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第4話 正門の怪(2)

 廊下の床がギイギイと不気味な音を立てている。それだけですでにホラーなのだが、なぜかこの領域は黒い雲に赤い空という不思議な光景が見える。

 学校には電気はついておらず、机や椅子も旧式だ。


「時間が止まっているみたい」

「静かな学校ってほんと怖いよな。いつも騒がしいのに急に静かになると、変なのが出て来そうというか」


 私は隣を歩くプルプルボディーを見下ろした。

 既にいますけど、変なの。多分、自覚ないな。


「領域の主がどこかにいるから、大声を出して刺激するのは避けたい」

「でも、領域の主なら僕らが入ってきたことくらいわかるんじゃないか?」


 (まさる)の言う通り、おそらく気づかれてはいるだろう。

 しかし、侵入した時点で襲って来ないところを見る限り、戦闘能力は高い方ではないのか……?


「とりあえず、教室を片っ端から覗いてみよう」

「怖いもの知らずすぎでしょ」


 私と優は一番近くにあった教室のドアを見た。『保健室』と書かれているように見える。


「誰かいますかー?」


 そこで私はとあるものを見た。なるほど、これはかなりヤバいかもしれない。


「どうしたの、すみれちゃん」


 そう言って一足遅れて優も中を覗く。

 言葉を失ったのか、何も話さなくなってしまった。


 人の形をした黒い影が、写真のように止まって動かない。元々人間だったのか、はたまた、領域の主が作り出した世界の一部なのか。知らない方がいいだろう。

 明らかに普通の保健室ではない。人が多いし、ベッドの数も明らかに多い。横たわる人の中には、高校に通う年齢ではない子供や老人もいる。

 全員、黒い影のようの肌が見えないほど包帯ぐるぐる巻きになっていた。


「こんな不気味なところに、生者は来ないかな」

「じゃあ、どこに……」


 赤い空、黒い雲、包帯、そして。


「戦時中、なのかな」



『戦争は終わった、日本は負けた、父ちゃんは死んだ』



 かつて案内した男の子が、私に言った言葉を思い出す。戦時中から、日本の負けは見えていたのに。なぜ彼らは戦わないといけなかったのか。


「行きましょう」

「う、うん」





 ここに長居するのはよくない。

 この絶望の空気に、現代の生者が染まる前に助け出さないと。


「誰かいますか? 助けに来ました」

「誰かー? 出てきてくださーい」


 二人して大きすぎず、小さすぎずの声で何度も呼びかける。手がかりは落ちていないかと、廊下を隅から隅まで確認する。

 ちょうど二階の音楽室を通った時に、微かに「助けて」という声が聞こえて私たちは慎重に扉を開けた。


 そこにいたのは、制服を着た二人の女子生徒だった。隣には、血まみれの男子生徒も倒れている。


「女子生徒の方は藤沢高校の生徒だな、そっちのは」

「退魔士高専の制服ね。確か、一人失踪したと聞いたからその人でしょう」


 高専の男子生徒はうっすらと目を開けると、優を見て目を見開きふらふらしながら近くに置いてあった剣に手を伸ばす。


「来るな、化け物……!」

「僕は悪いスライムじゃないよ」

「極限状態でそのギャグは通用しない気が……」


 私は保健室の存在を思い出して、優の方を見た。


「優くん、とりあえず保健室から包帯とか消毒液とか持ってきてくれない?」

「確かに、僕はいない方が良さそうだな」


 あっさりと了承して、部屋を飛び出して行った。


 私は扉を閉めて、三人に駆け寄った。


「その制服、九条院学園の……。もしかして、退魔士見習い?」

「私はただのボランティアよ。さっきのは、助手の優。悪い奴ではないから」


 女子生徒たちはどうやら怪我をしていないようだ。だが、どこか元気がない。水や食料はどうやらここにはないようだ。


「この人、どうしてこんな怪我を?」

「空から、空襲があって」


 女子生徒は泣きそうな声で呟いた。

 空襲………。やはり、この領域は戦時中を再現しているのか。だが、どうして? それに、領域の主はどこにいるというのか……。


「帰ろうとした?」


 女子生徒は首を横に振った。


「外に出ると、すぐに空襲されるんです。先輩はそれで……」

「もう言わなくていい。ごめんなさい」


 真っ先に校舎に向かったのは悪手だったかもしれない。しかし、だからといってすぐに諸悪の根源を退治したら、この人たちは助からなかったかも……。


「米軍のお兄さんは確か、B29は超高性能でジャップの子供ごときじゃ撃ち落とせないって言ってたような……」


 助けてやったのに、使えない情報よこしやがって!

 しかし、ここの領域の主を倒すためにはまず、外に出ると襲撃してくるというB29(多分)をどうにかする必要がある。


「爆撃機は一機だけだった?」

「私が見たときは間違いなく一機でした」


 あとはもう一つ、気になることがある。


「その亡くなった先輩の死体は?」

「わかりません。先輩が死んでからはずっとここにいたので」

「この人が、助けてくれたんです」


 女子生徒はそう言ってハンカチで高専生の汗を拭った。このまま放置すれば長くはないな。


「他に生存者は?」

「先輩の話だと、もう………」


 死亡率が過去最高レベルに高い。

 どうするものか、と考えていると扉がガラガラと開いて見慣れたプルプルボディーが入って来た。


「包帯と消毒液、あと救急箱パクってきた。それから、途中にあった箱に飯があったからそれも」


 食べれるかな……?と、優は首を傾げた(ように見えた)。確かに、この領域が終戦からずっと存在しているのなら、賞味期限が過ぎたどころの話ではない。

 けれど、ここはあくまで時が止まった世界だ。


「乾パン……。いかにもって感じね」


 中身を取り出して一口齧ってみる。


「多分大丈夫、欲しいなら食べて」


 女子生徒が久しぶりと思われる食事にありつく間に、私と優は負傷者の手当てに取り掛かる。

 作業の合間に現状を簡潔に説明した。


「つまり、領域の主は正門そのものってこと?」

「おそらくは。正門を壊すとかすれば怪異自体はすぐに倒せるけど、厄介なのは記憶の方ね」

「記憶?」


 保健室に存在した謎の影は、おそらく正門の記憶か、もしくは旧校舎そのものの記憶だ。校舎の解体と同時に忘れ去られるはずだった死者たちの怨念は正門の怪異に取り込まれ永遠の時の中に刻まれた。


「正門の怪異には核となる何かがあるはず。それを退治すれば、全ての問題が解決する」

「退魔士でもないのに、どうやって祓うんだよ」


 私はいつも持ち歩いているランプを取り出した。

 道案内人っぽいこのランプだが、実は私の武器でもある。

 このランプは怪異や魂を取り込み、それを燃料とする。本来は悪霊を取り込むのだが、今回は正門の怪異の核を取り込む。

 退魔士ですらない私たちが取れる唯一の打開策だ。


「このランプって、魔法道具みたく名前ついているのか?」

「ああ、これの名前は」


 私は高専生に最後の包帯を巻き終えてから言う。


「鳥籠のランプ」





「あの、大丈夫だったんですか?」


 B29は自分に任せて欲しいと意気込んでいた優に、全てを任せて私たちは昇降口へとやって来た。

 怪我人は仕方なく私がおんぶしているが、すごく辛い。今すぐ放り投げたい気分だ。


「大丈夫、優くんは怪異の中でも頑丈なスライム。爆撃ごときではまず死なない」


 それより、問題は私たちだ。

 B29を優が引きつけて爆撃するまでの間に正門の怪異の核を見つけ出す必要がある。


「ヤバいと思ったらすぐに逃げてね」

「わかりました」


 どこからかうううーーーーーというサイレンが聞こえた。作戦開始の合図だ。


「行くよ!」


 私たちは正門まで駆け出す。

 上空ですごい音が鳴っているにも関わらず、こちらには一切被弾していない。有言実行、すごいぞ優!


 正門に辿り着いて、私はすぐに高専生を下ろして門の柱に手を当てる。


 記憶が流れ込んで来る。

 痛い、苦しい、死にたくない、お母さん、お国のため、戦争、熱い、死にたいない、怖い、痛い。



 助けて。



 私は目を見開いて、そこへと手を伸ばす。

 掴んで引きずり出そうとしたら、逆に引き込まれた。

 やはり、普通の人間は怪異の力には勝てないのか。

 私は諦めて、正門の怪異に飲み込まれた。

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