好きな人とするDMが最高に楽しい!
「う、お、押せ……! 押すんだ俺!!」
俺、川島大和は人生最大の分岐点に立たされている。
ベッドに倒れ込み、スマホ片手に悶えている。その画面には某SNSのDMの画面が開かれている。しかも、そのメッセージ欄は既に入力済み。後は『送信』のボタンを押せば、相手に届く、届くのだが……!
「お、押せねぇぇ!!」
送り先は結城寧々、俺の好きな人だ。腰まで伸ばした銀髪に、蒼海のように透き通っている瞳。筋の通った鼻と、綺麗な二重。
美少女というワードを体現したような存在。勉学優秀、運動神経抜群で非の打ち所がない超絶美少女!
髪を耳にかける動作、一瞬だが瞳を男子に向ける瞬間、それだけで何人の男を虜にしてきたことか! 俺もそれに魅了された男の一人だ。
そんな俺と彼女の唯一の接点と言えば、小学生時代に彼女を保健室に送ったことだろう。体調が悪そうに顔色の悪かった寧々ちゃんを、俺は背負って運んだ。
当時は恋愛のれの字も知らない俺で、しかも彼女の名前を知ったのは高校生だ。
彼女はそんな昔のことは忘れているだろう。中学は別で、高校になって再会した時に俺は目を丸くした。見違えるほどに美人になっていたのだ。アイドル顔負けの容姿、おまけに勉強もスポーツも、性格も良い欠点がない少女!
だが、欠点がある!
それは、彼女と男子が話しているところを見たことがないということ! これは大きな問題だ!
「かぁ……誰かと話してたら悩まないのにぃ!」
男子が嫌いという事実を跳ね除けてくれるのなら嬉しいのだが、男子と話しているのを見たくない自分がいる。
話していないということは男子が嫌いかもしれないし、単に話す機会が無いだけかもしれない。
「くっそぅ……なんで高嶺の花に恋したんだ俺はァ!」
そう、高嶺の花。高嶺の花過ぎて男子が手を出せないのだ。彼女のガードが厚い。彼女自身のでは無い、その通り巻き共が面倒なのだ!
周囲にいる女子共が、男子が一人近寄るだけで「近寄るな」というオーラを出す。
彼女たちにとって寧々ちゃんはマスコット、もしくはお姫様のような存在。アイドルをイメージすると良いだろう。
「はぁぁあ……落ち着け、落ち着け俺。大丈夫……いける。俺なら……おらぁぁぁぁ!!!」
悩み続けるよりも行動。いつしか憧れの人が教えてくれた言葉に従い、俺は『送信』を押した。
『こんにちは。俺大和って言うんだけど、時間あったら少し話さない?』
「ぁぁ! 送ってしまった送ってしまったぁ! はい、もう見ないはい通知切る!」
高揚した気持ちを少しでも押さえたいがために俺はアプリの通知を切った。
続いてスマホをベッドにポイする。それでもなお落ち着かない。トイレに行こう。そして、掃除をするとしようか。うん、それが良い。
「え、えぇと……ゴミが溜まってるな、す、捨てないとな。うん、あだっ!」
ゴミを捨てようと立ち上がったら躓いた。
先程から心臓がうるさい。ドクンと心臓が鼓動する度に手の震えは強くなり、意味の分からない汗をかき始める。
チラリとスマホを見る。
返信は来ただろうか。変な男だと思われてないかな。あれで良かったかな。既読スルーされてるかな。明日俺学校行けないとかないよね!?
「いや! 掃除だ。大和! 掃除!」
自らを叱咤しながら俺は綺麗になっている部屋の掃除を始める。
机に埃は無いかな? 消しカスは昨日捨てた。明日必要な教科書も入れた。えぇと、あと、あと……。
チラッと俺の目がやはりベッドに置かれたスマホを捉える。
気になる。返信が来ていないか気になる。一回、一回だけ確認しよう。うん、一回だけ。
謎の虚脱感を覚えつつも、俺はスマホを手に取る。震える手でロックを解除する。落ち着け、深呼吸だ。俺は息を深く吸ってアプリを開く。
『返信が届いています』
「――っ!!!!」
全身の内蔵が飛び上がるような高揚。俺は口元が綻ぶの感じつつ、DM一覧を開く。すると、寧々ちゃんとのトークが一番上に来ており、返信が来ている。しかも、時間は二分前だ!!
「二分、俺が送ったのが五分前くらいだから、ちょうど良い!」
返信が来てすぐ、リプライするのはタブー。という常識がある。
『こんにちは! お話しましょー』
「おぉっ……こ、断られてないぃ!」
「お話しましょー」という文面だけで俺は緊張が全身を駆け巡った。あの寧々ちゃんと、DMが出来る。クラスの男子が誰も連絡を取っていない相手と、俺が初めて!
『何て呼べば良いですか?』
まずは呼び名の確認。ティッ〇トックで好きな人とのDMを載せている人が初めによくやっていることだ。俺はこの日のために自分の心を抉りながら閲覧してきたのだ。ついにこの日が来た!
震える手で、再びトークを閉じた直後、ポンっと彼女は返信をしてくれた。
「……っ! 早い!」
相手からすぐの返信は、こちらも同じく直ぐに返信しても良いということ。俺は目が血走る勢いでトークを開く。
『寧々って呼んでくれたら良いよ! 私は何て呼べばいーい?』
「か、かわぃぃぃ……!」
「良い?」ではなく「いーい?」というのが最高の萌えポイント……最高にメロい。
『大和で良いよ!』
送った直後、直ぐに既読が付く。どうやら彼女はトークを開きっぱにしてるらしい。すると、また返信が直ぐに届く。
『分かった』
『私、初めて男子とDMするかもっ!』
「おぉぉああ!! やっぱり!!」
つまりは俺が寧々ちゃんの初めてなのだ! いや、言い方は気をつけよう。流石に良くない。うん、落ち着け俺。冷静だ、冷静に。
『確かに男子と話してるところ見たことないかも笑』
『うん』
『何かお友達が周囲にいて話したくても話せないんだよねー』
「え? 話したくても……?」
待って。話したい人がいるの? 誰だ、まさかクラス一のモテ男皇光太か!?
光太は寧々ちゃんの完全に男バージョンと言っても良い。
勉強、運動、性格、容姿、全てにおいてSランク。学校の王子様なんか言われてるくらいのモテ男だ。もしかしたらあいつと……?
いや! 落ち着け俺! ここは冷静に流す!
『そうなんだ大変だね笑』
『うん』
『だから』
『大和くんと話せて少し嬉しい』
「〜〜〜〜!!」
こ、これは……勘違い、いやしないぞ!
心臓が破裂する……しかし、向こうが攻めてくるなら俺も……!!
『俺も話せて嬉しいよ!』
ど、どうだ? 少しは効いたんじゃ――
『大和くんって』
『好きな人いる?』
「はぁぁぁっ!?」
ま、待って! それはどういう意味?! 何を狙ってるの!? なんで、なんで急にその話に!? そういうお年頃なの?!
いや待て待て!! これは好機だ! 逆に向こうから恋愛の話に持って行ってくれるのだ、最高じゃないか!
『いなくはないけど……内緒で!』
『いるんだ!』
『だれだれーにになる!』
『えー、じゃあ寧々さんは好きな人いる?』
「くっ……攻めすぎたかも……こ、これでいたら――」
『いないことはない……』
『でも秘密!』
「えぇぁぁっ!? いるのぉ!?」
男子とほぼ接点がないのに何故だ!
まさか話したいと言ってる男子か……? くそぅ、光太め……許さんぞ。いや、でも決まった訳では無い。一度、探りを入れてみよう。
『当てても良いですか?』
『一回だけだよ?』
『光太?』
お、送ってしまった……YESと返信がほぼ来るというのに。送らなければまだDMできるのに!
『違うよー』
「え、あ、……あぇ?」
予想外の返答に気の抜けた声が出た。あれ、光太じゃない? いや、でも嘘かもしれな――、
『光太くんは彼女いるよー』
あ、待ってやばい。終わった。彼女持ち狙ってるんだろ? みたいな感じに思われたかも!! 知れない、ここは一回知らないフリをして……、
『そうなの?!』
『そうだよー』
『ところで』
『一回質問したから』
『私も良い?』
グッと胃が冷えたのを感じた。俺はどうやら質問攻めを食らうらしい。当たりませんように当たりませように……。
『どうぞー』
『うーん』
『葵ちゃん?』
「あ、あおいぃ……?」
葵とは城山葵のことで、俺の幼馴染だ。高校に入っても小学生の頃と同じようにずっと話している。明るくて場を盛り上げる陽キャに入る。容姿もそれなりに良くて、愛嬌もある。
が、違う!
『ハズレー!』
『え、違うの?』
『よく話してるから』
『そうだと思った』
『葵は幼馴染みで、仲が良いだけだよー』
勘違いを解いておく必要があるようだ。俺の好きな人は現在俺とDMをしているのだからな。
『そうなんだ』
『良かった』
「……んぉ?」
『メッセージが取り消されました』
「んん???」
ちょっと待て、今さ。今ちょっと凄いこと送られて来なかった? え? 待って、え?
『大和くんの好きなタイプはどんな人なのー?』
「あ、あれ? 見間違え? そうだよね寧々ちゃんはそんな送信ミスなんてしないか! 夢見すぎだっつーの!」
『俺は優しい人がいいかなー寧々さんはー?』
『私も優しい人が良い!』
『同じだね』
『優しいって大事だよね。小さな気配りできる人とか!』
『分かるー! 細かい所まで見ててくれると嬉しいよね⸜(*ˊᗜˋ*)⸝』
うぉ……なんだその可愛い絵文字……。そうか、絵文字を使う手段もあったか! DMの恋愛攻略法に相手の返信を真似するっていうのがあったな。
『うんうん( .ˬ.)"』
『寧々さんは他にどんなタイプの人が良いのー?』
『えぇと……『大和くん』
「は? え、俺? えぇぇぇええ!?」
俺は壁を突き破らんばかりの声量で叫んだ。魂の叫びとも言えるそれは文字通り、魂が震えるほど叫んだ。だって、タイプが俺だぞ!? なんで俺なんだ?!
いや、それほど俺はイケメンということなのだろうか。言われことは無いが、寧々ちゃんに言われるのは相当だろう!
俺はウッキウキで舞い上がっていた、すると、
『さん付けしなくていーよ?』
「え、あ……ぇ?」
いかん、忘れていた。恋愛において勘違いほど厄介なものは無い。俺は勝手に妄想する癖があるな、辞めておくとしようか。
『普通に寧々、って呼んで欲しいです……』
「うぉぉあああ!! 呼び捨て良いんすかぁぁぁ!?」
しかも最後の三点リーダー! 頬を赤らめて人さし指同士をツンツンしている銀髪少女がありありと浮かぶ! これ、俺に気があるって……わけじゃないってば! 勘違いすんなって!
しかし、向こうが呼び捨てをして欲しいなら俺もそうして欲しいものだ。
というよりも……そろそろ俺も攻めたい!!
『じゃあ俺も大和って呼んで欲しい!』
『分かった!』
彼女ばかり攻めてくる。俺も、攻めた質問くらいしても良いだろう!
俺はフリック入力で文字を入れる。慣れているはずなのに、入力には何故か時間が掛かった。荒い呼吸を整え、グッと力の入った指で送信を押す。
『学校でもし、話す機会があったら寧々って呼んでもいーい?』
「くぁ……うぁ……」
送ってしまった……。話す機会なんて無いというのに。しかし、後悔は無い! 彼女ならきっとOKを出してくれるだろうと信じている!!
「あれ……」
メッセージの下に既読は付いているのだが、返信は来ない。まぁ落ち着け、嫌なら嫌で良い。好きな人に嫌なことはしたくないからな。うんうん。落ち着け大和、そろそろ慣れろ。
「あれぇ……?」
スマホ画面の右上にある分が一つ増えた。にも関わらず彼女からの返信は来ない。まぁ、まだ一分いや正確には数十秒だ。大丈夫。俺は枕に顔を埋めて待った。
――数分後
「待って、俺、やった?」
あれから時間は過ぎたが返信は全く来ない。
いかん、やらかしたかもしれないという意識を持ったのは俺が壁に頭を数度打ち付けてからだ。
「終わった……辞めとけば良かった……」
そんなことを呟きつつ、俺は送ったメッセージを見直す。今思えばこの文はとても気持ちが悪い。ほとんど話したことも無い男から、下の名前を、それも呼び捨てで! 呼ぶことに許可を求めるなど気持ちが悪い。
俺が彼女なら「キモッ!」と口に出しているかもしれない。
あぁ、やらかしたやらかしたぁ!
送信取り消ししようにも、既に既読を付けられた。スクショでも撮られて、友達に送られてるかもしれない。
そしたら俺は明日から変人の眼差しを浴びる。クラスに居場所が無いじゃないかぁ!!
「くっそ……攻めた質問なんてしなきゃ良かった!」
彼女が恋愛話に持って行ってくれたから油断した。裏で笑われてるかもしれない。そもそも彼女一人じゃないかもしれない! 複数の友達と笑って事の成り行きを見ているかもしれないのに、俺は何してんだ!
「ひとまず、トークを閉じよう……間を置かずに返信が良くなかったんだ」
思い出せば彼女は勉学に励む優等生。勉強の時間を割いてまで俺に返信する義理は無い。そもそも、勉強よりも俺に返信をして、話をしてくれたことに感謝しなければいけない……。
あぁ、明日からどんな顔で学校に行こう……。最悪だ。そんなことを思い、トーク画面を閉じようとした瞬間――、
『全然いーよ!』
『私も大和って呼ぶね!』
二件の新着メッセージが届いたのだ。
届いた直後、暗雲の立ち込めていた俺の心に希望の光が射し込んだ。グッと声を殺してガッツポーズをする。
しかも、その内容は呼び捨てで良いと、俺が望んだものだ。
加えて彼女も俺のことを呼び捨てで呼んでくれるとのことだ!
「……ぉ、まじか」
自然と口角が上がり、先程の無意味な妄想は消えた。やはり思い込みはするもんじゃない。
というよりも……俺直ぐに既読付けちゃったんだけどぉ!?
数分も時間が空いてるのに、即既読はDMをする上でやってはいけないランキング二位なんだって!!
大丈夫かな、引かれてたりしないかな……やばい、暇人とか思われてないよね?
とりあえず俺は少し呼吸を整えてから返信を送る。
『ほんとう! ありがとう!』
『うーうん!』
『明日話しかけてもいいですか……?』
「……っ!」
俺は嬉々として返信の文字を叩く。内容は「話そ!」というものだ。しかしだ……。このまま返信すれば彼女の思うつぼじゃないか?
この時、俺はようやく気がついた。彼女、結城寧々のリズムに乗せられている、と。
話の展開や返信の間隔、俺は彼女のペースに合わせている。
俺も……やはり彼女に何かをしたい。俺がこんなにも頭の中を寧々ちゃんのことで悶え、顔に出ているのに恐らく彼女は普通の、平然とした顔をしているはずだ。
少しでも寧々ちゃんに俺を意識させたい……ならば、やはり俺も攻めるべきだろう。
俺は返信を送ることなく、そっとスマホの電源を落とし、画面側をベッドに向けた。
先程彼女に、寧々ちゃんにされたことをそのままお返しするのだ。
「……やっべぇ、何かすげぇ悪いことしてる気分」
返信の内容は既に決まっているというのに送ることなく、無駄な時間を流すことに俺は罪悪感を覚えた。それと同時に自然とスマホに伸びる手を抑えることで精一杯だった。
俺が寧々ちゃんで悩むように、寧々ちゃんも俺で少し悩んで欲しい。
恋愛はそのようにして相手への想いが強まる。初めは小さな事でも、それがやがて大炎のように広まり相手のことが気になって仕方なくなる。
「あれ、なんで返信来ないんだろう……私間違えちゃったかな……なんて、ことは考えてないか……いや、考えてて欲しいっ!!」
俺は決して変態では無い。これもまた、好きな人へのアプローチの仕方なのだ!! 故に仕方ないのだ!
「ふぅ……少し落ち着くか」
約二分ほど経過したところで、俺は画面を開く。この時間の間に俺は心を清め、沈めた。一点の波もたっていない波のように、静寂を保った。
『話そ! 俺から話しかけに行くよ!』
「フフン、完璧!」
男どもよ、泣け、喚け。お前たちが憧れとし、誰も近づくことの出来なかった女の子に俺がまず近づく、そして話す!
フハハハ! 彼女と既に約束したのだ! 例え寧々ちゃんの取り巻きである女の子達も、逆らえないだろう。
さぁてと、返信は……
「あ、あれ……何でだ」
返信どころか既読すらついていなかった。既読が付いていないということはトークを離れた、もしくは電源を落としたか。
「いや、動じるな。これが普通なんだ!」
先程の失敗? を活かして俺は不動の心構えでトークを閉じ、彼女の返信を待った。
――数分後
「まだ、まだだ。あと少し経てば来るはず」
俺は念の為に、初めに設定していた通知をリセットした。
――数十分後
「大丈夫、まだ……」
――数時間後
「風呂から上がったぞ、どうだ!?」
彼女から返信は全く来ていなかった。やはり既読も付いておらず、完全に忘れ去られたようだ。
ポカーンと、白目をひん剥いて俺はベッドに倒れ込んだ。
数時間経てば流石に焦る。前例があるとはいえ心は持たない。やはり俺はトークを開き、メッセージを見直す。
どうやら俺はやはり攻めるべきでは無かったようだ。
体育座りをして、大きくため息をつく。
彼女に少しでも意識を向けたい、その変態的思考が産んだこの結末。どうしてくれるよ。ほんとに……。ぼんやりと、時計を見つめる。短針が二十一を刺した瞬間、
「今日はもうやる気が出ない……ぁ、ちょっと待て!」
俺はとてつもないことを思い出した。
ベッドから立ち上がり、スクールバッグを漁る。
それを思い出したことで、先程の類を見ない虚脱感という雲は散らばり、焦燥感という陽光が俺に射した。
「か、課題を忘れてたあぁぁ!!」
莫大な量を出されていたのだ。それも数学! 担当の先生は課題を出さないとブチ切れて、成績を下げることで有名な鬼畜山先生だ。皆の前で怒られるなど、流石に恥ずかしすぎる。
ましてや寧々ちゃんの前で怒られるなど絶対に――!
ピコンッ
「うん? なんだよ、俺は今から課題をぉぉぉああ!?」
『楽しみにしてるね(*ˊᵕˋ*)』
『課題やらないといけないからまた明日!! ごめんなさいm(_ _)m』
念願の寧々ちゃんからの返信!
返信が届いた瞬間、俺は何かが崩れ落ちたかのように机に突っ伏した。
「はぁぁあ……良かったぁ……」
嫌われた訳でも、忘れられたわけでも無いようだ。焦りで鼓動が速まっていたがそこに拍車が掛かった。やはり俺は彼女のペースに呑まれている……。どの面に置いても寧々ちゃんには敵わないらしい…………。
「そっか課題やるのか……え、課題?」
あの寧々ちゃんが、真面目で優等生の彼女がこんな夜に活動を……?
どういう訳か俺も課題をやっていない……。あれ、これって……電話に誘うべきじゃ、ないか?
「も、もうこれで何も来なかったら……今日は良い! これが最後の攻めだ!!」
これまでの出来事を振り返り、少し思い切りが良くなった俺はトーク画面を開き、受話器のマークを押した。すると、二つの選択肢が表示される。
『音声通話』『ビデオ通話』
そもそも誰かと電話をしたことが無い俺は、受話器のマークを押せばそこで繋がると思っていた。どうやら、もうひと踏ん張り必要みたいだ。
ゴクリと固唾を飲む。不安定な指先で『音声通話』を力強く、グッと押し込んだ。
すると、彼女のアイコンと共に機械音が流れる。
スマホを握る画面が震える。
せめて、「一緒に課題やろ!」と送れば良かっただろうか。
何の予告も無しに電話に誘うのはやめた方が良かったのかもしれない……。
そんなことを思っていると、
「もしもし、どうかしたのー?」
鈴のように軽く、流麗な声が俺の耳に流れて来た。同時、発熱したかのように体温が上昇。手の震えが一層強まり、スマホを落としそうになった。
「え、えぇと……一緒に課題やりたいなーって……」
「……っ。や、大和もやって無かった、の?」
「う、うん……今思い出して、ね、寧々もやってないって言ってたから、一緒にやりたいって思ったんだ」
「無理なら、大丈夫なんだけど……」
「ううん! やろ! 一緒に頑張ろ!」
「ほ、ほんとに!? じゃあ頑張ろ寧々ちゃん!」
(……あ、待ってやばい。心の声が、心の中での呼び方が咄嗟に……)
「ちゃん……?」
「待って! 今の無かったことにして! 聞かなかったことに――」
「やだ……そっちが良い……」
「え? 今、何て……」
「ちゃん、って呼ばれた方が……嬉しい、です」
「〜〜〜〜!!」
少し震え、籠った声でそう言われた俺は一人悶絶した。何なんだこの天使はぁ!! いや俺! 今がチャンスだろ! DMでは出来なかった攻めをここで見せるべきだ!!
「じ、じゃあ明日も寧々ちゃん、って呼ぶから……良いかな?」
「うん……私も大和くんって呼んだ方が良い?」
「いや、大和って呼び捨てが良い。寧々ちゃんには呼び捨てで呼ばれたい」
「ぇぁ……」
「と、特別だから……葵も呼び捨てじゃないから。その、寧々ちゃんだけには呼び捨てで呼ばれたい……」
「わ、分かった……大和、で良い……?」
互いにぎこちないが俺はどこか安心した。彼女が能面のように淡々と話しているのではなく、少しの緊張と共に話してくれていることが嬉しかった。
もちろん、それは男子と話すことがほとんど無いからという理由がある、というものが含まれている。
それでも、好きな人と『恋愛』出来ていることに俺は嬉しかった。このまま彼女と上手くいって付き合う……何てことはないかもしれないが、それでもこうしてドキドキ出来ているだけで『青春』という感じがする。
「じゃあ寧々ちゃん、課題やろっか」
「〜〜〜〜!!」
「……うん? 寧々ちゃん……?」
「う、うん! やろっか大和っ!!」
(ふぅー……男魅せたぜさぁてと、課題を!)
「一緒に怒られるのも……悪くないかも……(ボソッ)」
「え? ごめん聞こえなかった……」
「う、ううん! 気にしないで!!」




