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第15話 裏サイト(1)

 合同体育祭事件は、臨時休校期間であった一週間の間に絶えず報道され、九条院龍太郎の死は多くの人に悲しみを与えた。

 私は夏目として九条院の葬儀に誘われたが、身内に会いたくないために欠席した。


 そして、今は葬儀によってもぬけのからになった夏目本家の屋敷の廊下を歩いている。

 退魔士としては珍しい西洋風の屋敷で、明かりはついていないが、昼間なのであまり関係ない。


「えっと、書斎は……」

「迷子ですか?」

「うひゃあ!!?」


 気配もなく後ろから声をかけられて、私は手に持っていた鞄を落とす。声の主は小さな笑い声をあげながら、その鞄を拾ってくれた。


「あ……、ありがとうございます。菊次郎さん」

「菫子さん、今日は書斎に何の用で?」


 夏目菊次郎。

 当主である夏目慎二の末の妹で、なぜか男みたいな名前をしている。

 当主の代は私の父や菊次郎を含めて五人きょうだいだ。当主が決まった時点で夏目の名前を捨てて婿入りしたり、嫁入りしたりするので、父と彼女以外のきょうだい達は今はもう夏目の姓を名乗っていない。


 彼女は盲目で、当主のお気に入りであるため結婚をせずにこの屋敷にいる。

 けれど、今日は九条院の葬儀のはず……。


「菊次郎さん、葬儀は……」


 菊次郎は夏目では珍しく、私を悪く言わない人だ。実の母親よりも私を庇ってくれた。小さい頃はよく遊んでくれたし、会うたびにお菓子もくれた。

 Sランクになってからは、あまり会う機会もなかったけれど。


「体育祭会場に結界を張ったのは、九条院龍太郎。そうですよね、すみれちゃん」


 ああ、そういえばこの人は気配にとにかく敏感で、術式の痕跡だけで人を特定できて、耳がとてといい。


「あの鳥から、菫子さんの気配がしました。九条院の死体の近くでも、何より、蜘蛛が三階で暴れていた間、三階には菫子さんの気配はありませんでした」


 菊次郎は淡々と事実だけを話す。

 事実を知った九条院は、私を見下して、すぐさま殺すことを決めたというのに。


「ずっと心配でした。私が認知する前に、菫子さんが死んだんじゃないかって。でも、蜘蛛が残り二体になったころ、生存者はもういないはずの三階に突然、菫子さんが現れた」


 そこでようやく、菊次郎は笑った。そして、私を抱きしめた。


「本当に、ホッとしたんです。だって、結界を張ったのはあの九条院ですよ。彼相手に喧嘩を売りに行って、帰ってくるなんて……」

「私は都市伝説で、怪異と手を組んでたんだよ」

「九条院は人間ですが、たくさんの人を殺しました」


 それに……と菊次郎は続けた。


「九条院を殺したのは貴女ではないのでしょう?」

「はい、知り合いの人がやりました」


 菊次郎にとっては、私が何者だろうと怪異と繋がっていようの関係ないらしい。気配に敏感で、人の本質を見抜くのが得意な彼女ならではの感性だろう。


「菫子さん、その人とどういう関係なの?」

「あの人とは……」



『大嫌い!』



 あのクリスマスの日から、一度も会っていない。


「ただの、知り合い。えっと……、九条院の時は私、意識なくて知らない間にあの人が倒してた。直接会ったのは、二年前のクリスマスが最後」

「クリスマス?」


 もし相手が雛なら、目を輝かせて何があったのか根掘り葉掘り聞いてきただろう。

 しかし、目の前の菊次郎はただ心配そうな顔をしているだけだった。


「えっと、あの人が私を都市伝説にしたの」

「そう。それで、菫子さんはその人のことどう思ってるの?」

「嫌い……もう、二度と会いたくない」


 なぜか、涙が溢れてくる。


「アイツなんて大嫌い、いつか女の人に刺されてしまえばいいのに。大嫌いなのに……」


 助けてくれると信じて、命を懸けて時間を稼いだ。本当に来てくれたときは嬉しかった。まだ、私を助けてくれるくらいには気にかけてくれるのだと。


「大好き………」


 菊次郎は私の涙をそっと拭った。


「ありがとう。私はそれが聞けただけで満足です」

「あの、お父さんたちに私のこと話しますか?」

「いいえ」


 とりあえず、ホッとした。

 今の私では、夏目の人たちには勝てない。優たちを危険に巻き込むのも嫌だ。


「それで、提案があるのですが」

「?」

「私も、共犯者にしてください」

「!!」


 それって、どういうことだ?

 そもそも、信用できるのか? 夏目のスパイとかだったらどうする? 管理塔のことは話すべき?


「信用できないですよね」

「は、はい」

「困った時に頼る、程度でも結構ですよ」

「は、はあ」


 菊次郎は歩き出す。


「書斎はこっちですよ」





 書斎にて、都市伝説についての本を探す。


「何を調べるつもりで?」

「都市伝説としての能力は、鳥籠のランプという道具に依存しているのですが、力が発現したばかりで上手く扱えず……。特訓しようと思いまして」

「それと都市伝説とどういう関係が?」


 私は都市伝説図鑑という本を開いてページを捲る。私はどんな領域でも脱出することができる。しかし、行き方を知らなければ意味のない能力だ。


「都市伝説の領域で、特訓しようと思って」

「面白そう。私も協力していいですか?」


 はたして菊次郎がついてきたら、特訓の意味はあるのか……。だが、危なくなったら助けてもらえるかもしれない。


「最初はどこに行くつもりですか?」


 私は都市伝説図鑑のとあるページを見せる。

 昔、彼に連れて行ってもらったアブナイ場所。


「きさらぎ駅です」





 菊次郎ときさらぎ駅に行く約束をした。

 しばらくは忙しいらしく、夏休みの手前くらいになりそうだ。


 今日は久しぶりの登校日。

 ようやく、休校期間が終わった。


「おはよう」

「おはよう、すみれ」


 雛は花束やお菓子が置かれた机を見た。

 白団は被害が少なかったとはいえ、それなりの死者はいた。他の団の学校がどうなっているのかなんて考えたくない。


「おはよう、お前らー」

「桜木せんせぇー、大丈夫ですかー?」


 葉加瀬が手を挙げて聞いた。

 先生の目の下には大きな隈があり、明らかに前会った時よりもやつれていた。腕には包帯が巻かれており、頬にも絆創膏が貼ってあった。


「大丈夫だ」


 先生は力強くそう言うと、手に持っていたプリントを見る。


「九条院学園の死者は49名、現在は125人が入院している」


 これで少ない方なんだからとんでもない。

 あの蜘蛛、実際あの場にいた怪異たちが協力して倒していたらもっと被害は少なかっただろう。私の声に反応して我慢してくれた怪異には感謝しかないな。

 怪異が蜘蛛と戦えば、被害は減ったかもしれないが事態はよりカオスになっていただろう。


「それで、来年度からは一般人の観覧はなしにして生徒だけで行うことになった。引き続き警備班は出るし、テレビ取材での生放送もある。ああ、今回生徒の死者を多く出す原因となった屋台も廃止だ」


 イベントとしてはかなり味気ないものになりそうだ。もう二度と悲劇を繰り返さないためには必要なことなんだろうが。


「それから、一つ質問なんだが」


 桜木先生は私たちの顔をぐるっと見回した。


「この学校、裏サイトとかないよな?」

「聞いたことありません!」


 学級委員の田中が真っ先に否定した。


「裏サイトといえば、星条学園がヤバいって話本当ですか?」

「え、星条……?」

「そういえば、夏目のセフレ、星条だったよな?」

「セフレじゃないって言ってんでしょ浅葱蓮」

「そのセフレ、ガチなら退学ものだぞ夏目」

「先生まで!!」


 私は雛の方を見て尋ねる。


「ヤバいって?」

「裏サイトにアクセスして自分の名前を見た学生は、事故に合うっていう噂が星条学園で流れてるらしくてね。実際に、原因不明の事故が休校期間中に多発したって」

「エグ」


 クラスのお調子者である日野が思わずといった感じで声を出した。


「そう。九条院学園にも似たようなことがないか気になってな。それから、夏目は星条学園のことには口を出さないように」

「私がそんなキャラに見えますか、先生?」

「お前は腐っても夏目の人間だ。特に、お前は“あの”夏目菊次郎と瓜二つらしいからな」

「お褒めにあずかり光栄です」


 菊次郎は学生時代に、あらゆる学校の七不思議や怪談に首を突っ込んでは停学処分をくらっていた過去がある。

 顔立ちだけでなく、実は性格もそっくりな我々は知らない間に危険人物扱いされていたらしい。


「夏目家のエクスカリバー抜いたのは、菊次郎とお前だけだと慶一郎から聞いたぞ」

「余計なことを……!」

「字面だけでおもろいんだけど、お前何したの?」

「子供の時の話だから!」


 日野の追い討ちにあって私は耳を赤くして言う。


 その後しばらく、クラス内で勇者というあだ名がついた。

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