第22話 水族館(3)
「──ちゃん!」
誰かが私の体を揺さぶっている。
「すみれちゃん!!」
私は目を開けた。
「優くん……?」
私が目を開けるとホッとしたように優は目を細めた。
体を起こして周囲を見ると、死体を担架に乗せて運び出す人たちが大勢いた。担架を追って、泣きながら何かを叫ぶ人もいる。家族だろうか。
「菫子さん、何があったの?」
「サメの怪異がいて、ポーラン……管理塔の怪異と協力して倒したの。サメの怪異が領域を作ってたみたい」
そこでとある疑問を投げかける。
「緒鳥こそ、あのクラゲは?」
「俺が倒したよ」
さらりとそう答えると、隣にいる優と西宮を見た。
「コイツらがいなくても、俺は最強の退魔士だからな」
九条院龍太郎がいない今、間違いなく陣内緒鳥が最強の退魔士なんだろうが、すごくムカつく。
誰かコイツを倒せる人はいないのだろうか。残念ながら、慶一郎、菊次郎、灘千隼、知り合いの退魔士を思い浮かべても誰も勝てそうにない。
「緒鳥なら、あのサメ倒せたのかな……」
「落ち込むなって! すみれちゃんも倒せたんだろ?」
緒鳥が焦ったように言う。呼び方も「すみれちゃん」になってるし。
私は目に見えて落ち込んでいるらしい。
「私が無能力じゃなかったら……」
「だから落ち込むなって……」
緒鳥は何か思いついたように表情を明るくする。
「俺も今回、能力使ってないぞ! 朱天丸だけで倒した」
「陣内、多分それは慰めになってない」
「ランプ使っても倒せない私って……」
「あ゛あ゛あ゛」
私たちがそんな話をしていると、遠くから警官が歩いてきた。
「今日の事件について、聞きたいことがあるんだけど、いいかな?」
「はい」
しばらく警官に質問攻めにされた後、帰宅を許された。サメの怪異については、見たことのない怪異が倒したと報告した。
姿はよく覚えていないと誤魔化した。
水族館全体が領域になっていたおかげで、監視カメラが壊れていたらしく私を含めて何も映っていなかったようだ。
「緒鳥、せっかくの水族館だったのに災難だったね」
「別にいいよ。ジンベエザメ見れたしな」
目を輝かせているので、本当に気にしていないな。もしかしたら、また一人で行くかもしれない。
「陣内って、どうして僕たちの味方すんの?」
優が、聞きづらいところを緒鳥に聞いた。
陣内家は退魔士の名家で、怪異に味方をするなんてご先祖様に失礼だと思うのだ。夏目である私が言えたことではないのだけれど。
余程の理由がない限り、緒鳥が味方をするなんて有り得ない。
灘千隼ですら、私の正体に薄々気づいているのにコンタクトを取ってくる気配がない。
「深い理由なんてないよ」
緒鳥はそう言うともう質問には答えたつもりなのか、駅の方へ歩き出した。
家に帰ると珍しく父が帰って来ていた。
夏目裕樹。
Aランク退魔士で、Sランクほどではないにしてもそこそこ知名度のある有名人。
「慶一郎が働いている間、ふらふらしているとはさすがだな」
褒められた。
テレビのニュースでは、水族館での怪異事件の報道をしている。
「さっきこれに巻き込まれたんです」
裕樹はチラリとテレビを一瞥すると、缶ビールのプルタブを開けた。
「お前が退魔士なら、死者も出なかったろうにな」
「退魔士の友達が、怪異を倒してくれましたよ」
「陣内か……」
裕樹は缶ビールを一口飲んでから口を開く。
「お前、陣内と結婚したらどうだ?」
コイツ、何を言っているんだ……?
「子供を作れ。その子供を夏目の時期当主にしよう。兄さんの子供たちよりも俺の慶一郎の方がずっと強い。それなのに、なぜ莉央が後継なんだ? 与一が死んだら普通は慶一郎を後継にするべきだろう? お前もそう思うだろう?」
言ってることがヤバい。
裕樹は夏目慎二の代の三男坊で、兄弟の中でも出来が悪かった。故に、婿入りすることも叶わず今も夏目に籍を置いている。
出来損ないの劣等感から、もう跡取りのいなくなった卯月家から一人娘だった母を連れ出し、慶一郎と私を産ませた。
私が五歳のころ、慎二の長男であり、次期当主だった夏目与一が八歳にして突如行方不明になる。しかし、神隠しはよく起こることなのでいつか戻ってくるとみんな信じていた。
慶一郎がSランクになって一番喜んだのは父だった。その頃には与一はもう死亡扱いになっており、次期当主を決める必要があったのだ。
しかし、慎二が選んだのは次男の莉央だった。
裕樹は強欲な男だ。自分が夏目の当主になれないのなら、その子供を。それが無理なら、更にその子供を。
そんな父からすれば、九条院龍太郎に代わって現れた最強の退魔士の血は喉から手が出るほど欲しいだろう。
「学生のうちに交合しても、俺は文句は言わないぞ?」
むしろ、それを望んでいるだろ。
この人は、自分の子どもを権力を手に入れるための道具としか思っていないのだ。
「それは……」
私は俯く。
「無能力のお前でも役に立てるんだ。ありがたいと思え」
緒鳥と結婚しろと言われて、真っ先に思いついたのは、もう会いたくないと言って別れた彼の姿だった。
私はまだあの人が好き。だから。
「私は、心に決めた人がいるので」
「では、そいつと結婚するといい」
思わず顔を上げてしまう。
そこには、いやらしい笑みを浮かべた裕樹がいた。
「だが、緒鳥との子供はこさえろよ」
空気が凍る中、玄関からガチャリと音がして母が入ってきた。
母は裕樹を見ると、作った笑みを貼り付けた。
「帰っていたんですね。今日は、何か食事を」
「俺はいい。この後、いい店に行くんだ」
母の笑顔が固まる。
私はその隙に自分の部屋へと戻った。慶一郎がまともに育ったのは、母のおかげだ。
昔、与一に言われたことがある。
『ゆうきおじさんにね、すみれちゃんとけっこんしないかっていわれた』
莉央は私を嫌っているから、裕樹もさすがに彼に結婚しないかとは言えない。
使えなくなった駒をどうしたものかと考えていた時に現れた陣内家の当主だ。あの裕樹が考えないわけがない。
そんなことを考えていると、私の携帯が鳴った。
電話だ。一体誰から……。
私は画面の文字に息を呑む。
『莉央』
画面にはそう書かれていた。




