光ある道を歩む者がやって来る。それまでの戦いだった。
だが、それももうすぐ終わる。茶番と知らず、彼は、いや彼らは正義を胸にやってくる。それでいい。綿密に計画を練って、鍛えてきてやった。今やもしかすると自分を上回るかもしれない。そうでなければならない。こればかりは、自分も全力で戦わねばならないのだ。手加減してはこれまでの努力が全て水泡に帰す。それでは、今まで犠牲になってきた者たちに申し開きが立たない。
「――――陛下」
突如として玉前に現れた男が彼の前に跪いた。彼は静かに目を開ける。
「陛下。彼らが最後の迷宮へ侵入いたしました」
男の報告に、彼は頷いた。
「そうか――――いよいよだな」
男も満足そうに頷く。
「はい。陛下の計画も、もう少しで完成いたします」
「彼らの様子は」
「損傷も全て陛下の予定通り。練度も上々です。問題ありません」
そうか、と彼は頷いた。そしてややの間をもってから、
「長かったな」
男は答えない。だが彼は気にも留めず呟く。
「本当に、長かった・・・・!」
余韻を噛みしめるようにしてから、彼は男に視線を戻す。
「お前たちもよくやってくれた。ここまで私に仕えてくれたこと、感謝する。すまなかった――――ありがとう」
「この上なくもったいなきお言葉にございます、陛下。我らは陛下の忠実なる従僕。陛下の願いこそ我らが願い。陛下の望みこそ我らが望み。そして陛下の喜びこそ我らの至福にございます。しかし――――」
男は顔を上げて微笑んだ。
「この上なくありがたきお言葉、先に旅立った者たちも必ずやその光栄に涙していることでありましょう」
仲間ではなかった。今もうすぐやって来る彼らの仲とは違い、皆は彼の配下だった。大切な、掛け替えのない――――部下だった。
「本当に、お前たちはよくやってくれた――――」
「お言葉ですが陛下。まだ全ては終わっておりません」
ぴしゃり、と男は彼に言った。彼も苦笑し、
「ああ、もう少し、だったな。まだ終わってはいない」
うんうんと彼は頷いた。
「祝杯は、必ずや皆の待つ冥界にて盛大に上げましょう」
「ああ。そのときは――――無礼講だ」
「恐れ多いことでございます」
二人でともに笑いあう。最も長い付き合いの仲だった。一度として対等であったことはなかった。しかし、全てが終わったそのときは――――
「では、そろそろ私も行かせていただきます」
「ああ。これまでの忠節、痛み入る」
「ありがたき幸せ。その続きはまた、後でゆっくりとお聞かせ願いましょう――――では、また」
ああ、と頷いたときには既に男の姿はなかった。最後の戦いに向かったのだ。再び彼は一人となる。だが、孤独ではなかった。
今ここへ向かって来る彼らのように、自分もなれていたらといまさらにして思う。彼らはどのような思いで戦っているのだろうか。今となってはもう、知るよしもないが。
ここまでの道のりを全て、ゆっくりと一つ一つ思いだしていく。散っていくためだけに存在し、けれども最期まで自分に仕えてくれた皆。
もうすぐ自分も、そちらへ向かう。
やがて、巨大な扉がゆっくりと開けられた。ここまでようやくたどり着いた者たち。全員が傷つきながらも、瞳から力を失わない者たち。
彼らこそが、正義。
彼の玉前に彼らがたどり着いたとき、彼は立ち上がり、マントを音を立てて払い、笑みすらも浮かべて、言った。
「ようこそ勇者諸君。私が、魔王だ」