第8話 赤いカッパの女の子(3)
学校のない土日に会うのは、何気に初めてな私と優はテレビ局の前にいた。
魚沼航平に会うためである。
現在は五十代前半のベテラン俳優であるが、十代後半から二十代にかけてはホームレスをしていた異色の経歴を持つ。
そして、彼を語る上で外せないのが『すみれちゃんの神隠し』である。
バラエティでも何度か話題に上がっており、彼は『すみれちゃんの神隠し』について、「みんなが想像するよりも大したことはないです」と語っている。
「本当に会えるの?」
「待ち伏せ以外の方法を思いつかないの!」
「わからなくもないけど」
SNSでDMを送ろうとしたが、部外者からのDMは解放されていなかった。
だからと言って公式にリプを送れば変な騒ぎになるかもしれない。
直接会う以外の方法があるのなら、教えてほしい。
「あ、出て来た」
私はすぐに飛び出して行く。
帽子を目深に被り、鳥籠のランプを片手に持ったまま。
「久しぶりだね、お兄さん」
航平がこちらを見た。
そして、私のランプを見て何かに気づいたようである。タクシーに一緒に乗るように合図した。
「連れもいるの」
「一緒で構わないよ」
航平はマネージャーに、今日は一人で帰ると伝えて私を先にタクシーに乗せた。
「都市伝説が何の用かな」
「霞公園について聞きたいことがあるの」
「すみれちゃん、歳上にタメ口は……」
「構わないよ」
航平はタクシー運転手に自宅の住所を言うと、背もたれに腰をかけて脚を組んだ。
「ホームレス時代のことを聞きたい、ということでいいかな?」
「正確には霞公園で殺人事件はなかったか、ということなのだけれど……」
航平はため息をついた。
遠い目をして窓の外を眺めている。ここで急かすと話してくれない可能性もある。
「僕の話の前に、すみれちゃんの話が聞きたいな」
「話すことなんてないよ」
「今、いくつだい?」
「高一」
「じゃ、僕と会ってまだ五年ちょっとか」
僕はもう三十年だ。
航平はそう呟くと、スマホを取り出して眺める。
「十年以上前に、妻子が行方不明になってね。君が見つけてくれないかと毎日祈っていたよ。でも、彼らは怪異の腹の中で見つかった」
「さすがにお腹の中は専門外」
「だろうね。あの子の家族も同じ気持ちだったのかな」
やはり、知っているのか。
「赤いカッパの女の子の地縛霊を成仏させてほしいと、とある人から言われたの」
「赤い………カッパ」
航平は苦しそうに目を閉じた。
「彼女は、殺されたのか」
「お兄さんが殺したんじゃないの?」
「何でそうなる」
タクシーが航平の自宅へと到着した。
ものすごい高層マンションだった。
「僕の部屋、何もないけど」
「話を聞くだけだから」
「じゃあいっか」
ほぼ最上階にあった魚沼航平の部屋は、確かに何もなかった。
生活に必要なものが最低限置いてあるだけで、本棚や高級そうな絵画などもない。
「都市伝説『すみれちゃんの神隠し』。やっぱり人間だったんだねぇ。しかも、この時代の」
「私の質問に答えてくれる?」
「僕の質問には答えないのかな」
私は無言で航平を見つめた。
彼は諦めたようにため息をつく。
「君の言う、子供の殺人事件にひとつだけ、心あたりがある」
三十年ほど前、霞公園にてホームレスの一斉退去が命じられ、魚沼航平を含むいくつかのホームレスグループは反対運動を起こした。
そんな時に、航平のグループメンバーの一人が、小さな女の子が迷子になったらしいと連れて来たそうだ。しかし、彼女は明らかに異常だった。
そのメンバーは昔から薬の常用者で、しかも幼女趣味があると噂されていた。小さい子供を見つけては、刃物で脅して行為に及んでいる、という噂だ。
しかし、航平たちの心配も他所に呂律の回らない可哀想な女の子を、そのメンバーは献身的に支え、昼夜問わず子供の家を探していたように思えた。
反対運動も虚しく、退去日が決まり準備が忙しくなると、女の子を心配するホームレスもいなくなった。
退去日の前日、ふとそのメンバーの荷造りがまだされていないことに気づいた航平は仕方なく彼の代わりに荷造りを始めた。
そこで、ダンボールの切れ端に書かれたメモを見つけたのだ。
『女の子の家が見つかったので、しばらくここを空けます』
荷造りを終えた日の早朝に、メンバーは戻ってきた。
その後、グループは解散し、結局女の子のことは聞かずじまいに終わったのだが、航平は今でもメンバーの最後の姿を覚えているという。
真っ暗な早朝で、しかも黒い服に黒いズボンだったから、他のみんなは気づかなかったのだろうが、目のいい航平だけは気づいた。
メンバーの服が、血まみれであるということに。
「その子の名前は、まきちゃんですか?」
「ああ、そんな名前だったかな」
時間があれば問いただすこともできたのだろうが、そのメンバーとはその日を最後に会っていないし、どこにいるのか、死んでいるのか、生きているのかすらわからない。
航平は最後にそう締め括った。
「その子は雨の日に保護されて、カッパを着ていた」
「そうだね。ただし」
航平は真剣な顔で断言した。
「カッパの色は白だった」
その男の名前は辻村正治というらしい。名前がわかったところでどうしようもないのだが。
航平は女の子の遺体についてはわからないが、おそらく公園のゴミ山に遺棄されたはずだと言った。
当時はありえないほど多くのゴミが不法投棄され、捨てる側も中身を確認することはなかったと教えてくれた。
女の子の遺体は、誰にも弔われることなく大量のゴミと一緒に燃やされたのだ。
「久しぶり、まきちゃん」
私が知っている最後の手がかりなんて、もう本人くらいしか思いつかなかった。
雨の日を見計らい、再び駐車場へと向かった。
「あ、おねえちゃん!」
まきちゃんは私に抱きつくと、ニコッと笑って手を握ってきた。
「まきちゃん、死ぬ前にしたかったことある?」
「……………」
まきちゃんから表情が消える。
間違いなく、この子は死んだ時のことを覚えている。
「まきちゃん、お姉ちゃんはまきちゃんにあったこと、ちょっとだけど知ってるんだ。犯人を見つけるの、手伝ってくれないかな」
「まきちゃんの、したいこと、犯人探しもだけどそれが一番じゃないよ」
まきちゃんは涙を瞳にためながら、真っ直ぐ私を見た。
「お母さんに会いたい。お母さんにね、『おつかい頑張ったね』って、『すごいね』って言って欲しかったの」
まきちゃんの白いカッパは、犯人の残虐無慈悲な犯行によって赤く染まってしまったのだと思われる。
実際はこんなに赤くはないのだろうが、怪異となったまきちゃんは自分のカッパを完全な赤色と認識した。それだけの量の血が流れた。
靴下も、長靴も、全て真っ赤に染め上げた。
「お姉ちゃんが、お母さんを連れて来るから、そのためにまずは犯人を教えてくれないかな」
まきちゃんが住んでいた場所は、結局わかっていない。犯人を見つけて、まきちゃんが死んだこの場所に直接来てもらう以外の方法はないだろう。
「うん」
まきちゃんは頷くと、霞アパートの方を指差した。
「あそこに、いるよ」
優と二人でインターホンを鳴らした。
相手は殺人鬼だが、こちらは怪異と都市伝説だ。負けるわけがない。
「………出ないな」
「もう一回鳴らすか」
もう一度鳴らしても出ない。
まきちゃんの情報だと、彼は昼間はずっと部屋にいて夜に外に出る。早朝にまた帰って来て、また夜まで部屋にいる。その繰り返しらしい。
「リズム刻むか」
おそらく、犯人に捕まる前もまきちゃんが口ずさんでいたと思われる歌。
「あめあめふれふれかあさんがー、じゃのめでおつかいうれしいなー。ぴちぴちちゃぷちゃぷ、らんらんらん」
ドタドタと音がして、扉が勢いよく開かれた。
出て来たのは、ガリガリの不健康そうな男だった。
「辻村正治さんですか?」
「誰に俺のことを聞いた?」
鋭い視線を私たちに向ける。
いきなり子供が訪ねてきたら、そういう反応にもなるだろう。しかも、まきちゃんの歌い方でインターホンを鳴らすのだ。
「魚沼航平。貴方のホームレス仲間に」
「あの成金野郎か。別にもう仲間じゃねぇよ」
辻村は自嘲気味に笑うと、私と優を面白そうに見た。
「俺があのガキを殺したって突き止めたのか? ガキの調べ学習で、殺人犯の家に凸るなんて、最近の学生はワイルドだねぇ」
辻村は余裕そうな笑みでタバコに火をつけた。
「上がって行くか?」
「そうですね。そうしましょう」
「は!? すみれちゃん!?」
ずっと黙っていた優が驚いたように私を見る。
「来い」
私たちは霞アパート103号室に足を踏み入れた。




