第7話 赤いカッパの女の子(2)
夏目慶一郎。
退魔局の退魔士の中でも特に強いとされる、ランクSの退魔士の一人。最年少でその地位を手に入れた本物の天才。
対する私は、その搾りかすだなんて親戚から罵られるだけ。
「夜は怪異が出るから危ないってあれほど……」
「夏目、知り合いか?」
隣にいたバディと思われる中年手前くらいの男性に肩を掴まれて慶一郎は我に返ったようだ。
「妹です。九条院学園高等部一年の」
「そうか」
男性は私を見下すように見た。
「俺は久瀬。コイツのバディ」
「夜ご飯ですか?」
私はにっこりと笑って答えた。
「無能力者は気楽でいいな。こっちは仕事してんだ」
行くぞ、と慶一郎に声をかけて久瀬は店員に話を聞きに店の裏へと向かって行った。
「助かったね」
「すみれちゃんにあんな口の利き方する人いるんだ」
「たくさんいるよ、ウチの身内は特に」
今まで黙っていた先生が口を開いた。
「夏目って、平安から続く退魔士の名家だよね。Sランクが確か三人もいる」
「そうです。その夏目」
そんな名家に生まれた、無能力者の私。
それに加えて、最後の一人と言われた回復系の能力者であった母を娶って産ませた女児である私は、夏目の力をより強くするための重要な存在になるはずだったのに。
「実力至上主義ですから、私の立場ってどこにもないんです。九条院に通わせてもらってるだけマシかも」
そんな九条院でどんなに優秀な成績を収めても、誰も見向きもしなかった。
母も、惰性的に私の面倒を見てるだけ。能力が途絶えた絶望で鬱になった時期もある。
「勝手に期待して、勝手に産んだくせに」
思わず口から溢れた言葉にハッとして優を見た。
「すみれちゃんは、帰らない方が良かった人間だったのか」
優はボソッと呟いて、メニュー表を見ながら「さすがに夜にデザートはまずいか」と呟いた。
その態度に救われつつも、慶一郎が向かったドアの方を見る。
『首、突っ込むなよ。あの久瀬って男、藤沢高校にいた人だ』
先生の目を気にしてか、そういうメッセージを送ってきた。
優は神隠し騒ぎの一件で携帯を買ってもらった。最初の友達が私でいいのだろうかとも思うが、友達がいないのだから仕方ない。
「お待たせしましたー」
私は目の前に運ばれたハンバーグを見て目を細める。
「ウチじゃステーキしか出ないからなぁ」
「マジかよ」
「やっぱお嬢様なんだ……」
遠い目をする庶民は放っておいて、最初の一口を運ぶ。肉汁が溢れて口を支配する。それと同時に熱さで舌を火傷しそうになった。
「美味しい」
「よかったな」
食事をしていると先生がじれったそうにこちらを見ていた。
「二人はどうやって知り合ったの?」
「迷子の彼を案内しました」
「君の趣味なの道案内は」
「道には詳しいですね」
先生はまだ諦めていないのか続ける。
「二人は付き合ってるの? 男女二人きりで夜ご飯なんてそうに決まってるわよね」
「いえ、私には親友以上恋人未満の人がいるのでなんとも」
「好きぴってこと!?」
「すきぴ………?」
「好きな人のことだよ。というか、すみれちゃんってそういう人いるの?」
一瞬だけ思い出した彼の姿は、二年前のクリスマスに見た別の女の人といる光景だった。
あれ以来、メッセージのやり取りはしているけどどれも義務的で、彼からの誘いは全て既読無視している。
「アイツは確かに、親友以上恋人未満ですけど、私、アイツのこと大嫌いなんで」
『約束したじゃん、今日は私といるって!』
イルミネーションで綺麗に飾られたクリスマスツリーの前で、私は彼を糾弾する。
『目の前に可愛い子がいたから』
彼は少しだけ申し訳なさそうに呟いた。
彼は、複数の女の人と付き合うことと私に誠実でいることは両立すると思っている。その考え方は、私には合わない。
『うるさい! もう知らない、もう貴方には会わないし、管理塔にも行かない! 怪異にもならない!』
『すみれ………?』
彼は困惑して、謝ってきたが、私はそれを無視して家に帰ったのである。
あれから一度も、彼には会っていない。
思えば、あの日からまともに息が出来ていない気がする。
「それより、先生は?」
「確かに、中谷先生って彼氏いるの?」
「いたらこんな平日の夜にファミレスなんか来ないわよぉ!」
地雷を踏み抜いたらしい。
それから、私たちはご飯を食べ終わるまで先生の元カレの愚痴を延々と聞かされる羽目になった。
食べ終わってから、そろそろ会計をしようと話がまとまった頃、壁が壊れて何かが客のいない机に飛ばされた。
酷い音がして、瓦礫が別の客に当たったのが見えた。
奥から出て来たのは、ファミレスの制服を来た二メートルを超える怪異。
「トロール!!」
「は!?」
店内は悲鳴で溢れ返り、入り口に人が殺到する。
トロールはその入り口の人だかりに近くの瓦礫を投げつけた。
「させるか!」
瓦礫が直前で真っ二つに割れて床に落ちる。
久瀬と名乗った退魔士だ。じゃあ、さっき飛ばされたのって。
「慶一郎……!」
「待って!」
駆け寄ろうとした私を優が止める。
先生もそっと肩を掴んだ。
「一般人は机の影に隠れて!」
久瀬はトロールを前に動じていない。
「トロールのランクは?」
「大したことないけど……」
この違和感は、なんだ??
「優くん、店の奥を調べてみない?」
「わかった、行ってみよう」
怪異である優は私よりも、怪異の異変に敏感だ。反対しなかったところをみるに、優も何かを感じ取ったのだろう。
店の奥もかなり荒れていた。
「あった、これだ」
優はすぐにとあるものを見つけてきた。
注射器のようだ。まだ中に液体が入っている。
仕方なく鞄に入っていた空の水筒に注射器を丸ごと入れた。これで万が一割れる心配もなくなった。
「管理塔に渡して解析してもらおう」
「だな」
こっそり店内に戻ると、トロールはすでに退治されたのか跡形もなくなっていた。
兄の慶一郎も、頭から血を流してはいるがちゃんと立っている。何やら真面目に会話をしていた。
「そういえば、カメラにばっちり映ったけど」
「カメラには映らないと思うよ」
怪異が発生すると、謎の超常現象により電子機器に怪異は映らなくなる。これは、私もかつて確かめたことがあるが、どうやら都市伝説もこの効力を受けるらしい。
つまり、怪異の優と都市伝説の私は怪異が発生したこの場所ではカメラには映り得ない。
逆にこれを利用して怪異だと突き止められる可能性もあるのだが。
「そのリスクを考慮して、今日はもう解散しよう」
「え」
「怖くなって逃げ出した」
私はそう言って駅までの道を歩き出す。
「それなら誰も、不審に思わないでしょ」
家に帰っても、やはり何も言われなかった。
母はテレビを見ながら酒を飲んでいて、私を一瞥すると「早くお風呂に入って寝なさい」とだけ言った。
私は無言で洗面所へと向かう。
私は誰にも期待されていない。
スマホの振動で我に返った。
慶一郎からだった。
病院にしばらく入院すること、勝手に帰ったことを怒ると同時に心配する旨の内容だった。
私は怖くてその場に留まることができなかったというメッセージを送って、最後にお大事にと文字を打った。
私は心配してくれる兄にすら、期待はされていない。
退魔士になる才能はないし、何なら退魔士の家系としては憎むべき怪異とつるんでいる。
「………あ」
メッセージアプリに何件かのメッセージが溜まっていた。管理塔の主からだった。
赤いカッパの女の子の現状報告を求める内容と、何か必要なことがあったら言うようにとこのことだった。
霞公園の存在と、元ホームレスの人間に接触すること、今回のトロール事件で発見した注射器の中身の解析をお願いした。
『管理塔に持ってきて、直接受け取る』
私はすぐに優に連絡した。
会ってたまるか、あんな奴に。
◇◇◇
久しぶりにやってきた怪異の街で、僕は胃が潰れそうになっていた。
注射器をとある人に渡すようにすみれちゃんから言われたが、なんだかすごく嫌な予感がする。
明らかにいつも暇人なすみれちゃんが「忙しいから」の一点張りだった。それだけ会いたくない人が来るのだろうか。
「金髪ピアス、背が高くてチャラくてクズそうな男」
それが、すみれちゃんから聞いた待ち人の特徴だ。
明らかに悪意のある内容だが、当たらずとも遠からずのイケメンを発見した。
「えっと、星条さんですか?」
うちの高校と同じ名前だと思いながら、僕はその人に声をかけた。
「あれ、すみれちゃんは?」
「えっと、忙しいって言われて代わりに僕が」
「ああ、ウーズになった子か。よろしく」
表情ひとつ変えずに、その人は笑って手を差し出した。僕は黙って握手をする。
もしかして、この人がすみれちゃんの好きな人?
もしくは、好きだった人………。
「ウーズ?」
「君がなった怪異だよ」
「スライムじゃなくて?」
「スライムの上位互換かな。姿を変化させれるし、力も少し強い」
あの薬の消費期限が過ぎていたら、もしかしたら僕は本当のスライムになっていたのかもしれない。
「えっと、これが例の注射器です」
すみれちゃんから受け取った注射器を星条に渡す。
「ご苦労さん」
優しそうな人なのに、なぜすみれちゃんは会いたくなかったんだろう。
「あの、すみれちゃんと何かあったんですか?」
「俺が悪いんだ。せっかく心を開いてくれたのに、俺がその扉に鍵をかけてしまった」
「何したんですか?」
「クリスマスの日にデートする約束してたんだけど、待ち合わせの間に可愛い子にナンパされてさ。それで調子乗ってたところを目撃されて」
「…………よく刺されなかったっすね」
「チャラくてクズそうな男」という情報はここからきたのか。それは嫌われて当然だと思う。
「星条さんは、退魔士?」
「俺は確かに退魔局にコネがあるけど、退魔士ではないよ。俺が祓うのはどっちかっていうと人だから」
星条は「すみれちゃんがいないならもう行くね」と言って歩き出す。
その背中はどこか悲しそうだった。




