2章:吸血鬼:――TYPEⅣ――
事のきっかけは僕が昨日、学校から帰るときだった。
ちょっと時間を巻き戻して語ろう。
教室の窓から入ってくる緋色の夕焼けは教卓の黒板を緋色に染め、無人の教室を一層と寂しくさせる。
現在時刻は六時ぴったり。夏が終わり、冬が訪れる準備期間としての、暦上秋と呼ばれる今の季節は、夏休みに浮かれた学生達を日常に戻すための期間としている。
そのため、秋と言う季節だけで悲しくなったり、虚しくなったりする人間がいる。
しかし、憤慨しているヤツなんて物はいない筈だ。
僕の目の前にいるヤツ以外。
「あー、ムカツク! 何で何で何で!? どーしてあんなヤツの事を!!」
五月蝿い。
僕は読んでいた本を閉じて目前にいる彼女に言った。
「しょうがないんじゃないか?」
「しょーがないって何よ! しょーがないって!!」
そう言って、目の前にいる女――秋月 愛澄――は教卓を蹴り始めた。
「物に当たるなよ。壊れる」
「良いのよ。壊れたら壊れたで知らん振りすれば良いんだから」
んなめちゃくちゃな。
そう思いながら僕は愛澄の顔を見た。
愛澄は、窓から入ってくる夕焼けの緋色に染まり、赤くなっている。
まぁ、夕焼けだけで赤くなっているわけじゃないんだろうけど。
顔の造形はそこそこ良い。スタイルもそこら辺の女性には負けないのだが、いかんせん性格が悪いので、誰も近寄ろうとはしない。僕以外は。
「彼女の事なんだし。本人に任せるしかないと思うけどね」
僕は愛澄の逆鱗に触れないように注意しながら、早々と話を終わる方向に持っていく。
「その本人があのていたらくだから困ってんのよ!!」
しかし、一向も意味を持たなかった。
「しかしだなぁ――」
「しかしじゃない!!」
しかも徐々にヒートアップしてるし。
「大体、先生も先生よ! 桜雪を誑かしたりして!!」
そしてまた教卓をへこみそうな勢いで蹴り続ける。
僕は思わずため息をついた。
今までの話を簡単に要約すると、愛澄の友人、芹沢桜雪は美術教師、大河内明に愛焦がれているそうだ。
明快明快。単純明快。これ以上分かりやすい話は無い。
しかし、単純明快ゆえに、非常にマズイ部分もあったりする。
つまり、教師と生徒が一線を越えてしまったわけだ。
大河内先生はまだ二十代だし、顔、ルックスも問題が無い。
それに、美術教員と言うだけでモテたりするしな。
「いつかバレるんだからぁ!!」
「まぁ、そうだろうなぁ」
僕は気のない返事を返しながら、椅子から立ち上がり、窓辺に立った。
窓を開けると、校庭から、下校する生徒達の声が響いてくる。
「バレたら、どっちも学校にはいられなくなるんだよ?」
「まあ、いられなくなるだろうな」
薄紅色に彩られた校舎と、綺麗に並んだ、緋色の夕焼けを映す窓と、時折聞こえてくる生徒達の声。
このどこにでもある放課後の風景の中に、どこにでもあるかどうかは分からない関係が、潜んでいる。
「真面目に聞け!!」
「んだよ…そんな事言ったって、僕にどうしろって言うんだ。言うなら本人達に言え」
「ほ、本人に……」
愛澄はその情景を想像したのか、絶句しながらうなだれていた。
「ま、第三者が言う事じゃないと思うよ。僕は」
教師、生徒、浮気、不倫、結婚、離婚、片思い、両思い、本人達、第三者、三角関係、四角関係、禁忌、強姦、近親相姦、いけない関係、危ない関係、美しい愛、騙し騙され、その他、何だろうがやりたい奴等が勝手にやれば良い。どうなろうとそれは本人達の責任で、本当の意味での“第三者”の僕たちがどうこう言う物じゃない。ましてや、高校生、教師にもなって将来の事が分からなかったり、刹那的快楽に身をゆだねるなんて、ただの馬鹿じゃないかと思う。
「言うわよ! 私は桜雪の友達なんだから!!」
気の強そうな顔をさらに強めにして、肩で切りそろえられたボブカットを揺らしつつ、叫んだ。
僕の主観では“第三者”に友達も含んでいたが、愛澄はどうなのだろうか?
まぁ、素晴らしきかな友人関係って事で。
「……うん。ちょっと行って来る」
「うん? 行って来るって、何処に?」
「決まってるでしょ! 美術室よ!!」
僕は時計を見る。さっきと時間が変わらない。六時十五分。完全下校時刻が七時だからまだ十分に時間はある。
「いや、ちょっと待て。行かないほうが良いぞ。色々な意味でマズイ。……まぁ、そう言う状況を見たいんなら別だけどな」
愛澄は最初、僕が何言っているか分からないような顔だったが、段々と理解したのか気まずそうな、悔しそうな顔をした。
「――っ帰る!!」
愛澄は怒ってんだか、照れてるんだかよく分からない顔をして、机から自分の生徒鞄をひったくって、教室から出て行った。
「相変わらず、猪突猛進と言うか何と言うか。いや、良いヤツなんだけどな」
僕は愛澄が出て行って、さらに一層寂しくなった教室で一人つぶやく。
僕は教室の窓から見える特別塔を見る。
いや、さらに詳しくは二階のある窓。
そこがこの学校の美術室だった。
大川内先生はこの学校にも来たばかりで、僕としてはそんなに親しくしているわけじゃない。しかし特段嫌な先生と言うわけでもなさそうだし、女癖が悪いと言う噂も聞いたことが無い。だから僕的にはそんな危機感は無かった。
愛澄の思い過ごし、あるいは過剰保護みたいな心情と言うのが正直だ。
芹沢桜雪に関してはまったく持って知らない。
いや、愛澄からは名前ぐらいは聞いたことがあるので、全然とはいえないのかもしれない。
しかし、名前、クラス、部活動ぐらいしか聞いていないので、それ以上のデータは無い。噂にも聞かない子なので、それほど目立つ人柄でもないのだろう。
美術室の窓をガン見してもしょうがないので、窓から離れ自分の机に向かう。机の上に乗せている学生鞄を取って、下駄箱へ向かった。