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僕と死神  作者: 建上煉真
12/14

2章:吸血鬼:――TYPEⅧ――

 時刻13時丁度。

 僕たち生徒は午後の授業前に下校することになった。それどころか、1週間は学校閉鎖になるようだった。いきなりなことで生徒どころか先生も驚いていたが、そこはそこ。これはこれ。きっちりしっかりと1週間分の課題を化せられた。しかしプリントや問題集などもちろんあるわけがなく、当たり前のように自習だった。だが、生徒はそれだけで済むから楽なのかもしれない。先生は緊急会議や警察の事情聴取などでてんてこ舞いだろう。

 警察の事情聴取。

 それは先生方だけではなかった。愛澄も、被害者の芹沢桜雪の近しい友人として、事情聴取を受けなければいけない様だった。愛澄は見ていて痛々しいぐらいに衰弱し、呆然し、また愕然としていた。


 不審死。


 芹沢桜雪は普通ではありえない死に方で死んでいたのだ。

 具体的に言うと“全身の血液を抜き取られていた”。

 出血多量死。それが芹沢の死因だった。まるで。そう、まるで――

 「吸血鬼に襲われたみたいだ……」

 ポツリと呟いてみる。僕は学校から真っ直ぐ家に帰らずに、制服のまま町の中をうろついていた。どうせ緊急会議やらなにやらで教員は学校なのだし、怒られる事はない。そのせいかやけに制服を着た人たちが多い。注意する人がいないのだから当たり前かなと思う。

 家に帰ってもどうせ引きこもり死神少女だけが待っているのだから、何とも言えずにただただ繁華街をうろついているのだった。

 ただほっつき歩いていてもしょうがないのだが、やる事もないし、行く所はもっとない。友人と遊んでいる気分でもない。まあ、友人なんてそんなにいないけど。

 ふむ。暇ならあそこにでも行ってみるか。特に深く考えず、頭の中に浮かんだある『場所』へと向かう事にした。

 学校を北側に位置して、南へ進む。昨日に立ち寄った巨大チェーンの古本屋、スーパーを通り過ぎる。そのまま下り、ある交差点を東側へ曲がる。ちょっと狭い小通りだが、間違ってはいない。この先にあるいい感じに寂れたビルが目的だからだ。

 交差点を曲がってから3分ぐらい歩くと、廃れた感が漂うビルの前につく。正面玄関の横には大きな看板が立っている。中に電灯が入ってるタイプの看板で、中の電灯がジジジと唸り、ついたり消えたりする。場所が場所。ここら一帯は薄暗いため、中の電灯がついたり消えたりすると看板の文字が非常に見えずらい。相変わらずの様子で僕ははぁとため息をついた。

 意を決して建物の中に入る。看板にかかられている『滝月病院』へと。

 建物の中に入ると、一気に空気がよどんだ気がした。否、この建物の中がもともと淀んでいるのだ。建物自体が、僕を『異物』として排除しているような感覚にとらわれる。相変わらずココはなれない。入ってすぐ隣にあるスリッパ立てがあるのだが、僕は無視して土足のまま中へと入る。スリッパ立ての先にはまたガラス扉があり、そのガラス扉のガラスはどちらも割れている。鍵もかかっていない。割れているガラスに気をつけながら扉を開ける。先に進むと横に受付があるのだが、勿論誰もいない。書類が地面に散らばっている。一枚拾い上げ、書面に目を走らせる。日本語と外国語が書かれている。外国語の方は、文脈から察するにドイツ語か?

 特に興味がそそられる内容がなかったため、コピー用紙をピッと指先で捨てる。ヒラヒラと中を舞い、スッと地面に滑り込んだ。そしてしばしの静寂。不気味さが漂う。

 奥からガタンと何かの音がする。ふむと考え、地面に散らばっている書類を踏まないようにしながら、奥へと進んだ。奥にはたくさんの扉がある。ココがちゃんと機能してた頃、外来患者用の部屋として使われていただろう。今では全部の扉は鍵がかかっていた。確かめるでもない。何故なら昔“実際に触って、回してみた”からだ。なので、その扉群を素通りし、一番奥へ。一番奥の扉は通り過ぎた扉とは違って、プラスチックではなく、高級感の漂う木の扉だった。

 僕はふぅと息を整え、覚悟を決めて、ドアノブをつかむ。一瞬のためらい。だが、次の瞬間に思いっきり扉を開けた。ぶわっと暖かい空気に包まれる。暖かい空気は僕の頬を撫で、ひんやりとした廊下へと流れていった。

 「早く閉めろ」

 僕は言われたとおりに手を後ろに回し、バタンと扉を閉める。

 「よし」

 僕は正面を見る。そこには高級そうなアンティーク物のデスクに腰をかける30代の女性がいた。赤いタンクトップ、同様に赤いミニスカートを着用し、その上から純白の白衣をボタンをかけずに肩にかけている。ミニスカートにもかかわらず、尊大な態度で足を組んでいる。相変わらず寒そうな格好だ。まぁ、まだ10月だし、暑いといえば暑いしな。

 何故椅子ではなくデスクに腰をかけているのか、何故こんな廃墟に人がいるのか。もろもろと不平不満があるだろうが、この人は“こういう人なのだ”としか言えない。手にある少年漫画が非現実さを際立てる。

 この目の前の変人。この人こそ、ココがまだ『病院』として機能していたときの医師兼院長『滝月璃緒(たきつきりお)』本人なのである。

 「…………」

 「…………」

 「…………」

 「…………」

 「……なんでお前は黙ってるんだ?」

 「は?」

 リオ先生は漫画に完全にトリップしていたはずなのに、ふと僕の方に目を向け、怪訝そうに眉をひそめた。

 「なんで…とは?」

 「お前はココに何か話しに来たのではないのか?」

 「いえ。ただの暇つぶしですが?」

 僕は決して広くない院長室のある一角を見る。そこには少年青年少女一切合財統一性なく、まるでとにかく目に付くものを引っ掻き集めたと言った感じの、漫画がたくさん集められている。本棚なんて気の効く物はココにはなく、シリーズ物の漫画が縦にビルディングを形成している。

 「暇なんで漫画でも見せてもらおうかなーと思って」

 「ここは漫画喫茶ではないぞ?」

 「大して変わらないじゃないですか」

 「まぁな」

 そしてリオ先生は手元の漫画に再び夢中になった。何度も読み返しているはずなのに、なぜ何回も読み返してもあそこまで夢中になれるんだろうか?

 僕は漫画のビル群に近づき、適当なコミックビルの上の一冊を手に取る。20巻近く発売されている人気少年漫画だった。ふむ。僕も興味があったし、これにするか。

 数分か数時間か、あるいはたった数秒だったかも知れない。とにかくしばらく時間がたった後、ふとリオ先生が「お前、何か楽しい事件に巻き込まれているようだね」とボソッと言った。その声はとても小さく、静寂な一時だったとは言え、非常に聞き取りずらかった。

 「……はて、何の事です?」

 僕はとりあえずとぼけることにした。あはは、この主人公熱血で好感持てるな。嘘だけど。

 「とぼけなくてもいいじゃないか。俺にはね、友人がいるんだよ」

 「はぁ、友人ですか……」

 そう言えばリオ先生の一人称は『俺』だったな、とかどうでも良い事を頭によぎらせつつ、友人ぐらい誰でもいるだろうと思った。いや、僕やこの人に限ってはそうでもないか。そういう意味では驚きに値するのかもしれない。友人なんてくだらないと思ってるからな。僕もリオ先生も。

 「ああ。幼馴染というやつか。やつは刑事をしていてね。小さい頃には殺し屋になりたいと卒業論文に書いていた」

 「随分エキセントリックなご友人ですね」

 絶対に知り合いたくない。この人は絶対に性悪だろう。突っ込みどころが多すぎて、あえて放置するしかない。

 「あいつは不条理な悪が許せないタチでね。小学生の時点で警察では処理しきれない悪があることを理解してたのさ。それこそゴルゴ13みたいなやつになりたいと言ってたよ。まぁ、小学生でそんなこと考えてるのあいつだけだったしさ、みんなアイツを避けてたよ。お前も分かるだろ? 人から避けられる気持ち」

 「ええ」

 それはもう、おなかいっぱいに分かる。思い出したくもない。

 「でな、そいつに近寄ってったのは俺だけだったのさ」

 「なるほど」

 この会話で分かった事は、そのご友人の奇人さとリオ先生の変人さだけだ。

 「それでその幼馴染がこれは困ったと泣きついてきたもんだからな。昔の患者――とくに今では10代20代となっているやつのカルテよこせとか言ってきた」

 「泣きついてきたんですか?」

 「問題はそこではない」

 そんなことは僕も分かっている。ちょっとしたアメリカンジョークじゃないか。そんなこと微塵も思ってないけど。そもそも僕はアメリカ人じゃないしな。だけど、日本人かどうかも正直怪しいと思っている。

 「問題はな――その渡したカルテの方さ。出頭願いが出たカルテは『あの事件の被害者』のカルテだったのさ」

 「…………へぇー」

 たぶん、普通に反応できたと思う。これくらいで動揺してどうする。こんな事今までもあったし、これからもある。

 「ふぅん。ずいぶん普通な反応じゃないか」

 リオ先生は皮肉げににやりと笑う。どうやら僕は反応に失敗してしまったらしい。

 「……あれは昔の話ですよ」

 「ああそうだな。だがな、“犯罪の被害者”に成ったものは――いや、この言い方は悪いか。言い直そう。“犯罪に巻き込まれた者”は多かれ少なかれ、“その犯罪の影響”を受けるのさ。特に『あの事件』は極悪凶悪残虐残酷――否、そんな“簡単な言葉”で言い表せないような『事件』だ。その分“被害者”の受けた“影響力”はすさまじいものだ。実際、『何人』かは軽犯罪であるが、『開花』している。だからこそ“今回の事件の加害者”となる可能性も非常に高いのさ。お前だって知ってるだろう? 『ストックホルム症候群(シンドローム)』」

 「『ストックホルム症候群』とはちょっと違う気がしますけどね」

 『ストックホルム症候群』とは、誘拐されたり人質にされたりした犯罪被害者が陥る心理状態のことだ。簡単に言うと、犯罪被害者が、犯人と一時的に時間や場所を共有することによって、過度の同情さらには好意等の特別な依存感情を抱くことをいう。これはスウェーデンの首都、ストックホルムで実際に起こった銀行強盗事件が元になっている。

 「詳しぃねぇ~」

 にやにやとリオ先生が笑う。少し腹がたったので、「先生が教えてくれたんじゃないですか。知りたくもないのに」と言った。

 「へぇー。知りたくなかったんだ?」

 チャシャ猫のようにぐ~っと口元を上げる。にやにやと言う形容を越えた笑い方だった。

 僕は黙った。じっとリオ先生の目を見る。しばしのにらみ合い。そして数秒たった後、「ま、いいけどね。どーでも」とおどけた調子で目をそらした。僕が競り勝ったわけではない。本当にリオ先生はどうでも言いと感じてるから、この争いを避けたのだ。

 「まぁ、今回の件に関しては、俺はこれ以上話はしないよ――ああ、そうそう。さっきの話に戻るけど、その幼馴染のありがたい警官様が、お前に会いたいってさ」

 「それはそれは、ありがた過ぎて涙が出てきますね」

 マジで泣きそう。アレ? 僕って警官じきじきが出向くようなことしたっけ?

 「それはあれだ。『あの事件』の最大の被害者兼一番面白そうな奴だからさ――風の噂では、その事件以外でも最近面白い事に巻き込まれてるらしいしね」

 「なんでそんなことまで知ってるんですか。アレですか? 僕に盗聴器でも仕掛けてます?」

 「ああ、盗聴器ってあれだろ? 携帯電話の一歩通行バージョンってことだろ?」

 「えらくシークレットな携帯電話ですね」

 「“冗談さ”」

 にやりとリオ先生は笑う。してやったりと言った感じで。やられた。お株を取られてしまった以上、ここに長居も出来ない。見ていた漫画を閉じ、漫画ビルの上に戻そうとしたが、置いたら絶対に崩れるなと思い直し、横に投げ捨てた。

 「今日は帰ります」

 「そうかい」

 リオ先生はすでに漫画に全神経を集中させていた。僕は特に気にせず、ひらひらと手を波打たせながら高級扉を開け、部屋を出る。扉を閉めたとき、ドサッと本がたくさん崩れた音がした。

 ガラスの割れた正面玄関から外に出て、完全に人のいる場所として機能しなくなった病院を振り返りながら、あ。と思う。そうだ。今度ココに来たときにでも聞いてみよう。



 『先生はどうして医者を辞めたんですか?』って。



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