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第14話 合同体育祭(5)

 私は白団の団席へと戻って来た。

 血まみれの生徒や、怪我をしている者も何人かいる。………いない人もいた。


「すみれ!!」


 雛が抱きついてきた。

 傷だらけの桜木先生が安堵の表情を浮かべる。


「生きていてたか、夏目」

「三階にいて到着が遅れました」


 この会場はトラックと団席がある一階と、一般人用の観覧席のある二階と三階に分かれている。三階にはVIP席もあったはずだ。


「三階………」

「よく無事だったね」

「隠れてたの」


 そういうことにしてるからな。

 三階は確かに二階と比べても死体が多かった。そういう反応にもなるだろう。


「それより、雛も無事だったんだ」

「退魔士志望の生徒は、試験官の退魔士が近くにたくさんいたから無傷の人多いよ。それより、観覧席にいた人たちの方が……」

「警備班が全滅して被害が拡大した場所もあったらしい」


 浅葱蓮(あさぎれん)が隣でボソリと呟く。

 三人で話した朝が遠い過去のようだ。


「夏目菫子だな。話がある」


 桜木先生に連れられて、一人の退魔士が近づいてきた。灘千隼。やはり、気づかれていたのか。


「菫子ぉおお!!! 無事だったかぁ!!」

「慶一郎、もう少し声抑えろっ」


 慶一郎兄さんが駆け寄ってきて、千隼を見て警戒したように睨みつけた。


「妹に何か用か?」

「………少し二人きりで話がしたかっただけだ」


 遅れて駆け寄ってきた風磨(ふうま)は私の頭をわしゃわしゃと撫でた。


「どうして二階にいなかった!? 二階の結界にお前がいないってわかった時は肝が冷えたぞ!」

「あまりの怖さに思わず三階に……」

「はあ!? 三階!?」


 どんだけ三階ヤバかったんだよ。

 灘千隼だけは無言で私を見ている。終わった。今からグッバイするかもしれない。折角、彼が九条院を倒してくれたというのに。


「別に怪我してないから!」

「三階にいて無傷……? すごいね、それは」


 千隼がめっちゃ深掘りしてくる!


「はぁ、とりあえず無事で良かった。俺らはもう戻るから、菫子はちゃんと家に帰るんだぞ。今日みたいな日はこの前みたいに夜遊びは……」


 そこで慶一郎はとあることに気づいた。


「そういえばあの時の星条学園の男って誰!」

「えっ!? 星条学園の男!?」


 雛が目を輝かせて迫ってきた。

 「へぇ〜」と葉加瀬(はかせ)がニヤニヤ笑いながらにじり寄ってきた。なぜか浅葱蓮も私を凝視している。


「ただの友達だよ……」

「“男”の友達と“夜遊び”してたんだ?」

「セフレっことか?」

「黙れ浅葱蓮」


 わーわー言い合う私たちを見て、千隼は何かを諦めたように桜木先生に「先に戻る」と告げた。

 危機は去ったようである。



 私が戻って一時間経っても、他のクラスメイトは戻ってこなかった。みんなは怪我で動けないだけだよと励まし合っていたが、思わず泣き出す者もいた。

 浅葱蓮の取り巻きの一人も戻って来なかった。


 そんな中、先生に電話がかかってきた。


「なに!? 九条院さんが!?」


 九条院の死体が見つかったのか。

 あの場からわかることと言えば、怪異が複数体いたことと、九条院が人間に殺されたことくらいだ。

 だが、それは大きな問題になる。藤沢高校の正門の怪異に引き続き、人と怪異が手を組んだ事例が確認されることになるのだ。

 しかも、前回とは異なり明確な殺意で人を殺した。

 九条院がこの術式を発動させたことは、おそらく解明されないだろうし。


「何かあったんですか?」


 体育委員の美雪が不安そうな顔で聞いた。


「……あまり口外しないで欲しいが、外で九条院龍太郎の死体が発見された。おそらく、人間が殺したのだろうと」


 生徒の間に更なる不安が伝播する。

 最強の退魔士の死と、それを越える人間が敵対しているという事実。確かに恐ろしい。


「会場近辺の安全は確保されたらしいから、怪我をしていない者は速やかに帰宅するように」





 そう言われて自力で帰ることができる人はかなり少なかった。会場にはドクターヘリや救急車が大量にやって来て、ブルーシートが引かれただけの野晒しの場所で怒声が飛び交っている。


「葉加瀬たちはあの時どうしてた?」

「私たちは白団の団席にいて、すぐに結界を張ってもらえたの」


 葉加瀬の代わりに美雪が答えてくれた。

 最初に蜘蛛が発生した赤団の団席では、かなりの死者がいたそうだが、白団の団席では比較的被害が少なかったようだ。

 白団の犠牲者の多くは、団席を離れて買い食いをしていた生徒だという。


「運が良かっただけよ」


 会場を出ると報道陣が絶え間なくカメラに向かって話していた。


「あの、うちの人が迎えに来てくれるみたいなんだけど、良かったら送って行こうか?」


 美雪がその場を離れて駅に向かおうとする私たちの後ろ姿に声をかけてきた。

 あの事件のあと、友達を見送るのは不安だろう。

 言葉に甘えることにした。


「学校、臨時休校らしいね。再開も未定だし」

「怖いよな〜」

「九条院龍太郎も死んだし……」


 車の中でそんなことを話す。

 それにしても、リムジンなんて初めて乗ったぞ。美雪の実家すごいな。さすが財閥のご令嬢だ。


「お嬢様が無事でよかった」


 運転手がボソリと呟いた。


「そういえば、いつもの運転手は? お母様の執事をしていたでしょう?」

「………奥様はサプライズと言って、会場のVIP席に」

「………え?」


 美雪が言葉を失った。

 VIP席があるのは、被害が甚大だった三階だ。おそらく、美雪のお母さんは………。


「だ、大丈夫よ。すみれだって、三階にいて帰って来たもの」

「つい先程、旦那様のところに奥様が亡くなったとのご連絡が。ご友人を送り届けた後、遺体安置所へ行きましょう」

「…………うん」


 私たちは何も言えなかった。

 慶一郎からは、夏目の人間で死んだ人はいないと聞いたし、風磨もピンピンしていたし、雛の家族も葉加瀬の家族も今日は忙しくて来ていなかったようだ。

 今はただ、側にいることしかできない。



「ありがとう、美雪」

「うん」


 弱々しく笑った美雪に私は小さく手を振って、黒いリムジンを見送った。



   ◇◇◇



 死体を全て運び出して、会場内を見回り終わった灘千隼は九条院龍太郎の死体が安置されている部屋へと入った。


「遺体の状態は?」

「実に綺麗な切り口だ」


 退魔局の医師であり、Sランクでもある加賀が九条院の腰回りを指差した。

 確かに、見たことがないほど綺麗に真っ二つにされている。


「剣か刀でやられたな」

「術者とぶつかったのでしょうか……」

「事件直後に現れた青い鳥との関係は?」


 口を開いたのは、夏目家当主である夏目慎二(しんじ)だ。夏目風磨の父親でもある。


「あれは、都市伝説『すみれちゃんの神隠し』です」


 千隼は口を開く。この部屋にいる者の中で、『すみれちゃんの神隠し』に会ったことかあるのは千隼だけだ。


「根拠は?」

「彼女の気配がした。現に、あの鳥が現れた一瞬だけ、蜘蛛の怪異は動かなくなった」


 それは、あの青い鳥が蜘蛛の怪異よりも格上だったことを意味する。


「都市伝説は、この会場にいたと? 怪異なのに?」


 千隼は迷った。

 夏目菫子が『すみれちゃんの神隠し』という確信はない。それに、夏目家は彼女を嫌っている。もし、彼女が都市伝説だとわかれば最悪命はない。

 彼女は確実に、あの時外に出ていたはずだ。つまり、九条院の死の真相も知っているはず。それを聞き出すまでは、話せない。


「怪異だって、外にはいます。現に、蜘蛛の怪異はここに現れた」

「ただの怪異と都市伝説とでは訳が違う」


 扉の開く音と同時に明るい女の声がした。


菊次郎(きくじろう)。聞こえていたのか」

「兄さん、そんな大声で会話してたら嫌でも聞こえますよ」


 盲目のSランク退魔士、夏目菊次郎。

 慎二の歳の離れた妹で、千隼とは二つしか歳が変わらない。能力かは不明だが、耳がよく、気配に敏感だ。


「お前の気配探知には引っかかったか?」


 慎二は少し表情を柔らかくして言う。彼女があの鳥を都市伝説だと断言すれば、ここにいる者も信じるだろう。

 しかし、身内の気配をもし同時に感知していたら?


「あれは間違いなく『すみれちゃんの神隠し』でしたよ」


 千隼は冷や汗をかいて、彼女の次の言葉を待つ。


「とんでもなく強力な怪異ですね。しかし、鳥の消滅後すぐに、会場からの気配はなくなりました」

「それだけか? お前ともあろう者が」

「申し訳ありません」


 菊次郎は飄々としている。

 嘘をついているようには見えない。けれど、彼女がたったそれだけの情報しか手に入れられないなんてことあるのだろうか?


「………龍太郎さんの葬儀、私は欠席します」

「何を言っているんだ、お前は」


 その場にいる全員の声を代弁したように、慎二が菊次郎に言った。

 この国を支えてくれた英雄の葬儀に出ない?


「ええ、急な用事を思い出したので」


 まだ葬儀の予定も決まっていないのに、それは無理があるだろう。

 菊次郎は九条院の死体には一度も顔を向けないまま、部屋を出て行った。


「千隼、一度都市伝説に遭遇したのはお前だけだ」


 加賀がため息混じりに呟いた。


「都市伝説『すみれちゃんの神隠し』の極秘捜査を、お前に任せる」


 手がかりはある。

 まずは、夏目菫子。彼女に接触する。





 退魔局の廊下を一人で歩いていると、知らない屋敷にいた。

 平安貴族が住んでいたとされる、寝殿造の屋敷だ。

 退魔局にいてここに飛ばされるということは、彼が呼んだということ。千隼は、来るのは初めてだ。


「こっちだ」


 廊下に、如何にも高貴そうな着物を着た男が立っていた。


「お初にお目にかかります。灘千隼と申します」

「知っている」


 千隼は跪き、顔を上げない。上げることを許されていないからだ。


「九条院龍太郎の件、奴は誰が殺したと思う?」

「みなは『すみれちゃんの神隠し』と繋がった人間の誰かが殺したのだろう、と」

「お前は?」

「私は………」


 言葉に迷って、千隼は断言する。


「私は、彼女がそのようなことをするとはどうしても思えず」


 だって彼女は、千隼に道を示してくれた優しい人だから。

 信じたいんだ。彼女は悪い都市伝説ではないと。


「そうか。『すみれちゃんの神隠し』の捜索、お前に全て一任する。必要があれば、俺も協力する」

「…………は」

「それから、わかったことは全て俺に報告しろ」

「承知致しました」


 気づけば、退魔局の廊下にいた。

 『すみれちゃんの神隠し』は天の名の下に暴かれるのか。

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