19
「■!早く!」
「■、待ってよぅ」
少し肌寒い11月の昼下がり、京の屋敷には侍従の子供たちの楽しげな声が響いていた。
蹴鞠を楽しむ男児が多い中、隅にちょんと座り、何かを見つめるふたつの影が小さく動いている。
雀を見ていたようだ。
ちいさな雀は、ころころと周りを見渡すと、ちょこりと羽を羽ばたかせ、座り込む女の子に挨拶するように動いた。
「君はすごいなあ!ねぇ、『鶉飼子』?どうしてこんなに鳥に懐いてもらえるんだい?」
隣に座る男の子が頭をふるふると横に振り不思議そうに尋ねる。
「その言い方はよしてって言ったじゃない。『鐘鳴子』」。もう吾、あなたのこと嫌いになってしまいそう。」
小さいからだを精一杯仰け反らせて女の子は不快感を示した。
「ごめんよ、姉君。でも君こそ僕のことをそうやって呼ぶじゃないか!」
そんな風にませた2人は、たくさんいる子らの中で1番背が小さかったが、着ている水干や小袖の布地は、いっとう高価なものに見えた。
「やぁ、『鐘鳴』のとこの太郎。それに『鶉飼』の大君。今日も元気そうだね。」
「「すすむさま!」」
にこりと優しい表情で2人を見つめる男。
「すすむさま」と呼ばれる彼はこの屋敷の主人の乳兄弟にあたり、また侍従でもあった。
子供に恵まれなかったこともあってか、2人のことをうんと可愛がってくれ、また2人も、優しい彼が大好きだった。
「本日も近侍ですか?」
「いつ戻られますか?」
「その後遊んでくれますか?」
などと、たわいない事をわらわらと話していると、『鶉飼子』の目に人影が写った。
「ようさま?」
小さく呼ばれてひょこりと顔を出したのは、この家の主人である男だった。
「ようさま」と呼ばれる彼は背が高く、ちいさな2人からでは彼の表情は見えなかった。
「今日も姉弟のようだな、『鐘鳴子』、『鶉飼子』。」
くすりと息を吐く音がする。笑っているようだ。
そのままじっと2人を見つめたあと、隣に立つ「すすむさま」に声をかけ屋敷の方向へ歩みを進める。
かと思えば、ぱっと振り向いてしゃがみ、『鶉飼子』に耳打ちをした。
「そういえば、お前の父が夕刻、鶉小屋に来いといっていたよ。
そうだな……仕事を任せてくれるんじゃないか?最近頑張っていただろう。」
言い終えるとにこっと笑い、また屋敷の方へ歩いていった。
夕刻、『鶉飼子』は「ようさま」の言い付け通り、鶉小屋へ向かっていた。
鶉小屋は「ようさま」きっての御要望で作られた小さな空間であった。
そこでの鶉の世話は『鶉飼子』の父である『鶉飼』が担っていた。
その家系では皆、雉を中心に鳥に好かれやすかったため適任と言えたのだろう。
その「鶉小屋」のおかげで『鶉飼』の家族は異例の大出世をしたのだ。
さて、時間を忘れ夢中で遊び回っていた『鶉飼子』は、自身に出せる精一杯の速さで、とたとたとその「鶉小屋」へと走っていた。
「おとうとってば、空が紅くなったら教えてっていったのに。」
数え年で1つ年下の『鐘鳴子』はその名の通り、
『鐘鳴』というこの屋敷の一角にある大きな鐘で時刻を知らせる役割を担う男の元に生まれた子だった。
血は繋がっていないが生まれた時からずうっと共に居たため、互いに「姉」、「おとうと」と呼ぶことに疑念は無かった。
そんな生意気で可愛いちいさなおとうとのことを考えながらも、これからのことも考える。
(父様、なんの御用なのでしょう。まさか、怒られるとか?でもでも、今日はお夕飯に強飯を炊いてくださるって母様が言ってらしたから、1日いい子にしていたし……「ようさま」の言う通り、やっと認めて貰えたのかしら!そうしたら嬉しい…!)
なんてことを考えながらご機嫌で走る。遠くにまるまると太った鶉の姿が見えてきた。
と、ほぼ同時に、黒い影が「鶉飼子」の足元にのびてくる。
黒い影のようなそれは、いとも簡単に走るために上げた足の下に滑り込み、踏み付けると、びちゃっと音を立てて辺りに飛び散った。
それは生臭く、赤黒い液体。
黒い影は、血溜まりであった。
まだ数えで6つになったばかりの「鶉飼子」はそれがすぐには理解できなかったが、本能的ななにかか、はたまたその生臭さが恐怖を煽ったのか、
足がすくみ、そこで腰を抜かしてしまった。
ちいさなからだで、さらに地面の黒い影と鼻とが近付いてしまった為、強烈な匂いが脳まで届く。
鉄臭い匂いに混じって、動物の糞や尿それに自身が出した汗、それから…。
全ての異臭が通り過ぎる中、ふと嗅ぎなれた匂いを感じた。
「…父様?」
積み重ねられた鶉の死骸の横に、無造作に捨てられた。というような大きなからだをみつける。
「…父様、父様?……とうさま、とうさま、おきて、ねえ、とうさま。」
ごろん、と背中を下に向け顔を見ようとする。だがそこに「鶉飼」の顔は無かった。
──潰されていたのだ。何度も何度も執拗に嬲られたかのように。
「ヒッ」
小さな悲鳴を上げ、後ずさる。呼吸が難しくなって、声が枯れる。
大きかった背中は鶉達を守ろうとしたのか少し曲がったまま固まっていた。
『鶉飼子』を
「愛しい大君。」
と呼んで大事そうに優しく暖かく笑ってくれた顔は、もう元の形が分からなくなり、
強く、優しく抱きしめてくれた腕はそっぽを向いていた。
そんな父の姿はもう見たくないと喘ぎながら視線を移す。
もうひとつ、背中が見えた。
それは腰の辺りが暗くなってもなおわかるほど赤く染っていた。
見覚えのある深紫の袍が目に映る。
「す、すむ、さ、ま、?」
昼過ぎまで談笑していた顔が悲しく歪んでいる。
腹から腰にかけてを何度も殴り、そこに穴を開けてしまったようだ。からだの中にあるべきものが液体に混じりどろりとしていた。
せめて目を閉じて差し上げたいと手を伸ばすと、顔には届かず、べとりと赤黒い液体の張り付いた、『鶉飼子』の顔より大きな石が手の中に収まった。
すると見計らったかのように、後ろから大きな声が響く。
「殺しだ!」




