第6話 赤いカッパの女の子(1)
合同体育祭の準備期間に入り、個人種目を決めることになった。
「とりあえず、夏目さんは団対抗リレー出場、と」
「なんでよ」
「だって足速いじゃん!」
中等部のクラスリレーで「韋駄天」と呼ばれていた弊害が今ここにきて。目立ちたくないんだよ、例の事件があったから。
「なんで、陸上部入ってないんだよー」
クラスののんびり屋である葉加瀬が茶化すように言った。
「帰宅部が楽しいからです」
「嘘つけ、人間関係が面倒なだけだろ」
この学園は中等部から高等部卒業までクラス替えが一切行われないため、クラスメイト同士の仲はかなり良い。
自ら友達を作ろうとしない私が、全てのクラスメイトと普通に会話できる程度には。
「仕方ないから、残りの競技好きなの選んでいいよ」
体育委員であり、ダンス部でもある美雪が真顔で言った。仕方ないとはなんだ。
「じゃあ、借り物競走で」
「楽すな」
自分の団席に行って、目的のものを探して持ち帰るだけの簡単なゲームである。
「じゃあ、すみれはこれで決定ね」
私は早く終わったことに満足して自分の席に戻る。
そこで私のスマホが振動した。こんな時間に私に連絡を入れてくる人物は一人しかいない。
『この前はさんきゅー! 昨日の今日で悪いんだけど、今日の放課後、この住所の店に行って「久本」っていう人の相談に乗ってやって欲しい。
あと、例の件はもう大丈夫。もうすみれちゃん探しはされないと思う』
私は真顔で文字を打ち込む。
『私の仕事は神隠しにあった人の道案内であって、怪異退治でも、人の相談に乗ることでもないのですが?
あと、その件はありがとうございます』
すぐに返信が返って来た。
『今度キスしてやっから』
『しね』
私はため息をついて、窓の外を見る。
多分、何を言っても無駄なんだろうな……。
九条院学園から二駅隣のカフェが多いエリアにひっそりとある退魔士御用達の喫茶店が、今回の待ち合わせ場所だった。
「いらっしゃいませ」
「待ち合わせです」
「夏目さまですね。お連れ様がお待ちです」
喫茶店のドアには「貸切」と書かれた看板がぶら下がっており、管理塔の主のガチ具合がわかる。
私への配慮なんだろうけど、相談してくるという久本ってどんな人なんだろう……。
「こんにちは」
「はい、こんにちは」
メガネをかけた髪の長い女の人だ。髪は明るい茶色に染めている。真面目そうであると同時に、気の弱そうな人だ。
女の、人かぁ………。
「えっと、今回はどういった経路で私に……?」
「退魔局で働いているのですが、同僚の人に相談に乗ってくれそうな人に心当たりがあると言われて」
「退魔局……?」
あの人は退魔局にコネがあるのか?
やたらと人間側の内部事情に詳しかったのは、退魔局にしれっと勤めているから?
もしくは、別の怪異が管理塔の主へ繋ぐ仲介役を果たしたか……。彼の性格的に、人間の下につくというのはどうしても考えにくい。
「えっと、私は夏目菫子と言います。貴女は久本さん、ですよね?」
「はい。久本恵美と言います」
もし、彼女の同僚が管理塔の主なら、間違いなく彼は彼女に手を出している。あのチャラ男がこんな美女に手を出していないわけがない。
「それで、相談というのは?」
久本は疑わしそうな目で私を見て、意を決したように口を開いた。
「その前に貴女は何者なんですか? 彼女に貴女みたいな知り合いがいるように見えないし、九条院学園の生徒さんってことはまだ退魔士ではないんでしょう?」
「まだ」ということは、彼女は私が特殊プログラムを受けている生徒だと思っている。
そして、同僚は「彼女」であるため、管理塔の主ではない。
「私はただのボランティアですよ」
「まさか、貴女が藤沢高校の正門の怪異を」
「何のことでしょう」
私は注文したアイスコーヒーを飲んで一息つく。
もう何も話すことはないという意志を見せると、久本は諦めたように話し始めた。
「私の住むアパートの目の前に有料の駐車場があるのですが、雨の日になると必ず同じ場所に赤いカッパの女の子が現れるんです。
最初は、近所の子供が遊んでるんだと思っていました。けれど、ある日を境に気づいてしまったんです。彼女が、この世の人間ではないことを。
馬鹿げてるって同僚には笑われました。お祓いをしてほしくて神社にも頼みに行きましたが『女の子の幽霊は無害なことが多い、そのうち成仏する』と言われて。
確かに、実害はないんです。
でも、神社にお祓いを頼んでもう半年も経つのに、未だにあの子は成仏する気配もなく……。もし、強い恨みがあって現世に残っているのなら、そのうち悪霊になるかもしれない……。そうなる前に、正しいところに、帰って欲しいんです」
私は目を閉じる。
これは、場所は違えど私の役目だ。正門の怪異よりも、よっぽど私に似合っている。
「わかりました」
久本は涙に濡れた顔を上げた。
「私がその子を、正しいところまで連れて行きます。それが私の、仕事ですから」
「それで、その女の子の情報が欲しいと」
数日後の雨の日に、私は優に連絡して放課後に例の有料駐車場へ向かった。
「あめあめふれふれかあさんがー、じゃのめでおつかいうれしいなー」
歌詞間違ってるぞ。
私は目の前で水たまりを蹴飛ばす女の子を見た。
赤い長靴に、赤いカッパ。けれど、なぜか長靴は左足しかない。片方は赤い靴下だ。
どこまでも赤い。
なぜ?
「こんにちは」
「こんにちは!」
女の子は嬉しそうに笑った。
このあたりは人通りが少ないのか、人気が全くない。道行く人も私たちを不審そうに見るだけだ。
この子のこと、見えていないのか。
「何してるのかな」
「おつかい! ぎゅうにゅうと、チョコレートと、あとは、ばんごはんのピーマン! ……ピーマンはかいわすれたことにするの」
この子は、自分が死んだことに気づいていないのか。
「そっか、じゃあお姉ちゃんたちと買い物に行こっか」
「無理だよ」
そこで、女の子は寂しそうに笑った。
「まきちゃんね、ここから出られないの」
なるほど。
確かにこれは、悪霊になるかもしれない。
私たちはまた来ると言ってその場を離れた。
その足で向かったのは図書館である。
過去の新聞を調べて、赤いカッパの女の子が死亡、もしくは行方不明になった事件を探す。地縛霊ということは、あの近辺を探せばいいはずだ。
「過去の新聞ある限り閲覧したいです」
「はい」
司書は驚いたように私と優を見たが、黙って新聞紙のある場所を教えてくれた。
とりあえず、手分けしてそれらしい記事を探す。
「あ、『すみれちゃんの神隠し』」
「黙って探せ」
「はい」
しばらく、新聞をめくる音だけが響いた。
途中からは不審そうに見てくる図書館利用者の視線も気にならなくなった。
「優、一旦ネットで検索してみて」
「ここに来る前にしたけど、赤いカッパの女の子が事件に巻き込まれたなんて記事どこにもなかったぞ」
巻き込まれた日の天気なんて、一々書いてないか。
外はもう暗くなり始めている。閉館時間まで時間がない。
「マジでねぇな……」
「この地域じゃないのか……」
もうすっかり利用者もいなくなった頃、私たちは机に突っ伏して新聞の片付けにうつっていた。
しばらくして、司書も来て手伝ってくれる。
「何の記事をお探しで?」
年配の男性司書は、私たちに興味を持ったのか質問してくる。
「えっと、過去に赤いカッパの女の子が事件に巻き込まれていないか気になって」
「やけに具体的ですね……」
「霞アパートってところの前の、有料駐車場なんですけど」
「ああ、霞公園があったあたりですかね」
私と優は顔を見合わせる。
これは、手がかりかもしれない!
元々、赤いカッパの女の子は、あの有料駐車場ではなく霞公園に縛られていた可能性もある。
「霞公園?」
「三十年ほど前ですかね、ホームレスやら、不法投棄のゴミやらで苦情が絶えず、やむなく公園を駐車場に変えたんです」
土地が広いので、アパートやビルも建ちましたねぇ、と司書は懐かしむように呟いた。
「そっ、そこに遺体遺棄事件とかは……」
「されてもおかしくはない状態でしたけど、私の知る限りではありませんね」
司書は最後の新聞を片付けると、「またのおこしをお待ちしております」と言って見送ってくれた。
その後、ファミレスにて作戦会議を行う。
「残る手がかりは、当時霞公園に住んでいたホームレスか?」
「そんな都合よく見つかるかな…」
そこで私はとあることに思い至る。
一人、いたではないか。ちょうど三十年ほど前に神隠しにあったホームレスが。
「いや、一人心当たりが……」
急に行ったら絶対バレそうだけど…。
いや、多分大丈夫!
「君、ウチの生徒だよね。夜は怪異が出るから危ないよ」
私がスマホで、彼の現在の住所を調べていると声がかかった。
かすかに視線を上げると、教師と思われる女性は真っ直ぐ優を見ている。私は関係ないか。
「というか、九条院学園の生徒とこんな庶民的なところで何してるの?」
「えっと、調べものがあって」
「へえ、お嬢様もファミレスで食事するんだ」
女性は優の隣の席に座ると「一緒してもいい?」と尋ねてきた。ここで追い返すと学園に連絡が行く可能性もあるので「いいですよ」と答える。
「調べものって?」
「芸能人ってどうやったら会えるのかなって」
「そんなこと僕ら調べてた?」
私は彼のプロフィールを見てため息をつく。さすがに住所は載っていないか。
「やっぱ、待ち伏せとかかな……。誰に会うの?」
「魚沼航平」
「へぇ、あの有名俳優の……。会うの!?」
「昔、道案内したことがあって」
「へ、へぇ……」
優がジト目でこちらを見ていた。
「注文決まりましたか?」
「うん」
それぞれ注文をして、私たちは一息つく。
「お嬢様、こんな夜遊びして怒られないの?」
「されないですよ。家族全員、私に興味ないんで。私が朝帰りしたって多分気にも留めないのでは」
いや、歳の離れた兄だけは、何かしら言ってくるかもしれないな。けれど、兄は退魔局勤めで帰りは朝が終わる頃だ。
「私の一家、退魔士なんです。私だけ才能なくて」
「あら……」
「その後は察して下さい。でも、命かけてまで退魔士したいとは思えませんね」
都市伝説のくせに何言ってんだ的な目で私を見てくる優を軽く睨んでから、私は話を変えようとする。
「菫子、こんなとこで何してるの?」
聞き慣れた声に、思わず口から心臓が飛び出そうになった。
顔を上げると、腰に刀を下げて、見慣れないスーツを着ている兄、慶一郎の姿があった。




