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紫微綾の事件簿 case2 白き子羊の檻 (Vシネ風×百合×バイオレンス×探偵)』  作者:
4章

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17話 マンとは?

 ベンチに腰を下ろすと、木の背もたれが冷たく背中に触れた。

 玲奈が呆れたようなため息をひとつ吐きながら、ゆっくりと近づいてくる。

 琥珀色の瞳が、午後の陽光を浴びて優しく輝きながら、私をまっすぐ捉えた。


「何やってるの、綾? 一応凜から連絡は受けてるけど、男性が倒れたなんて聞いてないわよ」


 その声は優しい呆れを含んでいて、まるで妹を叱る姉のようだった。


「そんなこと言われても……。こんなことになるんだったら、刺客の足の一本でも折っておけばよかったわ」


 私は大きく溜息を吐き、銀髪を指で軽くかき上げながら、これまでの出来事をありのままに語り始めた。


 おじさんが見たという不審な光景、そして最後に絞り出した「マン」という言葉の直後、突然の異変。

 指先に残る、あのちくりとした針のような感触まで、ひとつも省かずに。

 玲奈は険しい表情のまま、手帳にメモを取り続けていた。

 時折、長いまつ毛の下から私の瞳をチラリと盗み見る。

 その視線には、怒りと心配が半分ずつ混じっていた。


「……で、私はどうなりそう?」


 玲奈はメモする手を止め、わずかに眉を寄せた。


「あなたは一応、自由でいいわよ。この件は、多分『住所不定者の体調不良。善意の一般人が助けに入ったが、間に合わなかった』……という処理になると思う」


「なにそれ! 明らかに襲われてたのに?」


「仕方ないでしょ。まさか日本で、真っ昼間に暗殺なんて起こるなんて誰も思わないんだから……。それに、こう言ってはいけないけど、浮浪者関連の事件だと、事故扱いになるケースが結構多いのよ」


 玲奈は深いため息を落とし、私の顔をじっと覗き込んだ。

 セミロングの茶髪が、柔らかな春風にさらりと揺れ、頬にかかる。

 スーツの肩がわずかに上下する様子から、彼女がどれだけ緊張を抑えているのかが伝わってきた。


「ねえ玲奈。『マン』って、なんだと思う?」


「マン……って、あなたねぇ」


 玲奈の頬が、みるみるうちに桜色に染まった。慌てて視線を逸らしながら文句を言うその仕草が、なんだか珍しく幼くて、私は思わず自分の頬も熱くなるのを感じた。


「何を想像してるの、ばかぁ。あのおじさんが最後に言った言葉よ。『マン』だって。それに、少女失踪事件と関係があるみたい」


「本当に?」


 玲奈が驚いたように身を乗り出した。

 距離が一気に縮まり、彼女の甘い香水の匂いと、息遣いが頬にかかる。

 琥珀色の瞳が大きく見開かれ、私の赤い瞳を真正面から捉えた。

 その瞬間、少し離れた場所で遺体に付き添っていた刑事が、不意に顔を上げた。


「葛城警部補、そちら何かあったんですか?」


 玲奈が鋭く、しかし落ち着いた声で現場を確認する。

 

「田中君。こちらは大丈夫。素直に話してくれているから。そっちの状況は?」


 呼びかけられた田中刑事は、額に浮かんだ汗を拭うことすらせず、重苦しい沈黙の後、ゆっくりと首を振った。


「救急車は呼びましたが……。今も心臓マッサージを続けていますが、多分……無理かと」


 田中刑事の手が、虚空を突くような規則正しいリズムで、おじさんの胸を押し下げる。

 そのたびに、すでに力を失った身体はただの肉塊のように、ぐったりと上下に揺れた。

 得体の知れない物に侵され、すべての生命のスイッチが強制的に切られた肉体は、外からのどんな刺激も受け付けなくなっていた。


 昼下がりの穏やかな風が公園を吹き抜け、遠くで子供たちの笑い声が響く。

 なのに、誰もいないブランコだけが、ギィ……ギィ……と不吉な金属音を立てて、まるで死を嘲るようにゆっくりと揺れ続けていた。


「これで事情聴取はいいの?」


 私が尋ねると、玲奈は感情を押し殺した手つきで手帳をパチンと閉じた。

 琥珀色の瞳に、わずかな苛立ちと諦めが浮かんでいる。


「一応聞くけどどうなるわけ?」


「もしかしたら、詳しく聞くかもしれないけど、多分これは『事故』でケリがつくわね」


「本当に、警察ってやつは……」


 事件性が薄いと見れば、帳尻を合わせて綺麗に切り捨てる。

 ましてや、身寄りのない浮浪者が一人消えたところで、彼らが「見えない針」や少女失踪事件の深淵にまで踏み込むはずがない。


「田中君、そちらは任せてもいい?」


「葛城さんはどうするんですか?」


「この子を送っていく。本当にそこが家なのか調べてみるためにね。……まあ、十中八九事故だとは思うから必要ないかもしれないけど」


「了解です。終わり次第、帰署します」


「ありがとう」


 私は玲奈について車の方に歩いていく。

 慣れた動作で玲奈の車の助手席に滑り込んだ。

 ドアを閉めた瞬間、公園の喧騒が嘘のように遮断され、冷房の乾いた冷たい空気が肌を優しく撫でた。


「どこまで送ればいいの、お姫様?」


 ハンドルを握る玲奈が、こちらに顔を向け、柔らかく微笑みながら私の様子を窺う。

 セミロングの茶髪が肩に落ち、制服の襟元から覗く白いシャツが、彼女の豊かな胸元を優しく包んでいる。


「私の事務所まででいいよ。この後、千景のところに行くから」


「わかったわ。シートベルト、ちゃんと締めてね」


 車がゆっくりと動き出す。

 バックミラーに映るどんぐり公園は、何事もなかったかのように、穏やかな昼下がりの光の中に溶け込もうとしていた。


「ありがとう。どうやって帰ろうかと思ってたしね」

 

 ここからだと、事務所まで変えるのに結構な公共移動手段使わないといけないから本当に助かった


「それで、何か見つけたの?」


 玲奈の鋭い問いに、私はコートのポケットの中で指先を動かした。小さな針の冷たい感触が、指の腹に触れる。


「針。……でも、事件だと思ってない警察に渡しても意味ないでしょ」


「そうね。見なかったことにするけど……」


 玲奈は前を向いたまま、短く息を吐いた。彼女なりの、最大限の「協力」の意思表示だった。


「わかり次第教えるわ。あと『マン』についても、何か閃いたら教えて」


「ええ。あの時は少しびっくりしたわ」


「玲奈のエッチ」


 私がにやりと笑うと、玲奈は「もう……」と小さく肩をすくめた。

 車が事務所の前に滑り込むと、私はすぐにシートベルトを外して降りた。

 運転席の窓を軽くノックする。何事かと訝しげに顔を近づけてきた玲奈の唇へ、そっと身を乗り出した。


 ちゅっ……。


 柔らかく、わずかに温かい玲奈の唇に、自分の唇を優しく重ねた。

 一瞬だけ、甘い吐息が混じり合う。

 玲奈の唇は驚いたように小さく震え、それからすぐに柔らかく受け止めてくれた。


 ほんの二秒ほどの、軽いキス。

 けれどその短い時間に、今日の疲れや不安が少しだけ溶けていくような、優しい感触だった。

 唇を離すと、玲奈の琥珀色の瞳が間近で大きく揺れた。頬がほんのり桜色に染まっている。


「玲奈からのお守り、もらった」


 玲奈は呆れたような、それでいて嬉しそうな柔らかい笑みを浮かべ、照れ隠しに軽く目を細めた。


「本当に何かあったら、すぐに言いなさいよ……わかってる?」


「わかってるって。まだ職務中なんでしょ? 頑張ってね、玲奈」


 ゆっくりと発進する車を見送りながら、私は手を軽く振った。

 テールランプが遠ざかるまで見つめた後、駐輪場へと足を向ける。


 愛車のベスパ50Sに跨り、スターターを勢いよく蹴り上げると、エンジン音が響いた。

 古い商店が立ち並ぶ路地に入り、看板のネオンが点滅し始めた大須商店街の喧騒をすり抜けた。

 表通りを避け、迷路のように入り組んだ裏道へ。

 狭い路地の間をベスパの小回りの良さを活かして滑るように走る。

 夕暮れの空気が少し冷たくなり、路地裏特有のラーメン屋の湯気と線香の匂いが混じり合う。


 やがて、古びた木造の雑貨屋が現れた。

 控えめな看板に「千景堂」と書かれたその店は、表の賑わいからは少し外れた、ひっそりとした路地の奥に佇んでいる。

 私は店の前でベスパを停め、エンジンを切った。

 ヘルメットを外しながら、古びた引き戸をガラリと開ける。

 店内に入ると、奥のカウンターでノートパソコンに向かい、暇そうにキーボードを叩いている金髪の美女が目に入った。


 淡い金髪を無造作にポニーテールにまとめ、薄紫の瞳がモニターの青白い光を冷たく反射している。

 長いまつ毛と、すっと通った鼻筋。どこか掴みどころのない、涼やかな美しさが際立つ横顔だった。

 私が静かに近づくと、千景は一瞬だけ視線をこちらへ滑らせた。

 薄紫の瞳がわずかに細められ、淡い驚きと「またか」という呆れが混じった視線が私を捉える。


 しかし次の瞬間、彼女はまるで何事もなかったようにキーボードへと視線を戻した。

 カチカチという乾いた打鍵音だけが、店内に響く。

 ……無視、ね。


 私は微笑みながら彼女の背後に回り込み、そっと両腕を回した。

 後ろから密着するように抱きつき、自身の豊かな胸を彼女の背中にゆっくりと押し付ける。

 柔らかく、弾力のある感触が、千景の細い背中と肩甲骨の間に沈み込んだ。

 彼女の体温が薄いシャツ越しに伝わり、淡い金髪から漂うシャンプーの甘い香りが鼻腔をくすぐる。


「無視って感じ悪いと思うんだけど」


 耳元で囁くように言うと、千景の肩がピクリと小さく跳ねた。

 耳の先がわずかに赤く染まるのが見えた。


「こちら仕事中なんだけど、綾ばかりに構っていられないのよね……。状況は知ってるわ。警察じゃなくこちらに来たってことは、結構緊急?」


 千景はキーボードを叩く手を止めず、淡い金髪のポニーテールを軽く揺らしながら言った。声は相変わらず冷静だが、わずかに心配が滲んでいる。


「緊急っていうより、ホームレスが死んだぐらいじゃ警察は動かないでしょ」


 私はため息混じりに答え、ポケットからハンカチに丁寧に包んだ針を取り出した。

 カウンターの上にそっと置き、千景の薄紫の瞳の前に差し出す。


「これの解析をお願い。あと、『マン』ってなんだと思う?」


「マンねぇ……万札、漫画、マント……他には?」


 千景はようやく顔を上げ、わずかに首を傾げた。薄紫の瞳が興味深げに細まる。


「全く、聞けたのはそれだけよ。少女失踪事件に関係あるらしいけど。どうせ千景のことだから、あのおじさんの写真とか、もう調べてるんでしょ?」


「ええ。写真はもうそこに置いてあるわ」


 指さされたカウンターの端には、白黒のプリントアウトされたおじさんの顔写真が一枚、静かに置かれていた。

 解像度を上げて処理したのか、細かな皺や疲れた表情まで鮮明に浮かび上がっている。


「もともと、どこを根城にしてたか、おじさんたちに直接聞いてみるよ」


「飛び道具まで出してきたんだから、気をつけなさいよ」


 千景の声がわずかに低くなった。クールな表情の奥に、本気の心配がちらりと見える。


「心配してくれるの?」


「当たり前でしょ」


 千景が小さく肩をすくめた瞬間、私は彼女の首筋に顔を寄せた。

 淡い金髪の香りに包まれながら、柔らかい唇をそっと重ねる。

 ちゅっ……。

 冷たくて、わずかに湿った感触。

 千景の肩が一瞬だけ強張ったが、すぐに小さく息を吐き、受け入れてくれた。

 唇を離すと、彼女の耳の先がほんのり赤く染まっていた。


「行ってくるね」


 私は彼女のポニーテールを優しく指でふれ、名残惜しそうに離れた。

 なじみの浮浪者たちに写真を見せ、いつもの根城を聞き出した。

 ベスパ50Sの低い排気音を響かせながら、夕暮れに染まり始めた東区の静かな通りを走る。


 街灯が一つずつ灯り始め、オレンジ色の光が銀髪を優しく照らした。

 辿り着いたのは、白壁の閑静な邸宅街から少し外れた、古びた市営住宅の裏手だった。

 周囲に立ち並ぶ歴史ある豪邸とは対照的に、まるで忘れ去られたように佇む古い団地の一角。


 人影はなく、湿ったコンクリートとカビ、わずかな腐臭が鼻をつく。

 風が吹くたび、錆びた鉄骨が小さく軋む音が聞こえた。

 私はポケットから小型ライトを取り出し、細い光の筋を暗がりに突き刺すようにして、薄暗い裏手へと足を踏み入れた。

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