無限の旅宿
エリシアの好きなもの:おばあちゃん、おばあちゃんの服、おばあちゃんの残した本、ベッド、枕、布団、オートミール、ミント、清らかな水、そしてアンジェロ。
持っていくべきものは、全部持っていく。
あの泉の水は本当においしかった。当時、エリシアはわざわざ俺のために長い道のりを歩いて、あの水を汲んできてくれたんだ。
「エリシア、字は読めるのか?」
「もちろんよ、アンジェロ。あなたは読めないの?」
「うん……」
俺は正直に答える。読めない文字だ。英語ではないことだけは確かだ。
でも、エリシアとは何不自由なく会話ができている。
俺の口から出ている言葉は、本当に日本語なのだろうか? それすらも定かではない。
言葉というものは、一対一で翻訳できるものではなく、必ず誤解の成分が含まれるものだ。もし俺がエリシアと一生を添い遂げるとしたら、その間に生まれる誤解は数え切れないだろう。なぜなら俺は日本語を使っているが、彼女が使っているのは、何語なのかさえ分からないのだから。
たとえば、「感染」という言葉の具体的な意味も彼女は知らない。なんといっても中世の人々のレベルなのだから。
「アンジェロ、行くとは言ったけど、本当はこの場所を離れたくないの」
「昨日の夜、外の世界を見てみたいって言ったじゃないか」
俺は少し理解できないような顔を作ったが、内心ではひどく申し訳なく思っていた。昨夜、俺が物語を使って彼女の「外の世界を見てみたい」という気持ちを誘惑したから、彼女はそう言ったに過ぎないのだ。
「それは……ごめんなさい、アンジェロ……」
「家に火をつけたりはしないよ。またいつでも戻ってこられる」
火を放って事故に見せかけ、村人の死体を使って俺たち二人が死んだように偽装することも考えたが、やめておこう。殺人は好まないし、家を燃やすなんてエリシアへの刺激が強すぎる。
「おばあちゃんが……昔、占いで言ってたの。誰かが私を連れ出して、町へ連れて行ってくれるって。いろんな場所を旅して、おいしいものを食べて、素敵な服を買ってくれるって……」
「それはずいぶんよく当たる占いだな」
「おばあちゃんは、占いなんて迷信だって言ってたけど」
「魔女なのに迷信だなんて?」
「おばあちゃんが言うには、魔女のふりをして、占いと薬草で生計を立ててただけなんだって。本当は昔、修道院から逃げ出して、好きな男の人と駆け落ちしたらしいの」
「どうりで魔女になったわけだ、あるいは魔女を自称したわけだ」
これらの魔法書や薬草の類は、持っていくべきだろうか。
エリシアとおばあちゃんの思い出の品である一方、はっきりさせておかなくてはならない……もしここが中世だとしたら、一体どの時代なのか……。
十七世紀以降なら危険だ。魔女狩りが盛んだったあの時代は冗談じゃ済まされない。大げさな魔法書や薬草がなくても、独り暮らしというだけで魔女扱いされるには十分だ。
F-wordは何らかのチート、つまり現代人がこの異世界を自由に行き来するための裏技のようなものだと思っていた。だが、今思えば甘すぎた。エリシアも使えるし、村人や死体を操るあの連中も使えるのだ。
少なくとも三名、いや、四、五名のF-wordを使えるアメリカ人がここを狙っている。そのことはエリシアにも伝えてある。
必ず負けるとは限らないが……勝てるとも限らない。
早急に逃げるのが賢明だ。
あのキャンピングカーに乗ろう。あのアメリカ人のキャンピングカーこそが、俺の真の異世界チートスキルのはずだ。
現代の交通機関のスピードでここから急速離脱する。あとのことは……後で考えよう!
俺は荷物をまとめ、荷車に積み込んだ。この荷車もエリシアの祖母の遺品の一つだ。
そこでふと、あることに気づいた……彼女の祖母は亡くなったのか?
「エリシア、お前のおばあちゃんのお墓……見てないような気がするんだけど」
「生きてる人にお墓なんてあるわけないじゃない」
「悪い……俺の勘違いだった。じゃあ、彼女は今どこに?」
「町に行ってるわ」
「その町はどこにあるんだ? 迎えに行こう」
---+++---
二人で車を押し、山道を下っていく。まずは荷物をあのキャンピングカーに積み込むつもりだ。
キャンピングカーは元の位置に、微動だにせず停まっていた。
屋根には……落ち葉がない。なぜだ?
「わあ! わあ! これは何!?」
はは、中世人の認知レベルでは全く理解できない現代の……
いや、これは一体……何だ?
違う……これ……一体……何なんだ?
アメリカ製のキャンピングカーが、山道の脇に静かに停まっている。
屋根に落ち葉がないこと以外、論理的にどこがおかしいのか指摘することはできない。
だが、こいつは、どうしようもなく異常だ。
これは天使がくれた異世界チートだ。魔法のような力がなくても、ガソリンが切れるまでは交通手段として使えるはずだ。通常なら(異世界冒険ラノベの通例として)、チートなら無限燃料などの特典があるはずだ。タンクを開ければ、中にあるガソリンを使って中世人にはできないこと、例えば火炎魔法のようなこともできるはずだ。
これらは俺が中で寝転がっていた時、当然のように、自然な流れで考えていたことだ。
しかし、エリシアを連れて再びこのキャンピングカーの前に立った時、俺は気づいた。いや、元々気づいていたのだ。このアメリカ人のキャンピングカーは、ひどく不快だ。
かつて俺のいた世界で三人の人間を殺した時、こいつは人間のような笑みを浮かべていた。天使様もこれについては何の説明もしてくれなかったし、これがチートだなんて誰からも言われていない……。
それだけじゃない……こいつは、このキャンピングカーは……下劣で、恐ろしくて、猥褻だ。
なぜ前は気づかなかったんだ? いや、そうじゃない。あの時も気持ち悪いとは思っていた。でも、あの時の俺は一人きりで、自分がどうなろうとどうでもよかったんだ。
だが、エリシアは絶対に……絶対にこんな代物と関わらせてはいけない。
蜜村 綾……
そうだ、蜜村、そして他の三人の日本人女性は、一体なぜこの車に乗ったんだ……なぜ……アメリカ国旗がプリントされた下品なビキニを着て……アメリカ人に身を委ねたんだ?
彼女たちが欧米かぶれの拝金主義者の **Bitch** だからか?
違う。一人ならまだしも、三人だ。人数が多すぎる。
**Bitch**、というのは、そう簡単になれるものじゃない。あれは形而上学的な意味で神秘的なものなんだ。アメリカ人のメアリーさんがかつてそう言っていた。
「行くぞ」
「え? 荷物を中に入れるんじゃなかったの?」
「いや、やめておこう。この荷車が入らないんだ。入ると思ってたんだけど」
「え? そうなの……」
「ああ、前にも言ったけど、こいつはガソリンがないと動かないんだ。今はガソリンがないし、もし道端で止まったら進むことも戻ることもできなくなる。ガソリンがなけりゃただの鉄屑さ」
「ガソリン? よく分からないけど、残念ね……走ってるところを見てみたかったわ」
「行くぞ」
「うん」
エリシアは歩きながら、何度も車を振り返る。
できれば彼女の願いは何でも叶えてあげたい。星だって、取れるなら取ってあげたい。でも……これだけは駄目だ。
このアメリカ製のキャンピングカー、俺の直感が告げている。こんな代物とは一切関わるなと!
「早く行くぞ!」
俺は彼女の背中を軽く叩いた。
「うぅっ!」




