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第9話 赤いカッパの女の子(4)

 辻村の部屋は航平の部屋と対照的に物で溢れかえっていた。ゴミ部屋なのかと言われるとそうでもない。

 この人はもともと、物を捨てないのかもしれない。


「物が多いだろう? これでも、あの退去の日には結構捨てたんだぜ?」

「まきちゃんと一緒に、ですか?」


 辻村はポテチの袋をパーティー用に開いて、無言で食えよと合図した。私はコンソメ味のポテチを頬張る。それに満足したのか、辻村は頷いた。


「バラバラにして、バレないよう色んなゴミ袋に分けて入れた」

「うぇえ」


 優の反応をおかしそうに見てから、辻村もポテチに手を伸ばす。


「このこと、警察に言ったのか?」

「言ってません。これからです」

「録音してんのか?」

「そうかもしれませんね」


 やるなぁと呟いて、しばらくは優を除く二人でポテチを食べる。パリパリという音だけが、部屋に響いていた。


「雨の日に、まきちゃんが駐車場に現れるのは知っていましたか?」

「知ってたよ」


 辻村はこともなげに言う。


「俺が見つかるのは時間の問題だと思ってた」

「逃げようとは思わなかったんですか?」

「俺はあのガキの幽霊と一緒さ、この土地から出られない。霞から一歩も出れないんだよ」


 それはおそらく、まきちゃんの地縛霊としての能力だろう。


「こんなことになるなら、あんなガキ殺さなきゃよかった」

「ここから出られるようにしたら、自首してくれますか?」


 辻村は目を閉じて動かなくなる。

 五分後にゆっくり目を開けて頷いた。


「いいだろう、もし霞から出れたら自首してやろう」


 嘘はおそらくついていない。

 薬の常用者だったらしいが、今はその気配もない。この三十年の間にやめたのだろうか。


「それじゃ、決まりですね」





 霞の路地をぐるぐると歩き回る。

 まきちゃんは幼いし、噂もそこまで広まっていない、極めて脆弱な怪異だ。故に、その呪いも穴だらけ。

 『すみれちゃんの神隠し』が迷う道などこの世のどこにもありはしない。


「着きました」

「………は」


 隣町の交番の前で、辻村はその場に座り込んだ。


「ははは、お前すげぇな!」

「ありがとうございます」

「何者だ?」

「ただの高校生ですよ」

「ただの、ねぇ。そういうことにしてやるよ」


 辻村は一人で交番に入って行った。

 最初は冗談半分で愛想笑いを浮かべていた警察の顔が段々と青ざめていく。

 最後に辻村は交番の入り口に立つ私たちを見て笑った。


「じゃあな」


 辻村の口はそう動いたように見えた。





 報道陣も献花する人もいなくなった雨の日。

 私はまきちゃんのいる駐車場を訪れた。


 片手には、牛乳、チョコレート、そして、ピーマン。


「まきちゃん」

「おねえちゃん!」


 まきちゃんはまだそこにいた。


「人がね、たくさんきたよ!」

「お姉ちゃんが犯人を見つけたからだよ」



 辻村の非道な犯行は瞬く間に拡散、報道された。

 まきちゃん……長尾真希ちゃん、当時六歳は、霞公園からずっと離れた隣県の日玉市に住んでいた。彼女は迷子ではなく、誘拐されていたのだ。

 彼が言っていた通り、遺体はすでにゴミ山と共に焼却処分されており、遺骨の回収は不可能だと結論づけられた。

 ただ、辻村の家には血まみれの長靴が右足分だけ残されていた。辻村の供述では、まきちゃんを思い出して致すためだとか。

 魚沼航平の言っていた通り、辻村は自分が使っていた麻薬を幼いまきちゃんにも使用したことを認めた。反抗する意志を削ぐ目的があったという。

 さらに、まきちゃんを殺す前、性的な暴行を加えたという旨の発言をしており、同情の余地はないが、ほぼ解決不可能な事件であるにもかかわらず自首したことを踏まえて、懲役十二年の判決が下された。

 遺族との面会でも、辻村は反省の素振りは見せなかったという。

 自首した理由については、変な高校生に説得されたからと語った。



 私の報告を聞いて、まきちゃんはすっと笑った。

 その笑みはどこか大人っぽくて、彼女がただこの駐車場に取り残されていただけではないことを示していた。


「お父さんがお花届けに来たの、お兄ちゃんと、妹のまいちゃんも。でもね、お母さんだけ来なかったの」


 まきちゃんは私が持ってきたビニール袋を見て悲しそうに笑った。


「せっかく、買って来てくれたのにね」


 その時、人気のない道を歩いて来るぱちゃぱちゃという音が聞こえて、私は振り向いた。


「まき……?」

「お母さん!!」


 まきちゃんはパッと目を輝かせて、お母さんに駆け寄ろうとして、やめた。

 自分の赤いカッパを見下ろしている。


「あ、あのねおつかいできたんだよ」


 私は無言でお母さんにビニール袋を渡した。

 中身を見て、お母さんは泣き崩れる。


「ピーマンね、まきちゃん嫌いだからほんとは買いたくなかったんだけど、がんばって買ったんだよ」


 お母さんの嗚咽が聞こえる。


「まきちゃん、すごいねぇ………がんばったねぇ。三十年も、褒めてあげられなくてごめんね……」


 泣きながら、お母さんはまきちゃんの頭をそっと撫でてそれからぎゅっと抱きしめた。


「お母さん、あったかいね」


 まきちゃんが淡い光の粒になり始める。

 成仏が始まったのだ。悪霊になる前に成仏させることができてよかった。


「まきちゃん、天国への行き方わかる?」

「うん! おねえちゃん、ありがとう!」


 まきちゃんは最後にお母さんの頬にキスをした。


「お母さん大好き! またね、待ってるから!」


 まきちゃんが消える。

 お母さんはまきちゃんだった光の粒を手で掴もうとしてやめた。

 そして、堰を切ったように大声で泣き始めた。


 私はお母さんが落ち着くまで黙って側にいた。





 まきちゃんのお母さんがどうしてもというので、霞にあるファストフード店でお昼を食べることになった。


「あなたが、辻村を説得してくれたんですか?」

「はい。知り合いのつてで、赤いカッパの女の子を成仏させてほしいと相談を受けたのが始まりです」

「そう……。ありがとうございます」


 お母さんは弱々しく笑った。

 私はポテトを食べながら、あの日辻村の家でポテチを食べたことを思い出した。


「辻村の刑について、どう思いますか」

「骨すら拾えなかった私たちからすれば、とても軽いものです。三十年苦しんだ真希に比べれば、辻村の十二年なんて」

「辻村も、三十年苦しんだと言ったら?」


 お母さんは私を睨みつけた。


「辻村は、怪異『赤いカッパの女の子』によって三十年もの間、霞町に縛られていました」

「それは、辻村の自業自得でしょう!」

「そうですね」


 辻村は、ポテチをパーティー用に開けてくれた。

 それもまた、彼の本質であると思った。


「幼女趣味で、自分が殺した女の子の長靴で自慰をするどうしようもないおっさんですけど、人の心が全くなかったわけではないのかなと」




『殺したあと、ヤバいと思った。俺は警察に捕まって一生この罪を背負って生きていく。それがどれだけ情けないことかくらいホームレスの俺にだってわかる。

 すぐに退去にあたって捨てるはずだったゴミ袋を開けて、子供を分解して入れた。けれど、ゴミと一緒に燃やされる子供が、なんか可哀想に思えてきてな。

 俺、実は教員志望だったんだ。大学落ちて、親から勘当されて、ホームレスになって。教員なれなかった僻みから変な性癖になってよ。

 勘当されたからわかんだよ、死んで灰になるなら、俺は家族に弔って欲しい。でも、俺には無理だ。だから、せめてこの子は……って』




 辻村は道案内の前にそう語ってくれた。

 警察には、言わなかったようだが。


 私は辻村に、母親に直接渡して欲しいと託されたラムネ瓶を取り出した。


「真希ちゃんです」


 お母さんの目が見開かれた。


「確か、右手の小指だったはず……。辻村に渡されたものです」


 震える手で瓶を持った。

 落として割らないか心配になるほど、お母さんの顔は白くなっていた。


「辻村は、なんでこれを」

「子供が好きだから、だそうですよ」


 私は立ち上がる。

 もう、私の仕事は終わった。


「今日の晩御飯、ピーマンだけはやめてあげてくださいね」


 私はそれだけ言うと、その場を立ち去った。






 久本と最初に会った喫茶店にて待ち合わせをした。

 彼女は深々と頭を下げた。


「ありがとう。それから、ごめんなさい。こんな大きな事件になるなんて」

「いいんですよ。解決してよかったじゃないですか。久本さんのお手柄ですよ」


 久本は安心したように笑うと「好きなものを頼んで」とメニュー表を差し出してきた。


「もうすぐ合同体育祭ね」

「私は億劫ですよ。親戚一同から、バッシングの嵐だから」

「そっか、夏目だもんね……」


 私は軽く笑って、ガトーショコラを頼んだ。


「合同体育祭みたいな人の多いところは、怪異も出やすいですから、退魔局も忙しいでしょう」

「そうね。もう警備班が組まれてたはず」


 仕事が早いな。

 私としては、退魔士には関わりたくないが、関わらないわけにもいかないだろう。

 合同体育祭には、人間に化けている怪異も多数参加する。それを守るのは、管理塔のメンバーである『すみれちゃんよ神隠し(わたし)』の仕事だ。


「変なこと、起きないといいけど……」


 私はぼんやりと窓の外を眺めた。

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