06
七月になってからは暑さのせいでぐったりとしていた。
「はなー」
「あ、こと」
それでも約束があるから出るしかない。
ことは七月になってからも元気なままだから一緒にいてパワーを貰いたかったのもあった。
「んー冷たくて美味しー」
「そうだね、美味しい」
「ね、水口さんとはどうなの?」
「ん-なんか中途半端な感じだよ」
結局、あっちでお泊まりしたりこっちにさりがお泊まりしたりといまも言ったように本当に中途半端だ。
それでなにが問題かって大体は妹が付いてくるのに二人ともこちらを優先してくるところだった。
別に私を優先しなくてもいいのにと言いたくなる。
「私もいきたいなー……なんて」
「さりがいいなら大歓迎だよ」
「な、なら連絡先を教えてくれない? 私が直接聞いてみるから」
「いや、それならさりを呼ぶよ」
一緒にいすぎてせっかく連絡先を交換したのにあまり使えていないのも不満だったのだ。
だからこれには助かった、お家でゆっくりしているという話だったから無理なんてことにはならない。
五分もしない内に一人涼しそうな顔をして「こんにちは」とさりが現れた。
「み、水口さん、私も一緒に過ごしたいんだけど……いい?」
「それははなに聞いてもらわないと」
「はなは水口さんにって言っていたから」
「構わないわよ? はなだってあなたがいてくれれば安心できるでしょう」
さり、彼女はあれからも変わっていない。
正直、妹の気持ちを利用して自然と付いてくるのを狙っているのでは? なんて考えていたのに全く違った。
いや、まだ十日も経過していないからただの願望かもしれないけど本当に優先してくれるのだ。
そして妹も彼女に対して深追いをしていないからあっちでも自宅にいるときみたいにいられてしまっているというか……。
「それでもとりあえずは欲しい物が買えるお店にいかないとね」
「うん」
「材料を買い集めて服を作るんだ!」と昨夜に言われてこうして出てきているのだ。
ただお喋りをするだけならお家でもできるのだから動いてからでも遅くはない、同じようにお泊まりをするなら尚更だ。
商業施設にはそれ関連のお店が複数あって大して距離がないのも大きかった。
そこまで散財したい欲がないので惹かれてすぐにお店に寄ったりすることもない、二人が真剣すぎてそもそも寄れなかったぐらいの言い方の方が合っているのかもしれないけど。
「じゃ、はなと水口さんは自由に見ててよ、ちょっと時間がかかると思うから別のところにいってもいいよ」
「わかった、ならお店の前で集合ね」
「うん」
とはいえ、どうしようか。
「はな、どこかいきたいところはある?」
「ん-さりは?」
「私はあなたといられればそれでいいわ」
出た、最近はこんなことを言ってばかりだ。
「それやめてよ、その割にはなにもないし」
「ふふ、なにかあってほしいの?」
「うん、なにもないぐらいならあきにでもいいから積極的に動いてほしい」
妹やお友達がいるのに自分が優先されることに慣れていないから違和感しかないのだ。
時間が経てば慣れる……のかどうかもわからない、より酷くなっていくだけかもしれない。
上手くいかないことで八つ当たりなんかをするようになるかもしれないからその前になんとかしたかった。
そういうのもあって二人きりになれたのは好都合だった。
「適当に動くなんて失礼じゃない、動くとしてもあなたによ」
「それでなにもないのが現状でしょ? なにが狙いなの?」
「あきちゃんと一緒に過ごせる時間を増やすためにしたとか絶対にないから安心しなさい」
違う違う、私は寧ろそれを望んでいるのだ。
構ってもらえなくて拗ねているとかではないことをわかってほしい。
あきをそういう目で見られなくてもこととかさ、他の後輩でも先輩でもいいからはっきりわかりやすく行動してほしい。
「だから――ん」
「駄目」
「いや、だからって指で止めてくる必要もないと思うけど……」
似たようなお友達が集まるということか。
ことも上手く出せずに凄く遠回しな言い方をするときがあってそのときは中々、前に進めないから同じようなもどかしさがある。
「全くここから動いていないよね、なにか見にいこうか」
「そうね」
柔らかいだけにもやもやするのだ。
これならなにも発生しようがないライバルといられる時間の方がいい、もっとも、ライバルとしてはただただ困るだろうからそのまま甘えたりはしないけど。
「危ないわよ、ちゃんと前を見て歩きなさい」
「さりのせいだからね?」
「知らないわよ」
かと思えば優しくない時間も存在する。
やっぱり呼びだすべきではなかったと今更ながらに後悔したけどもう遅かった。
ことに押し付けようかとも思ったものの、流石に可哀想だからできなかった……。
「満足満足~さ、次ははなのいきたいところにいこう」
「いきたいところとかないよ、さりは?」
「私も、あまりこういうところに来ないから」
うん、誘われたから出てきているだけでこんなものだ。
となると、やはりつまらないから人が集まらないだけなわけで、不安定になっていたときの私は恥ずかしすぎた。
結局は希望を捨てきれなかった結果だ。
「うーん……二人とも似ているのはいいんだけどそういうところが暗いよね」
「だから小椋さんのいきたいところにいきましょう」
「ならコーヒーが飲みたいっ」
「いきましょう」
慣れていない人間は慣れている人間に全て任せておけばいい。
適当に座って待っていると「お待たせ」とことが戻ってきてくれたからお礼を言って受け取った。
コーヒーの方は……なんというか大人の味だった。
「ここを出たらどうする?」
「あのさ……私も水口さんのお家にいってみたいな」
「いいわよ、それならお家でご飯も作ってあげるわ」
「やったっ、やっぱり勇気を出して言ってみるものだよね!」
まあ、変なところにいくよりは彼女のお家の方がいいか。
いまならごろごろすることもできるし汗をかく前に中に逃げられるのもいい。
汗をかいていても自然と距離を詰めてくるからそこだけは嫌な点だと言えた。
「勇気がいることなの?」
「そ、そりゃそうだよ、だって水口さんが求めているのははなとかあきちゃんなんだし……私は所詮、お友達のお友達なんだからさ」
「そんなことはないわよ、あとさりでいいわよ、私もことって呼ぶから」
きた、必要だったのはさりを説得することではなくてことの方だったか。
自然と三人の形もなくなっていつかは二人きりで会うようになる、いいことではないか。
彼女のお家に向かっている最中、珍しく気分がよかった。
ずっと一緒にいたことにはそれがバレてしまって指摘されてしまったけどそこも冷静に対応することができたと思う。
「おお、ここがさりちゃんのお家なんだ」
「普通でしょう? 一軒家じゃないから広くもないし」
「ううん、そこにお友達がいるというだけで違うよ」
お昼には解散にするという話だったから妹もここに呼ぼう。
これこそ自然な形だ、他を優先すればいい。
「お姉ちゃんっ」
「わぷ、もう……いちいち大袈裟だよねあきは」
「だけどことさんまで連れ込んだのは怒っているからね」
これは最近からのことではない、元々、昔からちくりと言葉で刺すときがあった。
別にことは同じ妹キャラでもないのだからライバル視なんかする必要はないのに何故だろうか。
「ことが望んだんだから仕方がないでしょーあきだってごう君がお家にいきたいって言ったら連れていくでしょ」
「そりゃごう君はずっと前からいるんだから普通でしょ」
「なら私にとってのこともそうでしょ」
「私の場合はいいけどお姉ちゃんの場合は駄目」
え、急にどうしてしまったのか、家族にも優しくてみんなにも優しいあきは消えてしまったのだろうか
全てを抑え込んでほしいわけではないけど簡単に受け入れられることでもないのでぎゅっと抱きしめて止める、一応は効果があったのか「きゃー」なんて甘い声音で嬉しそうに? していた。
「むぅ、一番のライバルはやっぱりあきちゃんか」
「いつもあんな感じだからすっかり慣れつつあったわ」
「さりちゃん甘いっ、はなが欲しいなら本気でアピールをしないとっ、止めるぐらいでいかないと駄目なんだよ!」
や、やめてくれぇ……流石にそこまでの気持ちはないだろう。
あと、やはり私は恋をするよりも見ている方がいいから応援する側に回る。
依然として言うことはできないけど仲よくしている二人を見て内だけでも楽しむのだ。
「いまからご飯を作るわ」
「私も手伝うよ」
「お願い、はなはよくできるからありがたいわ」
「お世辞はいいよ」
彼女の味を求めているだろうからサラダを作ったりすることだけに留める。
はっきり言って役には立てていないけどそれも当然だ、なにもしないで食べるわけにもいかなかったからこういう形にしたまでのことだ。
だからまあ、動けていないときよりはまだいい気分で彼女作のご飯を食べられた。
「はあ~幸せ~」
「私もです~」
母にあれだけ食べた後すぐに寝転んではいけないと言われているのにいなければこんなにも緩い。
妹にだって子どもっぽくいたいときもあるか、少しだけでもそういう場所を増やしてあげられたのもいいかもしれない。
「なによりお姉ちゃんがいてくれるのがいいですよね~」
「本当にね~これもさりちゃんのおかげなんだよね? ありがとう、はなを変えてくれて」
「別にそんなのじゃないわよ、はなが一人で解決して前に進んだだけなの」
違う、いやまあ……ほとんどのところはそうだけど彼女は無関係ではない。
だからこそ乱れ始めたりしたものの、助けられたのは確かだから感謝しかなかった。
「さり――」
「私、違うと思う、さりちゃんは本当にはなのためになっているんだよ。その結果がこれだよ、だって私達のお家にだって簡単には泊まってくれない子だったんだよ? 受け入れている時点で違うよ」
なんかこれだと微妙な人間みたい……というか、微妙な人間だろう。
「大袈裟に言っているだけよね?」
「本当のことですよ、お姉ちゃんはそういうことに関しては受け入れてきませんでしたから、遊びには付き合ってくれますけどね」
ありがとうとすら言いづらくなってしまった。
遮られたのなら遮るぐらいの勢いでやらなければいけなかったのにもう無理だ。
自己ルールを守っていることになるから相手がさりだからできないというわけではないけど……誰が相手の場合でも難しい。
「はな……? 顔色が悪いけど大丈夫?」
「う、うん、ちょっと外にいってくるね」
「わかった、心配だからさりちゃんが付き合ってあげて」
「ええ」
駄目だ……いまは全てが逆効果となる。
一緒に来てくれたからって利用して上手くやるなんてことはできない。
「色々お腹に入れて調子でも悪くなってしまったの?」
「違うよ」
そんなわけあるかい、まだそのような理由からなら楽だったのにとは思うけど。
「私には隠さないわよね? 嫌よ、物理的な距離は近くなったのに精神的な距離が遠いままでは」
「は、吐かせようとしても無駄だから」
「こうして抱きしめても? あなた、こうすると抱きしめ返そうとしてくれるわよね、実際にしてはくれないけど」
それでも……言わないということができなかった。
ずっと離してくれないから大声を出して吐くしかなかった。
「ありがとうぐらい普通に言いなさいよもう……」
「こ、ことに遮られちゃったんだから仕方がないでしょ、タイミングを逃したらやりづらいものなんだよ」
「うわあ、ことのせいにするなんて最低じゃない」
違う、最低なのはすぐに察して動くことはせずにこうして吐かせてくる彼女だ。
いきなりお家に住んでほしいとか訳のわからないことも言い出すし……。
「そもそも前からさりのせいだから!」
「大きな声ねえ、あきちゃんにも負けていないわ」
「ばかさり!」
「む、流石にそれは許せないわ、なんで馬鹿とまで言われなくちゃいけないのよ」
「ぷふふ、勝手に怒っておけばいいんだよー」
はぁ……下らないことをしていないで頭を冷やしてこよう。
キャラを壊してまでやる価値はない、なにをしているのか。
でも、だから嫌なのだ、さりが相手のときはことや妹が相手のときと違ってすぐに冷静ではいられなくなる。
「はな、歩いても汗をかくだけだからやめておきなさい」
「……もう嫌だ、さりのせいでこんなことばかりなんだから」
「それは悪いこと?」
「少なくとも私にとってはね。私はね、一歩引いたところにいるのが好きなの、だけどさりのときはそうもいかなくなる。さりはいるだけでこれまでの私を壊していくんだよ?」
壊れてしまったのならそのまま続けて引かれればいい。
これで深追いする人はいない、いたら変態だと言わせてもらう。
「なら狙い通りね、引っ張り出すために私はいるんだもの」
「で、引っ張り出したら責任も取らずに他の子のところにいくって? 最低でしょ」
「勝手に悪く考えない、興味があるって言ったじゃない」
「興味があるってどこに――ただ抱き枕が欲しいだけだと思うけど」
色々な意味で小さいのによくやるよ。
私を抱きしめるぐらいなら追ってきていた妹を抱きしめればいい。
「結局、私にいちゃいちゃしているところを見せつけたかっただけってこと……? もうお姉ちゃん!」
「はいはい、さり、もう戻ろう」
「ええ」
ポカポカ攻撃されても気にせずにお家まで連れ帰って落ち着かせる。
さりのお家だけどここにはいい物がある、それは少しお高そうなグレープジュースだ。
一度飲んでからこれには逆らえない、だから今回だって飲ませておけばすぐに平和になる。
正直、なにかを飲んで発散させたいのはこちらだったけど流石に貰うのは違うから我慢した。
「「はなの馬鹿」」「お姉ちゃんの馬鹿」
「帰ろうかな」
「「「馬鹿」」」
馬鹿な人間は消えた方がいいだろうからと玄関まで移動しようとしたらがしっ! と掴まれてしまって無理になった。
諦めたのに離そうとしないから窮屈な時間となったのだった。




