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第2話 鈴木優の神隠し(2)

「お兄ちゃんはできたのに、どうしてこんな簡単なこともできないの?」

「できるようになるまで帰って来ないで」

「いい?お父さんみたいにはならないでね」


 兄さんは別に、あんたの息子じゃないだろ。


 僕は何度もその言葉を飲み込んだ。





「おはよう、朝ごはんはパンでいい?」


 オオカミがメロンパンを差し出して来た。有名なメーカーのパンだから、この世界で買ったものではないのだろう。


「ありがとう」

「今日は折角だし、ここを案内するよ」

「学校は?」

「休みの連絡入れといた。君一人じゃ危ないし」


 やはり怪異の世界というものは危ないところらしい。

 待ち合わせの放課後までは、随分と時間がある。というか、放課後ってことはすれみちゃんは学生ということだろうか……。


「管理塔ってとこに行くの?」

「いや、街に出ようかなと」


 街。

 人間が一人でウロウロする場所ではないが、怪異と一緒ならば大目に見られるという。だが、決してはぐれないようにして欲しいと言われた。


「はぐれたら、肉だけにされても文句は言えない」


 やはり、人喰いの怪異もいるのか。

 目の前のオオカミの冷蔵庫にも、もしかしたら人間の肉が豚こまパックと一緒に入っていたりするのだろうか。


「オオカミ先輩は、なんていう名前なんですか」


 オオカミは困ったように笑った。


「内緒」





 街というところは、東京のどことも違う不気味な雰囲気で溢れていた。

 店先に並んだものはどれも見慣れないものばかりで、店番をしているのも人間ではなく怪異だ。

 そんな街の中心に立つのが、とにかく巨大なビル。周りは大きくても二階建てなのに、管理塔だけは近代的なビルだった。


「あの最上階には怪異の王である管理塔の主が住んでる。すみれちゃんに役目を与えた張本人だね」


 管理塔の主というのは、とても恐ろしい存在らしい。オオカミはあまり詳しくは話したがらなかった。

 すみれちゃんは小さい頃からずっとこの不気味な街を一人で歩いていたのだろうか。だとしたら、とても強い人だと思う。

 僕には無理だ。


「ここでお昼にしよう」


 読めない文字で何やらメニューが書かれた立て看板と、壁にはおそらく店の名前が書かれている。


「ここは、【カワウソ屋】」


 名前の由来は店内に入ってすぐにわかった。

 店主はカワウソの怪異だった。カワウソという生き物自体、昔から妖怪の類と密接な関係があるとかないとか言われているし、こういうこともあるのだろう。


「あら、人間じゃない?」


 店主の声は明らかに男なのに、女のような口調だった。怪異にもそんな感じの奴がいるらしい。


「神隠しですよ。今日、スミレに引き取ってもらいます」

「あの子、まだこっちに来れるの?」

「管理塔から除名されてないらしくて」


 カワウソは不安そうに顔を顰めた(ように見えた)。


「いやねぇ、主さまは何を考えているの? 人間を、しかも咎人を出入りできるようにするなんて。役目はもう終えたのでしょ?」

「俺に言われても困りますよ」


 オオカミとカワウソは、しばらく話し込んでいた。

 すみれちゃんの話題から、管理塔の主の話題へと移っていく。


「主さまがスミレを気に入っているって話、本当なのかしら……?」

「さあ。俺は主さまを見たことないですから」

「あたしもないわよ!」


 そこで、オオカミは僕を見て慌ててメニュー表を開いた。


「えっと、カツ丼を二つ」

「はぁい」


 僕はどんなゲテモノを食わされるのだろうとビクビクしていたので、普通のメニューに安心した。

 ひとまず安心したところで、急に周りの客の好奇の視線をわずらわしく思えてきた。


「ねえ、君。早くお家に帰りたいでしょう、こんなところでねぇ」


 カワウソ店主はそんなことを聞いてきた。

 そりゃ帰りたい。

 そう口に出そうとして、今朝の夢を思い出す。僕の家族は、別に僕がいなくたって心配なんかしていないんじゃないか。


「ここにいるわけにはいかないでしょう」

「そうねぇ」


 人間がここにいるのはまずいことなのだとなんとなくわかる。僕の存在が許されているのは、オオカミが隣にいるからだ。

 でも、存在が許されているという点ではここの方が居心地がいいとさえ思う。

 僕の家には、僕の居場所なんてない。兄にはある一人部屋は、僕にはない。携帯は買ってもらえないし、お小遣いもない。

 僕に、帰る意味はあるのだろうか。


「はい、カツ丼」


 久しぶりに食べた温かいご飯に、僕はなぜか涙が出そうになった。





 街で遊び倒した。

 ゲーセンみたいなところにも行ったし、公園で怪異の子供とサッカーみたいな遊びもした。

 勉強とか家族とか全部忘れて、目の前のことに没頭した。


 そして、約束の場所に行く。


 ロビーには、金持ちが多く通う高校の制服を来た女の子がいた。二足歩行のトカゲの怪異と何やら話し込んでいる。


「スミレ、今日はありがとう」


 オオカミはお構いなしにその輪に入って行った。


「貸し一だから」

「そう言うなよ。これは、管理塔からの正規の仕事だ」


 隣にいたトカゲが口を開いた。この見た目でどうやらメスらしい。カワウソといい、ここの怪異の性別はよくわからない。


「えっと、鈴木(まさる)です」

「夏目菫子」


 都市伝説の少女は、そっけなくそう返した。

 会ってみるとあっけないもので、都市伝説の通りの優しそうな少女はどこにもいない。


「それじゃ、私たちはこれで」

「マサル、元気で」

「うん、先輩も」


 よく思えば、他人の家に泊まったり、ゲーセンで遊んだりしたのはオオカミが初めてだった。まるで、友達みたいだったな。そう思いながら、僕は早足で歩くすみれちゃんについて行った。


 街の路地裏を迷いなく歩いて行く。

 そして、とある場所で地下に続く階段が現れた。


「この先よ」


 すみれちゃんはどこからか、古びたランプを取り出した。その炎は青白くて、人魂を彷彿とさせる。


「行きましょう」

「う、うん」


 足音が響くその地下道は、何年も使われていないように思えた。

 ここを抜けたら帰れる。けれど、なぜだか心にぽっかり穴が空いたみたいだ。帰りたいと思えない。


「ねぇ、優くん」

「な、なに?」

「ウジウジしてるの、みっともないからやめて」


 今の僕はそんなふうに映っているのか。


「僕、本当は帰りたくないんだ」


 すみれちゃんは無言で僕の言葉を待った。足を止めて、じっと僕を見つめる。


「僕の腹違いの兄さんは、すごい出来が良くてさ。俺、なんにも勝てないの。そのくせ、僕の母さんは『お兄ちゃんはできるのにどうしてお前はできないんだ』ってそればっか」

「うん」

「知ってんだよ、前の女の子供が気に入らないのに自分のはその女の子供よりも出来が悪くて、それが許せないんだ」

「そういう人もいるかもね」

「そう。だから、僕は帰らない方がいいんだ」


 僕は壁にもたれかかって来た道の方を見た。


「オオカミ先輩、いい人だったなぁ……」

「帰らない方がいいかなんて、帰ってみないとわからない」


 そこは同意してくれる流れだと思っていた。

 僕は驚いてすみれちゃんを見る。


「優くんの問題は多分、優くんの出来が悪い限り解決しないと思う」

「だよね……」

「優くん、はっきりさせて。優くんは、オオカミ先輩にまた会いたいんでしょ?」


 家に帰りたいのではなく、ここを離れて何もなかったことにするのが辛いのだろうと彼女はそう言った。

 『すみれちゃんの神隠し』では、すみれちゃんの時は十四歳頃で止まっている。けれど、僕の目の前にいるのは高校生のすみれちゃんだ。

 羨ましい。また、オオカミに会えるこの人が。


「僕も、すみれちゃんみたいに」

「なれない」

「即答!?」

「私は特殊な事例なの」


 すみれちゃんは、懐から一本の怪しげな小瓶を取り出した。


「これは、管理塔の主から貰った貴重な薬」


 すみれちゃんはラベルの怪異文字を見て「期限ギリギリ」と呟いた。


「この世界を行き来できるのは、怪異だけ。優くんがまたここに来たいなら、怪異にならないといけない」


 すみれちゃんは人間だ。

 特殊な事例というのは、そういうことだろう。そして、僕は特殊な事例にはなれないのだろう。


「これを飲めば、怪異になれる。怪異は人の姿にもなれるから、人間としても生きていける」

「その薬、本当はすみれちゃんのなんじゃ……」


 すみれちゃんは僕の手に小瓶を握らせた。


「私は、怖くて飲めなかった。優くんとは違って、私はここにもう一度来ることを諦めたの」


 すみれちゃんは、もしかしたら久しぶりにここに来たのかもしれない。

 管理塔の主は、なぜすみれちゃんを『特殊な事例』にしたのか。『特殊な事例』にできたのか。


「それでもいいんじゃないか。『すみれちゃんの神隠し』がある限り、すみれちゃんは人であり、怪異でもある」


 怪異の強さは噂の強さに比例する。

 人間であるすみれちゃんには、関係のない話かもしれないが、噂すらない怪異からすればそれだけですみれちゃんはすごい存在なのかもしれない。


「僕は都市伝説にはなれないから、これを飲むよ」


 すみれちゃんは目を見開いて、それから初めて微笑んだ。


「すごいね、君」





 結論から言うと、僕の体に異変はなかった。

 だが、怪異には確実になっているらしいので、いつでも管理塔に来るようにと言われた。おそらく、ろくでもないことが待っているに違いない。すみれちゃんの悪そうな顔がそう語っていた。


 地下道の先にあった扉を抜けると、都内の路地裏に出た。そのまま交番に駆け込んで助けを求めた。

 僕が向こう側にいたのはたったの二日だけだが、現実では二週間が経過しており、騒ぎになっていたようだ。


 『すみれちゃんの神隠し』に助けてもらったと話すと、退魔士の人も来て事情聴取をされた。

 怪異になったことや、管理塔のこと、オオカミ先輩のことは言えず、「親切な怪異にすみれちゃんを紹介してもらった」とだけ答えた。


 母さんは、泣いて僕を抱きしめてくれた。

 父さんも忙しいのに、僕を迎えに来てくれた。

 兄さんは晩御飯に少し高い店に連れて行くと約束してくれた。


 すみれちゃんの言う通り、僕は帰った方がよかったみたいだ。

 全て終わったみたいに話しているが、僕の物語はこれからだということは言うまでもない。

現在、ストックが50話までありますので、しばらくは安定して投稿できると思います!!

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