魔女
球体状の天使に約束された異世界に辿り着いてから、早三日が経った。
最初の一日二日は、少々気まずい日々だった。何しろ服がないものだから、毎日素っ裸で森の中を歩き回るしかなかったのだ。
だが……どういうわけか、あのアメリカ製キャンピングカーも俺と一緒に転移していた。森にはちょうどいい小道があって、車を停めるスペースも確保できた。
車内の空間は……実に豪華だ。寝床もトイレも完備されている……最初の二日間は、車内で純水や缶詰まで見つかったおかげで、現代人として比較的快適に生き延びることができた。狩りや水場の確保について、のんびりと考える余裕さえあった。
なぜ人と接触しなかったかと言えば、単に……全裸というのは公序良俗に反するからだ。変質者扱いされるのも怖いし、もし全裸の状態で再び「あいつ」が「起立」でもしてしまったら、異世界でも社会的死を迎えることになりかねない。
もっとも……あれ以来、キャンピングカーが不気味な笑顔を見せることはなかったが……あれは一体何だったんだろう。
そして三日目、ついに人に見つかった。近くの村人たちだ。
一人ではなく集団だった。どうやら熊狩りのために、俺のいる森までやって来たらしい。彼らはそう言った。
「兄ちゃん、なんで一人でケツ出して森にいるんだ?」
村人は素朴に尋ねてきた。
俺は言葉に詰まったが、彼らはキャンピングカーには全く反応していない様子だ。見慣れているのか?
「いや……どうやら身ぐるみを剥がされたみたいで。後ろから棒で殴られて気絶している間に、荷物も服も全部持っていかれたんだ……多分そんなところだ。頭を打ったせいで前後のことはよく覚えてないけど……」
「そりゃ災難だったな。きっと近所を荒らしてる自称『灰鼠団』の仕業だろう……奴らなら仕方ねぇ」
「はは、そうか、なら仕方ないな。ところで……服を貸してもらえないかな? このままじゃ動き回ることもできない。余ってる服を売ってくれるなら、食料と交換してもいいんだが」
素朴そうに見えた村人は一瞬きょとんとして、突然服を脱ぎ始めた……
「おい……! 何してるんだ?」
「服が欲しいんだろ?」
「あぁ……でも、あんたはどうするんだ?」
もしかして俺の言葉には、催眠や強制命令のような効果があるのか……? 俺は思わず悪寒が走った……そんな能力は便利かもしれないが、少し気味が悪い……一生ロボットの群れの中で暮らすような感覚だ。
もしそうなら、それこそ煉獄のようなものだ。
村人は一秒ほどポカンとして、それから笑って言った。「ははっ、これから俺たちは熊狩りに行くんだ。どうせ服は脱ぐ予定だったから、今脱いじまっても構わねぇよ」
「熊狩り? なんで服を脱ぐ必要があるんだ?」常識のように言われても困る。
「俺たちについてくれば、見てりゃわかるさ」
他の者たちも素朴な笑顔を浮かべ、同意するように頷いた。
嫌な予感がする。
「とりあえず、これをあんたたちにあげるよ」
そう言って、俺は車から缶詰をいくつか取り出し、服の礼として村人に渡した。いくらになるかは分からないが、足りなければ後で村人の手伝いでもして稼ぐしかない。
「食べ物が入った金属の器か……こりゃいい作りだ」村人は感嘆の声を上げた。
あのアメリカ製キャンピングカーをどう思っているのか、俺には未だに分からない。実に不気味だ。俺はあの車の不気味な笑顔を思い出した。
◇◇◇
全裸の村人が、別の一団を連れて森の奥へと歩き出した。道中、俺は彼らから情報を引き出そうと試みた。
顔立ちからは、ヨーロッパ系かアジア系かは判別できない。これぞ典型的な日本式異世界といった感じか。
彼らは皆友好的だが、俺には興味がないようにも感じる。しかし、なぜ俺は彼らについて行って熊狩りに参加しているんだ? まあ、流れに身を任せているだけだろう。彼らについて行かなければ帰り道も分からないし、俺は基本的に頭を使うのが苦手だ。要するに、流されるタイプの人間なのだ。
村人の服を着てみた。麻布のような素材で、少し汗臭いが構わない……服があるだけマシだ。しかし、なぜ熊狩りで服を脱ぐんだ? それに……この集団は火縄銃も、毒草も、クロスボウといった道具も持っていないようだ。素手で熊を狩るつもりなのか……?
鈍感な俺でも、次第に事態の異常さに気づき始めていた……
FXXK
俺は心の中で唱えた。
アメリカ人が祈る時の言葉だとか、密教とも関係があるとか聞いたことがある。そんな呪文はもちろん魔除けのためだ。だからその後、俺は「南無阿弥陀仏」とも付け加えておいた。
「ナムアミ? お前、何を言ってるんだ? ははっ」
小熊のような顔立ちをした村人が話しかけてきた。親切そうな人だ。親切そうだからこそ、俺は質問をする勇気が湧いた。
「あ、いや、ただの独り言だよ。ところで聞いてもいいかな? なんでみんな手ぶらなんだ? 熊狩りって……結構危ないだろ?」
「ああ……それか」彼は一瞬呆然とし、顔に残忍な無知のような表情がよぎった気がした――見間違いかもしれない――が、すぐに合点がいったような顔になった。今度は見間違いじゃない。
「あー、まったく、忘れかけてたよ。熊狩りは一朝一夕で終わるもんじゃないし、行ったり来たり重労働だろ? ほら、徒労に終わることもあるしな。だからさ……森の中に簡易倉庫を作って、そこに道具を入れてあるんだよ。クロスボウとか、弓とか、鉈や盾とかな。鍵をかけてな。そうすれば毎回あんなに荷物を持って出る必要もないだろ?」
「なるほど、そりゃ便利だな。特にこんな山道じゃ」
「その通り。それに、あんな物騒な武器を村に置いておくと、なんとなく落ち着かないだろ? 貴族様たちが見たらもっと嫌がるしな」
「村人同士の喧嘩を恐れて、ってことか?」
「そうそう、それだよ。平和だとは思うけどね、みんな善人だし。でも……人間ってのはそういうもんだろ。金槌を持てば釘を打ちたくなるし、斧を持てば木を切りたくなる。クロスボウなんてあったら、つい何かを撃ってみたくなる奴が出てくるもんだ。うっかり誰かを傷つけちまったら大変だ」
「慎重なんだな。でも、そういう慎重な考え方は好きだよ。平和を大切にする姿勢もね」
この異世界はいい場所ですね、天使様。
でも、美少女は?
ふざけんな、美少女はどこにいるんだよ!
兄貴たちはいい人だし、イケメンもいるけど、残念ながら俺は男色家じゃない。
心の中でそう愚痴りながら、この善人そうな兄貴と他愛のない話を続けていた。
「あ、もうすぐだ」
村人が突然そう言い、先頭を歩いていた全裸のリーダーも足を止めた。
森の中の小屋。ここが兄貴の言う武器庫か? しかし、なんだか生活感があるような。具体的に言うなら、周囲の地面は綺麗に掃き清められているし、小屋からは腐った木とキノコの匂いがするのに、ガラス製の窓がついている。
ガラス窓?
透明なガラス窓だ。だがその奥にはカーテンまであり、カーテンとガラスの間には、古ぼけた人形のようなものが置かれている。
「あ、熊のフンだ」リーダーが突然言った。
「本当に熊のフンか? ただの土じゃないのか?」誰かが尋ねる。
「確かに……肉眼じゃ判断が難しいな」
「舐めてみるか」
全裸のリーダーは突然しゃがみ込み、地面にある乾燥した、熊のフンかどうかも分からない物体を指で拭った。
そして、その指を口に入れた。
これがプロの猟師というやつなのか?
「分からないな……周りに熊の足跡がないか見てみるか?」俺は提案した。
「いい考えだ、名案だな。あ、本当にあったぞ」
彼は小走りで小屋の裏側へと回った。
「おい、裏にいるのか? 一人で行くなよ!」
もっと早く事態の異常さに気づいていればよかった……
さっき親切に服を貸してくれた兄貴が、その言葉を聞いて小屋の裏から身を乗り出した。
だが、頭がなかった。
ねじ切られたようで、首の動脈から血が噴き出している。噴水のような姿のまま道を戻ってきて、俺たちのすぐ近くまで来たところで、そのまま地面に倒れ込んだ……そして蠢き、また立ち上がろうとしているようだった。
「はっ、よくそこまで歩けたものね!」
先に声が耳に届いた。森の奥深くにある泉のような、灰色がかった声。一体どんな人間ならあんな声が出せるのだろう?
小屋の裏から出てきたのは、人というよりは熊、いや、まさしく熊だった。
銀灰色の、俺がいた世界には存在しないような巨熊だ。
「アンジェロ、今日のランチの味はどうだった? 悪くないでしょう?」
森の泉のような声が響いてくる。よく見ると、神話の巨獣のようなハイイログマの背中から聞こえてくる声だった。声の主は、ああ、なるほど……
声の主は、灰青色のふわふわとした髪に、華奢な手首、冬の湖のように骨の髄まで凍りつかせるような瞳をした少女だった。
彼女は熊の背に跨り、その滑らかな毛を撫でている。
熊の背中の毛って、針みたいに硬いんじゃなかったか? あんなふうに跨ったら痛いはずだ。ましてや彼女は素足だ。
膝と足首はピンク色に染まり、淡い青色の静脈が蜘蛛の巣を連想させた。
「あ……あれは何なんだよ!」俺は隣の村人の名前を聞いていなかった。そういう習慣がないからだ。今となっては致命的だ。名前を呼びたかったが、そもそも聞いたことがない。
「あれは……ああ、きっと村長の娘さんだ。倉庫番をしてくれてるんだよ。たまに遊びに来るんだ」
「ち……違う、一体何を言ってるんだ? あの……頭が」
「頭?」
「頭が落ちたんだよ! あの人の頭……熊に食いちぎられただろ!」
「はあ、笑えない冗談だな。熊みたいに可愛い動物が、人間に危害を加えると思うか? あれはターナーの兄貴がちょっと肩が凝ったから、一時的に頭を外して肩の荷を下ろしただけだろ」
ターナー……さっきの全裸男のことか。
FUCK! 一体どうなってるんだよ、兄弟!
俺は叫んだ。
いや、FUCKじゃない、FXXKだ!
FXXK! FXXK! FXXK!
俺はアメリカ人のように叫びながら、兄貴の体を揺さぶった。
催眠か! まさか催眠なのか? あれは催眠術を操る魔女なのか!
「FXXK?」
その灰青色の魔女は小首をかしげ、不思議そうに俺を見た。
「なんでお前が……FXXKを知ってるんだ?」
「な……なんだって? お……お前は一体誰だ、アメリカを知ってるのか?」俺は恐怖に震えながら顔を上げ、見た目は十代そこそこでしかない少女――その実態は魔女――を見つめた。
「ああ……なるほど、貴方もアメリカ人なのね。どうりで、何かを知っているようで、何も知らないような顔をしてるわけだ」少女は笑って言った。
そして彼女は小さく呟いた。「FXXK……」
北欧神話でオーディンたちをてこずらせたような巨躯のハイイログマが、家猫が伸びをするような奇妙なポーズをとると、魔女はその背中から滑り降りた。
あんなに硬そうな背毛なのに……素足で痛くないのか! いや、魔女だからな……
「FXXK!」
彼女は俺を指さし、その言葉を唱えた。
「効かないわね……どうやら貴方は本物みたい」
森の泉のような声が、そう告げた。




