婚約をぶち壊せ! 転生少女は自由を求める
十歳になり、お見合いをすることになった。
お母様とドレスを選び、侍女に飾り立てられた私は、なかなか可愛いと思う。
それなのに――
「お前なんかと婚約してやるもんか」
お見合い相手の家の庭で、大人の目が離れ子ども二人になった途端にそう言われた。
はは~ん、そう来ますか。
「それ、あなたの親に言ってよ。私だって、あなたの家の借金を返すなんて面白くないもの」
普通の貴族のご令嬢だったら泣いてしまうかもしれない。
けれど、私は転生者だ。異世界の日本で、成人して働いていた記憶がある。
「え?」
ああ、このお坊ちゃんは、自分の親が私の家に頼み込んでいることを知らないのね。
「あなたのお父様が、この前詐欺に遭って、今、爵位返上の危機なんでしょう?
うちのお父様は歴史ある家門に憧れがあるから、私たちを結婚させたいのよ。
もう、そんな時代じゃないって言っても、聞く耳持たないの。困っちゃうわ」
没落しかけの貴族を救うなんて、道楽にも程があると思うわ。
「うちから申し込んだなんて……嘘だ!」
「ああ、子どもだからって話さない方針の家なのね。ますますゴメンだわ。
お金をドブに捨てるような真似するなら、私に新しい事業を始めさせてくれたらいいのに」
「ちょっと待て。じゃあ、俺たちは結婚するしかないじゃないか」
少年が真っ赤になってぷるぷる震えている。
ショタ好きならここで「うわ~、可愛い」とか思うんだろうか。残念ながら、私はショタコンではない。
「うわぁ、最低。嫌な奴!」
そう言い捨てて、私は両親の元に駆けていった。
大人たちが一見和やかにお茶をしているところに、突撃した。
「あの子、私と結婚したくないって。だから、もう帰りましょう!」
ここは子どもぶって、ぶっちゃけてしまいましょう。
「ええ、そうかい? 仲良くなれそうもないか?」
お父様は私の様子を観察しながら、問いかけてきた。
「全然、駄目。すごい上から目線で『結婚してやらない』って、断言されたわ」
チクるなんてはしたない?
そんなお上品にやっていたら、なし崩しに結婚させられて、我慢の人生よ。
せっかく転生したのに、そんなのまっぴらだわ。
「では、ご縁がなかったようで、失礼しますね」
お母様は私の様子にピンと来たようで、さっと立ち上がってくれた。よし!
「ちょっと待ってください」
あっちの父親がお母様を引き留めようとする。
今ごろ慌てても遅い。息子をちゃんと躾けとかないのが悪いのよ。
――そう思ったのに、お父様は自分に有利な条件をたっぷり付けて、婚約の交渉を続行している。
嫌だと言っているのに、「男の子はそういうものだ」と言いくるめようとしてくる。
この人、悪い人じゃないけど優秀でもない。平均的な貴族で、ほんの少し上昇志向というか野心がある。
もうね、大人しく平凡に生きなよってアドバイスしたいタイプ。
今日も今日とて、婚約者の親睦を深めようとお茶会をさせられている。
「はあ、娘は父親の支配下って制度、どうにかならないかしら」
「婚約者になったんだから、仲良くしないと、だろ?」
顔を赤くして、偉そうに言うお坊ちゃん。
「嫌々付き合うとか、しなくていいわよ。適当で。
私たちが成人する頃には、うちの父が事業に失敗したり、あなたのうちの爵位がなくなっていたりすることを期待しましょう」
それか、浮気して婚約破棄してきたりね。異世界転生の定番でしょ。
「嫌なのかよ」
ぶすっとした顔を見せる。
「先に嫌だって言ったのはあなたでしょう。自分の発言に責任を持ってちょうだい」
お茶を飲むが、苛立った勢いでこぼしそうになってしまった。もう、やだ。
「悪かったよ」
「何それ。今さらいいわよ」
「だから……ごめんって。どうせ結婚しなくちゃいけないなら、仲悪いより良い方が……」
「私だってそう思っていたわよ。あなたにあんなことを言われるまではね。もういいわ」
肉体年齢に引っ張られて、私の言動も大人げないとは思う。
「許してくれるのか?」
「そんなわけないでしょ。あんたの家が盛り返して、借金を払えるようにするから。
うまくいったら、そっちから破談にしてよ」
爵位はそっちの方が上だからさ。
「いや、だって、そんなこと……」
「お金を稼ぐ手段を見つければ、可能なはずよ。やってみせるわ」
転生チートで、なんとか……。
簿記とか医学とか料理とか農業とか、使えそうな得意分野がない。
あ、何か便利なものを発明――というか、職人に作ってもらうか。
そんなふうに、頭をひねっていましたら……。
お坊ちゃん改め、クソガキがまたやらかした。
ほら見ろ。口で反省したって、性根は簡単に変わらないって。
同じ派閥の子どもたちの交流会で、「こんな奴と婚約してやるのは、俺くらいだ」と言ったのだ。
同世代の男の子にたしなめられて、もっと不機嫌になっていた。
これはもう、私だけでなく我が家への侮辱だ。
この婚約は災厄を呼ぶ。
こんな奴を身内にして、誰かに不敬を働いたり、騙されたりして尻拭いさせられるなんて、堪ったものではない。大損だ。
私は大人たちの控えの間に飛び込んで、一気にまくし立てた。
他の家の大人たちに見られているのが、吉と出るか凶と出るか……。
「まあまあ、無邪気な子どもの言うことですから」
と、相手の親が誤魔化そうとする。
「あいつが子どもなら、私だって子どもよ。
人を傷つけるようなことをして、叱ってくれる大人もいないなら、ろくな大人にならないわ!」
私は言い返した。まだ、婉曲な表現じゃなくても許される年齢だろう。
自分の令嬢としての評判と、こいつと結婚する未来を天秤にかける。評判が悪くなっても、こいつと縁を切る方が先じゃ。
「なんて生意気な子なの。こちらからお断りするわ!」
やった。奴の母親がキレた。
「お、お前、それは駄目だ」
奴の父親がうろたえる。借金を返すアテがなくなるもんね。
「こんなに馬鹿にされて、婚約する必要はないでしょう」
お父様、やっと気付いたか。遅いんじゃ、ボケ。
「婚約が成立しなかったら、新しいドレスも作れないぞ」
ちっ、奴の父親がいいところを突いてきた。
「え、まあ。それを早く言ってよ、あなた。
ねぇ、かわいいお嬢さん、ちゃんと叱っておきますから……」
うわ、奴の母親――手のひら返し、すごい。逆に、よくできるな。面の皮厚すぎるだろ。
「お父様、こんな人たちと親族になりたいのですか?」
首をかしげて上目遣いをしてやる。ほら、きっぱり断って帰ろう。
「あ……すまなかった。よし、帰ろうか。
まだ、正式な手続きをしておりませんでしたので、口頭で失礼します。
このご縁はなかったことにしてください」
やりました!
心の中で、ガッツポーズです。
自滅してくれて、ありがとう。
帰宅して着替えると、侍女がお茶を淹れてくれた。
今ごろお父様は、お母様に「変なご縁を持ってこないで」と叱られているのだろうか。
あの場はうまく乗り切れたけれど……正直、危なかった。
転生者で、前世の成人の頭があるから口で勝てただけ。
普通の子どもだったら、押し切られていたかもしれない。
いわゆる「強くてニューゲーム」って、やつかな。
前世の知識で瀕死の家門を甦らせることも、頑張ったらできるかもしれない。
けれど、できればそんな苦労はしたくないじゃない。
ましてや、クソガキの婚約者と破談にするための努力なんて、虚しすぎる。
年下好きだったら、矯正して育てる道を選んだかもしれないね。もしくは、もう少し可愛げがあったら……。
まったく。
就職と結婚、出産がワンセットなんだもの。
前世だったらまだ小学生だけど、ぼーっとしてられない。
貴族社会も楽じゃないのね。




