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第18話 旧校舎の踊り階段(2)

 深夜、私は管理塔の制服に身を包んで旧校舎の階段の踊り場に立っていた。いつもはしていないフードも深く被っているので、完全に不審者だ。

 鳥籠のランプを揺らしながら、向こう側への扉をこじ開けようとしていた。


「誰だ?」

「っ!」


 私はランプを一階の方へ向けた。

 桜木先生と知らない退魔士が二人。戦闘は避けたいが、おそらく不可避。


「怪異、でしょうか?」

「少なくとも人間ではないでしょう」


 知らない退魔士、男と女が一人ずつだ。男の方は退魔士高専の制服を着ている。女の方は退魔局の所属だろう。桜木先生のバディかもしれない。


「………」


 どうしたものか。

 退魔士二人はともかく、桜木先生は私のこと知っているわけだし。いや、なんとかなるか。


「私はこの向こう側にいる魂を天道へ導くためにここに来た。貴方たちと争うつもりはない。今のうちに帰るといい。仕事は私がやっておく」

「残念ながら信用できない」

「じゃあ、勝手についてくれば?」


 鏡が向こう側に繋がった。

 私は手を鏡の中へ突っ込む。


「ただ、悪霊に襲われても私は助けないけどね」


 桜木先生は無言で、私の方へ近づいてきた。


「怪しい行動をしたらすぐに祓ってやる」





 鏡の向こう側は、全てが左右反対の旧校舎だった。よくできた領域である。しかし、悪霊の気配はない。


「夜は家で寝てるのか」

「馬鹿を言うな、怪異だぞ」


 桜木先生はいつもの親しみやすい雰囲気ではなく、完全に退魔士モードだ。得体の知れない私と仲良くするつもりはないらしい。


「退魔士はどんな情報を掴んできたの?」

「誰が教えるか」


 他の退魔士の方をチラリと見るが、目を逸らされてしまう。なるほど、先生には逆らえない、と。


 私はため息をついて、階段を登り二階へ上がる。

 鏡の世界に囚われた魂全てが、悪霊になったとは考えにくい。たかだか百年だ。意識を保っている者もいるかも。

 暗い校舎をランプの灯りでそっと照らした。


「っ!」


 私は後ろにいた先生を手で制して、その場にしゃがみ込んだ。落ちていたのは、血まみれのローファーだ。


「…………は?」


 その奥を見た高専の生徒は声を漏らす。

 血まみれの廊下が広がっていた。血は古いものから新しいものまであった。しかし、直近で九条院学園の生徒が行方不明になったという報告も、人が変わってしまったという報告もない。

 つまり。


「何してんだ、早く逃げろ!」


 一階の方から声が聞こえて、私はランプを前にかざす。目の前に、ムカデがいた。しかし、足はすべて人の手だった。

 私はランプを前にかざして、鎖を作り出す。足止めくらいにはなるだろう。


退()いて!」


 私たちは急いで一階へと降りた。


「こっち!」


 手招きする人影に疑うことなく従う。

 一階の昔は家庭科室だったらしい教室に飛び込んだ。


「お前ら、こんなとこでなにして……すみれちゃん?」

「……陣内緒鳥(おどり)


 その人物は、私が最後に道案内したはずの高校生。あの時と何も変わっていない見た目。

 そういえば、この人は迷いやすい人だった。なんせ、彼を案内したのは一度や二度ではない。


「まさか、君はまた迷ったの……?」

「トイレしてたら、さっきのムカデに引きずり込まれたんだよ」


 拗ねたように言われた。

 つまり、緒鳥は幽霊たちと違って肉体のまま迷い込んだということか。あの血痕をみるに、肉体ごと引き込まれた生徒は意外といるのかも。


「それは、どれくらい前?」

「一ヶ月前くらいじゃないか?」

「わぉ」


 時間の流れも歪んでいるのか。


「私も早くここから出ないと、緒鳥みたいに浦島太郎になるのか」

「俺の浦島太郎ルート確定したみたいな言い方やめろ」

「玉手箱は決して開けませんよう」

「じゃあなんで玉手箱持たせたんだよ」


 桜木先生は私たちのやり取りを無言で見つめていた。しばらくして、緒鳥は人間だと判断したのか、話しかけてきた。


「私は退魔士の桜木海斗と申します。失礼ながら、あのムカデについて教えてください。あと、そこの女についても」


 緒鳥は「いいの?」という風に私を見て来た。私は頷く。どうせフードで顔は見えないわけだし、声だけでバレることはない。

 怪異は相手の知っている人の声を真似して発声することがあるからだ。


「あのムカデは、ここに取り込まれた生徒の魂を食って大きくなってる。俺が来てから、十人は喰われた。俺は最後の一人だ」


 それ以外のことは知らないと言うと、チラリと私を見た。


「この人は異界に迷い込んだ俺を毎度毎度ヒーローのように助けてくれる謎の女、すみれちゃん。会う度に見た目が変わる。今回は同い年くらいだな」


 退魔士三人組の顔色が変わった。

 高専生は体を震わせながら、腰の剣を抜いて切りかかってきた。しかし、それはとある人の手によって阻止される。


「おい、この人に手を出すな」


 陣内緒鳥。

 九条院や夏目と同じく、平安時代から続く退魔士の名門であり、九条院龍太郎が現れる前は最強の退魔士を輩出していた陣内家の若き当主。

 しかし、神隠しにあいまくる体質により、行方不明になったと管理塔で聞いた。

 おそらく、九条院龍太郎と同等かそれ以上の実力をこの歳で宿している人類最強の男。


「ソイツは都市伝説で、九条院さんを、仲間を殺した!」

「あっそう」


 緒鳥は冷や汗を流す私を横目に、綺麗な刀を鞘に戻した。


「『すみれちゃんの神隠し』。お前はどうしてここに? まさか、この男を助けるためか?」

「いえ、ここに取り込まれた悪霊を天道へ送るために」

「俺はついでってわけね」


 緒鳥はそこまで言うと人差し指を唇の前に立ててしゃがむ。

 ムカデの歩く音は、カサカサではなく人の手が床に手をつくペタペタという音だった。それだけで不気味なのに、「どこぉ?」「こわいよぉ」と繰り返し話している。

 人間の声を真似する鳥みたいに、何度も何度も。


「行ったな」

「緒鳥は一ヶ月ここに? アレから逃げながら?」

「アイツ、切っても切っても再生するし、お手上げだったんだよ」

「なるほど……。あれが本体じゃないのかも」


 桜木先生は私と協力することに懐疑的なようだ。

 しかし、緒鳥は私と協力してここから出る気満々である。しかし、管理塔での情報が正しいのなら、緒鳥は元の世界には戻れない。かといって、今の緒鳥が死んでいる人間にも見えない。

 これは、ガチで浦島太郎ルートあるかもしれない。


 しかし、ムカデが本体でないならどうやって倒せというのか。私の本職は怪異退治ではないのに。

 そんなことを考えていると、緒鳥を含む退魔士たちに見つめられていることに気づく。


「どうしたの?」

「討伐方法に検討が?」


 桜木先生の質問に私は頷く。しかし、これを決行すれば、帰り道も同時に消えてなきなる可能性がある。


「鏡の怪異なら、鏡が本体なんじゃないかなって。ただ、最悪出口を壊すことになるから……」

「でも、怪異の領域なら主を倒せば出られるんじゃ」

「ここの主はあのムカデじゃないよ」


 ここの主はおそらくもう忘れられたなにか。

 けれど、そこに生者がいたために領域は残り続けた。もともとここは、踊りを踊った人の魂を取り込んでしまう怪異だ。けれど、あのムカデは鏡の前を通った人の生気を吸い取る怪異。

 全くの別物。そもそも、あの怪異の正体はかつて取り込まれた不運な人の魂の集合体。魂を解き放ったあとに、私が外へ誘導しないとな……。


「すみれちゃんなら、鏡以外の出口も探せるんじゃないのか?」

「………そうね」


 領域の出口は一つだけとは限らない。

 例えば、管理塔の主の領域は、出入り口が複数箇所あって、色々な場所や時間に繋がっている。

 逆に私の領域のように、出口が一切存在しない領域もある。


「緒鳥、この校舎に鏡は何個ある?」

「一階と二階のトイレに二つずつ、階段の踊り場に一つ、それから一階の廊下の中央にある手洗い場に三つ」


 合計八ヶ所か。


「バラバラに行動するのは危ないから、まとまって行動しましょう」

「反対だ」


 桜木先生が声を上げた。


「都市伝説、俺はまだお前を信用していない」

「確かに、鏡が本体だという保証もないじゃない」


 女性の退魔士が不安そうに言った。


「じゃあ、このまま浦島太郎になるのか?」


 緒鳥はイライラしたように言う。

 一ヶ月もここにいた彼からすれば、私の登場はこれ以上にない好機なのだ。私自身はいつでも人間を見限って元の世界に帰ることができる。

 緒鳥は私の機嫌を損ねたくないのだ。


「俺は行くぞ。お前ら勝手に喰われてろよ」

「俺も行く」


 高専生がつぶやいた。


「信用できないけど、こいつを頼る以外の脱出方法が思いつかない」


 桜木先生は舌打ちをすると、私を睨みつけた。


「もう好きにしろ」

「では」


 私は鳥籠のランプから炎を取り出して青い鳥へと変化させる。


「私が先導します」

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