瞑想
部屋の電気を消し、街灯の光の入るカーテンの前で胡坐をかいた。携帯の画面で十分間のタイマーをセットし、両手を膝の上に置いて目を閉じる。はじめはお喋りな思考が話しかけてくるが、何度か大きく深呼吸をするとその声も小さく遠くなっていった。
窓を閉めていても聞こえてくる車道の音と、自転車の高いブレーキ音。エアコンは時々、空気を吐き出す音を出す。まるで人が息を吐いたような、そんな呼吸音。少し時間をおくと、ひんやりとやけに冷たい空気が膝あたりを左から右へと通った。隙間風だろうか。そんな声が近づいてくる。それを無視することに注力していると、右の耳元ではっきりと息を吐く音が聞こえた。エアコンから吐き出されたと思っていたものと、全く同じ音。
気のせいだと考えても思考は勝手に動き出す。暗い室内で、自分の横で膝を抱えている髪のない男が右耳の近くに顔を寄せ、にたにたと子供じみた笑顔を向けている。正面を向いているはずの首が、ゆっくりその男に向く。男は頭が大きく、ヒョウタンを逆さまにしたような形をしながら額と頬に深いしわを刻んでいる。暗いからだろうか、その顔は青の強い鼠色をしていた。頭の中の自分は首を動かすことも、目を開けることもできずに固まっている。
ふと、右耳にかかった髪に冷たい空気が降れ、咄嗟に目を開いた。目の前は、閉じる前の景色と変わっていない。そっと右を見るが、もちろん誰もいない。すぐにもう一度目を閉じたが、今目を開けたときに見た光景がそのまま瞼の裏に描かれた。目を開けているのかと思い、目を閉じようとするができない。できないというよりも、すでに目を閉じているのだ。混乱しながらも少しだけ目を開けると、やはり同じ景色がある。
目を閉じていると、少しずつその景色は消えていった。右の気配も消えていた。しかし、頭の中ではお喋りな思考は動き続ける。家の窓をすべて開けようとしているのだ。そこから離れようとしても動きは止まらない。有名な霊感テストの一つだ。頭の中で家の中の窓をすべて開けて、また閉じる。その間に誰かとすれ違ったら霊感があるとか、その場所に幽霊がいるとか。なぜ今思い出したのかは全くわからない。しかし、思考はそれを始めようとした。一人暮らしの二部屋しかないこの家で。
困ったことに、テストを始める前に結果は出てしまった。今自分がいる場所のすぐ隣、ベランダの窓を開ける前に、隣の部屋でさっきの男がにやにやと笑いながら立っているのだ。開いた扉の先に見えるその姿の身長は思ったよりも高く、白い半袖のシャツと黒い短パンを履き、そこからあの鼠色の肌が骨に張り付いたように伸びている。
男は声も出さずに口角を大きく釣り上げて笑っている。からかうようなその視線は、ずっとこちらを向いている。胡坐をかいた体ではなく、思考の方に。
我慢が出来なくなり、目を開けた。携帯を手にとり、あと何分だったのかと確認しようとした。タイマーは動いていなかった。しかも、セットされていた時間は二十一分。十分ですらない。
男がいた部屋は扉が閉まっていた。閉めた記憶はないが、頭の中と違う光景に安心する。
部屋の電気をつけ、大きく深呼吸をする。ここは心理的瑕疵物件ではない。そもそもここに引っ越してきて一年、何の問題もなかった。瞑想を習慣に取り入れたのは一週間前。今日までこんなことは一度もなかった。
できるだけ早く忘れよう。幽霊を作ってしまう前に。




