第20話 水族館(1)
魂を死後へと送り届け、管理塔へ報告に行って、帰ってきたのは、旧校舎の鏡へ入ってから三週間後のことだった。
優くんと週末に出かけるという約束、まだ生きているだろうか。
そんなことをぼんやり考えながら、家のインターホンを鳴らす。
「菫子!」
慶一郎が出てきて、涙を浮かべながら抱きしめてきた。
「どこ行ってたんだよ、お前!」
「ちょっと、道に迷って」
私も、管理塔の仕事柄よく神隠しに遭う子供だと思われていたが、最近はそういうこともなくなり油断していたのだろう。
詳しく聞かれることはないだろうけど、心配させたのは申し訳ない。
「おはよう」
「すみれぇえええ!!!」
教室に入った途端、何者かに押し倒されて私は背中を強打する。
「雛、やめて……」
「無事だったのかー」
「よかった」
「コイツがいなくなるのはよくあることだろ」
「別に心配はしてなかったけど」
クラスメイトたちが集まってきては嬉しそうに挨拶をしてくる。この光景も二年ぶりか。
しかし、一人だけ知っているけど知らない顔が教室にいた。
「えっと……」
「陣内緒鳥くん、あの陣内家の当主様なんだよ!」
緒鳥は私を見て一瞬固まった。
「はじめまして、夏目菫子です」
とりあえず、挨拶してみた。
「はじめまして………ねぇ」
苦笑された!
「俺は陣内緒鳥。よろしく、菫子さん」
「緒鳥くんすごいんだよ。もう十三人から告白されてるの!」
「じゃあ、もう彼女五人くらいいるんだ」
「どこの平安貴族だよ」
雛は首を横に振ると、目を輝かせて緒鳥の方を見た。
「好きな人がいるんだってー」
「もう死んでるんじゃ……」
「死んでないよ。ま、その人には他に好きな人がいるんだけど」
「人妻か」
「そんなとこ」
緒鳥はどうやら既婚者の芸能人に恋をしてしまったらしい。テレビか何かで見たんだろう。可哀想に。
そんなことを話していると桜木先生が教室に入ってきた。
「夏目、生きてたか」
「見ての通りピンピンしてますよ」
「それで? 今回はどこで神隠しに?」
「内緒です」
これはいつもの会話なので、誰も気にも留めない。
私は自分の席に座って、遠くの方に座る緒鳥を見つめた。不思議な感じだ、同じ教室にいるなんて。
それに、どうやら私のことは黙ってくれるみたいだし。
「今日は、林間合宿の班分けと部屋わりを決める。六人班で男女三人ずつ、だが、人数の都合上一班だけ男子二人の班がある」
この学校は宿泊研修もかねて、1学期の終わりに林間合宿がある。退魔士志望の生徒は、そこで朝と夜に特殊な訓練もあるようだ。
一般生徒も見学できるので、地味に人気のあるイベント。しかも、最終日のキャンプファイアーを見ながら告白されるとラブラブになるというジンクスも。
楽しみだ!
「というわけで、班を作ってくれ」
「菫子さん、一緒に組もうぜ」
おそらく全女子が狙っていたであろうイケメンが、すぐにこちらに声をかけてきた。まさに、電光石火の早業である。
「いいけど、なんで私?」
「一番面白そうな女だから」
「じゃあ、俺もいいか?」
浅葱蓮がポケットに手を突っ込んだまま、少し離れたところから声をかけてくる。
「なんで」
「お前目当てじゃねぇよ。陣内家の当主様に興味があんの」
浅葱蓮はそう言うと、周囲を見回して他に入りたい男子はいないかと確認してきた。
しかし、誰も声をあげない。クラスのイケメンが揃っているのだ。さすがに霞んでしまう。
「じゃ、私たち入れてくれよー」
葉加瀬が近づいてきた。
雛と美雪もいる。そうか、女子が四人の班があるから。
「女子四人の班、うちが貰っていいですか?」
私はクラスメイトたちに確認を取る。
男子は女子だらけの班に入りたくないのか、すぐにOKしてくれた。女子もいい感じに分かれていたので、反対の声はなかった。
「じゃあ、この班で」
「そういえば、特殊プログラムの訓練って何するの?」
「怪異退治の実践演習だよ。ついに祓う練習をさせてもらえるの!」
「それ、緒鳥とか浅葱蓮は必要ないんじゃ」
「基礎は重要だぞ。無能力にはわからないだろうがな」
一々嫌味たらしい浅葱蓮は置いておいて、緒鳥はマジで必要ない気がする。
合同体育祭に現れた蜘蛛くらいなら、確実に瞬殺できるくらいの実力はあるわけだし。
「何言ってんだ、蓮。菫子さんは無能力じゃないぞ」
教室が静まり返った。
それは、鳥籠のランプのことを言っているのか!? やっぱ隠す気はなかったってこと!? 油断した、信頼した私が馬鹿だった。陣内家は夏目と同じ名家なのに、都市伝説を放置するわけないのだ。
「『何言ってんだ』はお前だぞ陣内。コイツは生まれた時から無能力だ」
「いや………」
緒鳥は私を見て、何かを思い出したかのように「あ」と声を漏らした。
「悪い。今の話は忘れてくれ」
「は?」
「でも、桜木先生から聞いたけど、菫子さんの母方って卯月なんだろ?」
緒鳥はそれだけ言うと、林間合宿の食事の話を始めた。彼の最近のトレンドは、現代の食事らしい。
しかし、母方の卯月家と私が無能力ではないことと何の関係があるというのか。
そういえば、卯月家ってあの人の子孫の家系だよな。
昔、私が『すみれちゃんの神隠し』とは無関係に迷い込んだ場所。
平安貴族が住むような寝殿造のお屋敷にいた、一人の女性。
私は、九歳から十歳になるまでの間、彼女の下女として一年間働いた。多くの人は彼女を『卯月の姫』と呼んだ。
けれど、たった一人だけそう呼ばない人がいるのだと教えてもらったことがある。
彼女はなんと言ったのだっけ………。
放課後になって、ようやく優に連絡をした。
『今週末に、水族館前集合』とだけメールを送ったが、ちゃんと来てくれるだろうか。西宮も誘ってくれたかな。
「菫子さん、何してるの?」
「友達と水族館行こうと思って。メールしてた」
「男?」
「えっ、うん」
誰もいない教室に突然緒鳥が現れた。
なせが不機嫌そうに机の上に座る。
「でも、あの人じゃないんでしょ」
「あの人とは、もう会わないから」
「なんで」
「緒鳥には関係ないよ」
「あっそ」
しばらく無言になる。
何を話せばいいのかわからない。
「緒鳥は、私の味方なの?」
「そうだよ」
即答してくれた。
今は、その答えだけでいい。
「そうだ!」
私はとあることを思いついて笑顔で緒鳥を見る。
「緒鳥も来る? 水族館!」
先月リニューアルオープンした水族館。
その前にある巨大なイルカのモニュメントが待ち合わせ場所である。
「優くん、お待たせ!」
「久しぶり、すみれちゃん」
優はそこまで言うと私の隣を歩くイケメンを不思議そうに見つめた。
「誰?」
「陣内緒鳥。私のクラスメイト」
「陣内………?」
西宮は恐ろしそうに呟くと、私をじっと不審そうに見つめた。
「私のことは知ってるから」
「へえ。僕は鈴木優。よろしく」
「よろしく」
緒鳥は、水族館は初めてなのか目の前の怪異二人には興味を示さなかった。
退魔士失格だろこれ。
「じゃあ、早速行きましょう」
「すみれちゃんは何が好きなの? イルカ? ペンギン?」
「クラゲ」
私はニヤリと笑う。
この水族館、クラゲの展示にも力を入れているらしい。すごく楽しみである。
◇◇◇
バックヤードを歩く飼育員の一人は、ふとペンギン担当の伊藤が廊下の床で倒れているのを見つけた。
昨日も遅かったと聞くし、眠っているのだろう。
そう思って声をかけようとした。
ぷゎん。
そんな音がした気がして顔を上げる。
巨大なクラゲが、廊下を泳いでいた。それと同時に理解する。伊藤はこのクラゲに殺されたのだと。
数十分後、水族館は怪異の領域へと取り込まれる。




