10
花火が奇麗だったのはいい、だけどその間はいきなり現れたことに抱きしめられていたから気になって仕方がなかった。
約束を守らずにさりとこそこそ見て回っていたわけではないしなんでこんなことになったのかがわからない。
わからないのは終わってからもこちらの手を握ってにこにこしていることがいることだ、ことだけにとか言っている場合ではない。
「そのままでいいから私のお家かさりのお家に移動しようよ」
「それなら私の家にしましょう」
「ことは、わかった、いこう」
何故なにも言わないのか。
この手を握るという行為もただしたくてしているようには見えない。
「よし、勇気を貰えたよ」
それでもうさりのお家に入るというところで唐突にそんなことを言って走っていってしまった。
追いたい気分にならなかったから気にせずに中に入る、それなりに立っていたから足を伸ばしたいのも大きかった。
「もう少し時間が経過したらお母さんにこれを渡してくるね、それまでは休憩ー」
「そのときは付いていくわ」
「うん、寝るのは向こうでいいかもね」
「絶対にここに連れ帰るわ」
好きにしてくれればいい。
まあでも、私としてもあっちだと妹がごう君を連れてくる場合は空気を読んであげるべきだと思う。
私と妹の場合と違ってごう君がお家に連れていっても大して問題にはならないけど親以外の誰かがいる場所よりはやりやすいだろう。
余計なことで踏み出せないまま終わったらもやもやするだろうしね。
「オレンジ色にするわ」
「うん、と言いたいところだけどそんなことをしたら寝て渡せないまま終わってしまうからなあ」
「寝転ぶと眩しいから」
それなら先に渡した方がいいということでささっと移動してついでに入浴なんかも済ませてきた。
いまは付いてきていたさりの番、だからここには一人だ。
既にオレンジ色にしてあるから寝ようと思えばこのまま朝まで寝られる、でも、多分だけどさりがそれを許してくれないかな、と。
「ただいま」
「おかえり」
元々、ずっと喋っている子ではないとわかっていても今日は特に静かだ。
会場では私に負けないぐらい食べていたから眠たくなってしまった――わけではないようだ。
でも、こちらの手を握って見てきているだけでそれ以上、特になにかしてくるわけでもないと。
「なに?」
「ことがずるかったから」
「はは、ずるいかな?」
言ってしまえばただの手でしかないからわからない。
仮に先程、ことがさりの手を握っていたとしても嫉妬的なことはしなかった。
「でもさ、それなら抱きしめていたことの方が――わぷ」
「あなたは酷いわよね、わからないふりをしてすぐに煽ってくるもの」
「ふぅ、違うよ、気にするのはそこよりあっちでしょと言いたいだけ」
もう寝られる状態で抱きしめられたのは初めてだった。
だからいつもとは違う、ただ問題なのはドキドキよりも寝てしまうかもしれない違う意味でのドキドキがある。
いやほら、早寝早起きタイプとはいっても流石にこの時間に寝たら真夜中に起きてしまう。
その場合でも起こすわけにもいかないから怖い時間になってしまう、それだけは避けたいのだ。
「ん? え、なにその顔」
「……あなたはここまでやってもいつも通りなのね」
「なんかショックを受けてしまっている感じ……?」
「だってあくまでお友達として受け入れてくれているだけじゃない」
あれ、離してこちらに背中を向けるさりが……。
「どうせことが頼んでいても受け入れていたわよね」
「それはそうだけど頼まれたことがないから」
「可愛くないわね」
よ、余計なお世話だ。
えっと? いや、これは勝手に彼女が拗ねているだけだ。
私の中にだってなにもないわけがない。
拒絶こそしなくても他の子に手を握られたり抱きしめられたりしたら他を優先すればいいのにと思う。
でも、彼女がしてくれた場合は違うのだ。
「さりは私の中で大きな存在だよ、そうでもなかったらこんなに二人きりにはなっていないからね。あきやこと、ごう君が相手のときも線を引いていたのはずっと昔から一緒にいなかったさりでもわかるでしょ? なのにさりとはこんなことをしている、この時点ではっきりしていると思うけどね」
「あの子達と比べて少し違うというだけじゃない」
「いやいや、結構大きな違いだと思うけどね」
全部言わせようとしないでほしかった。
普段はこちらからくっついているのだ、落ち着くとか安心できるなどの理由からであってもね。
彼女としても不安な状態からなんとか脱したいということで私本人からの色々な言葉を求めているのはわかっているけど恥ずかし死することになるのはこちらだから勘弁してほしい。
とにかく、他の子にはしていないこういう行為を見て判断してもらいたかった。
なんにも一緒ではない、不安になる要素がないぐらい。
「だから拗ねていないでこっちを向いてよ、そのままだと私、泣いてしまうよ?」
でも、彼女の選択次第によっては一気にこちらが不安な状態になってしまうことはある。
というか、ここまで変えたのだから責任を取ってもらわなければ困るのだ。
これまで人をそういう意味で好きになれたことはなかったけど彼女と過ごし続ければわかるような気がするから。
「はなの馬鹿」
「む、向いたと思ったら可愛くないことを言ってくれるね?」
「は冗談としても私はこのままでは嫌よ」
「なにを求めているの?」
こうなったら全部吐かせていくしかない。
だってごちゃごちゃ考えていたところで結局は彼女が動いてくれないと困るからだ。
「え? はぁ……私は同性同士とか気にしないであなたの特別な存在になりたいわ」
「だよね、なら求めてくればよくない?」
「……受け入れてくれるの?」
「うん、諦めていた恋をできるなら私としても嬉しいよ」
困るというのは逃したくないのもある。
本当にこんなことはもうないと思ってもいいぐらいだ。
「それができるなら誰でもいいのよね?」
「でも、びびっとくる人がこれまでいなかったからね、こんなのはさりだけだよ」
とはいえ、はっきりしないまま頑張れと言われても頑張りにくいだろうということでいつものようにやっていくことにした。
抱きしめることに抵抗がないどころか寧ろこれをできないと嫌なぐらいになっているから特に普段と違うというわけでもないのがあれだけどね。
それでもここぞというところでただ待っているだけよりは彼女的にもいいはずなのだ、このまま積極的になってくれたらもっといい。
「いまのままでもさりのことは好きだけどもっと好きになりたい、私がさりを逃したくないんだよ」
「そうなのね」
「うん、だからさ」
抱きしめるのをやめて普通の距離感に戻したけどやばい、このままだと進まない。
「あ、もしかして頑張って私から引き出そうとしているとか?」
「もういいよ」
煽られる覚悟がある者だけ煽れよという話だった。
だけどその一撃に負けて今度は私が背を向けると彼女がくっついてきた。
それなのにそれ以上はなにもしてこないからもやもやして仕方がなかったぐらいだ。
で、そんな馬鹿なことを繰り返した結果、そのままお布団を掛けることもせずに寝てしまったという……。
「はい――あ、おはよう」
「おはよう、だけど二人だけの時間はここまでだよ」
「一応聞いておくと昨日はどうしたの?」
「お祭りが終わったら二人で一時間ぐらいは話していたけど泊まったりはしていないよ」
「そっか」
正直、少しも邪魔になんかなっていない。
寧ろそれでさりが頑張ってくれるならと期待してしまっている自分すらいた。
大体、特別な関係になりたいと言っていたからこちらも少し頑張ってアピールをしたのにそのまま寝てしまうのはおかしい、私も朝までなにも掛かっていないのにぐっすりだったのも問題だろう。
つまり、二人して変なのだ。
「おはようございます」
「ええ……おはよう」
「随分と眠そうですね、はなとなにか夜遅くまでしていたんですか?」
もう一度言うけどなにもなかった。
「いいえ、でも、私ははなが好きよ、あきちゃんが相手でも戦うわ」
「そうですか、なら頑張ってください」
「え」
「はなが求めているのが伝わってくるのでそれでいいんですよ。なので、臆して先延ばしにするなんてことはやめてくださいね。それじゃあこれで失礼します」
年上が相手でもまるで同級生が相手のときみたいにできるのは強い。
ただ、求めておいてあれだけど変な雰囲気になってしまったからもう少しぐらいはゆっくりしていってくれるとありがたかったかなとわがままな姉は思う。
「はは、あきにまで言われてしまったね」
「私が優柔不断なせいであなたがあきちゃんを呼んだのかと思ったけど違うのね」
「違うよ」
「なら今度こそ――あ、その前に顔を洗ったり歯を磨いたりしてくるわ」
もう言っていけばいいのに……って、こちらも磨かないと駄目か。
というわけでささっとお家までいって済ませてきた、朝から疲れた。
嫌だったのは急いでいたこと、それだけ求めてしまっているということだからいま煽られたら精神がやられてしまう。
よかった点は、
「あなたのことが好きよ」
と、彼女がすぐに出してきてくれたことだ、だから素直に受け取りやすかった。
「ありがとさり、これからもよろしくね」
「それはこっちが言いたいことよ、ありがとうはな」
な、なんかいい感じの雰囲気なのでは? と盛り上がりかけたところでお腹が鳴って逃げたくなった。
とてつもなく柔らかい笑みを浮かべてから「いまから朝ご飯を作るわね」と言われてしまいそれがとどめになって走り去る――ことはせずに隅で縮まっていた。
「……さりの笑顔のせいで精神がやられたんだけど」
「それでもご飯を食べればなんとかなるわよ、さ、できたから食べましょう?」
「淡々と対応をされると困るんだけど」
「大丈夫よ、あなたはしっかりしているからすぐに切り替えられるわ」
だ、だからそれができていないからこうなっているのに彼女ときたら……。
妹と同じように煽っているようなものだと指摘したくなったけどもう一度やられたくはないから黙っておいた。
それにご飯の方が美味しかったのですぐにそんなことはどうでもよくなったのだった。




