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第17話 旧校舎の踊り階段(1)

 放課後、二階建ての旧校舎に入ってホウキとモップを用意する。

 命じられたのは、廊下掃除、階段掃除、トイレ掃除。教室は部活で使うので、必要ないとのことだった。

 普段はボランティア部が行う掃除だが、立て続けに体調を崩し、現在は活動停止になっているらしい。

 活動停止解除までの一週間、私に掃除をさせるということらしい。


 古い教室で、オーケストラ部の練習する音が聞こえる。リズムに合わせて体を揺らしながら、掃除をしていた。

 それにしても、校舎中を一人でするのは無理があるな。それなりに時間がかかりそうだ。終わるのはいつになることやら……。


 そんなことを考えながら、二階の廊下掃除をしていると、オーケストラ部が休憩に入ったのか音が鳴らなくなった。

 残念に思いながらも、モップかげをする。


「あれ、ボラ部じゃないよね?」


 二年生の学年章をつけた男子生徒が歩み寄ってきた。オーケストラ部だろうな。


「ボランティア部は体調不良者が続出して活動停止になっているんです」

「なんか怖いな。変なお菓子でも食べたとか」

「さあ」


 そんな会話をしていると、階段の方で女子生徒の悲鳴が聞こえた。

 私たちは声の方に走り出す。



 階段の踊り場にて、女子生徒が倒れていた。意識はあるらしく、何かから逃げようとしている。


「なんだ、あれ……」


 踊り場にある鏡から、白い人の手が伸びて女子生徒の足首を掴んでいた。女子生徒の顔色は明らかに悪く、呼吸もおかしい。


『何をしている』


 手は驚いたように女子生徒の足首から手を離して、鏡の中へ逃げて行く。


「先生を呼んでください!」

「わかった」


 私は女子生徒をおぶって、下の階に降りる。

 悲鳴を聞きつけて、他の部員も集まっていたので手を貸してもらった。


 もしかして、ボランティア部の体調不良もあれが原因とかないよな?





 駆け付けた先生方により、女子生徒は救急車で運ばれていった。どうやら、生命力を吸われてしまったようだ。

 私は先生方が外で騒いでいるうちに、鏡を調べていた。触ってみても何もない。確かに、あの手は鏡の中から出てきていたというのに。


「本校舎とこの鏡は繋がってないけど、旧校舎内の鏡とは繋がってるっぽいな……」

「それは本当か、夏目?」


 桜木先生だった。

 私は黙ってどう誤魔化そうか考える。


「無能力者でも、そういうのがわかるものなんだな」

「霊感と能力は別物ですから」


 先生はそれ以上は何も言わず、鏡を見つめた。


「鏡の中から手が出てきたそうだが、お前はどう思う?」

「現役の退魔士が無能力者の私に聞いていいんですか?」

「俺は能力はあれど、霊感は弱いからな」


 そういう人がいるのも知っている。出世せずに高校教師をやっているのはそれが理由だろうな。

 霊感が弱いから退魔士としては基礎しかできない。


「あれは、呪いの類ではないですよ」

「じゃあなんだ」

「どちかといえば、噂話系の怪異ですね。例えば、七不思議とか」

「この学園にもあるのか?」


 七不思議。

 七つすべてを集めると、恐ろしいことが起きると言われている学園最強の噂話だ。

 学校共通の七不思議もあれば、独自のものもある。


 この九条院学園の七不思議で、私が知っているのは、たったの三つ。


「『異界に繋がる裏門』『体育館の幽霊』『運動場の鯉のぼり』」

「聞いたことないぞ」

「この学園の七不思議を、一時期ガチで集めたことがあって。けれど、見つけたのはそれだけ。しかも、卒業生が密かに残したとされる『七不思議ノート(上)』に載っていたものです」

「(下)がどっかにあるのか……」

「おそらく紛失してます」


 なぜなら、(下)を持った時点で七不思議を全て集めたことになり、恐ろしいことが起こったことになるからだ。

 持ち主はおそらく、死亡している。


 誰がいつ書いたものなのかさえわかれば、七不思議の手がかりくらいは見つけられそうなものだが。


「お前、全部集まったらどうするつもりだったんだ?」


 先生は呆れ顔で私を見てきた。


「下巻がない以上、この鏡が七不思議なのかわかりません。一応、旧校舎を使っていた頃の知り合いがいるのでその人に聞いてみます」

「お前、幽霊の知り合いでもいるのか? 旧校舎を使っていた人はみんなもう百歳近いぞ。当時のことを覚えているかどうかも……」

「大丈夫、めっちゃ元気ですよ」





 というわけで、久しぶりに管理塔へやって来た。

 受付にて、元気よく働く女性が私の目当てだ。


 谷敷京子(やしききょうこ)

 二十歳になる前に結核で亡くなり、役所で働くという夢を現在管理塔で叶えている。

 もういつ成仏してもいいはずなのに、ここに留まっている変わり者。普通なら、家族に会いにそろそろ死後行き電車に乗りたくなるだろうに。


「谷敷さん、聞きたいことがあって」

「『神隠し』か、何の用だ」


 見た目はすごく若いのに、口調はばば臭い。しかし、ババアと呼ぶと怒る。


「九条院学園の七不思議についてなんですけど」

「ああ、あったね。裏門とか、神社とか」


 神社!?

 それ、私の知らないやつだ。


「けど、今と昔じゃ噂も違うだろ。もう八十年以上前の噂だぞ」

「それでいいんです、実は旧校舎で」


 事情を話すと谷敷の顔がみるみる蒼白になっていく。


「それは、多分。七不思議であって七不思議ではないナニカだね」

「七不思議じゃないんですか?」

「どこから話そうか」



 九条院学園の旧校舎には、確かに鏡にまつわる七不思議が存在した。それは、『踊り階段』。

 階段の踊り場にある大きな鏡の前で踊りを踊ると、鏡の中に取り込まれて鏡の向こうにいる自分と入れ替わってしまう、というものだった。

 踊ることと入れ替わることの因果関係は不明だが、確かに、踊り場で踊った生徒が次の日から別人のようになってしまうことが度々あったようだ。


 谷敷が在学している時に、クラスメイトの一人が階段で踊ると言い出した。その頃には噂は広まっていて、周りも当然止めた。

 しかし、彼女は踊った。次の日、彼女は学校に来なかった。次の日も、その次の日も。



「私たちが次に彼女の名前を見たのは、新聞だった。九条院学園の生徒を下校途中に襲って殺人をした。彼女は、ケタケタと笑いながらその場で自殺した」


 それから、階段の踊り場で踊る者はいなくなり、そのうち噂も消えたのだろう。

 谷敷はそう締め括った。


「でも、今の階段の踊り場は……」

「階段の鏡に取り込まれた魂は確かに存在するのだとしたら? 彼らが彷徨い、天道に行くこともできず、怨霊となっとしたら?」


 つまり、今回の事件を引き起こしたのは、かつての七不思議に取り込まれた生徒たちの幽霊ということ……?

 だとしたら。


「私が、彼らを案内します」

「やれるもんならやってみろ」


 谷敷は私の頭をくしゃくしゃと撫でて、鳥籠のランプを出すように言った。


「燃料補給してやる。今回の悪霊は取り込まないんだろ」

「そのつもりです」


 おそらく、今のランプは九条院龍太郎の魂を燃料に動いている。それがもし切れたら、私も鏡の中で死ぬことになるだろう。


「谷敷さん、あの、管理塔の主には会いましたか?」

「いや、最近は見てないな」

「もし会ったら、すみれがお礼を言っていたと伝えてください」

「ったく、素直じゃねぇな。早く仲直りしろよ」

「絶対嫌です」


 谷敷は笑って、燃料補給を終えたランプを差し出してきた。


「頑張れよ、都市伝説」

「はい!」


 結構は今晩。

 七不思議に囚われた哀れな魂は、『すみれちゃんの神隠し(わたし)』が天道へ導く。

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