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第24話 動く掛け軸(2)

 美しい着物を纏い、掛け軸の前でその時を待つ。


 深夜、蝋燭の明かりが照らす部屋で魚龍の掛け軸がゆっくりと動き出した。

 狭苦しそうに掛け軸を泳いだあと、徐々に掛け軸から姿を表す。


「…………?」


 掛け軸から出て来た魚龍は、大型犬ほどの大きさだった。おそらく、体の大きさをある程度制御できるのだろう。

 ぼんやりと部屋を見回し、私を見た。


「あ、あ、あ………」


 目を見開いて、口をパクパクと動かす。


「ヨイノツキ、迎えに来ました」

「姫さま!!」


 ヨイノツキは嬉しそうに私に駆け寄ると、私に軽くぶつかってきた。その勢いで後ろに倒れてしまう。

 低い唸り声と共に頭を胸へとこすりつけてくる。


「ああ、姫さま! よかった、あの阿呆から逃げて来たのですね」


 “あの阿呆”が誰かはわからないが、上手く勘違いしてくれたようだ。


「ヨイノツキ」


 私は彼の頭を撫でながら、本題に入ることにする。下手すれば一発アウトなこの状況で、契約をなんとかこじつける。

 そうすれば、私の勝ちだ。


「千永の大火からかなりの年月が流れてしましました。今はもう、かつてのように人と怪異が共に暮らすことはありません」


 卯月の姫のように、ゆっくりと透き通る声で言う。こうやって話すと私はやはり彼女の子孫なのだと実感する。


「知ってるよ、でもいいんだ。僕は姫さまさえいれば」

「私も貴方と共にいたい。そのために、私のお願いを聞いてくれますか?」

「なぁに?」


 無邪気な声で、ヨイノツキは目を細めた。

 美しい鰭は虹色に輝いている。彼が巨大化して空を舞えば、オーロラのように見えることだろう。


「私の許可がない限り、人を傷つけないこと」

「退魔士も?」

「はい」

「それ守ったら、姫さまと一緒にいていいの?」

「はい」

「いいよ!」


 私は約束の合意を得て、契約を結ぶ。

 魂が結ばれた。

 ヨイノツキは何をされたかわかっているはずだ。けれど、相変わらず私に甘えるばかり。


「僕、姫さまのこと守るね」


 気づいてない……?


「それで、一つ聞いていい?」

「な、なに?」


 ヨイノツキは冷たい視線を、廊下側の障子に向けた。


「僕が怖い?」


 障子が開いて、冷や汗を流した莉央が部屋に入ってきた。


「私の従兄弟の莉央ですよ」

「ふぅん。でも、卯月じゃないよね」


 私は内心ヒヤヒヤしながらヨイノツキを宥めるように体を撫でる。


「私の今の名前は夏目菫子です。彼は夏目莉央。今は夏目家の人間で、卯月の名前は残っていません」

「夏目ならいいや」


 ヨイノツキはそう言って、莉央の方を見るのをやめた。夏目ならいいって何? どの家はダメなの?

 約束があるから、さすがに手は出さないと思うけど。


「それで? 僕は何をしたらいい?」

「えっと、とりあえず姿を消すか体を小さくできないかな……」


 外でヨイノツキを連れ回すのはさすがに目立つ気がする。


「いいよ。何かあったら呼んでね!」


 ヨイノツキはそう言うと姿を消した。

 莉央はそれを見てため息をつくと、隣にいたお爺さんに視線を向ける。


「これで、構いませんか?」

「ああ。ご苦労」


 私はしばらくヨイノツキ相手に卯月の姫のフリをする必要があるのか。

 見えないとはいえ近くに控えている以上、学校でも卯月の姫のフリをするしかない。なんで、気づかないんだろうか……。


「とりあえず、帰りましょう」

「そうだな」





「おはようございます」

「おは………?」


 緒鳥が教室に入ってきた私に返事をしようとして固まる。

 いつもはハーフアップにしている髪をストレートに下ろして、いつもは決して浮かべない爽やかな笑みで緒鳥に笑いかける。


「す、菫子が壊れた!」


 クラスメイトの一人が叫んだ。


「水族館の事件に巻き込まれたせいだ!」


 緒鳥がハッとしたように言う。

 ちげーわ。


「皆さん、どうしてそんなに騒ぐんですか?」

「ぐっっっろ」


 浅葱蓮(あさぎれん)。お前は後で殺す。


「何を言っているんだか、私は昔からこんな感じでしたよね?」

「一ミリも今までのキャラと被ってねーわ!」


 浅葱蓮の叫びを無視して、いつもの席に座る。

 そして優雅に小説を開いて読み始める。


「すみれが朝の居眠りをしていない……!?」


 美雪が何か言っている。コイツらまじで後でぶっ飛ばそうかな。


「みんな、揃ったか……どうした?」


 桜木先生が入って来て、教室の異変に気づいた。


「先生、すみれが変になりました!」

「夏目が変なのはいつものことだろう」

「そんなことないですよ、ねぇ皆さん」

「………………きっしょ」


 おい自分の生徒に向かって言う言葉かそれは。

 浅葱蓮はもう完全に無視を決め込んでおり、緒鳥は青ざめてこちらをチラチラと見てくる。

 雛は心配そうにこちらをみていて、美雪は何かに取り憑かれたのではないかと葉加瀬に問いかけいる。


「どうしてそんな口調に?」

「私は今日から姫になります」

「よし、通常運転だな、みんな安心しろ」


 酷いなおい。


「林間合宿の日程と場所が決まったからお知らせするぞ」


 配られたプリントには、京都の文字。

 京都府の山で集団宿泊研修をするようだ。平安京があった場所だ。もしかしたら、卯月の姫について調べるチャンスなのでは?


「日程的に、抜け出すなら最終日……」


 ただし、合流に失敗すると帰れなくなる可能性があるな。致し方なしか? 最悪、管理塔の街を経由して帰って来ればいい。


「すみれ、その口調やめよう?」


 雛が話しかけてきた。

 ヨイノツキを欺くには卯月の姫のフリをした方がいいが、おそらく先程のやり取りでバレている気もする。


「そうだね、私には無理みたい」

「どうしてそんなことを?」

「実は、昨日従兄弟と怪異絡みの依頼を受けに行ってね」


 緒鳥の質問に私は答える。


「ヨイノツキ」

「姫さま、どうしたの?」


 私に絡みつくようなかたちで、ヨイノツキが現れた。緒鳥は目を丸くしてヨイノツキを見る。


「契約したんだよね、それでまあ、色々あって」

「姫さま、コイツ誰?」

「陣内緒鳥。友達だよ」


 まだ、私を姫さまって呼ぶんだ。

 意外と頭が悪い、とか?


「陣内は嫌い」

「菫子さん、コイツ何?」


 緒鳥は拳を握りながら言う。


「えっと、昔のすごい人が連れてた怪異? 退魔士があんまり好きじゃないみたい……。でも、倒すのも忍びなくて。卯月に長年仕えてたようだから」


 少し離れて話を聞いていた浅葱蓮が「なるほど」と呟いた。


「千永の大火の今宵ノ月夜(ヨイノツキ)、か」

「は!? ヨイノツキ!?」


 緒鳥の声に授業の準備をしていた桜木先生がこちらを見た。その目は明らかに動揺しており、恐怖に染まっているようにすら見える。


「千永の大火で平安京を焼き尽くしたっていう……!?」


 平安京を焼き尽くしたのは、祟り神になった卯月の姫ではないのか?


「あの阿呆に責任転嫁された」


 ヨイノツキが私の疑問に答えるように小声で教えてくれる。“あの阿呆”とは一体誰のことなのだろうか。昔の退魔士……だよね、多分。


「長年行方不明って言われてたけど、卯月が匿ってたんだな」

「いい子だよ?」


 私はそう言ってヨイノツキの頭を撫でる。


「千永の大火の今宵の月夜(ヨイノツキ)が、いい子なわけないだろ!」


 浅葱蓮のツッコミにヨイノツキは顔を顰めた。


「僕はいい子! 姫さまがいい子って言ったらいい子なの!」

「菫子さん、変なのに懐かれたね……」

「そうだね」


 ヨイノツキは満足したのか、再び透明になって消えていった。

 消える際、緒鳥に「姫さまを殺したら末代まで祟るからな!」と念を押していた。緒鳥がそんなことをするとは思えないが、卯月の姫と陣内家の間にはなんらかの因縁があるのかもしれない。


「菫子さんが生きてるうちは大人しくしてくれるって感じか?」

「正確には卯月の血がある限り、かな」


 そこで、先日父に言われたことを思い出す。

 陣内と卯月の血が混ざれば、ヨイノツキはどう思うだろうか。

 今度の林間合宿で必ず卯月の姫の手がかりを探してみせる。

千永の大火については夏目家や掛け軸の家と世間一般では語られる物語に差があります。

夏目家に史実が伝わっているのは、夏目が元々卯月家側の家系だったからです。掛け軸の家も同様卯月派の家系です。

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