2章:吸血鬼:――TYPEⅤ――
ほんのりと暖かく室内を照らす夕日が、机に、黒板に、デッサン用の石像に、柔らかな鴇色を投げかけて、黒い影を長く伸ばしていた。
人のぬくもりそのものを思わせる紅色のベールが、ロッカーにもたれて窓の外を眺めている明の頬に触れ、揺れている。
その様子を静かに見つめていた桜雪は、ゆっくりと、明に身を寄せて囁いた。
「先生」
長く、黒い、キューティクル自身が煌いているかのような艶やかな髪が肩から落ちて、明のスーツにかかる。桜雪の髪の毛は見る者を魅了する不思議な魔力があるような気がした。
わずかに眉をひそめる明の瞳を、まっすぐに見つめて。
「私を、愛してくれる?」
そう笑う桜雪の顔は、冷淡な表情。薄っすらと笑っているその顔は、まるで初めから作られている人形のような微笑だった。
明は背中に冷たい物が走るのを感じる。
「ああ…。もちろん……」
そう言う明の顔は無表情と言っても過言ではない。人形のように微笑むショウジョと仮面のように無表情のセイネン。それは特異な空間だった。
今から一ヶ月前。ある夏休みの夕暮れの美術室で、桜雪の要求に応えるように、明は優しく桜雪を抱いた。それから時々、こうして、放課後の美術室で肌を合わせる。
今日はすでにその『行為』が終わった後だ。そしていつものように、桜雪は明に『私を、愛してくれる?』と囁くのだった。勿論、明もいつも『もちろん』と答える。
学校内という分かり易い『禁忌』のお陰で、バレてしまった時への恐怖と共に、興奮も増加する。人間とは不思議なイキモノだった。
互いの体温が溶けて混じり合うように、心も体も、春を迎えた雪のように、溶けて混じってしまえばいい。
体が潤んでいく。ゆっくりと熱を帯び、明を導く。
全身を包み、駆け抜ける快楽とともに。
桜雪は明との時間に、いつも、永遠を思った。
そして、暖かい気持ちと共に、明を誰かへと渡ってしまった時への憎悪を抱く。
誰にも渡さない誰にも渡さない誰にも渡さない誰にも渡さない誰にも渡さない誰にも渡さない誰にも渡さない。誰にも渡さない誰にも渡さない誰にも渡さない誰にも渡さない誰にも渡さない誰にも渡さない誰にも渡さない。誰にも渡さない誰にも渡さない誰にも渡さない誰にも渡さない誰にも渡さない誰にも渡さない誰にも渡さない。誰にも渡さない誰にも渡さない誰にも渡さない誰にも渡さない誰にも渡さない誰にも渡さない誰にも渡さない。誰にも渡さない誰にも渡さない誰にも渡さない誰にも渡さない誰にも渡さない誰にも渡さない誰にも渡さない。