第11話 合同体育祭(2)
昼が過ぎ、今日の目玉である団対抗リレーの番になった。
私は第七走者である。かなり序盤の方だが、なぜか対戦相手が全国レベルの猛者ばかり。
「すみれー、がんばー!!」
団席から雛の声が聞こえた。
クラスメイトたちも続々と声援を送ってくる。そういうのいいから帰らせて……。
『バトンはそろそろ第七走者に引き継がれます! 一位赤団、二位青団、三位黄団、四位白団』
私は最後にバトンを受け取って、走り出す。
遅いな。こんなの、『白いソアラ』に乗った管理塔の主に追いかけ回された経験に比べればどうってことない。
『白団、今、一位に躍り出ました!! 大逆転です!! 白団、速いです!!』
白団の団席から歓声が上がる。
そのまま、次の白団に渡す。
私はそのまま立ち止まって肩で息をする。
全力疾走は久しぶりすぎる。
一息ついたところで、二位の赤団が通り過ぎていった。
あれ、私目立っちゃった……?
無事に白団が勝ちました。
団席に戻ると雛が抱きついてきた。
「凄いよすみれー!」
「なんで陸上部じゃねぇんだよ」
「日本記録取ったろ今」
「相手、今度オリンピック出るんだよ!?」
私は無言の笑みで全てを誤魔化した。
どんなに足が速くても、私は夏目に認められることはない。
ただ、今はこの空気を楽しもう。
しかし、あまりにもチヤホヤされるので、居心地が悪くなり一人でぶらぶらすることになった。
この後は、退魔士志望による特殊競技なので、美味しい飲み物でも飲みながら観戦しよう。
「菫子じゃねぇか」
「ん」
現当主の次男である夏目風磨が肩を組んできた。私は飲みかけのフラペチーノを落としそうになる。
「見てたぜぇ、無能力者のくせにやるじゃねぇか」
「……風磨さんこそ、これから退魔士の競技ですよ。観戦に集中したらどうですか。てか、警備は」
風磨は悔しそうに顔を顰めた。
「俺は警備班じゃねぇよ。選ばれなかった」
「ドンマイ」
「うるせぇ」
風磨は夏目の中では親しい方だ。会うたびに馬鹿にしてくるが、彼なりの気遣いなのかもしれない。
彼が表向きに私を貶すので、陰口くらいで済んでいる節もある。こう見えて策士だ。
「というわけで、菫子と観戦して慶一郎に自慢する」
「うわー……」
私に似て性格が悪いな。
初日の退魔士プログラムは、確か脱出ゲームだったかな。なんだよ、脱出ゲームって。
『今からルールを説明します。
現役退魔士が今からこの会場内に結界をはります。この結界は観戦者の皆様には影響はございませんので、安心ください。
挑戦者はこの結界内から脱出してもらいます。脱出がより早かった者から評価されます。協力、妨害、何をしても構いません。
独自の作戦で、迅速な脱出を目指しましょう』
「楽しそう」
「無能力者には無理だよ。まず、結界すら認知できない」
大丈夫。
私は都市伝説だから、結界も怪異の微弱な気配も感知できる。というか、道案内人になるにあたってものすごい時間、管理塔の主に鍛えられた。
これも罰だと言われたっけ。
「始まったな」
各所に設置かれた巨大スクリーンにて、挑戦者の様子が映し出される。実際に出口を求めて、近くを走り回る様子も見えて楽しい。
この人混みの中をどう切り抜けるのか。
雛はどうやら、九条院学園の生徒と協力することにしたようだ。
対照的に、浅葱蓮は一人で行動している。取り巻きは連れていないのか。自分の実力を信じるタイプらしい。
ま、浅葱蓮の実力なら一人の方がいいのだろうが。
「これって、協力と一人ってどっちが有利なの?」
「それぞれの能力次第じゃねぇか? 脱出が得意なやつは他人を出し抜いた方が、評価は上がるし、逆に苦手な奴は協力したがいいだろう?」
「難しいね……」
「無能力にはわかんねぇ領域だな」
しばらくして、異変は起きた。
赤団の団席付近から、悲鳴と爆発音が聞こえたのだ。
「なんだ!?」
巨大な蜘蛛の化け物が、赤団の生徒の一人を噛み砕いているのが見えた。
一切に会場の外へと逃げ出そうとする人たち。
けれど。
「出口は!?」
「なくなってる!」
「くそ、観戦者には関係ないんじゃなかったのか!?」
恐怖は伝播する。
瞬く間にパニックになった。
「菫子、俺は応援に行く。お前は安全な場所に隠れてろ!」
風磨がいなくなってしばらくした後、私の前方の地面から急に赤団の団席に現れた蜘蛛と同じ怪異が出現した。
周囲を見回すと、合計九体の蜘蛛が会場で暴れている。
目の前で、白団の生徒が潰された。
私は舌打ちをして、走り出す。なぜ結界は解除されない!?
携帯を取り出して、黄団の団席にいるはずの結界に詳しい怪異に連絡する。
『無事か!?』
「結界は、どういう状況!?」
『退魔士が作った結界は解除されてる! この結界は別の奴のだ!』
「術者はどこに!?」
『外だ!!』
私は電話相手、灰崎飛鳥と合流することを決める。
「外まで案内する! 退魔士は期待できない、我々管理塔で、術者を倒すよ!」
『了解!!』
私は人気のないところまで来て、鳥籠のランプを取り出す。そして、ランプについている扉を開けた。
現れたのは、青白い炎に包まれた一羽の鳥。
あまり使うな、外に出すなと言われている鳥だが、この非常事態なら許してくれるだろう。
「会場、中央まで!」
鳥が飛び立ったのを確認して、意識を集中する。
あの鳥にしてもらうのは、情報の拡散。会場にいる怪異が間違っても人を助けようと思わないように。自分の身が危険になるだけの、無謀な行為をしないように。
『あら、神隠しにあったのね』
会場がその一言で鎮まり返る。
蜘蛛の怪異も、私の一言で動きを止めた。
一般人はその異様な光景に黙っただけ。
けれど、怪異や退魔士は違う。
圧倒的な、威圧感を感じ取ったはずだ。なぜなら、この鳥は『すみれちゃんの神隠し』の一部なのだから。
『自分の領域にして、勝ったつもりなの?』
殺気だっていた怪異たちの気配が去っていく。
私の存在に気づいて、同時に理解したのだ。
『ここは、私の領域だ。お前の術式ごときで私が迷うと思うなよ』
これから先は、自分たちの出る幕ではないということを。
鳥はそれだけ言うと消える。
鳥籠のランプを見ると、鳥だったものは青白い炎になって燃えていた。
私は迷うことなく走り出す。
次は、灰崎と合流する。
◇◇◇
『お前の術式ごときで私が迷うと思うなよ』
今にして思えば、本気のすみれちゃんに会うのは初めてかもしれない。
静かな声なのに、空気が震えた。
違う。震えているのは、自分自身だ。
格が違うとは、まさにこのことか。
「マサル! こっちだ!!」
「は、誰!?」
二メートル近い大男に名前を呼ばれて僕は動揺する。その瞬間、蜘蛛が動き出した。
僕は慌ててその人の側に駆け寄る。
クラスメイトの何人かは負傷している。動かない人もいる。
「えっと」
「オオカミだよ」
「!」
小声で名乗ったオオカミ先輩に、僕は安堵の笑みを浮かべた。
「すみれちゃんと合流するか」
「そうだね。いくら彼女と言えど、戦闘能力は皆無だから」
「にしてはすっごいビビったけど?」
「当たり前だ。彼女はただの怪異よりもずっとすごい都市伝説だ」
僕らはすみれちゃんの匂いのする方へ走り出す。
一体誰が、何のためにこんなことを………?
◇◇◇
『お前ごときの術式で私が迷うと思うなよ』
灘千隼は体を震わせて上を見上げた。
会場の中央に青白い炎に包まれた鳥がいた。あれは、十年前に見た、あの人のランプの………!
「嘘だろ……。もうキャパオーバーだっての!」
「アレを知ってんのか千隼!」
一緒に蜘蛛を抑えていた桜木海斗が声を張り上げた。
「『すみれちゃんの神隠し』だ!! 外の術者は、彼女に任せよう!」
「はあ!? お前、何を言って……」
「ここにいる退魔士に、この結界を抜けれる奴はいない!」
最強の退魔士と名高き彼なら、おそらくこの結界を抜けられたのだろうが、しばらく連絡がつかない。とことん自由な人なのだ。
むしろ、都市伝説の出現は有難いまであった。
「退魔士たちに連絡しろ! 『すみれちゃんの神隠し』が外の術者を倒すたで耐え抜けと!」
桜木が動き出したのを見て、千隼はカバーに入る。
やはり、夏目菫子は『すみれちゃんの神隠し』なのか。無能力者なのに、なぜ都市伝説になったのか。
あの声を聞いただけで、実力の差を思い知らされたようだった。敵わないと直感した。
敵には同情するしかない。
『すみれちゃんの神隠し』は、神隠しの道案内人というだけあって、決して道に迷うことはない。




