05
「雨だなあ」
もう六月……どころか二十五日だから何回もこんなことを繰り返していた。
六月に入ってからの私は色々と負けそうになっていたけどもう大丈夫だ。
七月の目標は一回も不安定にならないこと、できるのかどうかはわからないけどそこを目指して頑張ろうと決めている。
「みーつけた、ぎゅー」
「ことは温かいね」
私がいく前にこの子が来てしまうからあの約束は果たせていないままでいる。
というか、彼女と一緒に過ごした後にこうして廊下から外を見ていたのになにをしているのかという話だ。
彼女は昔から極端なところがあった、振り回してくるわけではないから疲れたりはしないけどね。
「今年の夏休みにやりたいことはもう決まったよ。毎日全部は無理でもはなのお家に泊まらせてもらうの、それで夜まで楽しくお喋りをするんだよ」
「それならごう君も誘ってあげないとね、寂しくて拗ねてしまうから」
時間が経過してみたら結局一日ぐらいしかいませんでしたなんてことにならないためにも必要なことだった。
まあ、これで私がどういう人間かをよくわかってもらえたと思う。
残念な点は一番よく見てもらいたいさりが来なくなってしまったことで、追うのも怖くてできないでいた。
いや、いくのは簡単だけど真っすぐに拒絶されたらメンタルが死ぬし……。
「だけどそうしたらあきちゃんが取られちゃうからなあ、女の子だけでよくない?」
「えー酷いお姉ちゃんだねことは」
「だ、だって……あっ、水口さんのことは誘っていいからね? はなを取られちゃうのは微妙だけど一緒にいて楽しそうだから邪魔をしたくないんだよ」
「ことは知っているでしょ?」
「ん-なんで急にやめちゃったのかな、学校には普通に登校してきているんだけど……」
なんでって、忙しいとかでもなければそれはもう、ね。
「よし、私に任せてよ、連れてこられるかはわからないけど私が気になるから」
「無理なら無理でいいから」
「駄目だよ、頑張るからね」
そのことに関しては頑張ることはできないからお勉強なんかを頑張っておこうと思う。
まだ夏休みまで時間もあるしまずはテストを乗り越えなければならないのだから無駄にはならない。
あまり聞かれることもないけど「教えてっ」と彼女から言われたときにも役に立てるだろうからいいのだ。
「「雨だなあ」」
横を見てみたら多分同じような顔で外を見ている先生がそこにいた。
「江守先生に勝ったのに喜ばないで後悔している自分がいます」
「だろ? いつも通りの生田ならあそこは間違いなく喜んでいたところだった、矛盾していてもやっぱり勝てたら嬉しいはずだ」
「これって江守先生の話しかけてくるタイミングの悪さのせいではないですか?」
不安定なときばかり話しかけてくるものだから、いや、生徒の変化をすぐにわかって来てくれる点はいいことだけど……。
「えっ、俺のせいかよ……」
「はは、冗談ですよ、それでも一勝は一勝です」
また先生と楽しくお喋りができるようになったのもさりのおかげなのにお礼を言うこともできない。
やはりお弁当を作り返すというのが可愛くなくて駄目だったのだろうか? それとも単純な能力のなさが駄目? 妹に頼んでよりいい状態で渡すべきだったとか?
それ以外でも可愛くないところを見せてしまったからよく考え直して距離を作ったとかなら正しいのかもしれない。
上手くやれないし勝手に一人で悪い方に考えて落ち込む人間だから、面倒くさいから。
「よかった、生田はやっぱりそうじゃないとな」
「はい」
「でも、もう負けないからな」
「む、大人気ないですよ」
「はは、ま、これからも頼むよ」
むきー! とかハイテンションになっている場合ではない。
どう考えてもはっきりしていることなのに頑張ろうとしていることを止めなければならない。
忙しいから~なんていうのはただの願望でしかなかった、動かれたら恥ずかしいことになるから止めるのだ。
「こと、ま――え」
毎日、筋トレ的なことをしていてもこの程度かと、掴み止めることすらできないのかと床とキスをしながら考えた。
幸い、音で気づいたことが「だ、大丈夫?」とこの場に留まってくれたから止めることには成功していたようだ。
「やっぱりしなくていいよ、こととかがいてくれればいいから」
「と、とりあえず顔を上げてよ」
「うん」
巻き込まなくて済んだのもいいことだ。
なんだ、いいことは沢山あるではないかとすぐに戻った。
依然として心配そうな顔で見てきている彼女には大丈夫だと答えてやめてもらう。
「ぎゅー」
「ま、まさかはなの方からしてくれるなんて」
「えー昔はいっぱいしていたでしょ?」
「ハイテンションになったときだけはね、だからレアなことだよこれは」
ならいい方に捉えてほしい。
もう不安定な私とはおさらばなのだ。
「「あ……」」
うわ……本当にたまたまだけど彼女の教室の近くで遭遇してしまったからこそ気になる。
これだと私が希望を捨てきれずに教室までいっていたみたいに見えるではないか! と内ではハイテンションになっていた。
しかもすぐになにも言わないのが余計に悪い方に働いて、悪いことをしていないのにごめんと謝って離れようとした私の腕を彼女が掴む。
「もう我慢できないから言うわ」
「は、はい」
「はなっ、私のお家に住まない!?」
「は……ん?」
なんでそうなる……?
それに両親に聞くまでもなく反対されることだから諦めてもらうしかない。
お泊まりぐらいならまたするからと言っても聞いてもらえなかったけど。
で、彼女は諦めきれずにお家まで着いてきた。
難しい顔でソファに座ってじっと待ち続けるつもりらしい、極端なのは彼女なのかもしれない。
聞けば来ていなかったのだってずっとそのことで悩んでいたらしいけど、早く言ってくれればすぐに諦めさせられたのにこの子ときたら……。
いやほら、どんなことにだって相手になってしまえばはっきり答えなければならない義務があると思うから。
「それでさりちゃんはうちのはなを連れていきたいの?」
「はい、想像以上に寂しくて駄目なんです、それでも両親に言ったところでどうにもならないのではなさんに……」
ぷふ、はなさんって……なんて笑っている場合ではない。
「と言われてもねえ、お金のことだってちゃんと話し合わないといけないし……」
「そのことなら大丈夫です」
「ご両親と会えればもう少しぐらいはしてあげられることも出てくるかもしれないけどいないんじゃ駄目よ」
「ですがっ」
「よし、それならさりちゃんがこっちに来なさい、それならあきだっているからいいでしょ? 私達もお金のことで悩まなくて済むもの」
は……? いやいや、今日は珍しく面倒くさがらずに対応をしてくれたと思ったら急になにを言っているのか……。
「ちょっとお母さんっ」
「なに? だって可哀想じゃない、でも、向こうに住ませるのは私達――ううん、私が気になるの、だったら全員ここにいてもらえばいいでしょう?」
「そ、それこそ今度はさり……さんがお金のことを気にするようになってしまうと思うけど?」
「それなら大丈夫、だって子どもに心配されるほどお金に困っていないから」
しかし……ここでしつこく食い下がっても私が彼女のことを嫌がっているように見えてしまう時点で負けているような気がする。
なんでこうなった、というか、早くいっておけばこんなことにならなくて済んだのでは?
これは私が悪い、気に入りやすい存在だとわかっていたのに怖がって近づかずに今日までのんびりしていたのだから。
つまり……責任を取らなければいけないということだ。
母もこう言ってくれていることだから嫌でもないのなら……いいのでは?
「ただし、ちゃんとこのことはご両親に言わなければ駄目よ? ついでに電話だけでもできるといいわね」
「わかりましたっ」
「ふふ、元気でよろしい」
ただね、どうせこういうことをするのならお泊まりする側の方がよかったかもしれない。
「不満でもあるの?」
「……向こうで住んでみたかった……かもしれない」
「それは駄目よ、はながいなくなったら家事の点で困るじゃない」
いやそこは優秀な妹がいる、なんならいまは私が出しゃばってしまっているようなものだ、だけどなにもしないで全てを任せることができないからやっている。
「あ、あきとか――」
「自分の存在がどれだけあきに影響を与えているのか全くわかっていないのね、まだ時間もあるから考えなさい」
「……真面目な感じを出しているけど面倒くさいだけだよね」
そうか、だから自分だけ楽をしようとするのは違う。
「そうよ、それにはながいないのは違うじゃない」
「お母さんっ」
「あーもうくっつかないの」
そうだ、さりだって出ていったわけではなくて目の前にいるのだから子どもっぽいところを出している場合ではない。
あとここには一つ問題がある、そうそれはお部屋が余っていないということだ。
流石にあのお部屋で三人で過ごすというのは遊ぶとき以外では現実的ではないから結局は駄目になりました、なんてことになりそう。
「お母様、このお家には余裕がありません」
「そういえばそうね、お金はあっても広くはない」
「それなら無理――」
「許可を貰えたらこっそりはながさりちゃんのお家にいけばいいわね、よし解決」
あ、もういつもの面倒くさがりな母を隠せなくなってしまっているみたいだ。
仮に許可を貰えた場合でも私もお話しさせてもらわなければならないからとにかくいまはさりに頑張ってもらうしかない。
「さり、とりあえずさりが頑張ってからだよ」
「わかったわ。それじゃあ今日のところはこれで失礼します」
「ええ、気を付けてね」
もう七月になるというところで明るいから送るために出てきた。
いちいち聞かなくても興奮していることが伝わってくるから刺激しないようにしておく。
反対されずに受け入れようとしたところが予想外だったけど母みたいな親ばかりではないからだ。
どれぐらい本気だったのかはわからないものの、傷つくことになりそうだから期待させるようなことは言わない。
「ここまででいいわ」
「どうせなら最後までやらせてよ」
「最後という言葉はいま聞きたくないの。ありがとう、また明日ね」
う、上手く抑えこんだなあ。
それとも興奮している風に願望みたいなものが出てしまっただけなのだろうか。
それなら相当恥ずかしいから結局、最後まで追うことはできなかった。
「水口さんが住むのは全く構わないけどお姉ちゃんがあっちに住むのは絶対に反対だから!」
「落ち着いて、さっきから声が大きいわよ」
ここには私もいるけど敢えて母に言う理由は母が止めてくれればなくなると考えているからだと思う。
いや……出ようにも出られないうえに動くこともできないなんてここは本当に自宅なのだろうか。
「そもそもお母さんのせいでしょっ、普通は許可しないでしょ!」
「でも、寂しいと言っていたのよ? それにここにいるはなの顔でわかったのよ、はなも求めていることだってね」
「と、とにかくっ、そのままにするとしてもこっちだからっ」
あ、負けた……わけではないか。
ソファに座っていた私の腕を掴んで廊下に連れていこうとする、テレビを見ていたとかではないからいいと言えばいいけどいま二人きりは怖い。
でも、お部屋に戻ったところで二人きりになる時間は絶対にあるわけだから寝やすくするためにも頑張らなければいけないことだった。
「うぅ~なんでなの!」
「落ち着いて、逆にあきはなんでそんなに興奮しているの?」
「はあ!?」
「落ち着いて」
煽りたいわけではないけどこの話が上手くいけばあのお部屋を広く使えるのだ。
買いたい物があるのに置けないから我慢するしかないと苦い笑みを浮かべて言っていたぐらいなのだ、ある程度の我慢は依然として必要だとしても全てを我慢する必要はなくなる。
「えっ、泣くほど嫌なの?」
誰だってぎょっとする、見ていて気持ちのいいものではない。
「そうだよっ、私はまだまだお姉ちゃんが大好きな妹なのっ」
「だけど三人は無理でしょ?」
「お姉ちゃんがいてくれるなら床でもいいからっ、お願いだからここにいてよ!」
こればかりは上手くいったうえにさりが納得してくれないと無理だからいますぐに答えは出せない。
あとそれとこれとは別というやつでここにごう君なんかを誘いたいだろうから自由にさせてあげられるならと流れかけている自分がいることを話しておいた方がいいのだろうか。
「一応は話してみるけどあんまり期待しないでね」
「……無理でも付いていくから、少なくともお家で二人きりにはさせないからね」
「はは、急だね」
「急じゃない!」
本当に煽りたいわけではないのに全てが逆効果になる。
一つ話が進むまで一緒にいるとお互いに疲れるだけだから距離を作った、今度はこちらが母を盾にしていた。
「お姉ちゃんが大好きな子だったけどあそこまでだった?」
「ううん、これまではお母さんも見ていた通り違うよ」
「それなら抑え込んでいたのかもしれないわね、だけどはなのせいで抑えきれなくなった、と」
「ちょいちょい、それにしたって大袈裟すぎだと思うけどね、一生会えないとかでもないんだからさ」
「ああ、あきがああなった原因がわかった気がするわ」
あ、味方なようで違うみたいだからお風呂にでもいってこよう。
問題だったのはここでしくしくしていたことだ、だから浴室に連れ込むことになった。
「露骨に差を作っているわけではないよ?」
「……いまはそうでもこれからはわからないから」
くっ、変な自己ルールさえなければごう君が好きなんでしょ? 的なことを聞いて話題を変えていけるのに……。
「うわーん!」
「み、耳がっ」
実に効率的だ、私をダウンさせるには十分な攻撃だった。
そのため、暫くの間は湯舟の中でぐったりとしていたのだった。




