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第12話 合同体育祭(3)

「灰崎!」

「来たか!」


 灰崎は蜘蛛を蹴り飛ばして、私と並んで走り出した。


「出口は!」

「こっち!」


 私は複雑に絡み合った術式を、順番に踏み潰すように走って行く。一見、同じところをぐるぐるしているように見えても、これは術式を無効化するために必要な儀式だ。

 それを理解している灰崎は何も言わない。


「すみれちゃん!」

「スミレ!」


 西宮と優が合流してくれた。

 私はついてくるように合図する。


 そのまま、スタッフ用の通路へ続く扉へと向かう。

 しかし、鍵がかかっていた。


『開け』


 ランプの中の鳥が話すと、ガチャリと音がする。そのまま四人で走り出した。


「この先に、荷物を搬入する用の出入り口がある。そこから外に出られるはず!」

「さすがすみれちゃん!」


 優はそう言うと、怪異へと姿を変えた。

 黒豹のように見えるが、牙や爪は明らかに黒豹より鋭利である。


「見えた、あそこ!」


 外はセミの鳴き声がうるさくて、他に人がいる気配はない。とてもうるさくて、とても静かだ。

 そこに、一人の男が立っていた。


「おかしいですね。僕の術式を抜けて来るとは」

「何で貴方が……」


 Sランクの退魔士の中で最強と名高き、九条院龍太郎。

 一族が九条院学園の理事長を務める由緒ある家系で、夏目よりも長い歴史を持つ。


「あなたたち、人間ではない……と言いたいところですが、貴女は夏目の出来損ないではありませんか」


 私は鳥籠のランプを前へ構える。

 術式の突破は得意だが、戦闘能力は皆無に近い。鳥籠のランプは武器としてはまだ十分に扱えない。

 だが、鳥籠のランプに傷がつけば、さすがの彼でも気づいてくれるはずだ。


「不愉快ですね、無能力者と怪異ごときに僕の完璧な結界が破られるとは」

「…………ふ」


 私は思わず笑ってしまった。


「何がおかしい」

「貴方の術式、ちっとも完璧じゃなかった。穴だらけで抜け道を探すのは簡単だったから」


 九条院は無言で腰につけていた剣を抜いた。


「そういう貴女も、完璧な人間とは言い難いようだ」

「退魔士がどうして人殺しを?」

「貴女が僕に勝ったら、教えてあげましょう」


 九条院は踏み込む。

 しかし、すぐに後方へ飛んだ。少し遅れて、灰色の何かが九条院が立っていた場所へ攻撃を仕掛けていた。

 二本足のウサギがいた。武闘兎と呼ばれる怪異で、かなり好戦的。戦闘センスは怪異の中でもトップクラスだ。

 まあ、灰崎なんだけど。


「殺さないように倒さないとなぁ? 殺したら話せなくなるもんなぁ」

「そうだね」


 西宮も人狼の姿へ、そしてさらに四足歩行のオオカミの姿へと変化する。獣化だ。


「怪異と協力するなど、人間の風上にも置けない」

「貴方が言えた口ですか?」

「僕は彼らを仲間などと思っていない。彼らは道具だ。壊れても構わない」


 私は鳥籠のランプから鳥を出すか迷う。

 燃料にはまだ余裕があるが、それが尽きたら負けが確定する。だが、あの三人だけで九条院が倒せるとは思えない。


「貴女はかかって来ないのですか?」


 馬鹿にしたように九条院が笑う。

 無能力の私に、何ができると言うのか……。





『これはね、魔法のランプなんだよ』

『まほう?』


 ああ、どうしてこんな時に、思い出してしまうのだろう。泣きじゃくる私に、彼はそっと手を置いてこのランプを渡してくれた。


『このランプは君自身。君が弱ければ、このランプは弱いままだし、君が強く願えば何だってしてくれる』

『むのうりょくのわたしでも?』

『すみれちゃんは、無能力なんかじゃないよ』


 彼の手は大きくて暖かかった。





「行こうか!」

「ぴぃーー!!!」


 私の体が青い炎に包まれる。

 炎の下から現れたのは、管理塔の職員が着ている黒いフード付きの制服。

 私は都市伝説『すみれちゃんの神隠し』。

 都市伝説とあろうものが、自分の領域を持ってすらいないなんて有り得ないだろう。


「完璧な領域のお手本、見せてあげる」


 私を中心に青い炎が円を描くように広がる。

 世界が作り変えられていく。


「これは……」


 私が怪異の街へ迷い込んだ始まりの場所。

 夏目家がずっと管理してきた、瑞鳥を祀る神社。


「夏目神社か!」


 私の青い鳥は大きく、気高く、本殿の屋根にとまった。


「さあ、私の術式を抜けることができますか?」

「………!」


 地面から現れた鎖に足を取られて、九条院は強く踏ん張った。すぐに鎖を断ち切って体勢を立て直す。

 私は休む暇を与えずに、ランプを揺らす。

 神社の土が盛り上がり、土人形へと変化する。


 領域に慣れた灰崎たちも、それぞれ九条院の攻撃を開始する。

 九条院は土人形を剣で切り捨てた。しかし、崩れた土はすぐに再生して九条院を殴り飛ばす。

 九条院は灯篭にぶつかり、よろよろと立ち上がる。頭からは血が流れていた。


「なるほど、これが怪異が作り出すという領域か。確かに厄介ですね」


 退魔士は領域の存在は知らないはずでは…?


「貴女たちは怪異ですから、管理塔というものは当然存じているでしょう。どうです? 取引をしませんか」


 取引……?

 何を言い出すんだこの人は。


「僕は管理塔の主とやらに興味がある。それについての情報をください。そうしたら、貴女が怪異と協力していたことは黙っていてあげましょう」

「まるで自分が勝つのが確定したみたいな言い方ね」

「僕が無能力者ごときに負けるわけがないでしょう」


 管理塔の主についての情報……。

 私が知っていることといえば、人間が好きだということと見た目くらいなものだ。

 どういう怪異なのか、いや、そもそもあれは怪異なのだろうか。少なくとも、平安の時代くらいからは存在していたようだけれど。


「教えることなんかない」

「そうですか。残念です」


 次の瞬間、優たちが吹き飛ばされた。

 私は結界を作って防御する。しかし、その結界も破壊されてしまった。

 領域にまだ慣れていないせいか、それとも才能の差か。どちらもだろうな。


 鳥籠のランプに少し傷が入っていた。

 あとは、時間を稼げば……。私たちは助からなくても、会場内にいる生存者は助かるはずだ。


「みんな大丈夫!?」


 こんな時、回復の能力を持っていれば……。


「なんとか……」


 優の声が返ってきてホッとする。

 やはり、最強の退魔士相手は難しい。こちら側に実戦経験が豊富な者が少なすぎる。時間稼ぎが辛うじてできる程度だ……。

 あれほどなりたくなかった退魔士に、なりたいとすら思ってしまう。


「みんな、避けて!」


 青い鳳凰が本殿の上から炎を飛ばす。九条院に直撃し、結界が割れた音も聞こえた。

 今の私が出せる最大火力だ。


「やっぱり、そうなるわよね……」

「屈辱ですね。能力を使ったのはいつぶりか。こんな無能力者の小娘ごときに」


 九条院龍太郎の能力は【無敵】。

 時間制限とクールタイムがあるものの、一時的に如何なる攻撃も通さない無敵の肉体を手に入れることができる。

 確か、時間制限は五分だったか。


「五分後に全て決める」

「やれるものならやってみなさい」


 この五分、無敵の九条院は攻撃に徹する。

 対してこちらは、能力が切れる五分間だけ全て防御に徹する。

 九条院は真っ先に、灰崎の腹に蹴りを加えて吹き飛ばし、西宮の肩を切り付け、優に退魔の術式を打ち込んだ。

 完全に戦闘不能だ。

 ここからは、私と彼の一対一。


「ずっと考えていました。なぜ、無能力者の貴女が僕の完璧な術式を突破できたのか……。僕の術式が完璧ではなかったから……? 違うでしょう」


 九条院は勝ちを確信して余裕たっぷりだ。

 私も時間稼ぎをしたいため、その話に乗っかることにする。


「そこまでして、自分が不完全だと認めたくないの?」

「怪異の力を借りているから? 不思議な道具を持っているから?」


 九条院は本殿の少し手前で立ち止まる。


「違う」


 彼の顔は今までの穏やかで余裕たっぷりの笑みとはかけ離れた、侮蔑と怒りの表情に染まっていた。


「あらゆる術式を突破し、決して惑わされることがない。そんな馬鹿げた能力に一つだけ心当たりがある。そして、貴女の名前は夏目菫子」


 五分が経った。

 私は青い鳳凰に再び炎を浴びせた。

 しかし、違和感を覚える。結界を張った気配がしなかった。なぜ………。

 炎の向こう側から、無傷の九条院が現れる。


「すみれちゃ………にげ……」

「人間だったんだな、都市伝説『すみれちゃんの神隠し』」


 私は地面に膝をついて、血の塊を吐いた。

 今まで着ていた管理塔の制服も、元の体操服へと戻る。

 青い鳳凰は弱々しい火の玉になり、同時に領域が消える。燃料切れだ。


「SSSランクの都市伝説を倒した英雄として、後世に語り継がれるとでもしましょうか」


 ああ、終わった………。

 斬りつけられるその前に私の意識は途切れた。

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