乙女ゲームの悪役令嬢、聖女に勝利するために運命の階段で逆行転生を繰り返した結果
本作は『乙女ゲームの悪役令嬢、運命の階段を転げ落ち、逆行転生を繰り返して本当の幸せを追い求めた結果』の姉妹篇として執筆しました。
ぜひ併せてお楽しみください。
「イザベラ・フォン・グリムハイム。君との婚約を解消する」
アンドレ王子の冷徹な声が、舞踏会場に響き渡った。二十五歳の私にとって、この婚約は人生最後のチャンスだった。もうお見合いを申し込んでくれる男性もいない年齢なのに。
「理由をお聞かせください」
冷静に、感情を殺して答える。これまで社交界で培った完璧な作法で、最後のプライドだけは守り抜きたかった。
「君のセラフィナ嬢への陰湿な嫌がらせは、もはや看過できない」
王子の隣で、セラフィナが申し訳なさそうに俯いている。私と同じ歳の彼女は、遅咲きの美貌で最近社交界に現れた新星だった。誰もが愛する清楚な聖女として。
私の胸に、鈍い痛みが走った。なぜだろう。彼女を憎んでいるはずなのに、その傷ついた表情を見ると、まるで自分の心に針が刺さるようだった。
私はセラフィナを憎んでいる。間違いなく憎んでいる。でも同時に、なぜか彼女が苦しんでいると、私の胸も苦しくなる。この矛盾した感情は一体何なのか。
「証拠もない言いがかりです」
私の声は、思いのほか震えていた。
「明日の朝までに城を去りたまえ」
翌日、荷物をまとめながら、私は一人書斎で考えていた。なぜこうなったのか。私は誰よりも努力してきた。礼儀作法、教養、美貌の維持――全てに完璧を求めて生きてきた。でも、セラフィナのように天性で愛される才能など、私にはなかった。
心の奥底で、私は気づいていた。セラフィナに対する自分の感情が、既に憎悪という単純な領域を超えていることに。彼女がこの世界に存在すること自体が、私には耐え難い苦痛だった。彼女の笑顔を見るたび、彼女の声を聞くたび、私の胸には鋭い刃が突き刺さるような痛みが走る。
けれど不思議なことに、彼女を失うことを想像すると、それ以上の空虚感が私を襲った。憎いのに失いたくない。殺したいのに消えてほしくない。この矛盾が私を狂わせていく。
王立学院で最後の私物を整理していると、セラフィナが現れた。
「イザベラ様、お話があります」
彼女の表情が、いつもと違っていた。どこか切羽詰まったような、必死な色が浮かんでいる。まるで何かに怯えているような。
「話すことなど何もありません」
私は冷たく言い放った。もう演技をする必要もない。セラフィナの顔を見るだけで、私の心は激しく波立つ。愛憎を通り越した、説明のつかない感情の嵐が。
「でも、どうしても……図書館の奥で、お話しさせてください」
彼女の声に、今まで聞いたことのない切迫感があった。何かが違う。でも、もう私には関係ない。全てが終わったのだから。
図書館の奥、古い石段の前で彼女が立ち止まった。そこは普段誰も近づかない、薄暗い場所だった。十三段の石段が、まるで古の謎を秘めたかのように、静寂の中に佇んでいる。
なぜ十三段なのか。なぜこの数に、妙な既視感を覚えるのか。
「ここで話します」
「なぜここで?」
セラフィナが深く息を吸った。その瞳に、恐怖と決意が混在していた。まるで何か重大な秘密を打ち明けようとしているかのように。
「実は……昨夜、私はここで階段から落ちたんです」
「階段から? 怪我は――」
「頭を強く打って……そしたら突然、記憶が蘇ったんです。前世の記憶が」
私は眉をひそめた。「前世? 何をばかなことを」
精神的に参っているのだろう。婚約を奪った罪悪感で、幻覚でも見ているのか。
「この階段は『運命の階段』と呼ばれています。十三段あって、頭を打つと前世の記憶が蘇る言い伝えがあるんです」
十三段……なぜか、その数字が心の奥底で共鳴した。まるで遠い記憶の扉を叩くような。
セラフィナの声が震えていた。恐怖で、そして何かもっと深い感情で。
「イザベラ様、この世界は……『乙女ゲーム』という不思議な仕組みの中にあるのです。私たちは、『キャラクター』として作られた存在で――」
「何を言っているの? 乙女ゲーム? キャラクター?」
私には全く理解できない言葉だった。彼女が話している内容が、あまりにも非現実的で。
「前世で、私は『プレイヤー』という存在でした。この世界を外から操作する……そんな不思議な立場にいたんです。でも、今は中に入り込んでしまって……」
「もういい加減にしなさい」
私の理性が切れた。婚約破棄の屈辱の上に、こんな狂言まで聞かされるなんて。私の人生は、これほどまでに嘲笑の対象なのか。
「あなたは私を陥れて、王子を奪って、まだ足りないの? 今度は気が狂ったふりをして私を愚弄するつもり?」
「違います、イザベラ様――」
「うるさい!」
私はカッとなって、セラフィナを階段に向かって押した。彼女がバランスを崩して転がり落ちる。その瞬間、石段に足を取られて、私も一緒に転落してしまった。
十三段、十二段、十一段――石の冷たさが背中を打つ。なぜか段数を数えている自分がいる。そして一番下で、激しく頭を打った。
血が、石段に散る紅い薔薇のように咲いた。セラフィナの金髪が、月光に溶ける絹糸のように広がっている。美しく、そして儚く。
「……!」
激痛と共に、突然記憶が蘇った。
私は現代日本の女子大学生だった。満員電車に乗って通学し、スマートフォンという機器でゲームをして……その中に、この乙女ゲームがあった。『薔薇色の学院恋歌』というタイトルで、イザベラは悪役令嬢、セラフィナは攻略可能なサブヒロインだった。
「まさか……私たちは本当にゲームの世界にいたの……?」
意識が遠のく中、私は理解した。セラフィナの話は事実だった。でも、もう遅い。頭の傷が深すぎる。血が止まらない。
私は死んでしまう。そして――
◇◇◇
「あおいちゃん! あおいちゃん!」
誰かが私を呼んでいる。その声は遠く、まるで深い霧の向こうから聞こえてくるようだった。目蓋が重い。開けようとしても、なかなか開かない。
やっと目を開けると、見覚えのある天井があった。白い、平凡な天井。でも、それが何なのか、一瞬理解できなかった。
「え……?」
口から出た声が、自分のものとは思えなかった。ついさっきまで、私はイザベラ・フォン・グリムハイムだったはずなのに。舞踏会の華やかなドレス、石造りの城、セラフィナとの最期の会話――それらが現実だったはずなのに。
「ここは……どこ?」
周りを見回すと、そこは六畳ほどの狭いアパートの一室だった。安っぽい家具、薄汚れた壁紙、窓の外には現代的なビルが立ち並んでいる。
「いや、待って……これは……」
記憶が混乱している。城の豪華な書斎ではなく、この狭い部屋。ドレスではなく、ジャージのような安い服。そして何より、鏡に映った顔が――イザベラの美しい顔立ちではなく、平凡な日本人の女性の顔だった。
「そんな……ばかな……」
友人が心配そうに覗き込んでいる。「あおいちゃん、大丈夫? さっきまで乙女ゲームやってて、急に倒れちゃって……」
あおいちゃん? 私はあおい? 水瀬あおい?
頭を振った。違う、私はイザベラよ。イザベラ・フォン・グリムハイム。悪役令嬢として生きてきた私は――
でも、同時に別の記憶も蘇ってくる。この部屋で一人暮らしをしている大学生。アルバイトをして学費を稼ぎ、友人と遊んで、ゲームに夢中になって……
部屋に桐谷ひなたが入ってきた。彼女を見た瞬間、私の心臓が跳ね上がった。
「セラフィナ……」
「え? 何? セラフィナって、ゲームのキャラクターでしょ?」
ひなたは困惑した表情を浮かべている。でも、その顔立ちは確かにセラフィナそのものだった。少し現代風にアレンジされているが、間違いない。
「ひなた……あなた……」
ひなたの瞳を見つめながら、私は確信した。彼女もまた、同じ体験をしているのではないか。ゲームの世界での記憶を持っているのではないか。
友人たちが「ちょっと休ませてあげよう」と言って部屋を出ていった後、ひなたが震え声で言った。
「あおいちゃん……もしかして……ゲームの中の記憶、覚えてる?」
その一言で、私の中で何かが崩れた。やはり夢ではなかった。ひなたも同じ体験をしていたのだ。
「セラフィナ……あなたも覚えてるの?」
「ええ……イザベラ様のことも、争ったことも、全部……。でも、これは一体……」
数日後、私は一人で考えていた。昔聞いたことのある言葉が蘇ってくる。輪廻転生。前世、来世。魂が様々な人生を巡り歩くという考え方。私たち2人は、あの階段から転がろ落ちて、前世を思い出した。それだけではない。階段から落ちて死亡し、前世へ戻ってきたのだ。しかも、2人同時に――。
私は立ち上がった。ベッドから身を起こし、鏡の前に立つ。そこに映るのは、平凡な大学生・水瀬あおいの顔。イザベラの美貌はもうない。でも、私の心には燃えるような闘志が宿っていた。
「今度こそ......今度こそ私が勝ってみせる」
ゲームの世界では確かに敗北した。悪役令嬢イザベラとして、完膚なきまでに打ちのめされた。でも、それは所詮仮想の世界。今度は現実よ。現実の世界で、私は必ずひなたに勝ってみせる。
翌日から、私は必死に努力した。大学では成績を上げ、容姿を磨き、人間関係を構築し――ありとあらゆる手段で、ひなたより上に立とうとした。
「今度こそ、今度こそ......」
私は歯を食いしばって頑張った。アルバイトを増やして稼いだお金で、美容にも投資した。髪型を変え、化粧を覚え、ファッションも研究した。大学の講義では最前列に座り、教授の質問には必ず手を挙げた。サークル活動にも積極的に参加し、リーダーシップを発揮しようと努めた。
でも――
「ひなたちゃんって、本当に素敵よね」
「あの人といると、なんか心が和むのよ」
「天然だけど、すごく優しくて......」
また同じだった。どれほど私が努力しても、どれほど完璧を目指しても、なぜかひなたの方が愛される。彼女は特に努力をしているようには見えないのに、自然体でいるだけで、人々が彼女の周りに集まってくる。
大学祭の実行委員長に立候補した時も、私は入念に準備し、完璧なプレゼンテーションをした。でも、ひなたは何の準備もせずに、ただ「みんなで楽しい祭りを作りましょう」と言っただけで、圧倒的な支持を得て当選した。
バイト先でも同じだった。私は真面目に働き、売上を上げ、店長に褒められた。でも、お客様からの人気は圧倒的にひなたの方が高かった。彼女がいるだけで、店の雰囲気が明るくなるのだ。
「なんで......なんでよ......!」
部屋で一人、私は悔しさに震えていた。これほど努力しているのに、なぜ私は報われないのか。ひなたは何もしていないのに、なぜ愛される?
恋愛でも同じだった。素敵な男性に出会って、必死にアプローチしても、結局その人の心を捉えるのはひなただった。彼女は恋愛に興味がないような素振りをしているのに、男性たちは皆、彼女に惹かれていく。
「くそっ......くそっ......!」
努力が報われない現実に、私の心は荒んでいった。イザベラとして生きていた時と、何も変わらない。いや、むしろ悪化していた。なぜなら、今度は努力しても無駄だということが、はっきりと分かってしまったからだ。
ある日、図書館で勉強していると、ひなたが近づいてきた。
「あおいちゃん、最近疲れているみたいだけど、大丈夫?」
その優しい声が、私の心をさらに苛立たせた。
「大丈夫よ。あなたに心配される筋合いはないわ」
冷たく言い放つと、ひなたは悲しそうな表情を浮かべた。でも、すぐに微笑みを取り戻した。
「もし何か困ったことがあったら、いつでも言ってね。私たち、友達でしょ?」
友達? 私たちが?
その言葉が、私の胸に深く刺さった。友達だって? 私はあなたを憎んでいるのに? あなたは私の敵なのに?
でも同時に、なぜか胸が温かくなるのも感じていた。イザベラの時と同じ、矛盾した感情。憎いのに愛おしく、殺したいのに失いたくない。
「友達なんかじゃない......」
私は立ち上がって、図書館を出て行った。ひなたの困惑した顔を見たくなかった。
その夜、一人で考えていると、突然ひらめいた。
「そうよ......輪廻転生があるなら......」
私の心に、新たな希望が宿った。もしも輪廻転生が本当に存在するなら、水瀬あおいの人生にも前世があるはずだ。そして、運命の階段で死ねば、その前世に戻ることができる。
今度こそ、今度こそ私が勝者になれる前世があるかもしれない。ひなたが奴隷で、私が女王だった時代が。ひなたが貧民で、私が貴族だった時代が。
「でも......」
私は慎重に計画を練った。私だけが前世に戻っても意味がない。その世界のひなたに「私は来世から戻ってきた」なんて言っても、頭がおかしくなったと思われるのがオチだ。
「二人一緒に戻るのよ」
そうすれば、お互いに記憶を持ったまま、過去の世界で対決できる。今度こそ、私が勝利し、ひなたに屈辱を味わわせることができる。
「今度こそ......今度こそ私の番よ......」
私は決意を固めた。現代では勝てないなら、過去に戻ればいい。必ず、私が上位に立てる時代があるはずだ。そして今度こそ、完膚なきまでにひなたを打ち負かしてやる。
心の奥底で、小さな声が囁いていた。「本当にそれで幸せになれるの?」と。でも、私はその声を無視した。勝利こそが幸せ。ひなたより上に立つことこそが、私の望む人生。
私は暗い部屋で、一人微笑んだ。その笑みは、かつてのイザベラと同じ、復讐に燃える悪役令嬢の笑みだった。
ある日、大学の古い校舎に、十三段の階段があることを知った。都市伝説では、そこで死ぬと前世に戻れるという噂があった。まさにイザベラの世界で体験したような……
また十三段。またこの数字。なぜいつも十三段なのか。
その夜、私はひなたを呼び出した。古い校舎の十三段の階段の前で。
「なぜこんなところに呼び出したの?」
ひなたの瞳に、深い不安が宿っていた。彼女は分かっていたのだろう。私が何をしようとしているのかを。
「ひなた、前世に戻りましょう」
「前世?」
「この人生より前の前世に戻れば、今度は私の方が幸せかもしれない」
私は階段を指さした。「この階段で死ねば、前世に戻れる。今度こそ、私が勝者になる番よ」
「あおいちゃん、やめて――」
私はひなたを階段に突き落とした。彼女が石段を転がり落ちるのを見届けてから、私も意を決して階段に身を投げた。もっと古い前世へ――今度こそ幸せな人生へ。
十三段、十二段、十一段――石段を転がりながら、私は確信していた。今度こそ、今度こそ私が勝つ。
また一段目で頭を強打。鮮血が、夜桜のように静寂に散った。ひなたは最期まで、私を心配する瞳で見つめていた。その優しさが、私をさらに苦しめた。
なぜ、なぜ私は彼女を傷つけたのか。憎いのに大切で、殺したいのに失いたくない。この矛盾した感情が、私の魂を引き裂いていく。
◇◇◇
中世ヨーロッパで目覚めた時、私は領主の娘マチルダ、ひなたは修道院の見習いシスター・マリアとして転生していた。
外では黒死病が猛威を振るい、村々に死の影が忍び寄っていた。飢饉と疫病、そして異端審問の恐怖が人々を苛む時代。領主である父も病に倒れ、領地は混乱の極みにあった。
「やった……戻れた……」
しかし、三つの世界の記憶を持つことの混乱は、想像を絶していた。現代日本の知識、ゲーム世界の体験、そして中世ヨーロッパの記憶が、頭の中で渦巻いている。
この世界にも、城の地下に十三段の石階段があった。古い言い伝えでは、そこで死ぬと別の世界に生まれ変われるという話があった。なぜどの世界にも、十三段の階段が存在するのか。まるで運命が、私たちを永遠に結びつけようとしているかのように。
「三度目の世界……今度こそ」
私は決意を新たにした。中世の領主の娘として、今度こそマリアに勝ってみせる。
しかし、結果は同じだった。疫病で苦しむ人々を看病するマリアの献身的な姿が、人々の心を捉えていく。私は領主の娘でありながら、孤独だった。
私の心に、また矛盾した感情が渦巻く。マリアが疫病患者に寄り添う姿を見ていると、憎悪と同時に、深い尊敬の念も湧いてくる。憎いのに美しいと思ってしまう。妬ましいのに誇らしくもある。
「マリア様は天使のようです」と村人たちは口々に言う。その言葉を聞くたび、私の胸は嫉妬で燃えるのに、同時に彼女を守りたいという気持ちも芽生える。
ある日、マリアが疫病に感染した。高熱にうなされる彼女を見ていると、私の心は千々に乱れた。
「なぜ……なぜあなたは何もしないのに愛されるの……。なぜ幸せになれるの……」
枕元で看病していると、マリアが微かに目を開けた。
「マチルダ様……私は幸せなんかじゃありません。あなたに憎まれて、とても辛いです」
その言葉が、私の心に深く刺さった。
「嘘よ。あなたはいつも勝者。私はいつも敗者」
「違います。私はただ……マチルダ様に愛されたいだけなのに……」
マリアの頬に涙が流れる。その涙を見ていると、私の憎悪が揺らいだ。この人は、本当に私を慕ってくれているのではないか。なぜ私は、その愛を素直に受け取れないのか。
でも、呪いの力が私の心を再び支配した。
「もう顔も見たくない……」
三度目の世界でも、私は負けた。
城の地下の十三段の石階段で、私はマリアを突き落とし、自分も後を追った。また二人とも転落死。マリアは最期まで、私を救おうと手を伸ばしていた。
血痕が、古い石に咲く深紅の薔薇となって散った。十三段の階段が、私たちの運命を呪われた詩のように刻んでいく。
◇◇◇
古代ローマでは、私は元老院議員の妻フラウィア、彼女はギリシャ人奴隷アテナイアとして目覚めた。ローマ帝国の衰退期、蛮族の侵入と内乱が続く血なまぐさい時代だった。宮殿の奥に十三段の大理石の階段があった。
古代エジプトでは、私は王女イシス、彼女は神官の娘ネフェルティティとして。ヒクソス族の侵入により王朝が揺らぐ時代、神殿に十三段の石階段があった。
未来都市アトランティスでは、私は科学者リリス、彼女は人工知能と融合したサイボーグ・セラとして。環境破壊により海に沈みゆく文明の最期、宇宙ステーションに十三段の金属階段があった。
魔法世界グランディアでは、私は大魔導師の娘ルナ、彼女は半エルフの薬草師エリンとして。魔王復活の予兆に世界が震える時代、魔法学院の塔に十三段の水晶の階段があった。
星間帝国ガラクシアでは、私は皇女ステラ、彼女は異星人とのハーフであるコスモとして。銀河大戦の終末期、宇宙要塞に十三段の反重力階段があった。
どの世界、どの時代にも、必ず十三段の運命の階段が存在していた。まるで私たちを待っているかのように。そして毎回、私は同じことを繰り返す。
なぜ十三段なのか。なぜ毎回出会うのか。なぜ私の心には、憎悪と愛情が同居しているのか。
転生を重ねるたびに、私の心は荒んでいった。現代のゲーム世界から始まって、様々な時代、様々な世界を巡ったが、結果は同じだった。私がどんなに恵まれた環境に生まれても、どんな力を持っても、なぜか彼女の方が愛される。そして私は、毎回階段で彼女を殺し、自分も死ぬ。
でも、転生を重ねるうちに、私は彼女の想いにも気づき始めていた。
中世ヨーロッパで、マリアは言った。「マチルダ様がなぜ私を憎むのですか? 私はただ、お嬢様に好かれたくて……」
古代ローマで、アテナイアは泣いていた。「私はあなたを尊敬しています。なぜ嫌われるのか分からなくて……」
未来都市で、セラは最期に言った。「リリス博士、私はあなたを友達だと思っていました。なぜ争わなければならないのでしょう……」
魔法世界で、エリンは囁いた。「ルナ様……私たちは何度同じことを繰り返すのでしょう……まるで見えない鎖に縛られているように……」
星間帝国で、コスモは最後に言った。「ステラ皇女……もう戦うのはやめませんか……私たちを結ぶこの因縁の正体を、一緒に探しましょう……」
八回目、九回目と転生を重ねても、私の苦しみは終わらなかった。いや、むしろ深くなっていった。なぜなら、彼女が私を愛していることが分かってきたからだ。
憎んでいるのに愛されている。殺したいのに慕われている。この矛盾が、私の魂を引き裂いていく。
また戦争の時代、また疫病の時代、また滅亡の時代……私たちの悲劇は、いつも歴史の悲劇と重なり合った。まるで世界の悲しみそのものが、私たちの運命を象徴しているかのように。
古代インドでは、私はバラモンの娘プリヤ、彼女は踊り子のデヴィとして。イスラム侵入の戦乱期、ヒンドゥー寺院に十三段の石階段があった。
古代中国では、私は皇帝の妃リン、彼女は宮女のメイとして。モンゴル軍襲来の動乱期、紫禁城の奥に十三段の白玉の階段があった。
古代バビロニアでは、私は王女イシュタル、彼女は神殿の巫女ティアマトとして。アッシリア帝国による征服の時代、ジッグラトの頂上に十三段の石階段があった。
ついに私は限界に達した。
十回目、古代メソポタミア。私は都市国家の女王ニンリル、彼女は農民の娘エンリルとして転生していた。外では異民族の侵攻により、都市が炎に包まれている。
「もう……もうあなたに会いたくない……」
これまでの転生の記憶が重く心にのしかかる。何度も何度も、私は彼女を憎み、殺してきた。そして彼女は、いつも私を許そうとした。その優しさが、かえって私を苦しめる。
「もう顔も見たくない……なぜあなたはいつも私の前に現れるの……?」
エンリルは悲しそうに微笑んだ。「ニンリル女王様、私は城が燃えているのを見て、どうしてもあなたを助けに来てしまいました。一人で死なせるわけにはいきません」
戦火の中、彼女は私を救いに来たのだ。敵の矢が飛び交う中を、命がけで。
「なぜ……なぜそこまでして……」
「だって、ニンリル様は私の大切な人だから」
その言葉が、私の心に深く刺さった。でも、素直に受け入れることができなかった。憎悪と愛情が激しく交錯し、私の理性を奪っていく。
「もうたくさん……今度こそ、私だけで逆行転生してやる……あなたのいない時代へ……」
その夜、私は一人で運命の階段へ向かった。神殿の奥にある十三段の石段が、戦火の光に照らされて静かに佇んでいる。今度こそ、私一人だけで戻るのだ。彼女に会わない世界へ。彼女のいない世界へ。
私は意を決して階段に身を投げようとした。
「ニンリル様、お待ちください!」
振り返ると、エンリルが息を切らして走ってきていた。戦場を駆け抜けて、傷だらけになって。
「やめて……もう私に関わらないで……」
「だめです! 一人で死なせるわけにはいきません!」
彼女が私の手を掴んだ瞬間、私たちは一緒に階段を転がり落ちてしまった。
「なぜ……なぜついてくるの……!」
転落しながら、私は叫んだ。せっかく一人で逃げようとしたのに。またこうして、一緒に死ぬことになってしまった。
「だって……だって、ニンリル様を一人にはできません……」
彼女の声が、戦火に包まれた神殿に響く。その献身的な愛が、私の心をさらに苦しめた。
また石段に血が散る。月光のように美しく、絶望のように深く。
◇◇◇
十一回目も、同じだった。でも彼女の言葉が、少しずつ私の心に響き始めていた。
「なぜ私は幸せになれないの……」
私は一人で考え続けた。何度逆行転生しても、何度前世に遡っても、私は幸せになれない。そして、その度に彼女を憎み、殺し、自分も死ぬ。
しかも、一人で逆行転生しようとしても、彼女が必ずついてくる。まるで見えない糸で結ばれているかのように、私たちは離れることができない。この因縁は、一体何なのか。
なぜ十三段なのか。この数字に隠された意味は何なのか。なぜ私たちは毎回出会うのか。なぜ私の心には愛と憎しみが同居しているのか。
そんな時、ふと気づいた。
私は毎回、彼女と比較していた。彼女より美しく、彼女より愛され、彼女より幸せになろうとしていた。私の幸せは、常に彼女を基準にしていた。
もしかして……もしかして、私が幸せになれないのは、幸せを他人との比較でしか測れないからではないだろうか?
でも、その気づきも、まだ完全ではなかった。そして何より、なぜ私たちが毎回出会ってしまうのか、その謎は解けないままだった。
◇◇◇
十二回目、古代エジプト。私は王女イシス、彼女は神官の娘ネフェルティティとして転生していた。外では異民族の侵攻により、偉大なる王朝が崩壊の危機に瀕している。
「もうこれで最後にしたい……」
数えきれない転生を重ねた疲労が、私の魂を蝕んでいる。何度生まれ変わっても、結果は同じだった。私がどんなに恵まれた環境に生まれても、どんな地位に就こうと、なぜか彼女の方が愛される。
でも、今回は何かが違った。
「お姉様……」
ネフェルティティが私を見つめる瞳に、深い愛情があった。
「お姉様? 私たち……姉妹なの?」
突然、記憶が蘇った。私たちはこの世界で、双子の姉妹だった。幼い頃、一緒に遊んだ庭、一緒に学んだ神殿、一緒に笑った日々。そして……
「まさか……双子? 私たちが?」
幼い頃の記憶が次々と蘇る。私たちは愛し合っていた。姉妹として、深く愛し合っていた。では、なぜ争うように……
「呪いです、お姉様」ネフェルティティが震え声で言った。「邪悪な魔術師が私たちに呪いをかけたんです。『姉は永遠に妹を憎み続けろ』と」
記憶の奥底から、恐ろしい真実が蘇る。王家を憎む魔術師が、幼い双子の姉妹に呪いをかけた。そして、その呪いが私たちを永遠の輪廻に縛り付けていたのだ。
すべての謎が解けた。なぜ憎しみが消えないのか。なぜ毎回出会うのか。なぜ私の心に矛盾した感情があるのか。
十三という数字は、魔術師が選んだ呪いの象徴だった。十二は完全数、そこに一つ加えることで不完全を作り出す。永遠に満たされない魂を象徴する数。
「だから……だから私はいつもあなたを憎んでしまう……本当は愛しているのに……」
涙が止まらない。十二回の転生を通じて、私は呪いに操られていたのだ。憎いのに愛している、殺したいのに失いたくない――その矛盾した感情も、すべて呪いの仕業だった。
「でも本当は……本当は愛していたのに……」
「私も、お姉様がなぜ私を憎むのか分からなくて……でもずっと愛していました。何度転生しても、あなたは私の大切なお姉様だから」
ネフェルティティは涙を流しながら続けた。「だから私は、毎回お姉様を救おうとしたんです。一人で死なせるわけにはいかないから。どんなに憎まれても、お姉様と一緒にいたかったから」
彼女の救済行動の真意が、ついに明らかになった。彼女は私を救おうと必死だったのだ。でもその行動が、呪いによってねじ曲げられ、私の憎悪を煽る結果になっていた。善意が悲劇を生む、残酷な仕組みだった。
神殿の十三段の階段の前で、私たちは抱き合った。
そして、ついに私は悟った。私が幸せになれなかったのは、呪いのせいだけではない。私自身の心にも問題があったのだ。
私は毎回、幸せを「勝利」として捉えていた。誰かより上に立つこと、誰かより愛されることを幸せだと思っていた。でも、それは本当の幸せではなかった。
人間の心とは、なんと脆く、そして複雑なものなのだろう。私は十二回もの人生を重ねながら、たった一つの真実に気づけずにいた。
真の幸福とは、比較の中に存在するものではない。それは絶対的なもの、純粋なもの――愛し愛されることの中にこそ宿るものだった。私がどれほど美しく生まれようと、どれほど高い地位に就こうと、心が他者との優劣でしか価値を測れない限り、永遠に満たされることはない。
呪いは確かに私の心を歪めていた。しかし、呪いが解けた今になって分かるのは、私自身もまた、その歪みに安住していたということだった。憎悪は、ある意味で楽な感情でもあったのだ。自分の不幸を他者のせいにできるから。自分と向き合わずに済むから。
本当の幸せは、愛することから始まる。比較ではなく、絶対的な愛情の中にある。私は十二回の転生を通じて、常に妹と競争していた。でも、競争相手は敵ではなく、愛すべき家族だったのだ。
「ごめんなさい……何度も何度も……あなたを殺してしまって……」
「私こそ、止められなくてごめんなさい……でも、もう大丈夫。呪いが解けます」
「そして、私も分かった。幸せは勝つことじゃない。愛することなのね」
その瞬間、私の心から憎悪が消えていった。呪いの束縛から解放された感覚が、全身を包み込む。同時に、これまで感じたことのない暖かさが胸に宿った。それは、純粋な愛情――妹への、そして自分自身への愛だった。
でも、その時だった。
神殿の奥から、不気味な笑い声が響いた。
「まさか……呪いを解くとは……」
現れたのは、年老いた魔術師だった。何千年もの間、この神殿の地下で生き続けていたのだろう。その瞳には、王家への深い憎悪が宿っていた。
「だが、まだ終わりではない。お前たちを、この手で始末してやる」
魔術師が杖を振り上げると、黒い炎が私たちを襲った。
「お姉様!」
ネフェルティティが私を庇おうとする。でも、私は彼女の前に立ちはだかった。
十二回の転生を通じて、私は学んだのだ。愛する人を守ることが、真の勇気だということを。競争することではなく、犠牲になることが、本当の強さだということを。
これまでの私なら、きっと彼女を盾にしていただろう。自分が助かるために、彼女を犠牲にしていただろう。しかし今の私は違う。愛を知った私は、もう以前の私ではない。
「ネフェルティティ、あなたは生きて。私は……」
黒い炎が私の体を貫いた。激痛が走る。でも、不思議と心は平静だった。これまで感じたことのない、深い満足感に満たされていた。
ついに、私は本当の意味で勝利したのだ。憎悪に勝利し、呪いに勝利し、そして何より、自分自身の弱さに勝利したのだ。
「お姉様……!」
ネフェルティティが私を抱きしめる。彼女の温かさが、私の痛みを和らげてくれた。
「良かった……今度は、あなたを守れた……」
私の体から光が溢れ出した。それは呪いから解放された魂の輝きだった。その光が魔術師を包み込み、千年の憎悪もろとも浄化していく。
愛の力とは、こういうものなのだろう。憎悪を憎悪で返すのではなく、愛で包み込み、浄化してしまう。私は今、その神秘を身をもって体験していた。
「こんな……バカな……」
魔術師は光の中に消えていった。長い間、王家を呪い続けた悪意は、ついに滅び去った。
でも、私の命も尽きようとしていた。
「お姉様……お姉様……」
ネフェルティティが涙を流している。
「泣かないで……私たちは勝ったのよ……」
「でも、お姉様が……」
私は微笑んだ。「大丈夫。今度は前世に戻るんじゃない。きっと来世で会えるわ」
ネフェルティティも、魔術師の攻撃を受けて衰弱していた。私を守ろうとして、彼女も深い傷を負っていたのだ。
「一緒に……来世へ行きましょう……。未来で待ってて」
私たちは手を取り合った。姉妹として、最後の時を過ごしながら。
「今度生まれる時は……」
「きっと普通の姉妹として……」
「呪いなんてなくて……」
「ただ愛し合える……」
私たちの意識が薄れていく。でも、恐れはなかった。なぜなら、真の愛を知ったから。本当の絆を取り戻したから。
死を前にして、私の心は驚くほど平安だった。これまでの人生で感じたことのない、深い充足感に包まれている。それは、ついに自分の人生に意味を見出したからだろう。十二回の苦しみは、この瞬間のためにあったのだ。愛を学ぶために、真の幸福を理解するために。
神殿の外では戦火が燃え盛っているが、私たちの心には平和があった。血が石段に散りながらも、それはもはや絶望の象徴ではなく、愛の証となった。
「何度でも……何度でも輪廻転生して……」
「必ず巡り合って……」
「今度こそ幸せになりましょう……」
神殿に静寂が戻った。十三段の階段は崩れ去り、長い因縁も終わりを告げた。しかし、石段に残された血痕は、夕陽に照らされて金色に輝いていた。まるで愛の軌跡を刻むかのように。
でも、これは終わりではない。始まりなのだ。
呪いから解放された二つの魂は、もう憎み合うことはない。これから先の無数の転生で、様々な形で出会うだろう。時には姉妹として、時には親友として、時には母娘として。
そして必ず、愛し合える関係として生まれ変わる。
遠い未来、私たちの魂が再び肉体を得る時、そこには争いはない。ただ深い愛と理解だけが、永遠に続いていく。
光の中で、私は妹の手を握り返した。今度こそ、永遠に。愛を知った魂は、決して孤独ではない。どれほど長い時を経ても、どれほど遠く離れても、愛で結ばれた魂は必ず再会する。
それが、輪廻転生の真の意味なのだろう。
十三段の階段は、もう呪いの象徴ではない。愛へと続く、希望の階段となったのだ。
〈了〉
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