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第3話 正門の怪(1)

 私は教室に入って一息つく。

 満員電車に毎朝乗ってこの学校に来るのは本当に疲れる。御曹司組やお嬢様組は送り迎えされているから本当に羨ましい。

 いや、私もしてもらおうと思えばできるのだが。


「聞いた? 星条学院の生徒が神隠しにあったって」

「聞きました。『すみれちゃんの神隠し』が二年ぶりに確認されたとか……」

「消滅したと思ってたのに」


 私はチラリとその噂話の根源を見た。

 若き退魔士、浅葱蓮(あさぎれん)とその取り巻きたちだ。この学校は退魔士になるための特殊プログラムがあり、彼らはそれを受けている。

 浅葱蓮に関しては、既に資格を持っているため受ける必要は全くないのだが……。


「僕も父から聞きました。『親切な怪異が助けてくれた』とか」

「有り得ないだろ、怪異は悪だ」


 浅葱蓮とは幼稚園の頃からの腐れ縁だが、いつもあんな感じだ。

 私はため息をついて、一限目の教科書を取り出して机の隅に置いた。


「すーみれっ!」


 突然後ろから抱きつかれて、私は思わず机の角を掴む。なんとか持ち堪えた。


「雛、いきなり飛びついたら危ない」

「ごめんごめん、すみれに話したいことあってさ」


 バスケ部の一年エース、川崎雛はスマホを取り出して今朝のニュース記事を見せて来た。


「公立の藤沢高校の校門で人が連続失踪してるらしいんだよ! 神隠しなのか、はたまた人喰いの怪異なのか!」


 この川崎雛という女は、とにかくオカルトが好きである。彼女も退魔士の特殊プログラムを受けている。しかも成績はそこそこ高いらしい。


「私にそれを言われても……」

「それがね、退魔士高専の生徒が研修としてその校門の調査に行ったらしいの。そしたら」


 雛は急に声を落とした。


「一人、失踪したんだって」


 怖いよねー、と雛は呑気に言った。

 校門が神隠しのポイントならば、管理塔の主からなんらかの連絡が来るはずだ。

 少なくとも、日本における神隠しはすべて管理塔の主が把握しており、神隠しにあった人間はあの街に飛ばされる。

 彼からの連絡がないということは。


「怪異の領域に取り込まれた、か」

「領域?」

「ううん、こっちの話」


 退魔士が「あちら側」と呼ぶ怪異の住む世界は、実は一つではない。

 管理塔のある街を含めて、怪異のいる世界は強力な一体の怪異が作り出した領域である。領域内では、主は最強となる。

 校門の怪異が作り出した領域と、管理塔の主が作り出した領域は別物であるため、校門前でどれだけ人が行方不明になろうが、管理塔の主は知るよしもないのだ。

 この事実、実はまだ退魔士たちは解明できていない。


「退魔士には頑張ってもらいましょう」

「それがさ……」


 雛は、不安そうに眉を顰めて窓の外を見た。

 この教室の窓からはこの学校の正門が見える。


「怪異退治に行った退魔士が、戻って来ないんだって」


 失敗したということか。


「藤沢高校は今日は臨時休校らしいよ」


 その時、私の携帯が震えた。

 誰かから連絡があったらしい。


「げ」


 管理塔の主からの連絡だった。



『藤沢高校の正門の怪異、すみれちゃんにお願いしちゃおっかなー! あ、この前の……マサルくんも連れて行きなよ! 吉報を待つ!!』



「あのクソ野郎……」


 私の専門は神隠しにあった人間の道案内であって、こういう荒事は得意ではないのに……!

 あの管理塔の主は一体どこから、こういう情報を仕入れてくるんだ。というか、なぜ私なんだ。「優秀な部下」とやらに仕事をさせろよ!


 私は優に電話しようとして、動きを止める。

 そういえばアイツ、携帯持ってないじゃん。





 放課後、星条学園の校門にもたれかかって管理塔の主とレスバを繰り広げていた。

 面倒な怪異を私に押し付けたことに関して、奴の言い分では、噂的に強力な『すみれちゃんの神隠し』しか有効打がなかったとのことだった。

 確かに、管理塔の主よりも『すみれちゃんの神隠し(わたし)』の方が噂としての格は上だが……。


『優秀な部下はどうしたんですか』

『え、使えなくって』

『それはもう優秀じゃねぇです』

『ごめん』


 意外とレスバ弱かった。


「あれ、すみれちゃん?」


 一人で帰宅してきた優が声をかけて来た。よかった、スルーされなくて。


「優くん、今日時間ある?」

「あー、これから塾」

「じゃあ問題ないね、今から藤沢高校に行くよ」

「ちょっと何言ってるのかワカラナイ」




 電車の中で軽く今回の成り行きを説明した。


「多分、優くんの格も上げとけってことなんだろうけど……」

「僕は都市伝説にはなれないよ」

「人間のままだったら無理だったかもね」


 さすがに私もそこまで期待していない。

 都市伝説級の怪異なんてそうそういないし、なれて噂話程度だろうな。


「すみれちゃんは、他の都市伝説に会ったことが?」

「管理塔の主に巻き込まれたシリーズでいうなら、『きさらぎ駅』とか、『白いソアラ』とか、『赤い部屋』とか……。マイナーなやつだと『死神殺しの電話番号』とか」

「なんで生きてんの?」

「なんでだろ、私も都市伝説だからかな…」


 そういえば、優は戻って来てから怪異の姿になったことはあるのだろうか。疑問に思って聞いてみたらなぜか目を逸らされた。

 まあ、校門の怪異と戦えばわかることだろう。




 藤沢高校は今日は臨時休校らしいので、正門には誰もないはず……だった。


「あれは」

「退魔士だね。しかもかなりの数」


 管理塔の主の「優秀な部下」が使えないのは、退魔士がいたからか。


「面倒な、帰るまで待つ?」

「うーん、退魔士は夜も平気で働くからなぁ」

「ブラック公務員め」


 だが、さすがについ昨日発見されたばかりの鈴木優がここにいるとバレるのはまずい。しかも、すみれの名前がつく私と一緒にいると知られたらどうなることやら。

 人間とはいえ都市伝説だ。そこら辺の怪異よりはタチが悪い自信がある。


「都市伝説パワーでどうにかできないの?」

「できないことも……」


 そこで私はとあることに気づいた。

 私の隣に立っているのは誰だ?


「怪異が現れたら、退魔士はそれどころじゃないよね」

「おい待てまさか」

「ふふふ」


 私は笑顔で優の肩を掴んだ。


「生きて帰って来てね」


 優はため息をついて、鞄を床に置いた。

 次の瞬間、優の体が変質する。


「わーお、期限ギリギリだったせいかな?」

「都市伝説、なれる?」

「それは優くんの頑張り次第じゃないかな」


 優は校門に飛び出して退魔士の一人を後ろから殴り飛ばした。かなり手加減してるな。

 退魔士たちが一気に騒がしくなる。

 優くんはそのまま再び姿を変えて、ものすごい勢いで校門から出て行った。退魔士は校門の隅に隠れる私には目もくれずその後を追う。


 こうして、退魔士は尊い犠牲のもと、校門から消え去ったのだった。




「これか」


 校門の隅にわずかな入り口を発見した。

 中はどうなっているのか、巻き込まれた人たちは生きているのだろうか。

 気になるが、一人で飛び込むのはあまりにも危険すぎる。


「よっと」


 何もできずにいる間に優が退魔士を撒いて帰って来た。プルプルの液体ボディー、愛嬌のある瞳。


「まさか、スライムとは。雑魚怪異じゃん」

「雑魚言うなや」

「良かったー、薬飲まなくて」

「ふざけんな」


 私たちは無言で領域を入り口を見つめた。

 ここから先は、退魔士よりも恐ろしいものがあるかもしれない。


「というか、退魔士でもないのに怪異退治なんてできるのか?」

「できるよ、優くんがいればね」


 私たちは領域に足を踏み入れた。




「…………え?」


 そこは、先程まで私たちがいた校門……。

 いや、校舎が木造だ。それに、周りの街並みも。


「とりあえず、人探しからだね」

「う、うん」


 私たちは生き残っている人を探して、校舎へと足を踏み入れた。



   ◇◇◇



 謎の怪異を追って街に繰り出していた退魔士の久瀬(くぜ)は舌打ちをして部下に連絡した。


「見失った、そっちは?」

『こっちもです!』


 あの怪異は、連続失踪事件に関係のある怪異なのだろうか。それとも、あの学校を縄張りにしている怪異なのか。

 どちらにせよ、目撃してしまったからには倒さないわけにはいかない。


「仕方ない、一旦今日は引き上げるぞ」


 最初の一撃で殴られた退魔士は、どうやら気絶しているだけだったらしい。

 力の弱い怪異だったのだろう。ならば、やはり連続失踪とは関係がない? ならばなぜ、今この時間、あの場所に現れた?

 そもそも、弱い怪異がわざわざ天敵である退魔士を襲う理由があるか?


 それに、二年ぶりに確認された『すみれちゃんの神隠し』の件もある。

 『きさらぎ駅』や『白いソアラ』のような意思を持たない都市伝説はまだいくらでもやりようがある。しかし、すみれちゃんは意思を持つ都市伝説だ。

 神隠しにあった人を助ける都市伝説だからといって、油断できるわけがない。怪異には必ず裏がある。


「藤沢高校は明日も休校か」


 羨ましいねぇ、と呟いて久瀬は停めていた車に乗り込んだ。

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