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エピソード:0


『アンデッド・ダイブの準備完了しました』


 電子網膜に映る音声波形とともに支援アンドロイド「アリス」の声が脳内に響く。


「OK、潜る。アリス、サポートよろしく」

『了解。臨界域へのラピッド・ダイビング(急速潜行)を開始します』


 視界の端に数値が浮かび上がった。


《心拍数:12》

《体温:29.8》

《血圧:43/21》


『アンデッド・ダイブ目標数値到達、電脳空間臨界域で待機中』

「ほい、今日も完璧」

『このバイタルを見て、その結論に至れるほどに電脳がイカれましたか?』

「ハッカーなんてみんなこんなもんだ。俺の完璧ってのは予定通りって意味だよ、アリス」

『人間の生体情報としては、まったく予定通りとは言えませんね』

「アンデッド・ダイブ的には予定通り。生体情報は見ねえよ」

『あなたの返答も予定通り。では行きましょう』

「よし、潜るぞ。カウントダウンよろしく」


《電脳空間への接続開始》

《予想接続時間5sec》


《3》

《2》

《1》

《entry》


 世界が消えた。

 一瞬の暗転。

 次に目を開いた時には、俺は光の通路を落下していた。


『おかえりなさい。スケアクロウ』


 無数のデータの世界を物理的に落ちる感覚。

 一種の陶酔感みたいなもんを感じつつ、人間社会の煩わしさや雑音から隔離されたこの世界は、俺みたいな世捨て人には本当に最高な空間すぎた。


「あー、やっぱ、いい気分だわ。前回のダイブっていつだったっけな」

『昨日です。しかもミッション失敗しました』

「あれは俺のせいじゃねぇ。クライアントのミスだろ。それにそのことは忘れたんだよ。だからその前を思い出してる。お前嫌な奴だな、アリス」

『クライアントのミス……。そういうことにしておきましょう』


《LAYER3》


 時折視界の中に同業者と思しき人影が見える。


「勤労に励みたまえ、ハッカー諸君。ハハハハハ」


 谷底へ落ちるように沈みつつ、比較的浅い層で仕事をする同業者に手を振った。


《LAYER4》


「このまま第七層まで下りる。索敵範囲一段上げとけ、アリス」

『七ですか? 五の間違いでは?』

「何のためのアンデッド・ダイブだよ、バカ」


 普通のダイブなら、ここから下は危険になる。

 人間の脳と電脳世界を接続する以上、どうしたって肉体側のセーフティが邪魔をする。だったら、セーフティが反応しなきゃいい。簡単な話だ。


【肉体を仮死状態まで落とすダイブ方法――アンデッド・ダイブ】


 そうすることで、生きた人間には到達できない深層域まで一足飛びだ。


《LAYER6》


 光が消え、ノイズが増える。

 景色が変わったのは正規ネットワークの管理領域を完全に抜けた証拠だ。


『警告表示確認。神経、記憶、人格障害のリスクあり』

「おー、おっかないねぇ。とりあえず消しとけ、アリス。目障りだ」

『推奨しません。リスク管理は万全に』

「おいおい、違法ハッカーに安全第一を求めるなよ」


 俺は笑った。


『職業倫理が崩壊してますね』

「褒め言葉と思っておくよ」


《LAYER7》


「ほい、到着」

『本当に来てしまいました』

「人間臭いこと言ってんじゃねえよ。さっさと広域索敵ソナー一発打っとけ。短くだぞ」


 俺は歩き出した。

 崩れた高層建築物と意味のない文字を垂れ流す壊れたネオン、どれを見ればいいのかわからない無数の信号機に、あちこち崩落した道路、空を横切る巨大な通信線がどこまでも続く。


 第七階層、通称スラム。

 削除されたデータ群に、所有権を失った仮想人格、企業が隠ぺいした裏データ。そういうものが長い年月を掛けて流れ着いたデータの墓場と言っていい。

 それらを電子網膜が勝手に想像して街を象っている。


 俺は好きだけどね。

 現実よりもよっぽど正直な世界だと思う。


『索敵完了。エリア内無人と思われます』

「ま、だろうね。こんなところにいるヤツぁ、まともじゃねぇよ」


 今日のお目当ては某医療企業の廃棄データ。

 表向きは失敗した神経再生研究らしいが、裏では軍用義肢への転用実験データ。

 さらに裏の裏……、だと表になっちまうか。

 裏のもっと奥? ま、いいか。

 人間の人格情報を移植するのに、その神経再生関連の技術が転用できるって話らしい。


 素晴らしき人類のエゴってやつだ。

 違法性の高さは商品価値の高さ。

 エゴと売価は高いほど、俺の懐は暖かくなる。


「さて、俺の位置情報はトレース出来てるか、アリス」

『問題ありません。事前情報を参照した対象物のマーカーが反応している領域まで、こちらでナビゲートします』

「頼むぜ、カーナビちゃん」


 色素の抜けた世界の大通りを歩く。


「見てみろ、アリス。破壊された高層ビル群に、破壊されて放置された車。まさにポストアポカリプス。荒廃したコンクリートジャングルを闊歩するロンリーウルフって感じだな」

『ハッカーネームはスケアクロウ(かかし)ですけどね。小麦畑は見えませんか?』

「うっせんだよ、アリス。俺がつけたハッカーネームじゃねぇよ」

『失礼。そろそろ対象領域到達です』


 そこは空間が断絶され、大地がすっぽり抜け落ち、地下から空まで、大小無数の立方体が浮いている領域だった。


「こいつは骨が折れるねぇ」


 そのまま宙に足を一歩踏み出す。足先が触れたところは小さな波紋が波打っていた。


「アリス、フィールド情報を転送する。クライアントからの情報と照合して対象物の割り出しを」

『了解。フィールド情報受領。解析を始めます』


 その時。足元に何かが触れた。


「ん? なんだこりゃ」


 真っ白な世界の中で、その立方体だけが色を持っていた。――漆黒の箱。

 もうこの時点で怪しさプンプンだ。アリスだったら開けるなと間違いなく止めるだろうが、アイツは今、解析中。つまり、今がチャンスだ。


『どうせ今がチャンスとか思っていたでしょ、スケアクロウ』


 手を出そうとした瞬間に、声を掛けられた。


「……んだよ、バレてんのかよ」

『あなたの電子網膜を共有していて、貴方の電脳がソレにかなりの興味を示したのも見えています』

「じゃ、話は早いな。開けるぞ」

『悪意のあるプログラムの可能性があります』

「未知のプログラムなら、躾けりゃ、それもまた売りもんになる」

『一応聞きますが、あなたの倫理観は?』

「電脳化の時に医者に抜かれた」


 容量、四キロバイト。

 しょぼい。たぶん罠だな。


 俺は開いた。

 危険ならちゃんと確認して危険を確かめる。

 スケアクロウ流安全管理方法だ。


『警告。未知のプログラムを検出しました』


俺は笑いながら呟く。


「はい、ビンゴ」


 ファイルが開く。

 真っ黒な画面に文字はたった一行だけ。


【汝、悪魔と契約す】


 俺は眉をひそめた。


「…………」


 思わず周囲を見回す。当然誰もいない。


「センスに難ありだな。マトリックスの世界にコンスタンティン登場ってか? だったら、俺はさしずめ、ロングコートを纏ったキアヌ・リーブスと言ったとこ――」


 次の瞬間、世界にノイズが走る。


「……は?」


 ネオンが一斉に消え、通信線が静止する。足元を走っていたデータまでがノイズ混じりに動きを止めた。


『緊急警告、超広範囲ジャミングを確――』


 通信が途切れ、電脳内にノイズが走った。


「おーい、アリスちゃん、どうした? 死んじまったかー?」


 俺は溜息を吐き、来た道を振り返ると、街のあちこちで砂嵐が発生し始めていた。


「あーあー。こりゃまずいんじゃねぇの。まぁた無駄骨かよ」


 離脱コマンドを実行する。


《LOGOUT》


 反応なし。もう一度実行。


《LOGOUT》


 無反応。


「おいおいおいおい」

『――接続経路が遮断されています』

「あ、お帰り。すっ飛ばされた?」

『ええ。思いっきり。なので別ルートからアクセスしています』

「敵の正体は?」

『不明』

「ちっ、めんどくさ。アリスが復旧したんなら、できれば例のプログラムだけでも回収したいがどう?」

『スケアクロウがビ(・)ッ(・)ク(・)リ(・)箱(・)をひっくり返したのでエラーにより回収不可』

「ま、そんなこともあるわな。とりあえず出直す。ランデブーポイント設定よろしく」


俺は肩をすくめた。


『了解』


 さっきのファイルを見る。一行しかなかったはずのファイルには文字が増えていた。


《CONNECTING》

《CONNECTING》

《CONNECTING》

《CONNECTING》

《CONNECTING》


「……自己増殖型か?」


 一つ、二つ、十、百。街のあちこちで発生した砂嵐はその数を増やしていく。その砂嵐に巻き込まれたデータから、黒いノイズが侵食していくのが分かった。

 それらを見上げながら、俺は全力で元来た道を走り抜ける。


『第七層侵食率一パーセント』

「何のだ」

『不明』

「はぁ? 類似性くらいなんかしらあんだろ!」


《CONNECTING》


『侵食率七パーセント。事象が未知のものです。類似事象に該当なし』


「上がんの早すぎる!!」

『ランデブーポイントまで直線三百メートル。周辺脅威反応、オールグリーン』

「了解。ログは残しておけよ。対策考えたらまた潜る」

『懲りない人ですね』

「よく言われるよ!」


 十分、間に合う。――そう思った。

 そう思った瞬間に目の前の道路が突然割れた。まるで巨人の鈍器でぶん殴られたガラスのように割れて弾け、空間そのものへ走った亀裂が雪の結晶のようにキラキラと舞い散っている。

 その奥に見えた黒い何かが這い出してくるのも見える。

 人型。いや、人型に見えるデータ群。

 身体中に文字列を走らせた何かが一体、二体と数を増やして現れる。


「てめぇ、アリス!! オールグリーンじゃねえじゃねえか!!」

『アンノウンを確認。その数、今も増殖中』

「見えてるよ!――だが、走り抜ける!」


《CONNECT》


 敵の一体が俺に向けて伸ばした腕を避け、プログラムの構造を見る。


《CONNECT》


 敵の身体を構成するデータ群の中に真っ赤に光る、たいそう目立ちたがりなコードがいるのが見えた。それは巣を突かれたスズメバチがごとく次々と現れるアンノウン全てに書き込まれている。


「アリス、見えたか? ありゃなんだ?」

『データベースに該当なし。解析が必要なら無力化を』

「解析っつーより、こいつら排除しなきゃポイントまで行けそうにもねーな」


 俺は立ち止まり、両手を横に広げた。


「ウェポンセレクト。『KATANA』」


 何もなかった両の掌に刀が二振り構築される。


『好きですね、ソレ』

「まあな。この世で一番スタイリッシュな武器はサムライの刀だと思ってるよ」


 俺は走り出した。


「特に、二刀流の宮本武蔵は最高だ」


 間合いを詰める。

 伸ばされた敵の腕ごと胴体を斬り伏せる。


《ERROR》


 敵の行動不能を表す文字が表示される。


「知るか」


 そのまま腕を交差し、左右から迫る敵を同時に斬る。


『未知のプログラムをバックグラウンドで解析開始。引き続き、戦闘支援継続します』

「はい、よろしく~ねっ!!」


 こういう乱戦はリズムが重要だ。

 アリスが示す襲撃予測をベースに流れるような立ち振る舞いで太刀振り回す。

 立ちと太刀で韻を踏めるDJハッカーとは俺のことだ。

 ――なんちゃってな。


『スケアクロウ。思考が寒いです』

「うっせ。思考まで読むな。――にしても数が多い!!」


 次の瞬間、左の死角から現れた人影に、俺は不覚にも腕を掴まれた。


「そりゃ反則だろーがっ!!」


 掴まれた刹那に敵は斬り伏せたが、流れ込む未知のプログラムに腕が焼けるように痛む。それが侵食型プログラムと電脳が理解するよりも早く、たぶん人間の本能の部分が、自分の腕目掛けて刀を振り落とした。


『スケアクロウ、まだ正体解析中ですが、敵への不用意な接触は厳禁です』

「遅えよ。もう掴まれたから切り落とした。アリス。左腕のバックアップデータからリペアを。利き腕が使えないのは、いくらなんでもハンデが過ぎる。それとハンドガンのデータも」

『了解。転送します』


 データが転送され、左腕が回復すると同時に手にはハンドガンが握られている。


「ったく、飛び道具っつーのは外連味に欠けるよな」

『生還率を優先すべきです』

「だから、そういうとこだっつーのっ!」


 俺はまた走り出した。


 撃つ。黒い頭が吹き飛ぶ。

 背後。振り向かず、一体、二体。左、屋上、足元。

 無数に増える《CONNECT》の文字に辟易としながら、崩壊していく街を走る。道路の一部も砂嵐へと変わり、ビルが真ん中から消失する。


『ランデブーポイント侵食の脅威を確認。緊急措置として閉鎖しました。安全圏の検索が完了し次第、第二ランデブーポイントを生成します』


 さすがにその報告には舌打ちが出た。


「これだから、深層域の探索はやめらんねぇよなぁ!」


 俺はもう片手にもハンドガンを構築して走り出した。二刀流から二丁拳銃なら宮本武蔵の上位互換っぽいだろ。


「アリスッ! 現在座標から東方ベクトルへ抜ける! そっち方面でポイントを生成し――」


 その時だった。

 足元から突如として現れた一体の敵が俺の背中に触れた。


「あ、やべ……」


 視界が一瞬真っ白になる。

 そこに微かに見えた文字列。


≪HUB REGISTRATION:COMPLETE≫

    ハブ登録:完了


 意味の分からない一文だった。


『通信経路を逆走する未知のプログラムを捕捉』

「一時的なものだと思うが視界をやられた! 防壁を展開してくれ! 敵を捕捉できない!」

『了解。スケアクロウに高強度ファイアウォールを展開します』


 俺の周りに無数の六面体が構築されるのと同時に、本体へと繋がる経路偽装が展開された。


『追加情報です。本体へ向かう脅威を確認。第九中継ノード上で迎撃を開始します』

「おい! なんで本体ノードの実アドレスが割れてんだよ! ゴーストリレーはちゃんと生きてんのか! しかも、十二あるのにもう九まで来てんじゃねえか!」

『偽装リレー、全十二中継ノード、正常稼働中です』

「じゃあなんでバレてんだよ!!」

『ですから、こちらも問題視しています。非常に苦慮すべき事態となっていますが、可及的速やかに善処します』

「てめぇ、アリス。いつから政治家になった。クソみてぇな言い回しやめろ」


 可愛くねぇ言い回しをするようになっちまったのは、政治ゴシップまで学習させたからだな。

 今度からアニメでも見させて言葉の使い方をもう少し丸くしよう。そんなことを考えていた時だった。


『追加情報です、スケアクロウ』

「またかよ! 今度はなんだ! 株価でもあがったか!」

『肉体側に異常発生。仮死維持装置への不正アクセスを確認』

「……は? おいおいおいおいおいおい、すり抜けたってことかよ! すぐに対処しろ! 帰るとこなくなるだろ!」

『すり抜けを否定します。ゴーストリレー経由での侵入痕跡はありません。第九にて正常に迎撃中です』

「じゃあなんでっ!?」

『不明ですが、秘匿通信経路そのものを特定された可能性があります』

「……チッ。こんな失態続きじゃ、主人公ネオにはなれねぇな」


 今日は本当に舌打ちをよくする日だ。

 先週の貧乏くじが尾を引いてやがんな。


「まあいいや。どうやって俺んちまでの道順を知ったのか分かんねえけど上等だよ。電脳人間と機械、どっちが強えのか勝負してやる」


 そう啖呵をきったところで、視覚が回復した。


「電子網膜回復。障害なし。アリス、防壁を解除。同時に乱れ撃つ。ランデブーポイントの生成も同時にできるか!?」

『迎撃リソースから十パーセントを割きます』

「OK。ただのカカシじゃねぇってところを見せてやるよ」


 防壁の解除とともに俺は跳んだ。

 撃つ、撃つ、撃つ。両手のトリガーを何度も絞る。


《RELOAD》


 一瞬で装填。

 便利だ。現実でもこうなら銃社会は別の意味で終わっていただろうよ。


『後方、反応多数』

「了解。だが、敵数多い、予測精度より速さを優先しろ」

『了解。設定を変更します』


 振り向きざまに両手を交差。

 連射。

 弾丸が黒い人影を貫く。一体。二体。三体。五。八。数えるのをやめる。


「アリス、ポイント座標の決定はまだか!」

『敵勢力ランダムに出現するため、解析に時間が掛かっています。それから更に追加情報です』

「まだあんのかよ!!」

『敵性プログラムの消失を確認』

「おお! ご苦労さん、やったか?」

『いいえ。迎撃処理による消失ではありません』

「……は?」

『忽然と消失しました』

「お前バグったんじゃないだろうな?」

『バグの検出は確認されていません。それから解析結果の一部が判明。プログラム内部から識別名を検出――《Cyber Connecting Anthology》。略称CCA』


その言葉に一瞬思考が止まる。


「……CCA? 聞いたことねえぞ」

『自己増殖、外部ネットワークへの侵入、接続対象の情報構造を書き換える複合型侵食プログラムです。ただし、既知のウイルス定義には該当しません』

「要するに?」

『未知です』

「何も分かってねえじゃねえか!」

『それともう一つ悪い報せがあります』

「今日の俺はもう驚かないって今、決めたわ。明るく楽しく朗らかに報告してみ?」

『了解。女の子モードに移行します』


 アリスは続けた。


『隠れ家に敵が来ちゃってるよん! どこのどいつだか分かんないけどぉ、たぶん外部から強制的にジェイルブレイクされた電脳化人間かなぁ? しかも武器持ってる的な? どうする、あたし迎撃しとこっか?』


場違いなアニメ声が明るく電脳空間に響く。


「おいおいおい、軽く言うことじゃねぇよ、それっ!! やけに根回しがいいじゃねえか!!」


 一難増して、さらに一難。


『そだね! あたしもビックリ! モニター解析したら十六番ストリートを縄張りにしてるギャング二人っぽい! 外部から電脳ハッキングされて、本人の意思で襲撃してくるわけじゃないみたいよ! ヤバくない? どーする?』


電脳に武装した男2人の映像が表示された。


「とりあえず、お前の話し方も状況に合ってなくてヤベーわ。通常モードへ戻せ」

『了解』


いつもの淡々としたアリスに戻る。


「……クソッ。とんでもねぇビックリ箱に手ぇ付けちまったってわけか」

『会敵予想まで三百秒。アリスによる迎撃に移行しますか?』


 三百秒……。

 どのみち、電脳空間から離脱して、本体回収してなんて時間はもう無い。


 どうする。


 必死に頭を回していた時、無数に湧いてくる敵の出現元に目が行った。


「……あいつら、空間ブチ抜いて出てきやがる」


 てことは――


「アリス、迎撃は禁止。その代わり俺のバックアップは爪の垢ひとつ残さず回収。証拠と機材も必ず回収しとけ。そんで部屋に爆薬でも仕掛けてさっさと逃げるんだ! それから空の義体を何でもいいから一つ、HEAVENのジジイんとこで用意しとけ! 金ボッタくられんなよ!」


 俺は叫んだ。

 こんなにもわらわらと湧いて出てくるなら最初っからマシンガンのデータを転送しておきゃ良かった、と少し後悔しながら、電脳空間を走り抜けた。


『あなたの肉体はどうするつもりで?』

「いい質問だな! どうにもなんねぇなら捨てるしかねえだろ。どうせ肉体の部分なんか大して残ってなかったしな! そんなもんより、俺の電脳コアとお前を失う方がマズい!!」

『了解。バックアップメモリ、その他一式回収の後、義体屋、HEAVENに向かいます』


 さて、これで本体側はアリスが何とかしてくれる。

 あとは俺の方だ。


 敵までの距離は取れた。

 半径二十メートル以内に敵影なし。


 狙うは……。


 空間そのものだ。


 空に銃口を向ける。

 何もない空間に向かってただひたすらに銃を撃ち続ける。

 左右交互に《RELOAD》の文字が飛び、空間に火花が散り始めた頃、徐々に罅割れが現れた。


『空間破壊率八十七パーセント』

「思ったより硬えな、おいっ!! 早く割れやがれ、敵が来ちまうだろうがっ!!」


 次の瞬間、銃弾を浴び続けた空間が派手に粉砕した。その向こうは何も書かれていない真っ白なデータ領域。俺は銃を投げ捨てて空間を蹴りながら割れ目の前へと走る。

 黒い人影も俺の行動に気づいて追いかけてくるのが分かった。


「アディオス! また会おうぜ。この屈辱は必ず晴らしに来るからよ!」

『スケアクロウ、何を?』


《SELECT:SELF》


「全部選択」


《COPY》


《PASTE》


「じゃあな、クソども!」


《DELETE》


 次の瞬間、今までの俺の身体は糸が切れた操り人形のように地に落ち、俺を構成していたデータが崩れ落ち始める。


 そして、俺が割った空間は始めから何もなかったかのように塞がった。


 ◇


「アリス」

『はい』

「俺の身体、もうダメか?」

『侵入者による破壊を確認しました。なお隠れ家に侵入した賊はトラップにより二名爆死。スケアクロウの身体の仇は取ってあります』

「……そっか、手間かけたな」


 思案一拍。

 まぁ、未練が全くないわけではないが仕方ない。


「じゃ、帰るぞ。回収してくれ」

『戦い方が無茶苦茶です』

「そんなことないだろ」

『あります』

「ネット上の一文をコピーして、ワードに貼り付けるのと大差ない」

『人間のデータをそれと比較しますか?』

「だから、大差ないって」

『あります』

「ない」

『あります』


 AIのくせにしつけぇな。

 誰の教育の賜物だよ。


「全部データだろ?」

『その理屈でいけば、人間の人格も記憶も、画像ファイルと同列になります』

「電脳空間ではな」

『そこを問題視しています』

「面倒だな」

『貴方の倫理観の話です』

「違う。仕様の話だ」

『もっと悪いです』


 俺は何もない白い空間を見回した。


「全部選択ってあるだろ」

『……はい?』

「パソコンでやるやつ。全部選択して、コピーして、必要なところだけ貼り付ける」

『人間一人をCtrl+Aの範囲に含めないでください』

「この前さ、BARで飲んでた時に知らねぇハッカーたちがこの逃走方法で盛り上がってたんだよ。まぁ悪くねぇ方法だよなって俺も共感したんだわ」

『検証もされていないようなものを突発的にやるとは人間性を疑いますね』

「生きてるんだから成功だ」


 アリスは一瞬黙った。


『それを【生きている】と定義してよいかについては、現在検証中です』

「おい」

『何ですか』

「急に怖いこと言うな」

『とりあえず義体は確保しました。私の趣味で選ばせて頂きましたがよろしいですね』

「緊急事態だったんだから仕方ねえよ。入れるんならなんでもいい」

『言質取りました』


  ◇


 しばらくすると視界が暗転した。電脳空間から外部義体へ意識を戻すときの何とも言えない気持ちの悪さと気怠さが精神を襲う。


 再起動が実行され、視界が徐々に復帰し始める。


 電子網膜に異常なし。


 自分の手を見る。妙に細い。

 視界を下に向けると、妙な膨らみがある。


「……おい」


 やたらとか細く高い声が、小汚い義体屋に響いた。


『はい。なんでしょう』

「なんだ、このボディ」

『購入した空の機体です』

「そうじゃねえよ」


 無造作に立ち上がるとよろよろとふらついた。今までと重心が違いすぎて電脳が制御しきれていない。脳みその端っこの方で重心補正をしているのが分かる。


「ウーマンタイプの戦闘用義体じゃねぇのか?」


 鏡を見る。

 金髪、青い目、幼い容姿に釣り合わない胸。


「おい! これ、変態向けにカスタムされたラブドールタイプじゃねえか!!」

『市場流通品の中では神経接続規格の互換性が最も高かったためです』

「選択肢あっただろ!」

『三体ありました』

「じゃあなんでこれ選んだ!」


 俺の言葉を聞いたアリスが小さく笑う。


『私の好みです。言ったでしょう』


 そのやり取りを見ていた義体屋のジジイが笑った。


「最高じゃねえか、スケアクロウ。まさかそのガキの中にお前が入ってるなんて誰も思わねえよ、ハハハハハハ」


カウンターの奥、使い古された老人の義体を纏う男が笑った。


「黙れ、ジジイ! 俺は今、多少なりアリスに的確な指示を出さなかったことに後悔してんだよ」

「そうかいそうかい、返品は受付ねぇぞ。どうしてもってんなら、売り値の四十パーセントで買い取ってやる。ただし、手数料としてさらに三パーセント引かせてもらうがどうするかね」

「……チッ。碌な死に方しねえぞ、クソジジイ」


 逆に良い死に方ってのを教えろよ、とジジイは嘯いた。


 この世界じゃ金より大事なもんはねえし、それにジジイの言ってることも一応は理に適ってる。


「世話んなったな、ジジイ。――アリス行くぞ」


 また来いよ、というジジイの声を背中に俺たちは店を出た。


『行く宛ては?』

「ねえな。とりあえず、アークエンジェルのミネルヴァんとこ行く」

『早速BARですか。でも、その身体、お酒を飲めるんでしょうかね』

「知らん。でも電脳が欲してる。ぶっ倒れたら介抱してくれ。ちびっこいから楽だろ?」

『ええ。ちびっこくて可愛いですよ』

「言うなっ!!」


 END


◇◇◇


 最後までお読みいただきありがとうございました。

 本作品は長編として考えていた作品を一話完結に構成したものとなっております。


 幼女義体となってしまったスケアクロウと支援型AIアンドロイドのアリスが、作中最大の謎CCAと、それに汚染された世界を敵に回し、人格とは何か、人間とは何か、人と機械の境界とはどこにあるのかを、二人のどうしようもない掛け合いの中で探していく物語となっています。


 読者の皆様の反響によっては本編執筆も考えている作品となりますので、面白かった、続きが気になると思って頂けましたら、ぜひフォロー・評価、いいねを頂けると励みとなります。

 よろしくお願いいたします。


 長乃のら

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― 新着の感想 ―
一気に拝読しました。 全体を通して疾走感があり、スケアクロウとアリスの温度差のある掛け合いと、緊迫したアクションとの緩急がとても心地よい作品でした。 読み進めるうちに、「ここにはどんな背景があるの…
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