第19話 旧校舎の踊り階段(3)
ムカデはランダムに旧校舎内を徘徊しており、外に出ることはないらしい。そして、私たちも旧校舎の外に出ることはできない。
昇降口に扉はあっても、開くことはないようだ。
旧校舎までしか領域を作ることができなかったのだろう。そう考えると藤沢高校の正門の怪異よりもランクの低い怪異と考えていい。
確かに、B29ほどの理不尽さはあのムカデにはない気がする。ただキモいだけだ。
まずは一階の洗い場の鏡を壊して、その後トイレ、階段の踊り場の順に破壊。最後に二階のトイレという流れになった。
緒鳥がいるし、ムカデにやられることはないと信じたい。
「よし、じゃあ行こう」
この世界は左右反対だからいつもの感じで進むと間違えてしまう。そこだけは注意せねばなるまい。
家庭科室の目の前にある洗い場で、緒鳥は流れるように刀を抜く。陣内家の当主のみが持つことを許された宝刀朱天丸。
現代では陣内緒鳥の消息と共になくなったとされているが、ちゃんと持っていたらしい。
鏡が割れる音が響いて、私たちはそのまま男女に別れてトイレへと向かう。
男女のトイレは全く別の位置にあり、女子は西側、男子は東側にある。ここからは別れて行動し、男子チームは踊り階段の鏡を割ってから二階の男子トイレへと向かうことになる。
向こうには緒鳥がいるから大丈夫だろうが、こちらはよく知らない退魔士と戦闘能力皆無の私だけ。
ムカデがこちらに来ないことを祈る。
鏡を割って、階段を登る。
不気味なほど静かだ。ムカデはどこへ……。
「っ、上!!」
退魔士の女が叫んだ。
私は鳥籠のランプを揺らして鳥へと合図を送る。
鳥は炎を広げて防御結界を張った。
なんとか二人で二階に上がり、土埃の酷い踊り場を見下ろした。
ムカデが人間の手を使って鳥を捕まえようとしていた。
「やば…………っ!!」
思いっきり手で鳥を握り潰されて、私は胸を押さえて横に倒れる。
退魔士はその様子を驚いたように見た後、ホルスターから拳銃を取り出してムカデの手を撃った。
手が緩んだ隙に鳥は飛び上がって、私の肩に留まる。
「早く立って!」
私はふらふらと立ち上がって、鳥をランプへと仕舞う。燃料を使って強く燃え始めるといくらかマシになった。
「ありがとう」
「アンタが死んだらここから出られないでしょ!」
そのまま女子トイレに入り込んで、鏡を割った。
ぎゃぉおおおおおおおお!!!!!
先程の踊り場の方からムカデの悲鳴が聞こえて、静かになる。
私たちは再び階段へと戻った。
二階へ向かおうとしていたのか、階段の途中でムカデは倒れていた。プスプスと音をたてながら、黒い灰に返っていく。
「こっちよ」
私は鳥籠のランプを揺らして、迷子の魂を集めた。悪霊に囚われていた魂は大人しく従ったが、一つだけムカデから動かない魂がある。
『許サナイ、アイツラダケハ……』
魂はそう言うと動かないムカデの周りを忌々しそうに回った。
記憶が流れ込んでくる。
階段の踊り場で、無理矢理下手なダンスを踊らされる少女。このダンスをマスターするまで決してこの鏡の前から立ち去ってはいけないと言われ、彼女を虐める女子生徒は帰っていった。
彼女は気付けば取り込まれていた。
恨みのまま、魂は歪んで悪霊となり気付けばムカデの形をした化け物へと成り果てた。
「あなたの恨む相手はこの世にはいない」
あまりにも多くの人を殺しすぎた。
この魂はもう助からない。天道に行くことはできない。
「滅ぶか、地獄へ行くか、好きな方を選びなさい」
『………私ハ消エナイ。アイツラニ復讐スルマデ』
「そう」
悪霊の魂は地面に現れた黒い穴に引きずり込まれていく。
ムカデは倒された。あの魂が、階段の踊り場の鏡を通して生徒の生気を吸い取っていたのだろう。
そして、予想通り領域は消えない。
あの魂もまた、この七不思議に取り込まれた被害者であり、領域の主というわけではない。
二階の廊下中央で合流した私たちは、血まみれの廊下を眺めていた。
「あのムカデ、何人食べたんだよ」
緒鳥はそう言うと、周りを漂う魂を興味深そうに見つめた。
「すみれちゃんは、こういう仕事もするんだ」
「最近はこういうのばかり」
ランプを揺らして道を探りながら、緒鳥の質問に答える。多分、帰ったら朝どころじゃないんだろうな。
私も無断欠席してたなんて桜木先生に知られたら、どうなるんだろうか……。
「よし、帰り道わかったよ」
「出られるんだな!」
緒鳥は嬉しそうに言う。
「うん、階段を一段飛ばしで降りて廊下の左端を通りながら昇降口まで行って。一年生用の下駄箱で、靴を脱いで『土足で歩いてごめんなさい』って言ってからゆっくり扉を開けて」
そうすれば、出られるはずだ。
「すみれちゃんは?」
「私は別のルートで出るから。この魂を、死後へと案内しないと」
私はそう言うと緒鳥に別れを告げる。
「また会えるよな?」
「うん。緒鳥がそう望むなら」
本来なら「出会ってはならない、もう二度と迷ってはならない」と伝えるのだが、なぜかまた会いたくなった。
緒鳥は私の数少ない人間の友人で、都市伝説としての私を信頼してくれている。
「またな! ありがとう!!」
「都市伝説、俺からも礼を言わせてくれ」
桜木先生が頭を下げた。
「いいんですよ」
私はそう言うとみんなが行くべき場所とは反対方向へと歩き出す。
「でも、できればもう協力したくないです」
◇◇◇
昇降口を出ると、曇天と雨音が聞こえた。
緒鳥は息を呑んで、目の前の校舎を見つめる。
自分の生きていた時代とは全て変わった新しい校舎と、明らかに自分が使っていた頃より古くなった馴染みの校舎。
そして、怪異の領域で出会った三人の退魔士。
「過去最悪の神隠しだ……」
陣内家は宝刀と当主を同時になくしたのか。どうなってしまったのだろう。そもそも、実家は残っているのだろうか?
「陣内緒鳥」
桜木海斗の声に緒鳥は顔を上げる。
「『すみれちゃんの神隠し』の本名を知っているか?」
「本名………?」
それは、管理塔十傑が一人、伊佐々王が口走っていた彼女の呼び名。
「すみれごぜんって呼ばれてたことくらいしか」
「すみれ、ごぜん?」
退魔士たちは顔を見合わせる。
「まあ、あの御方と知り合いってことは貴い方なんだろうけど」
「あの、御方………?」
桜木の表情が変わる。
緒鳥が得体の知れない怪異もどきの少女を信頼しているのは、あの方と共にいるのを見たことがあるからだ。
そして、頼まれたからだ。
『俺がいない時は、お前がすみれちゃんを守ってくれ』
「桜木先生!?」
声が聞こえて、緒鳥は声の方を見る。
スーツを着た女性が走ってきた。
「どうしていたんですか! 二週間も!」
「神隠しに、あったようだな」
それから、退魔局と呼ばれる機関の人間がたくさん来て、緒鳥も話を聞かれた。
陣内家の人間だと言うと驚いたような顔をされ、陣内の現状を教えてもらう。
簡潔に言えば、陣内家は没落していた。
かつて所有していた屋敷はすべて買い取られ、陣内家の人たちは退魔士を輩出することもなくなり細々と生きているのだとか。
今更、退魔士の世界に呼び戻すこともないが、陣内緒鳥は違う。
「俺を退魔士にしろ」
話を聞いてくれた夏目慎二という人物は、頷いた。向こうも戦力が欲しいようだった。
十六歳の緒鳥は、そのまま桜木が教師をしている九条院学園に編入することになり、退魔士志望の子供が受ける特殊プログラムを受講するように言われた。
クラスメイトはみんな優しく、居心地が良かったが、一人だけ二週間前から行方不明の生徒がいるという。
夏目菫子。
彼女は一体、どこに行ってしまったのか。




