第13話 合同体育祭(4)
まずい、すみれちゃんが殺される………!
僕が弱かったせいだ。せっかく怪異になったのに、まだなんの役にも立っていないじゃないか!
「死ね」
「あー、ちょっと待った」
九条院の剣が粉々に砕けたのが見えた。
それと同時に九条院の背後にすみれちゃんをお姫様抱っこしたとある人物を確認する。
見えなかった。
剣を砕いた瞬間も、すみれちゃんを抱き抱えた瞬間も、何も。
「誰だ、貴様は……!」
「あれ、俺ら初対面じゃないよな……? ま、いっか」
「星条、さん………?」
俺は思わず声を漏らす。
今思えば、すみれちゃんは最初から勝ち目がないことくらいわかっていたはずだ。
なのに、逃げずに立ち向かった。普通なら、逃げて退魔局に連絡するなり、保護してもらうなりできたはずなのに。
まさか、この人が来るまでの時間稼ぎを……?
「ランプが壊れた気配したから、急いで仕事やめて来てみたら、九条院が俺のすみれちゃん虐めてるんだもん、驚いたよ」
「せい、じょう………? まさか、貴方は……!」
九条院と知り合いなのか?
一体、何者なんだ。というか、フラれたのに「俺のすみれちゃん」とか言うのやめろ、後で怒られるぞ。
「オオカミ先輩、あの人って」
「知らない人だ」
管理塔に出入りしてたから、てっきり知っているかと思ったけど。
星条は地面で弱々しく燃えていたランプの炎だった火の玉を持ち上げる。
「あと、もって三分か……。俺が来なかったら、どうするつもりだったの、すみれちゃん」
星条はすみれちゃん愛おしそうに見てから、灰崎の近くに丁寧に置いた。
それから僕の前まできて、火の玉を渡す。
熱いと思ったけど、すごく冷たかった。そういう性質なのだろうか。それとも、燃料がないから?
「ちょうどいいや、お前を燃料にするよ」
そう言って星条が見たのは、九条院龍太郎。
おそらくまだ、無敵の時間だ。いくら何でも無謀すぎないか?
「九条院、お前はこの国のために本当によくやってくれた。俺はお前に期待してたんだ。すみれちゃんをこんなにしたお前だけど、好きな死に方を選ばせてやる」
頭上を何かが横切って、太陽をそのまま遮った。
現れたのは、一羽の鳥……否、竜。
「飛竜 ……!?」
西洋ではワイバーンと呼ばれ、恐れられている人喰いの怪異だ。その飛竜はなぜか武装しており、背中にはライフルが装着されていた。
「コイツにぶっ飛ばされて死ぬか、俺にぶっ飛ばされて死ぬか、好きな方を選ぶといい」
怪異に殺された最強の退魔士になるか、人間に殺された最強の退魔士になるか。
どちらにせよ、死ぬことによってその最強伝説に大きな汚点がつくことになる。九条院龍太郎が死んだということは、無敵が突破されたということ。
そして、この飛竜も星条も、九条院の無敵を突破できると確信している。
「意外ですよ、貴方もそこの小娘と同じように怪異と協力するとは」
「お前、馬鹿だな」
星条は冷たい瞳で飛竜を見た。
「俺にとって怪異は道具だ。別に死のうが構わない。俺が道具を大事にしてるのは、そこのお嬢さんが口うるさいからだよ」
「貴方とは気が合いそうです。死ぬなら、せめて貴方の手で」
星条は「そうか」と短く呟いて、消えた。
目の前には、どこから取り出したのか刀をしまう星条と、普通に立っている九条院がいる。
「ふ、お見事です」
九条院が、腰から真っ二つに分かれて絶命する。
星条は冷たい瞳のまま、天へと向かおうとする九条院龍太郎の魂を掴んだ。
「これで一安心」
そう言うと、壊れた鳥籠のランプを持って僕に近づく。
思わず星条の顔を眺めていると、彼は僕が持っていた火の玉を鳥籠のランプへと戻した。
見ると、鳥籠のランプは綺麗に元通りになっている。いつの間に直したんだ。
そして、星条は手に持っていた九条院の魂をランプの中へと突っ込んだ。
弱々しかった火種は魂を燃やして、通常通りの勢いを取り戻す。
燃料って、人魂だったのかよ……!?
そこまですると、星条は満足したのか僕たちを笑顔で見つめた。
「ご苦労さん。俺はもう行くけど、術式抜けた人間がいるって怪しまれるといけないから、中にワープさせるな?」
「あ、えと、ありがとうございます?」
「人いないとこに飛ばすけど、すぐ人間の姿に戻れよ?」
星条はそう言うと指を鳴らした。
人の姿にすぐに戻って辺りを見回す。
血溜まりの中で、たくさんの人が倒れていた。全員、死んでいる。遠くではまだ悲鳴が聞こえていた。
「無事ですか?」
「骨いった……」
灰崎と呼ばれていたウサギの先輩は、骨が折れたにしては元気よく立ち上がる。
オオカミ先輩も立ち上がって、未だに意識が戻らないすみれちゃんをおんぶする。お姫様抱っこにしなかったのは、おそらく星条が怖いからだろう。
「行こうか」
会場は地獄絵図だった。
各所に退魔士が張った結界があり、その中に一般人は非難している。
退魔士にも犠牲者はでているらしく、スーツを来て武器を持ったまま倒れている人間が何人かいた。
しかし、蜘蛛の数は残り二体で、退魔士はかなり頑張ったようだ。
「えっと、さっきの星条って退魔士なのか?」
人の死体は多いが、蜘蛛はいなくなって一応安全であることを確認した後、灰崎がポツリと呟いた。
僕は、星条に最初に会った時に「退魔士か」と問いかけたことを思い出した。その時、あの人は確かこう言ったはずだ。
『俺は確かに退魔局にコネがあるけど、退魔士ではないよ。俺が祓うのはどっちかっていうと人だから』
確かに彼は人を……九条院を祓った。
何やら彼とは知り合いだったようだし、退魔局にあるコネとは九条院のことだったのだろうか。
いや、それ以外にも必ずなにかある気がする。
「とりあえず、あの人はすみれちゃんの元カレ……的ななにかとだけ……」
「ああいうのがタイプなの?」
「意外だぁ」
いかにも男子高校生らしい会話をしながら、僕らはため息をつく。
みんな、考えていることは同じだろう。
勝てなかった。手も足も出なかった。それがすごく悔しい。
「てか、どうやって言い訳するよ?」
「怖くて隠れてたって言おう」
「すみれちゃんは?」
「えっと、緊張しすぎて血を吐いたって」
「無理あるでしょ」
僕らは悔しさを誤魔化すように話す。
その時、すみれちゃんがかすかに目を開けた。
「九条院は……?」
「星条さんが倒してくれたよ」
人魂をランプにぶち込んだことはとりあえず黙っておこう。明らかにランプの炎の勢いとすみれちゃんの能力が連動してたけど、それはまあそうだろうなで終わる。
問題なのは、なぜ炎の勢いが弱まったと同時にすみれちゃんは吐血してぶっ倒れたのかということ。
めっちゃ聞きづらいけど。
「そう、あの人が……」
すみれちゃんは安心したように笑って、オオカミ先輩に下ろすように伝えた。
ちゃんと立てるか心配だったけど、しっかりと立って周囲を見回す。
手に持っていたランプをどこかへ消すと、退魔士が蜘蛛と戦っている方を見た。
「体育祭は中止ね」
「来年もあるのか怪しいな」
「折角最後の体育祭だったのに。ねぇ、灰崎?」
「西宮楽しみにしてたもんな」
「オオカミ先輩、西宮って言うんですか?」
「そうだよ、言ってなかったっけ?」
すみれちゃんは、最後の蜘蛛の怪異が倒されたことを確認してトボトボと歩き出す。
「勝てなかったなぁ……」
僕らがずっと思っていて、それでも口にしなかったことを呟いた。
「悔しいね」
「仕方ない……と言いたいところだが、アレを見た後だとな」
灰崎は星条のことを思い出しているのか、遠い目をした。無敵を突破できる星条とあの飛竜は、当然僕らでは突破できないだろう。
「あの飛竜に師事したら、B29くらいは撃ち落とせるようになるかな」
「飛竜って、東のこと?」
「えっと、背中にライフル背負ってたけど……」
「管理塔で特に強い怪異を管理塔十傑って呼ぶんだけど、東はその一人」
優くんごときじゃ一生かかっても勝てないよーと言われた。なんかムカつくな。
というか、つまり星条ってその管理塔十傑を「道具」呼ばわりして従えてたことになるけど……。
あれ、おかしいな。まさかだとは思うけど。
「もしかしなくても、星条さんって管理塔の主?」
すみれちゃんは、笑って唇の前に人差し指を持っていく。黙っていろってことか。
確かに、管理塔の主が人間だなんて……人間なのか? あれ、あの人マジで何者なの?
「ま、この後は多分九条院は『すみれちゃんの神隠し』に倒されたことになるから、私の格もまた一段上がるわけね」
「いや、すみれちゃんしか得してないじゃん!」
僕らの頑張りは!?
「これはもう、十傑も夢じゃないかも……!?」
「くそ、僕も負けてられない」
「程々に頑張ってね」
「西宮も筋トレくらいしたら?」
「えぇ………」
『最後の怪異が討伐されました。自力で動ける生徒の皆さんは、自分の団席へ戻ってください。一般の方は正面出入り口のロビーにお集まりください』
アナウンスが聞こえて僕らの行くべき場所がはっきりする。
軽口を叩き合いながら、僕らは自分たちの団席へと向かって行った。
この後、退魔士たちが激動の時代に突入することも知らずに。




